魔王、攻撃方法を会議する
その夜。
魔王はベッドの上で、腕を組んでいた。
昼間の出来事が頭から離れない。
新しく追加された魔王の能力。
睨めば相手が動けなくなる。
笑えば相手が笑って動けなくなる。
一見すると強力な能力なのだが、魔王には一つだけ大きな問題があった。
「……空耳さん」
『何だ?』
「やっぱり、現実の世界では1ターンっていうのが難しいよ」
『そうか?』
「ゲームなら1ターンって決まってるけど、現実では分からないだろ」
『確かに』
「だからさ」
魔王は人差し指を立てた。
「一分にしよう」
『一分?』
「うん」
『そんなに短くていいのか?』
「お客様の場合に仕事にならない」
『……』
「俺が笑っただけで、お客さんが十分笑い続けたら困るだろ」
『それはそうだな』
「庭の草刈りを頼まれてるのに、お客さんが一時間笑ってたら仕事にならない」
『確かに』
「家具を運ぶ仕事だったら、家具を持ってる途中で笑い続けられたら危ない」
『なるほど』
「だから一分」
『勇者だったら?』
「え?」
『勇者だったら、一分後に攻撃してくるぞ』
「……」
魔王は黙った。
「その時は――」
少し考える。
「魔王の睨みを使う」
『そうだな』
「睨みは一分じゃなくていいんだろ?」
『そうだな』
「それなら安心だ」
『魔王らしい能力だ』
「でも、俺の攻撃ってどうなるんだ?」
『攻撃?』
「そう。俺って、何で攻撃するの?」
『ボディーブローとローキック』
「……」
『……』
「やっぱり?」
『それが好きなんだろ?』
「いや……」
魔王は困った顔をした。
「俺、相手に暴力を使うの、あまり好きじゃないんだよ」
『元世界チャンピオンのキックボクサーが?』
「空耳さんがそうさせたんだろ!」
『そうだったな』
「俺は普通に働きたかっただけなのに」
『そうだったな』
「便利屋になったのに」
『そうだったな』
「勇者が来るし」
『そうだったな』
「俺、何なんだよ」
『魔王だ』
「それを言うな!」
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魔王はベッドに倒れ込んだ。
「そもそも、俺が世界チャンピオンになったのも、ボディーブローで勝ったのも、キックボクシングで勝ったのも……」
『全部、俺のせいだな』
「自覚あるんだ」
『ある』
「じゃあ、もうちょっと平和的な能力を考えてくれよ」
『考えてみよう』
空耳はしばらく黙った。
「……」
『……』
「何か思いついた?」
『一つある』
「何?」
『相手に「混乱しろ」と言ったら、混乱する』
「……」
『どうだ?』
魔王の顔が明るくなった。
「それいいじゃん!」
『だろう?』
「火とか氷とか出すより、ずっと安全だ」
『相手は混乱するだけだ』
「うん」
『ダメージはない』
「最高じゃん」
---
魔王は少し考えた。
「でも、混乱ってどんな感じ?」
『人による』
「例えば?」
『右に行こうとして左に行く』
「なるほど」
『剣を抜こうとして靴を脱ぐ』
「それはかなり混乱してるな」
『自分の名前を一瞬忘れる』
「それはちょっと心配だな」
『敵味方が分からなくなる』
「それは危ないだろ!」
『……』
「空耳さん」
『何だ?』
「混乱にも程度をつけよう」
『なるほど』
「相手が自分で自分を傷つけるようなのはなし」
『分かった』
「日常生活に戻れるくらいの混乱で」
『ずいぶん優しい魔王だな』
「俺は優しいんだよ」
『魔王なのに?』
「魔王でも優しくていいだろ」
『……そうだな』
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その時。
魔王はふと思った。
「あ」
『どうした?』
「空耳さん」
『何だ?』
「一つ大事なことを忘れてない?」
『何だ?』
「俺以外の人には、空耳さんの声が聞こえない」
『……』
「そう」
『……』
「また忘れてたでしょ」
『いや』
「絶対忘れてた」
『……』
「勇気に『空耳さんがこう言ってる』って毎回説明するの、結構大変なんだぞ」
『確かに』
「父さんと母さんにも説明できない」
『伝言ゲームになるな』
「そう」
『それは面倒だ』
「だから、みんなにも聞こえるようにできない?」
空耳が少し考えた。
『分かった』
「本当に?」
『魔王軍と、ご両親にも俺の声が聞こえるようにしてやろう』
「助かるよ」
『伝言ゲームは難しいからな』
「それ、最初からそうしてほしかった」
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翌朝。
魔王が朝食を食べていると――
『おはよう』
「うわっ!」
魔王が箸を落とした。
父さんが顔を上げる。
「今の声、誰だ?」
母さんも驚く。
「男の人の声が聞こえたわよ」
魔王は固まった。
「あ……」
『おはようございます、お父さん、お母さん』
「……」
「……」
両親は顔を見合わせた。
父さんが言った。
「魔王」
「はい」
「昨日言っていた空耳というのは、この人か?」
『そうだ』
「……」
母さんが恐る恐る尋ねる。
「あなた、本当に存在しているの?」
『存在している』
「どこにいるの?」
『ここにはいない』
「……」
母さんが魔王を見る。
「魔王」
「はい」
「やっぱり一度病院に――」
「待って!」
魔王が慌てた。
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その日の午後。
便利屋の事務所。
勇気も、魔王軍の仲間たちも集まっていた。
全員が空耳の声を聞いている。
『これから、魔王には新しい能力を追加する』
「……」
魔王が嫌そうな顔をする。
「また何か忘れてない?」
『今回は大丈夫だ』
「本当?」
『まず一つ目』
空耳が説明する。
『魔王が睨んだ時、相手は動けなくなる』
勇気が頷く。
「なるほど」
『二つ目。魔王が笑った時、相手は笑ってしまう』
勇気が苦笑する。
「それも分かります」
『効果時間は一分』
魔王が頷く。
「これなら仕事にも使える」
『三つ目』
空耳が少し声を低くする。
『魔王が「混乱しろ」と言った場合、相手は軽い混乱状態になる』
全員がざわついた。
「おお……」
「すごい」
「さすが魔王様」
魔王は照れた。
「いや、そんなにすごくないって」
すると空耳が続けた。
『ただし――』
「まだあるの?」
『魔王が「混乱しろ」と言った相手は、一分間、自分の行動を少し間違える』
「少し?」
『例えば、右へ行こうとして左へ行く』
「なるほど」
『ドアを開けようとして壁を開けようとする』
「それは無理だろ」
『剣を抜こうとして、ズボンを脱ぐ』
「……」
魔王が笑った。
「勇者がそれやったら面白そうだな」
勇気も笑う。
「かなり面白いですね」
空耳が言った。
『そして四つ目』
「まだあるの?」
『魔王が自分から攻撃しない限り、これらの能力は相手に直接ダメージを与えない』
魔王の表情が明るくなった。
「それがいい」
『お前の希望通りだ』
「ありがとう」
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しかし。
魔王軍の一人が手を挙げた。
「魔王様」
「何?」
「では、魔王様は攻撃しなくても勇者を倒せるのですか?」
「……」
魔王は考えた。
「たぶん」
『そうだ』
「睨めば止まる」
『そうだ』
「笑えば一分間笑う」
『そうだ』
「混乱させれば一分間行動を間違える」
『そうだ』
「……」
魔王は頭を抱えた。
「俺、いつの間にか結構強くなってない?」
空耳が静かに答えた。
『魔王だからな』
「またそれか」
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その日の夕方。
事務所の電話が鳴った。
「はい、便利屋です」
『あの、家の中に変な人が入ってきまして……』
「え?」
『勇者みたいな格好をしていて……』
「……」
魔王は受話器を持ったまま固まった。
「空耳さん」
『何だ?』
「もう来たの?」
『そのようだな』
「俺、まだ新しい能力を試してないんだけど」
『試す機会が来たな』
「仕事中なんだけど」
『便利屋の仕事だろ?』
「……」
魔王は立ち上がった。
「分かった」
帽子をかぶる。
メガネをかける。
マスクをつける。
そして勇気を見る。
「行くぞ」
「はい!」
『魔王よ』
「何?」
『今回は、ボディーブローもローキックも必要ない』
「……」
『睨むだけでいい』
魔王は少しだけ笑った。
「それなら――」
事務所の扉を開ける。
「行ってくるか」




