笑いの呪い
その夜。
魔王はベッドに寝転がりながら、天井を見つめていた。
「……」
今日もいろいろあった。
勇者が来た。
目隠しまでしていた。
それでも結局、魔王の顔を見て動けなくなった。
魔王としては勝ったことになるらしい。
しかし、どうしても納得できない。
「空耳さん」
『何だ?』
「ちょっと相談がある」
『言ってみろ』
魔王は起き上がった。
「真顔で威圧するの、やめよう」
『……』
「やっぱり、俺が怖い人みたいじゃん」
『魔王だからな』
「そういう問題じゃない」
『では、どうする?』
「睨んだ時だけ、相手が動けなくなるようにして」
『……』
「真顔になっただけで発動するのはやめよう」
『分かった』
空耳が即答した。
『睨んだ時に発動だな』
「そう、それ」
『設定変更する』
「ありがとう」
魔王はホッとした。
「これなら、普通に笑ったり、普通に接客したりできる」
『そうだな』
「便利屋としても安心だ」
『……』
「何?」
『いや』
「絶対また何か考えてるだろ」
『考えていない』
「怪しいな」
---
魔王はしばらく天井を見つめていた。
「……でもさ」
『何だ?』
「睨んで相手が動けなくなるっていうのも、やっぱり怖いよな」
『魔王らしい能力だ』
「俺、そんなに怖い魔王になりたいわけじゃないんだよ」
『では、どうしたい?』
魔王は少し考えた。
「俺が笑ったら、相手も笑いが止まらなくなるのはどう?」
『……』
「笑うのは良いことでしょ?」
『……』
「相手も笑顔になる」
『……』
「誰も傷つかない」
『……』
「すごく平和じゃない?」
空耳が黙っている。
「空耳さん?」
『……確かに』
「だろ?」
『笑って、1ターン何もさせない手もあるな』
「1ターン?」
『ゲームでは、そういう考え方もできる』
「なるほど」
『相手は笑って何もできない』
「それならいい」
『では、やってみよう』
「本当に?」
『ああ』
---
翌日。
魔王は便利屋の事務所で、能力の確認をすることになった。
実験台は――
「勇気」
「はい」
「ちょっと協力してくれ」
「何ですか?」
「新しい魔王の能力を試したい」
「……」
勇気の顔が引きつった。
「また怖いやつですか?」
「今回は違う」
「本当に?」
「うん」
魔王は説明した。
「俺が睨むと動けなくなる」
「それは怖いです」
「でも、笑うと――」
魔王はニッコリ笑った。
「相手も笑ってしまう」
「……」
「どう?」
「それも怖いです」
「何でだよ」
「魔王さんが笑ったら、僕も強制的に笑うんですよね?」
「たぶん」
「たぶん?」
「空耳さんが設定したから」
「……」
勇気は深いため息をついた。
「じゃあ、やってみましょう」
---
魔王が真顔になる。
「……」
勇気は動いた。
「何も起きませんね」
「成功だな」
「睨んでないからですね」
「そう」
魔王は笑った。
「ニコッ」
「……」
勇気の口元がピクッと動いた。
「……ふ」
「どうした?」
「……ふふ」
「勇気?」
「ふふふ……」
「笑ってる?」
「はははは!」
「おい!」
勇気は突然笑い出した。
「ははははは!」
「そんなに面白い?」
「分からないです!」
「じゃあ止まれよ!」
「止まりません!」
勇気は机を叩きながら笑った。
「はははは!」
魔王は驚いた。
「空耳さん!」
『成功だな』
「本当に発動してる!」
『1ターンだ』
「1ターンってどのくらい?」
『ゲームによる』
「現実なんだよ!」
---
しかし。
勇気は三分経っても笑っていた。
「はははは!」
「もう1ターンどころじゃないぞ!」
『……』
「空耳さん?」
『設定を少し間違えたかもしれん』
「またかよ!」
「ははははは!」
「勇気!」
「ははは……すみません……!」
「笑いながら謝るな!」
---
ようやく勇気が落ち着いた。
「……はぁ」
「大丈夫か?」
「はい……」
「どうだった?」
「怖いです」
「何で?」
「魔王さんの笑顔を見るだけで、勝手に笑ってしまうんですよ」
「でも、楽しくなかった?」
「楽しくはないです」
「……」
「でも、嫌な感じもしません」
魔王は少し考えた。
「それならいいか」
---
そこへ。
事務所のドアが開いた。
「こんにちはー!」
新しいお客様だった。
魔王はいつもの営業スマイルを浮かべた。
「こんにちは。今日はどのようなご依頼でしょうか?」
「実はですね――」
お客様が話し始めた。
魔王は真剣に聞く。
「はい」
「庭に大きな木があって、それを――」
魔王は笑顔で頷く。
「はい」
お客様の口元が緩んだ。
「……ふふ」
「?」
「ふふふ……」
「どうしました?」
「いや……何でも……」
「?」
「ははは!」
「……」
お客様が笑い始めた。
「はははは!」
魔王は慌てた。
「えっ?」
勇気も笑い始める。
「ふふふ……」
「勇気まで!」
「はははは!」
「何で事務所全員笑ってるんだよ!」
---
結局、その日の午後。
事務所は大変なことになった。
電話が鳴る。
「はい、便利屋です」
魔王が笑顔で電話に出る。
『あの、庭の――』
「はい」
『……』
「どうしました?」
『ふふ……』
「お客様?」
『はははは!』
「もしもし!?」
電話の向こうで笑い声。
魔王は慌てて電話を切った。
「……」
勇気を見る。
「……」
勇気も魔王を見る。
「これは……」
「便利屋として使えないんじゃないですか?」
「……」
魔王は頭を抱えた。
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その夜。
魔王はベッドの上で空耳に抗議していた。
「空耳さん」
『何だ?』
「笑いの能力、強すぎない?」
『そうか?』
「お客さんまで笑ってたぞ」
『良いことではないか』
「仕事にならない!」
『1ターンだけのつもりだったんだが』
「1ターンじゃなかったぞ!」
『……』
「何で?」
『お前が笑っている間、相手も笑う』
「だから?」
『お前が笑い続ければ、相手も笑い続ける』
「……」
「それ、無限コンボじゃん!」
『そうとも言う』
「ゲームじゃないんだから!」
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魔王は少し考えた。
「じゃあ、こうしよう」
『何だ?』
「睨んだ時だけ動けなくなる」
『うむ』
「笑った時は、相手が笑って動けなくなる」
『なるほど』
「でも、効果は1ターンだけ」
『分かった』
「本当に?」
『今度は忘れない』
「そこを信用できないんだよ」
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空耳が能力を調整する。
すると魔王の頭の中に、何かが追加されたような感覚がした。
『これでいい』
「どうなった?」
『睨み――停止』
「うん」
『笑顔――笑い』
「うん」
『効果――1ターン』
「完璧じゃん」
『そして――』
「まだあるの?」
『魔王が自分から攻撃しない限り、相手には直接ダメージを与えない』
魔王は少し安心した。
「それならいい」
『お前らしい能力になったな』
「……」
魔王は微笑んだ。
「ありがとう、空耳さん」
『礼はいい』
「これなら、俺でも魔王らしくいられるかな」
『十分だ』
「でもさ」
『何だ?』
「勇者が俺を見た瞬間に笑い出したら、戦う前に終わるよな」
『そうだな』
「それって、勇者からしたらかなり嫌じゃない?」
『かなり嫌だろうな』
二人は黙った。
そして魔王が言った。
「……」
『何だ?』
「俺、もしかして結構強い魔王になってない?」
『今頃気付いたか』
「でも、俺は優しいからな」
『それも魔王の個性だ』
「……」
魔王は満足そうに笑った。
「じゃあ、これでいい」
しかし。
その翌日。
魔王の便利屋に、一人の新しい勇者がやって来た。
その勇者は――
笑っていた。
「……?」
魔王が首を傾げる。
勇者はニコニコしながら言った。
「魔王さん」
「はい?」
「今日は絶対に、あなたを笑わせません」
「……」
魔王は驚いた。
「もう対策してきたの?」
「はい!」
「……」
勇者は真剣だった。
「俺は、笑いを我慢する訓練をしてきました!」
魔王は思った。
(そこまでして俺を倒したいのか……)
そして勇者は剣を抜いた。
「覚悟してください!」
魔王は静かに構えた。
そして――
睨んだ。
「……」
勇者の体が、
ピタッ。
と止まった。
「……」
魔王は言った。
「空耳さん」
『何だ?』
「これ、思ったより便利だな」
『だから言っただろう』
勇者は動けない。
魔王は剣を見て、ため息をついた。
「……でも、やっぱり戦うの嫌だな」
そして魔王は、少しだけ笑った。
「ニコッ」
「……」
勇者の顔が――
ニヤッ。
「……ぷっ」
「……」
「ふふ……」
「……」
「ははははは!」
勇者が笑い出した。
魔王も笑った。
勇気も笑った。
そして――
事務所全体が笑い声に包まれた。
魔王は笑いながら思った。
「……これ、本当に魔王の能力なのか?」
空耳は答えた。
『魔王の能力だ』
「なんか平和だな」
『そうだな』
「……」
『……』
「空耳さん」
『何だ?』
「俺、歴代で一番優しい魔王なんじゃない?」
『……』
「何で黙るんだよ」
『それは――』
空耳は少し考えてから言った。
『これから勇者たちが、どう攻略してくるか楽しみになってきたからだ』
魔王は嫌な予感がした。




