真顔対策会議
翌朝。
魔王は、いつものように便利屋の事務所にいた。
机の上には、昨日の依頼書。
猫探し。
庭の草刈り。
家具の移動。
そして――
「勇者討伐」
魔王はその紙を見つめた。
「……何で便利屋の依頼書にこれが混ざってるんだよ」
勇気が横から覗き込む。
「本当に『勇者討伐』って書いてありますね」
「俺、勇者を討伐する側じゃないんだけど」
「魔王だからじゃないですか?」
「便利屋だって」
「でも魔王ですよね?」
「……」
魔王が真顔になる。
「……!」
勇気が固まった。
「あ」
魔王はすぐ笑顔になった。
「ごめん」
「危ないです!」
「今のは無意識だった」
「魔王さん、仕事中は絶対笑っていてください」
「それ、かなり難しいぞ」
---
その頃。
街から少し離れた場所。
一軒の古い宿屋に、数人の男たちが集まっていた。
全員、勇者候補。
そして中央には、昨日魔王の前で動けなくなった男が座っている。
「報告する」
男が言った。
「魔王は――」
全員が身を乗り出す。
「真顔になる」
「……」
「……」
「……」
全員が黙った。
「以上だ」
「いや、以上じゃないだろ!」
一人が叫んだ。
「真顔になるって何だ!」
「俺にも分からない!」
「魔法か?」
「たぶん」
「呪いか?」
「たぶん」
「威圧か?」
「たぶん」
「じゃあ何なんだ!」
「だから分からないんだ!」
会議は開始から五分で混乱した。
---
一人の勇者候補が手を挙げた。
「質問があります」
「何だ?」
「魔王は、真顔にならないと駄目なんですか?」
「そうだ」
「じゃあ、笑わせればいいんじゃないですか?」
「……」
全員が黙った。
「それだ!」
「勇者に必要なのは剣ではない!」
「笑いだ!」
「魔王を笑わせろ!」
突然、会議の方向が変わった。
---
翌日。
魔王の便利屋に、一人の男がやってきた。
派手な服装。
頭には大きな帽子。
胸には「勇者」と書かれている。
「こんにちはー!」
「はい?」
魔王が笑顔で対応する。
「今日はどのようなご依頼でしょうか?」
男はニヤリと笑った。
「魔王を倒しに来ました!」
「……」
魔王は真顔になった。
「……!」
男が固まった。
「……」
魔王はすぐ笑顔に戻した。
「あ、ごめんなさい」
「……」
「大丈夫ですか?」
「……」
「動けます?」
「……」
「またか」
---
勇者は何とか動けるようになると、必死に笑わせようとした。
「えーっと……」
「はい」
「魔王さん、面白い話があります」
「どうぞ」
「昨日、勇者が魔王のところへ行ったんです」
「うん」
「そしたら――」
「うん」
「魔王の顔を見た瞬間、動けなくなりました!」
「……」
「……」
「……」
「……」
魔王は笑わなかった。
「それ、俺の話じゃん」
「そうです」
「自分の失敗を笑い話にしてるだけだろ」
「……」
「勇者さん」
「はい」
「帰っていいですよ」
「はい……」
勇者は肩を落として帰っていった。
---
その夜。
魔王はベッドに寝転がっていた。
「空耳さん」
『何だ?』
「今日も勇者が来たぞ」
『そうか』
「俺を笑わせようとしてた」
『なるほど』
「でも、全然面白くなかった」
『……』
「空耳さんなら笑わせられる?」
『俺はラスボスだぞ』
「まだラスボスじゃないだろ」
『……』
「今、何か言いかけた?」
『何でもない』
魔王は天井を見上げた。
「それより、この真顔の能力、本当に大丈夫なのか?」
『大丈夫だ』
「どうして?」
『お前が使いこなせばいい』
「どうやって?」
『笑顔と真顔を切り替える』
「それだけ?」
『それだけだ』
「そんな簡単なの?」
『魔王の能力とは、案外そういうものだ』
魔王は少し考えた。
「じゃあ、俺は戦わなくてもいいんだな」
『そうだ』
「相手が動けなくなるだけ?」
『そうだ』
「じゃあ、これから来る勇者にも――」
『そうだ』
「真顔になれば勝てる?」
『……』
「空耳さん?」
『そう簡単にはいかない』
「何で?」
『勇者側も、学習する』
「……」
魔王の表情が変わった。
「勇者が学習する?」
『ああ』
「じゃあ、次はどうするんだ?」
『それは――』
空耳が黙った。
「空耳さん?」
『……』
「またいなくなった」
---
翌朝。
魔王が事務所に入ると、机の上に一枚の紙が置かれていた。
そこには大きな文字で、
『魔王攻略法・第一条』
と書かれている。
「……」
魔王は嫌な予感がした。
紙をめくる。
『魔王の目を見ない』
「……」
次のページ。
『魔王が笑っている時に攻撃する』
「……」
次。
『真顔になったら目を閉じる』
「……」
魔王は頭を抱えた。
「勇者、対策してきたな……」
勇気が横から見る。
「どうします?」
「分からない」
「魔王さんなら大丈夫ですよ」
「何で?」
「真顔になればいいんですよね?」
「でも目を見ないようにされたら?」
「……」
「どうする?」
「……」
二人で考える。
そして魔王が言った。
「……」
「魔王さん?」
「目を見ないなら――」
魔王はゆっくりと顔を上げた。
「顔ごと向けばいいんじゃないか?」
「それは怖すぎます!」
「そう?」
「完全にラスボスです!」
魔王は笑った。
「俺は優しい魔王だからな」
「その言い方が一番怖いです」
---
その日の午後。
新しい勇者が来た。
今度の勇者は違った。
目隠しをしている。
さらに耳栓。
そして、首から大きな札を下げていた。
『魔王の顔を絶対に見ない』
「……」
魔王はそれを見て呆れた。
「そこまでやる?」
勇者が叫ぶ。
「魔王!」
「はい」
「今日こそ貴様を倒す!」
「いや、うちは便利屋なんだけど」
「目を見なければ、お前の威圧は効かない!」
「なるほど」
「覚悟しろ!」
勇者が突進してくる。
魔王は横へ避けた。
「危ない!」
「何!?」
「壁にぶつかるぞ!」
ドン!
「うわっ!」
勇者が壁に激突する。
「大丈夫?」
「……」
「勇者さん?」
「……大丈夫だ」
「良かった」
魔王は笑った。
「じゃあ帰ってください」
「……」
「何?」
「……今日は帰る」
「うん」
勇者は立ち上がった。
「だが、次は――」
その瞬間。
魔王が真顔になった。
「……!」
勇者が止まった。
「……」
魔王が首を傾げる。
「目、見てないのに?」
勇者は動けない。
魔王は気付いた。
「……もしかして」
魔王はゆっくりと勇者の背後へ回った。
そして――
真顔のまま、勇者の正面へ回り込む。
「……」
勇者の目隠しが、少しずれていた。
魔王と目が合う。
「……!」
完全停止。
魔王は呟いた。
「これ、攻略法じゃなくて目隠しの調整不足じゃん」
---
その夜。
空耳が現れた。
『どうだった?』
「勇者、目隠しして来たぞ」
『ほう』
「でも目隠しがズレて止まった」
『……』
「空耳さん?」
『……』
「笑ってる?」
『いや』
「絶対笑ってるだろ」
『……少しだけ』
「珍しいな」
『だがな、魔王』
「何?」
『これから勇者は、もっと強くなる』
「……」
『そして、もっと賢くなる』
「……」
『お前も魔王として成長しなければならない』
魔王はしばらく黙っていた。
「……俺、便利屋なんだけどな」
『知っている』
「普通に働きたいんだけど」
『知っている』
「勇者と戦いたくない」
『知っている』
「じゃあ、何でこんなことになってるんだよ」
『……』
「空耳さん?」
『……それは』
しばらく沈黙。
『お前が魔王だからだ』
「結局それかよ!」
魔王の叫び声が、夜の部屋に響いた。
そしてその頃。
遠く離れた場所では、別の勇者が一枚の紙を見つめていた。
そこには――
『魔王の真顔を攻略せよ』
その下に、新たな作戦が書かれていた。
作戦名――「魔王を笑わせてから倒す」
勇者は拳を握る。
「次は……絶対に笑わせる」
しかし勇者は知らなかった。
魔王を笑わせるということが――
剣を極めるより。
魔法を極めるより。
遥かに難しいことを。
なぜなら魔王は――
笑いのツボが、ものすごく普通だからである。




