変装勇者当てゲーム
便利屋事務所。
午後三時。
魔王は事務机に座っていた。
「……暇だな」
今日は依頼がない。
勇気たちも暇そうにしている。
勇気はフライパンを磨いていた。
美咲は棚の整理。
剣太郎は掃除。
田中はなぜか事務所の隅で腕立て伏せをしている。
「田中」
「はい!」
「何してる?」
「勇者修行です!」
「便利屋の仕事しろ」
「はい!」
田中は腕立て伏せをやめた。
その時だった。
ピンポーン。
全員が振り返った。
「お客さんかな?」
魔王がインターホンを見る。
画面に映っていたのは――
作業服姿の男。
頭にはヘルメット。
手には工具箱。
胸には、
『電気設備点検』
と書かれた名札。
魔王はしばらく画面を見つめた。
「……」
勇気が隣から覗き込む。
「電気屋さんですね」
「そうだな」
「何か依頼でしょうか?」
「たぶんな」
魔王がマイクのボタンを押した。
「はい、何でしょうか?」
男が答える。
「こんにちは! 電気設備の点検に参りました!」
「事前に予約ありましたっけ?」
「……」
男が固まった。
「……ありません」
「じゃあ、何の点検ですか?」
「えーっと……」
男は手元の紙を見る。
「魔王様の……電気設備を……」
「俺、魔王様じゃないけど」
男の目が泳いだ。
「……」
「どうした?」
「いえ……」
勇気が小声で言う。
「魔王さん」
「何だ?」
「怪しくないですか?」
「うん」
「かなり怪しいですよね?」
「うん」
魔王はインターホンの画面を見ながら言った。
「勇者じゃないか?」
勇気が目を輝かせた。
「勇者!」
美咲も立ち上がる。
「また来たんですか?」
剣太郎が工具箱を見る。
「武器が入っているかもしれません」
田中が腕立て伏せの姿勢になる。
「戦闘準備!」
「お前はまず立て」
---
魔王はインターホン越しに聞いた。
「あなた、勇者ですか?」
男が驚く。
「な、なぜ分かった!」
「分かるわ!」
魔王は叫んだ。
「前に来た奴と同じ声だろ!」
「……」
「あと、その剣」
「……」
「作業服の下から見えてるぞ」
「……」
男は自分の腰を見た。
剣の柄が完全に出ていた。
「あ」
「隠せよ!」
男は慌てて剣を工具箱の後ろに隠した。
「よし……これで完璧だ」
「どこがだよ!」
魔王は頭を抱えた。
「帰ってくれ」
「今日こそ魔王を討伐する!」
「電気設備点検の仕事は?」
「それは偽装だ!」
「知ってるよ!」
勇者は工具箱を開けた。
中には――
ドライバー。
ペンチ。
軍手。
そして、小さな剣。
「工具箱に剣を入れるな!」
勇気が笑った。
「魔王さん」
「何だ?」
「今日の勇者、かなり面白いですね」
「お前、もう戦う気ないだろ」
「はい」
「ないのかよ!」
---
結局。
勇者は魔王に軽く追い返された。
「覚えていろ!」
「もう来るなよ!」
「次は完璧な変装で来る!」
「来るなって!」
勇者は森の中へ消えていった。
事務所に戻る。
全員が魔王を見る。
勇気が言った。
「魔王さん」
「何だ?」
「面白いですね」
「何が?」
「勇者が変装してくるの」
「……」
魔王も少し考えた。
「まあ……確かに」
美咲が言った。
「次は何に変装すると思います?」
「知らないよ」
剣太郎が真剣な顔で言った。
「予想してみましょう」
「何でだよ」
「ゲームにしたら面白そうです」
「ゲーム?」
勇気がホワイトボードを持ってきた。
そこに大きく書く。
『変装勇者当てゲーム』
「……」
魔王は固まった。
「お前ら」
「はい」
「勇者が魔王を倒しに来ることより、変装を当てることを楽しんでないか?」
「はい!」
「即答するな!」
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翌日
朝。
事務所に全員が集合していた。
ホワイトボードには、
第一回 変装勇者当てゲーム
と書かれている。
ルールは簡単。
一、勇者が変装して来る。
二、正体を見破る。
三、勇者だった場合は追い返す。
四、外れた場合は普通のお客さんとして対応する。
魔王が腕を組む。
「……四番が重要だな」
「どうしてですか?」
「本物のお客さんまで勇者扱いしたら、便利屋として終わるからだ」
「確かに」
勇気が頷いた。
「じゃあ、今日の第一問です!」
「クイズじゃないんだけどな……」
---
午前十時。
ピンポーン。
「来た!」
勇気が叫ぶ。
全員がインターホンの画面を見る。
そこには――
スーツ姿の男性。
髪は七三分け。
黒いカバン。
いかにも普通の会社員。
「……」
魔王が画面を見つめる。
「営業マン?」
美咲が言う。
「勇者じゃないでしょうか」
剣太郎は首を振る。
「いや、今回は本物の営業マンかもしれません」
田中が言った。
「勇者です」
「理由は?」
「勘です!」
「一番信用できないやつだ」
魔王がインターホンを取る。
「はい、何でしょうか?」
「こんにちは! 近くで新しい通信サービスを始めまして!」
魔王は黙った。
「……」
「今ならお得なキャンペーンが――」
魔王は勇気を見る。
勇気も魔王を見る。
「……普通の営業マンじゃない?」
「俺もそう思う」
美咲が小声で言う。
「でも勇者かもしれません」
「何で?」
「昨日、勇者が『次は完璧な変装で来る』と言ってました」
「……」
魔王は再び画面を見る。
「確かに」
男はニコニコしている。
「……怪しい」
魔王はドアを開けた。
「こんにちは!」
営業マンが笑顔で挨拶する。
「どうも」
「今日はですね――」
男がカバンを開ける。
全員が構えた。
中から――
パンフレットが出てきた。
「通信サービスのご案内です」
「……」
魔王はホッとした。
「本物だ」
勇気が残念そうにする。
「違いましたね」
美咲も肩を落とす。
「残念」
営業マンが困惑する。
「……何か?」
「いや、何でもないです」
魔王はパンフレットを受け取った。
「ありがとうございます」
「では失礼します」
営業マンが帰っていく。
魔王はドアを閉めた。
「よし」
全員がホッとする。
「本物のお客さんだった」
その瞬間。
外から声がした。
「ちなみに俺、勇者だけどな!」
「え?」
全員が振り返る。
ドアを開ける。
しかし――
誰もいない。
「……」
魔王は固まった。
勇気が叫ぶ。
「勇者です!」
「どこにいるんだよ!」
魔王が周囲を見る。
すると、隣の植木鉢から声がする。
「ここだ!」
「植木鉢に隠れるな!」
営業マンの格好をした勇者が、植木鉢の裏から出てきた。
「完璧な変装だっただろ?」
魔王は呆れた。
「いや、途中まで本物だったじゃん」
「どうだ! 見破れなかっただろ!」
「お前、勇者じゃなくて変装したかっただけだろ!」
「……」
勇者は黙った。
「しまった」
「しまったじゃない」
---
午後。
魔王軍は会議を開いた。
「今の勇者は、変装としてはかなり上手かった」
勇気が言う。
「そうですね」
「だから次は、もっと難しくなるぞ」
魔王はホワイトボードに書いた。
第二問
「次は絶対に見破る」
全員が頷いた。
そして――
その日の夕方。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
画面には――
老婆。
「……」
魔王は固まった。
「勇者?」
勇気が言う。
「まさか……」
老人が笑顔で手を振っている。
「こんにちは」
魔王はマイクを押した。
「何でしょうか?」
「おたく、便利屋さんでしょう?」
「はい」
「ちょっと家具を動かしてほしくてねぇ」
「……」
魔王は悩んだ。
これは本物なのか?
それとも――
勇者なのか?
勇気が小声で言う。
「魔王さん」
「何だ?」
「僕は勇者だと思います」
「理由は?」
「前回より変装のレベルが高すぎます」
「なるほど」
魔王は慎重にドアを開けた。
「こんにちは」
「どうも」
老人はニコニコしている。
「家具を動かしてほしいんだけどね」
「はい」
魔王が近づく。
老人が突然――
「勇者アタック!」
「やっぱり勇者じゃねえか!」
老人が杖を振る。
しかし魔王は避けた。
「バレた!」
「バレるわ!」
老人は変装を脱ぎ捨てた。
中から出てきたのは――
昨日の勇者だった。
「なぜ分かった!」
「杖!」
「何?」
「お前の杖、勇者の剣より長いんだよ!」
「……」
「あと、ヒゲがズレてる!」
「ヒゲ?」
「老人のヒゲがズレるわけないだろ!」
勇者は自分の頬を触った。
付けヒゲが半分剥がれていた。
「……」
「お前、変装の勉強した方がいいぞ」
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夜。
魔王軍は今日の結果を集計した。
本日の成績
勇気 2勝0敗
美咲 1勝1敗
剣太郎 2勝0敗
田中 0勝2敗
魔王 2勝0敗
田中が頭を抱えた。
「僕、全然当たらない……」
魔王が慰める。
「大丈夫だ」
「本当ですか?」
「お前は勇者が来る前から全部勇者だと思ってるだけだ」
「それ、褒めてます?」
「褒めてない」
全員が笑った。
しかし――
魔王は一人だけ気づいていなかった。
事務所の向かい側。
遠くの電柱の陰から。
一人の男がこちらを見ている。
今までの勇者とは違う。
変装していない。
ふざけてもいない。
ただ静かに、魔王軍の様子を観察している。
そして呟いた。
「……なるほど」
「魔王は強い」
「だが、あの仲間たちは……」
男は小さく笑った。
「面白い」
その人物が誰なのか。
まだ魔王は知らない。
そして――
次にやって来る勇者は、
これまでの「変装ヘンテコ勇者」とは、
少し違っていた。




