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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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勇者候補・勇気、研修初日

 翌朝。


 魔王は、いつもより早く便利屋の事務所に来ていた。


 今日は新入りが来る。


 勇者候補――勇気。


 昨日、魔王が勢いで、


「便利屋の仕事を手伝ってみたら?」


 と言ってしまった人物である。


 魔王は事務所の椅子に座りながら、コーヒーを飲んでいた。


「……大丈夫かな」


 昨日の勇気を思い出す。


 木刀。


 フライパン。


 虫取り網。


 懐中電灯。


 軍手。


 水筒。


 バナナ。


「勇者というより、遠足に行く小学生だったよな……」


 そのとき。


 ガチャッ!


 勢いよく事務所の扉が開いた。


「おはようございます!」


 勇気だった。


 昨日と同じジャージ。


 しかし今日は、リュックを背負っていない。


 魔王は少し安心した。


「おはよう」


「今日からよろしくお願いします!」


「うん。まずは普通の便利屋の仕事を覚えてくれ」


「分かりました!」


 勇気は元気よく敬礼した。


「はい!」


「軍隊じゃないからね」


「はい!」


「返事だけはいいな……」


 魔王は今日の依頼を確認した。


「最初の仕事は、依頼人の家に行って、家具を移動する仕事」


「家具ですか!」


「そう」


「分かりました!」


 勇気の目が輝いた。


「これは……魔王城攻略の第一歩ですね!」


「お客様の家だ」


「はい!」


「魔王城じゃないよ」


「はい!」


「聞いてる?」


「はい!」


「……まあいいか」


 二人は依頼先へ向かった。


---


 依頼人の家に到着すると、年配の女性が出迎えてくれた。


「便利屋さん、今日はありがとうございます」


「いえ、こちらこそ」


 魔王が頭を下げる。


 勇気も頭を下げた。


 ただし――


 ものすごく深く。


 女性が驚いた。


「そんなに頭を下げなくても……」


「いえ!」


 勇気は顔を上げた。


「勇者は礼儀が大切です!」


「勇者?」


 女性が魔王を見る。


 魔王は苦笑いした。


「……研修生です」


「なるほど」


 女性は納得した。


「では、このタンスを隣の部屋へお願いします」


「はい」


 魔王はタンスを確認した。


「二人で持てば大丈夫そうだな」


 勇気が腕まくりをした。


「任せてください!」


「慎重にね」


「はい!」


 二人でタンスを持つ。


「せーの!」


 持ち上げた。


 順調だった。


 ところが――


「勇気、右を!」


「右ですね!」


 勇気は勢いよく右へ移動した。


 魔王も右へ。


 タンスも右へ。


「いや、右ってそういう意味じゃ――」


 ゴン!


 タンスの角が壁にぶつかった。


「……」


「……」


 魔王は壁を見る。


 小さな傷がついていた。


 勇気が青ざめる。


「魔王さん……」


「うん」


「敵の反撃です」


「壁は敵じゃない」


「申し訳ありません!」


 勇気は壁に向かって深々と頭を下げた。


「勇者候補・勇気、壁への攻撃を謝罪します!」


「壁に謝ってどうする!」


 依頼人が笑い始めた。


「ふふふ……」


 魔王もつられて笑ってしまった。


「すみません」


「いえいえ」


 なんとかタンスを運び終えた。


 最初の仕事は、無事終了。


 ……のはずだった。


---


 事務所へ戻る途中。


 魔王のスマホが鳴った。


「はい、便利屋です」


『すみません、庭の木に猫が登って降りてこなくなってしまって』


「猫ですか?」


『はい』


 魔王は勇気を見る。


「猫救助だ。猫関連は多いぞ」


 勇気が頷く。


「任せてください」


「猫だからね?」


「分かっています!」


 依頼先に着くと、確かに猫が木の上にいた。


「ニャー」


 勇気が木を見上げた。


「……」


 そしてリュックを背負っていないことに気付いた。


「しまった!」


「何?」


「虫取り網を忘れました!」


「猫を虫みたいに捕まえるな」


「では……」


 勇気は木を見上げる。


「登ります!」


「待て」


「はい?」


「危ないからダメ」


「勇者には危険が付き物です!」


「便利屋にも安全第一が付き物なの」


 魔王は脚立を用意した。


「これで届く」


「なるほど」


 勇気が脚立を持った。


 しかし、なぜか逆向きに持っている。


「勇気」


「はい?」


「それ逆」


「あっ」


 直した。


「よし」


 そして脚立を木の下へ。


 猫がこちらを見る。


「ニャー」


 勇気が優しく声をかけた。


「怖くないぞ」


 猫は逃げた。


「あっ!」


「待て!」


 猫が木の枝を移動する。


 勇気が追う。


「勇者から逃げるな!」


「だから怖がってるんだよ!」


 猫はさらに上へ。


 勇気も脚立を持って移動。


 魔王が叫んだ。


「脚立を持ったまま走るな!」


「はい!」


 勇気は止まった。


 しかし脚立が前に倒れた。


「うわっ!」


 魔王が慌てて支える。


「危ない!」


 依頼人が悲鳴を上げる。


 猫は驚いて――


 木から飛び降りた。


「ニャー!」


 スタッ。


 無事に地面へ。


 そのまま走っていった。


「……」


 勇気が固まった。


 魔王も固まった。


 依頼人が言った。


「あら」


「……」


 魔王が言った。


「猫、自分で降りたね」


 勇気が小さく頷いた。


「はい……」


「俺たち、何もしてないね」


「はい……」


「むしろ追い詰めただけだね」


「はい……」


 依頼人が笑った。


「でも、ありがとうございました」


「え?」


「猫が無事に降りてくれたので」


 魔王は苦笑いした。


「……結果オーライですね」


 勇気も笑った。


「勇者の勝利です!」


「何もしてないけどな」


---


 午後。


 事務所に戻ると、次の依頼が入った。


「庭の草むしりか」


 魔王が言う。


 勇気が真剣な顔をした。


「これは……」


「何?」


「モンスター討伐ですね」


「雑草だよ」


「魔王さん」


「何?」


「俺に任せてください」


 勇気は軍手を装着した。


 そして――


「うおおおお!」


 猛烈な勢いで草を抜き始めた。


 ズボッ!


 ズボッ!


 ズボッ!


「すごいな……」


 勇気は次々と雑草を抜いていく。


 しかし――


「……ん?」


 魔王が庭を見る。


「勇気」


「はい!」


「それ、抜いちゃダメなやつ」


「え?」


 勇気の手には――


 依頼人が大切に育てていた花が握られていた。


「…………」


「…………」


「勇気」


「はい」


「それ、モンスターじゃない」


「……花?」


「花」


「……」


 勇気は絶望した。


「勇者候補・勇気……」


「うん」


「花を討伐しました……」


「討伐するな!」


 依頼人が慌ててやってきた。


「あらー!」


「すみません!」


 勇気は土下座した。


「本当に申し訳ありません!」


「いやいや、わざとじゃないなら……」


 魔王も頭を下げる。


「本当にすみません」


 依頼人は苦笑いしながら言った。


「まあ、これも勉強ですよ」


 勇気は立ち上がった。


「ありがとうございます!」


 そして魔王を見る。


「便利屋って難しいですね」


「そうだろ?」


「勇者より難しいです」


「勇者やったことないだろ」


「……確かに」


 二人は顔を見合わせた。


 そして笑った。


---


 夕方。


 初日の仕事を終えた勇気は、事務所の椅子に座っていた。


 疲れ切っている。


「今日はどうだった?」


 魔王が聞く。


 勇気は胸を張った。


「大変でした!」


「うん」


「タンスを壁にぶつけました!」


「うん」


「猫を追い詰めました!」


「うん」


「花を討伐しました!」


「うん」


「でも――」


 勇気は笑った。


「楽しかったです」


 魔王は少し驚いた。


「……そうか」


「はい!」


 勇気は立ち上がった。


「明日もよろしくお願いします!」


「……こちらこそ」


 勇気が帰っていく。


 魔王は一人になった。


「……意外といい奴だな」


 そのとき。


『そうだな』


「!」


 空耳だった。


「空耳さん」


『勇者候補としても、なかなか見込みがある』


「どこが?」


『勇者は失敗から成長する』


「でも今日、花を抜いてたぞ」


『それも経験だ』


「壁にも謝ってたぞ」


『礼儀正しい』


「猫にも逃げられてたぞ」


『猫には好かれていないな』


「そこは認めるんだ」


 魔王は笑った。


「でも、勇気が勇者になるかどうかなんて、まだ分からないよな」


『そうだな』


「じゃあ、しばらく便利屋でいいか」


『ああ』


 魔王は机の上を片付ける。


 そのとき、玄関の外から声が聞こえた。


「魔王さーん!」


「ん?」


 勇気が戻ってきた。


「どうした?」


「忘れ物です!」


「何?」


 勇気がポケットから何かを取り出した。


 バナナだった。


「……」


「……」


「なんでバナナ?」


「昨日の勇者装備です!」


「便利屋に持ってくるな!」


 魔王のツッコミが、夕暮れの事務所に響いた。

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