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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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会社員が魔王の家に来る

 あの宅配勇者襲撃事件から、数日が経っていた。


 魔王の家では、以前とは明らかに違う習慣ができていた。


 インターホンが鳴ったら、すぐには出ない。


 まずカメラを見る。


 そして、相手の服装を確認する。


 荷物を持っているか。


 帽子を被っているか。


 不自然な笑顔をしていないか。


 そして何より――


 武器を持っていないか。


「ピンポーン」


 その日も、玄関のチャイムが鳴った。


 魔王はソファから飛び上がった。


「来た!」


 父さんもテレビから目を離した。


「誰だ?」


 母さんは台所から顔を出した。


「また宅配?」


「分からない」


 魔王は慎重にインターホンのモニターを確認した。


 そこに映っていたのは――


 スーツ姿の男だった。


 白いワイシャツ。


 ネクタイ。


 黒い革靴。


 そして、手には何かの袋。


 どう見ても会社員である。


 父さんが言った。


「普通のサラリーマンじゃないか?」


 魔王は眉をひそめた。


「前回は宅配業者だった」


「そうだったな」


「その前は何だった?」


「知らん」


「俺たち、もう誰も信用できなくなってない?」


「なってるな」


 父さんは妙に納得した。


 すると、インターホンから声が聞こえてきた。


『すみませーん』


 普通の声だった。


 魔王は少しだけ安心した。


 しかし父さんは慎重だった。


「はい、何でしょうか」


『便通大魔王のサンプルをお持ちしました』


「…………」


 家の中が静まり返った。


 魔王は父さんを見る。


 父さんも魔王を見る。


 母さんだけが目を輝かせた。


「便通大魔王?」


 父さんが答えた。


「この前、魔王がCMに出たやつだな」


 魔王は頭を抱えた。


「俺の名前の飲み物……」


 母さんが言った。


「無料なら飲みたいわ」


 父さんがインターホンに向かって尋ねた。


「本当に無料ですか?」


『もちろん無料です』


 父さんは振り返った。


「無料だって」


 母さんが嬉しそうに言った。


「飲みたい」


 魔王は慌てた。


「ちょっと待って。無料だからって、すぐ信用しちゃダメだよ」


 父さんが真剣な顔をした。


「確かにそうだな」


 母さんも頷く。


「前回のこともあるしね」


「そうだよ」


 魔王は胸を張った。


「俺たちは学習したんだ」


「じゃあ、お父さんが取ってくるか」


「え?」


 父さんが魔王を見る。


「俺が?」


「父さんが一番防御力高いんだろ?」


「そういう問題なのか?」


「たぶん」


 父さんはため息をついた。


「分かった」


 ゆっくり玄関へ向かう。


 魔王と母さんも、その後ろからついていく。


 まるで戦場に向かう部隊だった。


 父さんが玄関の前に立つ。


「開けるぞ」


 魔王が言った。


「慎重にね」


「分かってる」


 父さんがドアを少しだけ開けた。


「どうも」


 そこには、やはりスーツ姿の会社員が立っていた。


「こんにちは。便通大魔王のサンプルを――」


 会社員が何か書類を取り出そうとした。


 その瞬間。


 バタン!


 父さんが猛烈な勢いで扉を閉めた。


「ええっ!?」


 会社員の声が響いた。


「あのー、すみません」


 父さんは扉の向こうから尋ねた。


「今、何をしようとしたんですか?」


「え?」


「今、何か取り出しましたよね?」


「ああ、これですか?」


 会社員は困ったように答えた。


「サンプルをお届けしたお宅をメモしようと、書類を出しただけです」


「…………」


 父さんは黙った。


 魔王も黙った。


 母さんも黙った。


 しばらくして父さんが言った。


「……最近、物騒なのですみません」


「いえいえ……」


 父さんは恐る恐る、再び扉を開けた。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 会社員が書類を持った。


 そして――


 突然、目つきが変わった。


「では……」


 魔王が嫌な予感を覚えた。


「何?」


 会社員は書類を高く掲げた。


「ファイター!」


「え?」


「ウォーラー!」


「何?」


「サンザー!」


「……」


「アイチュ!」


「…………」


 魔王は目を細めた。


「今の、何?」


 会社員は必死だった。


「呪文です!」


「呪文?」


「はい!」


「全部噛んでたけど?」


「緊張してるんです!」


「いや、呪文を噛むってある?」


 会社員はもう一度書類を確認した。


「ファイ……ファイタ……」


 魔王は一歩下がった。


「もういいよ」


 会社員は必死に続ける。


「ウォー……ウォーラー!」


「ア…イ…チュ」


「だから何なんだよ!」


 魔王の頭の中で、空耳の声が聞こえた気がした。


 ――魔王。


「……」


 魔王は周囲を見た。


 空耳はいない。


「今、何か聞こえた?」


 父さんが言った。


「何も聞こえないぞ」


「そっか……」


 魔王は会社員を見る。


 会社員は書類を握りしめていた。


 その表情は、もう完全に会社員ではなかった。


 魔王が聞いた。


「……仕事か?」


 会社員は答えた。


「有給休暇取って来た」


「…………」


 魔王は固まった。


「有給休暇?」


「はい」


「会社休んで?」


「はい」


「俺を倒しに?」


「はい」


 魔王は頭を抱えた。


「有給休暇で魔王を倒しに来るなよ!」


 会社員は何かを言おうとした。


「しかし、勇者として――」


「知らん!」


 魔王は思わずツッコんだ。


「お前、会社員だろ!」


「勇者です!」


「どっちだよ!」


「会社員です!」


「じゃあ仕事しろよ!」


「今日は休みです!」


「だから何で俺のところに来るんだよ!」


「魔王討伐です!」


「有給休暇の使い方がおかしい!」


 会社員は一瞬だけ悲しそうな顔をした。


「……そうですか」


「そうだよ」


「では、また……」


 すると、会社員の体が淡く光り始めた。


「え?」


 魔王が目を丸くする。


「ちょっと待って」


 会社員は消え始めていた。


「え、帰るの?」


「はい……」


「有給休暇なのに?」


「有給休暇ですから……」


「いや、それ関係ある?」


 次の瞬間。


 会社員は完全に消えた。


「…………」


 玄関に静寂が戻った。


 父さんが言った。


「消えたな」


 母さんも頷いた。


「消えたわね」


 魔王は呆然と立っていた。


「……会社員が?」


「うん」


「有給休暇を取って?」


「うん」


「魔王を倒しに来て?」


「うん」


「呪文を噛みながら?」


「うん」


 魔王はため息をついた。


「この世界、大丈夫か?」


 そのとき、玄関に何かが落ちていることに気付いた。


「ん?」


 魔王が拾い上げる。


 そこには一本の飲料があった。


 ラベルには大きく――


『便通大魔王』


 と書かれている。


 魔王はしばらくそれを見つめた。


「……これ、結局もらえるんだ」


 母さんが嬉しそうに近づいてきた。


「飲んでいい?」


「まあ……無料らしいけど」


 父さんが言った。


「本当に飲んで大丈夫か?」


 魔王は商品を眺めた。


「たぶん」


「たぶん?」


「だってCMに出たの俺だし」


 母さんがキャップを開ける。


「じゃあ、いただきます」


 ゴクッ。


「……」


「どう?」


 魔王が尋ねる。


 母さんは少し考えた。


「普通においしいわ」


「普通なのかよ!」


 魔王は思わずツッコんだ。


「もっと何かあるだろ!」


「何が?」


「魔王っぽい効果とか!」


 父さんが商品を眺めた。


「魔王っぽい効果って何だ?」


「知らないよ!」


 母さんが笑う。


「でも、これで勇者が来ても安心ね」


「いや、飲み物で安心するなよ」


 魔王はそう言いながら、テーブルに商品を置いた。


 そして、ふと気付いた。


「……待てよ」


「どうした?」


「今回の勇者、前より変じゃなかった?」


 父さんが腕を組む。


「確かにな」


「宅配勇者はバットだった」


「うん」


「今回の勇者は会社員」


「うん」


「つまり……」


 魔王は真剣な顔をした。


「勇者って、職業を選ばないんじゃないか?」


 母さんが言った。


「じゃあ次は何かしら?」


「分からない」


 魔王は窓の外を見た。


 魔王はソファに座った。


 その瞬間。


 頭の中に、あの声が響いた。


『よう』


「!」


 魔王は飛び上がった。


「空耳さん!」


 父さんと母さんが同時に振り返る。


「誰?」


「いや、何でもない!」


 魔王は小声で答えた。


「……今度は旅行に行ってないでしょうね?」


 空耳が笑った。


『今回はちゃんと見ていたぞ』


「最初から見ててくれよ!」


『会社員勇者もなかなかだっただろ?』


「なかなかじゃないよ!」


『有給休暇まで取っていた』


「そこを面白がるな!」


『魔王、お前は人気者だな』


「嬉しくない!」


『次の勇者も、もう近くまで来ているぞ』


「……え?」


 魔王の顔から笑顔が消えた。


「次?」


『そうだ』


「誰?」


『それは――』


「それは?」


『また今度だ』


「またそれかよ!」


 声が消えた。


 魔王は天井を見上げた。


「……空耳さん」


 返事はない。


「空耳さん?」


 返事はない。


「おーい」


 返事はない。


「……」


 魔王はため息をついた。


「本当に、出てきたり消えたり自由だな」


 母さんが不思議そうに尋ねる。


「魔王、誰と話してるの?」


「……」


 魔王はしばらく考えた。


「独り言」


 父さんが言った。


「最近、独り言が増えたな」


「うん……」


 魔王はテーブルの上の『便通大魔王』を見た。


 そして、小さく呟いた。


「次は……何の勇者だよ」


 そのとき。


 外から――


「ニャー」


 と猫の鳴き声が聞こえた。


 魔王は窓を見る。


「……まさか」


 父さんが言った。


「猫じゃないか?」


「いや……」


 魔王は立ち上がった。


「勇者候補かもしれない」


 母さんが言った。


「猫が?」


「分からない」


 魔王は真剣な顔をした。


「この世界なら……ありえる」


 父さんが腕を組んだ。


「猫の勇者か」


 母さんが頷く。


「かわいいわね」


 魔王は玄関を見つめた。


「かわいい勇者なら……」


 少し安心した。


 しかし、その直後。


 外から聞こえた。


「ニャー」


 そして――


 ガシャン!


「え?」


 何かが玄関の扉にぶつかった。


 魔王一家は凍りついた。


 魔王が小さな声で言った。


「……猫、だよな?」


 父さんが答えた。


「たぶん」


 母さんが言った。


「でも……」


 三人は顔を見合わせた。


「猫が玄関を蹴破る音じゃないわよね」


 魔王は冷や汗をかいた。

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