魔王、病院に行こう
その日の夜。
俺は自分の部屋のベッドに横になっていた。
昼間の出来事が頭から離れない。
突然現れた、Tシャツ、短パン、スニーカー、木のバットの男。
そして。
二発のボディーブロー。
男は消えた。
あれが本当に勇者だったのか。
それとも。
ただの強盗だったのか。
俺にはまだ分からない。
ただ一つ分かったことがある。
「……」
俺は天井を見た。
「インターホンのカメラで確認すれば、強盗かどうか分かるよな」
すると。
――良く考えたな。
「空耳さん!」
俺は起き上がった。
「普通、考えるだろ」
――そうか?
「そうだよ」
――俺には思いつかなかった。
「お前が思いつけよ!」
――すまん。
「……」
俺はため息をついた。
「空耳さん」
――何だ。
「父さんと母さんがいるときは、どうするんだよ?」
――……。
「今までは俺一人だったから何とかしたけどさ」
――……。
「次に勇者が来たとき、両親が玄関にいたら?」
しばらく沈黙。
そして。
空耳が。
小さな声で呟いた。
――その時が来たな。
「何の?」
――家族の力を解放するときだ。
「……」
俺は嫌な予感がした。
「母さんも父さんも格闘技やってないぞ」
――そうだな。
「そもそも二人とも普通のパチンコ好きだ」
――ならば別の力を。
「別の力?」
――お母さんのボディーブロー。
「それは同じだろ!」
――その手もあったか。
「ないよ!」
俺は枕を抱えた。
「お母さんのボディーブローはやめろ!」
――なぜだ。
「母さんは普通のお母さんだぞ!」
――普通ではない。
「え?」
――お母さんは魔女だろ。
「……」
俺は黙った。
「そうだけど」
――うむ。
「いや、そうだけどじゃないんだよ」
俺は頭を抱えた。
「確かに母さんの名前は魔女だけど!」
――なら魔法を使えるようにしよう。
「急だな!」
――魔女だからな。
「名前だけだろ!」
――名前は重要だ。
「さっき『名前は重要ではない』ってノートに書いてあったぞ!」
――……。
「矛盾してない?」
――細かいことは気にするな。
「お前が言うなよ!」
---
父さんはどうなる?
俺は嫌な予感を抱えたまま聞いた。
「じゃあ、父さんは?」
――父親か。
「うん」
――名前は?
「牙城」
――……。
「何?」
――魔王の城にするか。
「やめろ!」
俺は即答した。
「せめてモンスターにしろ!」
――そうか。
「うん」
――では、牙城のように防御が強いモンスターにするか。
「……」
俺は考えた。
「父さん、最強じゃん」
――そうだな。
「どんな攻撃も効かないの?」
――たぶん。
「じゃあ勇者が来ても父さんが玄関に立てばいいじゃん」
――それではお前の出番がない。
「俺、出番なくていいよ」
――魔王だぞ。
「便利屋だよ」
――魔王だ。
「便利屋!」
――魔王。
「便利屋!」
――魔王。
「……」
俺は布団をかぶった。
「もう寝る」
――逃げるのか。
「逃げるよ!」
---
そして、空耳は消えた
「空耳さん」
――何だ。
「本当に母さんが魔女になって、父さんが防御力の高いモンスターになるの?」
――そのうち。
「いつ?」
――分からん。
「また?」
――まただ。
「……」
俺はため息をついた。
「空耳さん」
――何だ。
「両親にはどう説明すればいい?」
――自分で説明しろ。
「おい!」
――お前の両親だ。
「いや、そうだけど!」
――頑張れ。
「丸投げするな!」
――では。
「はい?」
――おやすみ。
「待て!」
――……。
「空耳さん?」
返事はない。
「また消えた……」
俺は天井を見上げた。
「……俺が説明するしかないな」
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家族会議
翌日の夜。
俺は両親とテーブルを囲んでいた。
母さん。
父さん。
そして俺。
三人で向かい合っている。
まるで家族会議。
俺は緊張していた。
母さんが言う。
「魔王、どうしたの?」
父さんも言った。
「話があるって何だ?」
俺は深呼吸した。
「……うん」
そして。
「まず、信じてもらえないと思う」
父さんが頷く。
「うん」
「でも、本当なんだ」
母さんも頷く。
「うん」
「俺には」
少し間を置く。
「空耳さんっていう声が聞こえる」
父さん。
「……」
母さん。
「……」
俺。
「……」
沈黙。
時計の音だけが聞こえる。
カチ。
カチ。
カチ。
父さんが口を開いた。
「それで?」
「その空耳さんが言うには……」
俺は説明を続けた。
「母さんが魔法を使える魔女になって」
母さん。
「……」
「父さんが、防御力がものすごく高い人になるらしい」
父さん。
「……」
「それで」
俺は両手を広げた。
「今まで空耳さんの言う通りにして、俺も格闘技をやってきた」
父さんは黙って俺を見る。
母さんも黙っている。
俺は続けた。
「ボクシングで世界チャンピオンになった」
「うん」
「総合格闘技もやった」
「うん」
「キックボクシングもやった」
「うん」
「それで」
俺は小さな声で言った。
「……たぶん、勇者も来る」
父さんが眉をひそめる。
「勇者?」
「うん」
「魔王を倒しに?」
「そう」
「……」
父さんは腕を組んだ。
「なるほど」
「分かってくれた?」
父さんは立ち上がった。
「よし」
「うん」
「病院に行こう」
「……」
俺は黙った。
「やっぱり?」
母さんも心配そうに言った。
「魔王、大丈夫?」
「大丈夫だよ!」
父さんが言う。
「いや、待て」
「はい」
「お前がそういう話をすること自体は心配だ」
「うん」
「でも」
父さんは少し考えた。
「勇者が本当に来るなら」
「そう!」
俺は身を乗り出した。
「だから!」
父さんが続ける。
「少し待ってから病院に行こうか」
「……」
俺は父さんを見る。
「そこは待つんだ」
「勇者が来るか確認してからでも遅くないだろ」
「父さん!」
俺は感動した。
「信じてくれるの?」
「いや」
「え?」
「病院に行くための確認だ」
「結局、病院じゃん!」
母さんが笑った。
「お父さん、優しいじゃない」
「優しくないよ!」
俺は頭を抱えた。
---
母さんの反応
母さんが俺に聞いた。
「それで、私が魔女になるって?」
「うん」
「魔法は使えるの?」
「空耳さんが言うには」
「どんな魔法?」
「分からない」
「火?」
「分からない」
「水?」
「分からない」
「空を飛べる?」
「分からない」
母さんは少し考えた。
「便利ね」
「そこ?」
「魔女って、家事が楽になったりする?」
「たぶん魔法の使い方が違うと思う」
「じゃあ、掃除魔法は?」
「……」
俺は考えた。
「それなら俺も欲しい」
父さんが言う。
「俺は防御力が高くなるんだろ?」
「そうらしい」
「何から守れるんだ?」
「たぶん、攻撃」
「じゃあ、仕事で怒られても平気か?」
「どうかな?」
「重要だな」
母さんが笑う。
「お父さん、会社で使う気?」
「当然だ」
俺は思わず笑った。
「……」
さっきまで怖かったのに。
なんだか。
少し安心した。
---
そのとき
ピンポーン。
三人が同時に玄関を見る。
「……」
俺の顔から笑顔が消えた。
父さんも黙る。
母さんも黙る。
もう一度。
ピンポーン。
俺は小声で言った。
「……来た」
父さんが聞く。
「勇者?」
「分からない」
母さんが言う。
「宅配じゃない?」
俺は立ち上がる。
「確認してみる」
父さんが俺の肩をつかむ。
「待て」
「何?」
「インターホンのカメラ」
「……!」
俺は思い出した。
「そうだった!」
俺たちは玄関へ向かった。
モニターを見る。
画面に映っていたのは。
宅配業者。
普通の制服。
普通の荷物。
普通の男性。
「……」
俺は胸を撫で下ろした。
「よかった」
父さんが言う。
「普通の宅配だな」
母さんが笑う。
「ほら」
俺も笑った。
「だよね」
普通の宅配だった。




