そろそろ魔王になるか
深夜。
俺は自分の部屋で、昼間に屋根裏から見つかった古い箱を眺めていた。
机の上には、
古い写真。
古いノート。
そして、俺宛ての封筒。
『魔王へ』
その文字を見ているだけで、頭が痛くなる。
「……何なんだよ、これ」
俺は椅子にもたれた。
「俺はただ便利屋をやってるだけなんだけどな」
世界チャンピオン。
元格闘家。
元キックボクサー。
そして今は便利屋。
人生を振り返ってみると、ずいぶん遠くまで来た気がする。
それでも。
今の生活は嫌いじゃない。
人を殴らなくていい。
困っている人を助けられる。
猫を探したり。
屋根裏を調べたり。
……屋根裏では少し変なものを見つけたけど。
「まあ、考えても分からないか」
俺はベッドに横になった。
布団をかぶる。
目を閉じる。
「寝よう」
そう呟いた。
その瞬間。
頭の中に。
突然。
声が響いた。
――そうだ!
「うわっ!」
俺は飛び起きた。
「空耳さん!」
――そろそろ魔王になるか。
「……」
俺は数秒黙った。
「今?」
――今だ。
「何で?」
――何でとは何だ。
「いや、話の流れ!」
――何の流れだ。
「屋根裏の箱とかノートとか、そういう話をしてたじゃん!」
――そうだったな。
「だったら、その続きから説明してよ!」
――それより魔王になるか。
「雑!」
---
魔王になる?
俺はベッドの上で胡座をかいた。
「そもそも」
――何だ。
「魔王になるって」
――うむ。
「モンスターのこと?」
――その通り。
俺は眉をひそめた。
「……」
――魔王だ。
「……」
――モンスターの王。
「……」
俺は自分を見た。
普通の人間。
Tシャツ。
ジャージ。
寝癖。
便利屋の仕事で少し疲れている。
「俺が?」
――お前が。
「モンスターに?」
――そうだ。
「……」
俺はベッドの上で腕を組んだ。
「いやいや」
――何だ。
「話が急すぎない?」
――そうか?
「そうだよ!」
俺は指を一本立てた。
「俺、ついこの前まで猫探してたんだぞ?」
――知っている。
「屋根裏の声を調べてたんだぞ?」
――知っている。
「それが何で急にモンスターの王なんだよ!」
――物語だからだ。
「物語だからって便利すぎるだろ!」
---
勇者と魔王
空耳は淡々と続けた。
――勇者は魔王を倒す。
「……」
俺は黙った。
「それ」
――何だ。
「良くないな」
――何がだ。
「俺、倒されるの嫌だよ」
――当然だ。
「じゃあ、ならなくていいじゃん」
――倒されるかどうかは、お前次第だ。
「どういう意味?」
――お前が強ければ、勇者に勝てる。
俺は腕を組んだ。
「まあ……」
少し考える。
「それはそうかもしれないけど」
――うむ。
「勇者って絶対強いじゃん」
――そうとも限らん。
「いや、勇者だよ?」
――だから何だ。
「物語の主人公みたいなものじゃん」
――そうだ。
「主人公補正とかあるじゃん」
――……。
「何だよ」
――お前、妙なところだけ詳しいな。
「ゲームやったことないけど、話は聞いたことある」
---
健太の名前が出る
俺はふと思い出した。
「でも」
――何だ。
「勇者って、健太みたいなやつじゃないの?」
――健太?
「俺の友達」
――ああ。
「昔から同じクラスで、ずっと一緒だった」
――知っている。
「健太って、勇者っぽいじゃん」
――そうか?
「正義感あるし」
――うむ。
「困っている人を助けるし」
――うむ。
「俺より普通だし」
――それは関係ない。
「そして」
俺はニヤッとした。
「ボクシングでは俺より弱かった」
――……。
「判定負けしたこともあるけど」
――……。
「勇者としてはどうなんだろうな」
空耳がしばらく黙った。
「空耳さん?」
――……。
「まさか」
――何だ。
「健太が勇者とか?」
――まだ分からん。
「怪しい」
――気のせいだ。
「絶対怪しい」
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勇者と戦う?
空耳が言った。
――戦ってみたらいい。
「誰と?」
――勇者と。
「……」
俺は真顔になった。
「リングで?」
――違う。
「じゃあ路上?」
――違う。
「公園?」
――違う。
「便利屋の現場?」
――違う。
「じゃあどこだよ!」
空耳が重々しく言った。
――勇者と魔王は。
少し間を置いて。
――魔王の城で戦うのだ。
「……」
俺は眉をひそめた。
「魔王の城?」
――そうだ。
「どこにあるの?」
――……。
「空耳さん?」
――……。
「どこ?」
――……。
「おーい?」
返事がない。
「空耳さん?」
沈黙。
「まさか」
俺は天井を見る。
「また消えた?」
……。
「おい」
……。
「ちょっと!」
……。
「魔王の城ってどこにあるんだよ!」
返事はない。
俺はベッドから立ち上がった。
「説明だけして消えるなよ!」




