魔王、便利屋の面接を受ける
俺は決めた。
格闘家を辞める。
ボクシング。
世界チャンピオン。
総合格闘技。
キックボクシング。
いろいろやった。
そして、ようやく気づいた。
俺は――
格闘技に向いていない。
「……」
自分でも何を言っているのか分からない。
世界チャンピオンなのだから、普通に考えれば向いている。
ものすごく向いている。
しかし。
俺は人を殴るのが好きではない。
できれば。
人を殴らずに生きていきたい。
だから俺は、第二の人生を決めた。
便利屋になる。
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便利屋という仕事
俺が求人サイトで見つけた便利屋の募集には、こう書いてあった。
『未経験歓迎!』
『体力に自信のある方歓迎!』
『様々な仕事に挑戦できます!』
『人の役に立つ仕事です!』
「……」
完璧だ。
俺にぴったりだ。
引越しの手伝い。
家具の組み立て。
庭の手入れ。
荷物運び。
掃除。
不用品の片付け。
場合によってはペット探し。
「これだ」
俺はスマホを握りしめた。
「今度こそ普通に働く」
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面接会場
数日後。
俺は便利屋の事務所を訪れた。
帽子。
メガネ。
マスク。
一応、変装している。
最近は街を歩くだけで、
「魔王じゃない?」
「世界チャンピオンの魔王?」
「水虫大魔王のCMの人?」
などと言われる。
俺としては。
そっとしておいてほしい。
事務所のドアを開ける。
「失礼します」
「どうぞー」
中から男性の声がした。
俺は面接室に入る。
机。
椅子。
そして面接官。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
面接官が履歴書を見る。
「……」
俺も座る。
面接官。
「……」
履歴書を見る。
俺を見る。
また履歴書を見る。
そして。
「……魔王さん?」
「はい」
「本物ですか?」
「本物です」
「世界チャンピオンの?」
「はい」
「……」
面接官が履歴書をめくる。
「プロボクサー」
「はい」
「世界チャンピオン」
「はい」
「総合格闘技」
「はい」
「キックボクシング」
「はい」
面接官が顔を上げる。
「……」
「はい」
「なんで便利屋なんですか?」
俺は即答した。
「格闘技に向いてないことに気付いたので」
「…………」
面接官は黙った。
俺も黙った。
事務所に静寂が流れる。
やがて面接官が言った。
「……世界チャンピオンですよね?」
「はい」
「格闘技、向いてますよ」
「でも」
「はい」
「人を殴るの好きじゃないんです」
面接官は。
「なるほど……」
と呟いた。
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面接官の疑問
面接官が尋ねる。
「では、魔王さん」
「はい」
「なぜ格闘技を始めたんですか?」
俺は少し考えた。
そして答える。
「誘われて」
「はい」
「断れなくて」
「はい」
「気づいたら格闘家になっていました」
面接官。
「……」
俺。
「……」
面接官。
「そんなことあります?」
「ありました」
面接官は頭を抱えた。
「ボクシングを始めたのも?」
「誘われました」
「世界チャンピオンになったのも?」
「気づいたらなってました」
「総合格闘技も?」
「誘われました」
「キックボクシングも?」
「そうです」
面接官。
「……」
俺。
「……」
面接官。
「魔王さん」
「はい」
「断るの苦手ですか?」
「……」
俺は少し考えた。
「はい」
面接官。
「そこからですか……」
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便利屋の仕事内容
面接官は気を取り直した。
「便利屋は、いろいろな仕事があります」
「はい」
「荷物を運んだり」
「できます」
「家具を組み立てたり」
「できます」
「庭の草むしり」
「できます」
「掃除」
「できます」
「家具の移動」
「できます」
「買い物の代行」
「できます」
面接官が止まった。
「……何でもできますね」
俺。
「体力仕事なら」
面接官。
「世界チャンピオンですもんね」
俺。
「でも」
面接官。
「はい」
「人は殴りません」
「便利屋ですからね」
「あと」
「はい」
「冷蔵庫とか重いものも持てます」
「それは助かります」
「片手でも」
「両手で持ってください」
「……はい」
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実技テスト
面接官は少し考えた。
「では、簡単な実技をお願いします」
「はい」
倉庫に案内される。
そこには段ボール。
家具。
机。
ソファ。
そして。
巨大な棚。
面接官。
「この棚を少し移動できますか?」
「分かりました」
俺は棚の前に立つ。
「よいしょ」
ズズズ……。
棚が動く。
面接官。
「……」
俺。
「このくらいですか?」
「はい……」
「もっと動かします?」
「いえ!」
面接官が慌てる。
「十分です!」
「そうですか?」
「はい!」
俺は棚から手を離す。
面接官は棚を見る。
「……」
俺。
「どうしました?」
「いや」
「はい」
「便利屋に来る人の動かし方じゃないなと思って」
「そうですか?」
「普通は二人か三人で動かします」
「……」
「世界チャンピオンってすごいですね」
俺は少し照れた。
「ありがとうございます」
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採用
面接官は履歴書を閉じた。
「魔王さん」
「はい」
「採用です」
「……!」
俺は思わず立ち上がった。
「ありがとうございます!」
「ただし」
「はい」
面接官が真剣な顔をする。
「一つだけ」
「何でしょう?」
「仕事中に」
「はい」
「ローキックは禁止です」
「しませんよ!」
「本当に?」
「しません!」
「サンドバッグもありません」
「持ってきません!」
「お客様の家具をローキックで動かさないでください」
「やりません!」
「壁にローキックも禁止です」
「当たり前です!」
「よかった」
面接官は安心した。
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初出勤
翌週。
俺は便利屋の制服を着ていた。
鏡を見る。
「……」
格闘家ではない。
世界チャンピオンでもない。
CMタレントでもない。
今日から。
便利屋だ。
「……」
なんだか。
嬉しかった。
「これが普通の生活か」
事務所を出る。
先輩スタッフが声をかける。
「魔王さん!」
「はい!」
「今日の依頼、一緒に行きましょう」
「分かりました!」
「庭の草むしりです」
「はい!」
「あと、物置の片付け」
「はい!」
「それと、大きなタンスの移動」
「はい!」
俺は。
笑った。
「任せてください」
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最初の依頼
依頼先に到着。
庭を見る。
草が。
ものすごい。
「……」
先輩。
「結構ありますね」
俺。
「そうですね」
二人で草むしり。
地味だ。
ものすごく地味だ。
しかし。
俺は。
嫌ではなかった。
「……」
黙々と草を抜く。
先輩が言う。
「魔王さん」
「はい」
「格闘技より楽しいですか?」
俺は。
少し考えた。
「……はい」
「本当に?」
「はい」
「世界チャンピオンなのに?」
「世界チャンピオンだからこそです」
「なるほど」
俺は。
草を抜きながら。
笑った。
「誰も殴らなくていいですから」
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ところが
その日の午後。
タンスの移動。
先輩。
「二人で持ちましょう」
「はい」
俺は片側。
先輩が反対側。
「せーの!」
「よいしょ!」
俺は。
ほとんど力を使わない。
先輩。
「……」
俺。
「どうしました?」
「魔王さん」
「はい」
「これ」
「はい」
「俺、必要ですか?」
「……」
俺は。
タンスを見る。
先輩を見る。
「……必要です」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ持っててください」
「分かりました」
二人で運ぶ。
無事に設置。
お客様。
「ありがとうございます!」
俺。
「ありがとうございました!」
お客様が俺の顔を見る。
「……」
俺。
「……」
お客様。
「もしかして」
俺。
「はい?」
「魔王さん?」
「……」
俺は。
少し迷った。
「……はい」
お客様。
「世界チャンピオンの?」
「はい」
「ええっ!」
先輩。
「あ」
俺。
「……」
お客様。
「なんで便利屋に?」
俺。
「普通に働きたくて」
お客様。
「世界チャンピオンなのに?」
俺。
「はい」
お客様。
「……」
俺。
「……」
お客様。
「人生って分からないですね」
俺。
「本当にそうですね」
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夜
その夜。
俺はベッドに入った。
「……」
今日は。
疲れた。
でも。
嫌な疲れではない。
俺は。
天井を見る。
「空耳さん」
――何だ。
「俺、便利屋になったよ」
――……。
「今日、草むしりした」
――……。
「タンスも運んだ」
――……。
「楽しかった」
空耳は。
しばらく黙っていた。
そして。
――魔王。
「何?」
――お前は本当にこれでいいのか?
「いいよ」
――世界チャンピオンなのに?
「もう引退したんだ」
――魔王なのに?
「名前だけだよ」
――……。
「俺は普通に暮らしたい」
空耳。
――そうか。
「うん」
――ならば。
「何?」
――明日も頑張れ。
「……」
俺は笑った。
「ありがとう」
空耳。
――ただし。
「?」
――魔王が便利屋というのは、やはり世界観がおかしい。
「俺の人生なんだから放っておいてくれ!」
俺は。
布団をかぶった。
そして。
笑いながら目を閉じた。
このときの俺は。
まだ知らなかった。
便利屋として始めた何気ない毎日が。
やがて。
俺の人生を大きく変えることになるとは。
そして――
俺が「魔王」と呼ばれる本当の意味を。
まだ誰も知らなかった。




