結局ボディー
総合格闘技を始めて。
しばらく経った。
俺は。
毎日。
キックを練習した。
パンチは。
世界チャンピオン。
キックは。
まだまだ練習中。
そして。
タックル。
寝技。
関節技。
こちらは。
さらに練習中。
そんな俺に。
ついに。
総合格闘技のプロ初戦が決まった。
「……」
試合前。
控室。
俺は。
椅子に座っていた。
グローブを見る。
ボクシンググローブとは違う。
薄い。
オープンフィンガーグローブ。
「……」
俺は。
これを見ながら思った。
「これで殴るの?」
トレーナーが答える。
「そうだ」
「痛そうですね」
「お前も殴られるぞ」
「……」
俺は黙った。
「できれば殴られたくないです」
「誰だってそうだ」
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初戦の相手
今回の相手は。
かなりバランスの良い選手だった。
立ち技もできる。
キックもできる。
タックルもできる。
寝技もできる。
つまり。
総合格闘技として。
かなり完成された選手。
俺は。
相手の映像を見ながら。
「……強い」
と呟いた。
トレーナーが言う。
「お前にとっては初めての総合格闘技の試合だ」
「はい」
「相手のほうが経験はある」
「はい」
「だが」
トレーナーは俺を見る。
「お前には世界王者のパンチがある」
「……」
「そして」
「はい」
「最近はローキックもかなり良くなった」
俺は頷いた。
「ローなら」
俺は。
少し自信があった。
「いけます」
トレーナーは苦笑した。
「お前、ロー好きだな」
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ゴング
会場。
歓声。
ライト。
リングではなく。
ケージ。
俺は。
初めて入るケージを見回した。
「……」
なんだか。
逃げられない感じがする。
「これ」
俺は小声で言った。
「閉じ込められてない?」
トレーナーが笑う。
「そういう競技だ」
「……」
俺は。
覚悟を決めた。
相手と向かい合う。
レフェリーが中央へ。
「ファイト!」
開始。
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第1ラウンド
最初は。
お互い慎重だった。
パンチで牽制。
「シュッ!」
相手のジャブ。
俺は避ける。
俺もジャブ。
「シュッ!」
相手が下がる。
また。
「シュッ!」
牽制。
いきなり組みつくことはない。
お互い。
相手の出方を見る。
少しすると。
相手がキック。
「バシッ!」
俺も。
ロー。
「バン!」
「……」
当たった。
相手が少し動く。
俺は。
少し嬉しくなった。
「ロー、いけるな」
さらに。
「バン!」
ロー。
相手も。
「バシッ!」
ミドル。
俺はガード。
次第に。
キックが増えていく。
そして。
気づけば。
俺は。
ロー。
ロー。
ロー。
「バン!」
「バン!」
「バン!」
ほとんど。
ローキック。
相手も。
だんだん警戒する。
俺は。
さらにロー。
「バン!」
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第1ラウンド終了
カン!
ラウンド終了。
俺はコーナーへ戻る。
トレーナーが。
すぐに言った。
「いいぞ!」
「はい」
「寝技に持ち込まれなかった!」
「はい!」
「まずはそれでいい!」
俺は水を飲む。
「次も立ち技でいくぞ!」
「分かりました!」
トレーナーが。
俺の目を見る。
「ただし」
「はい」
「ローばかりになりすぎるな」
「……」
俺は。
少し目を逸らした。
「善処します」
「絶対ローしか考えてないだろ」
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第2ラウンド
ゴング。
カン!
俺は。
また。
ロー。
「バン!」
相手。
避ける。
もう一度。
「バン!」
相手。
かわす。
三回目。
「バン!」
相手は。
足を引く。
俺は。
思った。
――いける。
もう一度。
「バン!」
その瞬間。
相手が。
俺の右足を。
「ガシッ!」
掴んだ。
「……」
俺。
固まる。
「え?」
相手は。
そのまま。
俺の足を引いた。
「うわっ!」
バランスを崩す。
次の瞬間。
「ドン!」
俺は。
マットへ。
落ちた。
「……」
そして。
相手が。
一気に。
タックル。
俺の上へ。
「うわあああ!」
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魔王、寝技の世界へ
俺は。
マットに倒されていた。
相手が。
俺の上に乗る。
そして。
お腹の上。
「……」
俺は思った。
――重い。
相手が。
パンチを打ってくる。
「バン!」
俺はガード。
「バン!」
またガード。
「バン!」
また。
「……」
しかし。
少しずつ。
顔に当たる。
「痛っ!」
「バン!」
「痛っ!」
「バン!」
俺は。
顔を守る。
でも。
相手のパンチが。
どんどん当たってくる。
俺は。
焦った。
「……」
――まずい。
このままだと。
負ける。
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魔王、ヤケクソ
相手が。
またパンチ。
「バン!」
俺は。
ガード。
しかし。
次のパンチ。
「バン!」
顔に当たる。
「……」
俺は。
とうとう。
ヤケクソになった。
「もう!」
俺は。
両手を振った。
「うおおおお!」
「バン!」
「バン!」
「バン!」
「バン!」
パンチ。
連打。
相手の顔。
肩。
身体。
とにかく。
腕を振る。
「うおおお!」
相手の頭が。
ぐらっ。
「……?」
相手が。
少し朦朧としている。
「効いた?」
俺は。
さらに。
「バン!」
相手が。
よろけた。
俺は。
両手で相手を押す。
「どいて!」
「ドン!」
相手が。
少し離れた。
俺は。
左手をマットにつく。
「よいしょ……」
立ち上がろうとする。
しかし。
相手が。
再び。
「うおおお!」
俺に飛びかかる。
「またかよ!」
相手が。
マウントポジションを狙う。
俺は。
座ったまま。
「……」
一瞬。
考えた。
パンチ。
キック。
タックル。
寝技。
何をする?
俺は。
相手を見る。
そして。
自然と。
拳を握った。
「……」
――これだ。
「ボディー!」
俺は。
座ったまま。
相手の身体へ。
「ドンッ!」
ボディーブロー。
相手の身体が。
「ビクッ!」
止まった。
「……」
俺も。
驚いた。
相手が。
ゆっくり。
「う……」
そのまま。
前へ。
「ドサッ!」
うつ伏せに倒れた。
「……」
俺は。
呆然。
「え?」
相手が。
お腹を押さえる。
「う……」
俺は。
反射的に。
相手の背中へ。
被さった。
その瞬間。
レフェリーが。
「ストップ!」
「……!」
試合終了。
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総合格闘技、初勝利
俺は。
その場で。
立ち上がった。
「……」
レフェリーが。
俺の腕を上げる。
「勝者!」
「魔王!」
会場。
「うおおおおおお!」
大歓声。
俺は。
何が起きたのか。
よく分からなかった。
「……」
トレーナーが。
ケージの外から叫ぶ。
「魔王!」
「はい!」
「勝ったぞ!」
「……勝った?」
「ああ!」
「ボディーで?」
「お前、ボディー好きだな!」
俺は。
思わず。
自分の拳を見る。
「……」
総合格闘技でも。
結局。
ボディーだった。
---
相手は大丈夫なのか
俺は。
すぐに相手を見る。
相手は。
うずくまっている。
「……」
俺は。
心配になった。
「大丈夫ですか?」
医療スタッフが近づく。
相手は。
しばらくして。
「……大丈夫」
と言った。
しかし。
すぐには立てなかった。
薄いオープンフィンガーグローブ。
そこから。
俺のボディーブロー。
しかも。
一回り強化された腕力。
「……」
俺は。
申し訳なくなった。
「すみません」
相手は。
苦笑する。
「謝るなよ」
「でも」
「試合だからな」
それでも。
しばらくしても。
相手は。
お腹を押さえていた。
そして。
念のため。
タンカーで運ばれることになった。
俺は。
その姿を見送った。
「……」
勝った。
嬉しい。
でも。
やっぱり。
心配だ。
---
夜
その夜。
俺は。
ベッドに寝ていた。
「……」
眠れない。
今日の試合。
何度も思い出す。
「総合格闘技って怖いな」
俺は。
天井を見る。
「相手が何してくるか分からないし」
ボクシングなら。
基本的に立って戦う。
でも。
総合格闘技は。
突然。
タックルされる。
倒される。
上に乗られる。
殴られる。
「……」
俺は。
ため息をついた。
そして。
思った。
――あの声に聞こう。
俺は。
ベッドの上で。
「おーい!」
……
返事なし。
「おーい!」
……
「おーい!」
……
俺は。
さらに大声で。
「おーい!」
その瞬間。
部屋の外から。
「何よ!」
「!」
母さんだった。
「何回もおーいおーいって!」
「あ」
「どうしたの?」
「……」
俺は。
少し考えた。
「ごめん」
「うん」
「なんでもない」
母さんは。
俺を見る。
「……」
そして。
小さく呟いた。
「やっぱり、格闘技やってから、あの子変だわ」
「……」
「大丈夫かしら」
母さんは。
部屋を出ていった。
俺は。
布団に入った。
「……」
そして。
小さな声で。
「おーい」
少し間を置く。
「空耳さん」
――空耳ではない!
「うわっ!」
俺は。
飛び起きた。
「出た!」
――俺の言う通りになったであろう!
「何が?」
――お前は総合格闘技で勝った!
「まあ」
――そして。
「うん」
――ボディーブローで!
「……」
――だから言ったのだ!
「……」
俺は。
少し考えた。
「じゃあ」
「なんて呼べばいいんだよ!」
謎の声。
沈黙。
長い沈黙。
そして。
――……空耳でいいか。
「結局、空耳かよ!」
---
空耳と魔王
俺は。
布団の上で。
頭を抱えた。
「総合格闘技って怖いな」
――何がだ。
「相手が何してくるか分からない」
――それが総合格闘技だ。
「俺はボクシングしかできないんだぞ」
――なら。
「うん」
――練習すればいい。
「……」
――もっと強くなれ。
「……」
俺は。
ため息。
「じゃあさ」
――何だ。
「俺に」
「何をさせたいんだ?」
空耳が聞く。
――お前は何をしたいんだ?
俺は。
真剣に答えた。
「だから前から言ってるだろ」
「健太みたいにサラリーマン」
――……。
「普通に働きたい」
――頭を下げる魔王がどこにいる。
俺は。
即答した。
「ここにいる」
――……。
「俺」
――……。
「普通に頭下げられるぞ」
俺は。
実演した。
「よろしくお願いします」
ペコッ。
――……。
「ありがとうございました」
ペコッ。
――……。
「すみませんでした」
ペコッ。
――……。
俺は顔を上げた。
「ほら」
――……。
「できるだろ?」
空耳は。
呆れたように言った。
――まだサラリーマンはダメだ。
「何でだよ!」
――もっと強くなるのだ。
「もう十分だろ!」
――お前はローキックが好きなんだな。
「……まあ」
――なら。
「うん」
――キックボクシングをやればいい。
「…………」
俺は。
しばらく黙った。
「俺をどうしたいんだよ!」
――魔王にしてやる。
「だから!」
俺は。
布団を叩いた。
「俺は魔王だって!」
――……。
「名前が魔王なんだよ!」
――そうだったな。
「そうだよ!」
――だが。
「うん」
――お前はRPGをやったことがない。
「またゲームの話?」
――いろんな魔王がいる。
「へえ」
――9999のダメージを受けて、一撃で死ぬ魔王もいる。
「……」
俺は。
真顔になった。
「一撃で死ぬ魔王って」
「弱すぎでしょ」
――そうだ。
「そもそも」
俺は。
布団に倒れ込む。
「そんな弱い魔王になりたくないし」
――だから。
「うん」
――もっと強くする。
「いや、強くなりすぎるのも困る」
――財産没収。
「……」
俺は。
数秒。
天井を見つめた。
「……」
そして。
諦めた。
「はいはい」
「分かりました」
「キックボクシングね」
――それでいい。
「でも」
――何だ。
「今度はちゃんと教えてくれよ」
――……。
「空耳さん?」
返事がない。
「……」
「またかよ」
俺は。
布団をかぶった。
「もう知らない」
そして。
目を閉じた。
しかし。
俺の頭の中では。
すでに。
新しい競技の名前が。
ぐるぐる回っていた。
キックボクシング。
パンチ。
キック。
ロー。
ミドル。
ハイ。
そして。
俺は思った。
「……」
「キックボクシングなら」
「ローキックだけでもいけるのかな?」
その瞬間。
――いけるわけないだろ!
「起きてたのかよ!」
こうして。
総合格闘技初戦を勝利した魔王は。
わずか一晩で。
次なる競技。
キックボクシング
へと。
進むことになった。
本人の意思とは。
ほとんど関係なく。
そして。
魔王の格闘技人生は。
ますます。
「普通のサラリーマン」という夢から。
遠ざかっていくのであった。




