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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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保育園に魔王が降臨

俺の名前は、魔王。


まだ三歳だった俺は、その名前がどれほど特殊なのか知らなかった。


俺にとっては普通だった。


朝になれば、


「魔王、起きなさい!」


と母さんが起こす。


「魔王、ご飯よ!」


と言われれば食卓へ行く。


「魔王、靴履いて!」


と言われれば靴を履く。


つまり。


俺にとって「魔王」は、単なる呼び名だった。


問題は。


俺以外の人間が、そう思っていなかったことだ。


---


初登園


保育園の門の前。


俺は母さんと手をつないで立っていた。


母さんは少し緊張していた。


「魔王、大丈夫?」


「うん」


「先生のお話をちゃんと聞くのよ」


「うん」


「お友達と仲良くするのよ」


「うん」


「喧嘩しないのよ」


「うん」


「先生を困らせないのよ」


「うん」


俺は元気よく返事をした。


すると母さんが、最後に一つ付け加えた。


「それから……」


「何?」


「自分から『魔王だぞ!』って言わないこと」


「?」


俺は首を傾げた。


「なんで?」


母さんは遠い目をした。


「……まあ、いいから」


俺はよく分からないまま保育園へ入った。


---


先生との出会い


玄関に入ると、若い女性の先生が笑顔で待っていた。


「おはようございます!」


「おはようございます!」


俺も元気よく挨拶した。


先生は名札を確認した。


「えーっと……今日は新しいお友達が来てくれました」


俺の肩を優しく押す。


「お名前は?」


「魔王です!」


先生の笑顔が一瞬止まった。


「……まおう?」


「はい!」


「……漢字は?」


「分かりません!」


「……そうよね」


先生が少し遠くを見る。


「お母さん、本当に魔王くんっていうお名前で……?」


母さんは苦笑いした。


「はい」


先生は俺を見る。


そして。


「……かっこいい名前ね」


「ありがとう!」


俺は嬉しかった。


先生が母さんに小声で聞く。


「ちなみに……読み方は?」


「まおうです」


「……そのままですか」


「そのままです」


先生の顔に、


『今日から大変な仕事になりそう』


と書いてあるように見えた。


---


クラス発表


教室に入る。


十人くらいの子供たちが遊んでいた。


先生が手を叩く。


「みんなー! 新しいお友達ですよ!」


子供たちが集まる。


「名前は魔王くんです」


一人の男の子が手を挙げた。


「先生!」


「はい、どうぞ」


「魔王って悪い人?」


先生が固まる。


「えーっと……」


俺が答えた。


「違うよ!」


「本当に?」


「うん!」


「じゃあ、いい魔王?」


「たぶん!」


「たぶん?」


先生が吹き出しそうになる。


別の女の子が聞いた。


「魔法使える?」


「使えない」


「飛べる?」


「飛べない」


「じゃあ、何ができるの?」


俺は考えた。


「ご飯食べられる」


教室が静かになった。


先生が笑った。


「それはみんなできますね」


---


魔王の給食


昼食。


俺の前にカレーが置かれた。


俺は大喜びした。


「カレー!」


すると。


隣の男の子が俺を見る。


「魔王なのにカレー食べるの?」


「うん」


「人間の食べ物?」


「そうだよ」


「魔王って人間食べないの?」


俺はスプーンを持ったまま考えた。


「……食べたことない」


「食べてみたい?」


「いや」


「なんで?」


「怖いから」


「魔王なのに?」


「俺、弱い魔王だから」


先生が向こうでむせた。


「先生、大丈夫?」


「大丈夫よ……」


先生は笑いをこらえながら水を飲んでいた。


---


魔王ごっこ


午後。


子供たちは「勇者ごっこ」を始めた。


「俺、勇者!」


「僕、騎士!」


「私はお姫様!」


そして。


全員が俺を見る。


「魔王は?」


俺は自分を指差した。


「俺?」


「うん」


「何するの?」


「悪いことする」


「例えば?」


男の子が考える。


「世界征服!」


「どうやって?」


「……」


誰も答えられなかった。


俺も考えた。


「じゃあ、保育園を征服する?」


「どうやるの?」


「おもちゃを全部俺のものにする」


「それ悪い!」


「魔王だから」


「魔王だ!」


みんなが笑った。


俺は先生を見る。


「先生、これやっていい?」


先生は困った顔をした。


「おもちゃはみんなで使いましょう」


「じゃあ征服できない」


「そうね」


俺は真剣に悩んだ。


「魔王、弱い……」


先生が笑った。


---


勇者、魔王を倒す


遊びが始まった。


男の子が新聞紙で作った剣を持つ。


「魔王!」


俺は両手を広げた。


「ふはははは!」


「世界を返せ!」


「嫌だ!」


「覚悟しろ!」


「待って!」


「何?」


俺は先生を指差した。


「先生に怒られるよ」


勇者役の男の子が止まった。


「……そうだった」


先生が笑った。


「みんな、危ないことはしないでね」


勇者が剣を下ろす。


「魔王、命拾いしたな!」


「うん!」


俺は素直に喜んだ。


すると。


「魔王、弱い!」


「弱い!」


「最弱!」


みんなが笑った。


俺も笑った。


この頃の俺は。


「最弱」という言葉の意味すら、よく分かっていなかった。


---


魔王、逃走


ある日。


先生が絵本を読んでいた。


タイトルは、


『勇者と魔王』。


先生がページを開く。


「昔々、あるところに……」


俺は絵を見る。


黒い服。


角。


大きな身体。


「先生!」


「はい?」


「これ俺?」


教室が爆笑した。


先生も笑った。


「違いますよ」


「でも魔王だよ」


「絵本の魔王です」


俺は絵をじっと見る。


「……俺より強そう」


「そうね」


「じゃあ俺、逃げる」


「どうして?」


「怖いから」


また笑い声。


先生は本を閉じた。


「魔王くんは、ずいぶん正直ですね」


---


魔王、職員室へ


事件が起きたのは。


ある日の午後だった。


俺は園庭で砂遊びをしていた。


すると。


男の子が突然叫んだ。


「魔王が城を作ってる!」


俺は砂を山にしていた。


「うん」


「これは魔王の城?」


「うん」


「じゃあ俺、勇者!」


「また?」


「魔王を倒す!」


「嫌だ!」


俺は逃げた。


男の子が追いかける。


「待てー!」


「嫌だー!」


園庭を走る。


砂場を飛び越える。


滑り台を回る。


そして。


俺は勢い余って。


先生のところへ突っ込んだ。


「先生!」


「どうしたの?」


「勇者が来る!」


「え?」


「助けて!」


先生は笑いながら俺を抱き上げた。


「大丈夫、大丈夫」


勇者役の男の子が近づいてくる。


「魔王、覚悟!」


俺は先生の後ろに隠れた。


「先生は俺の仲間!」


「え?」


先生が困った顔をする。


「私は先生です」


「今日から魔王軍!」


「先生は魔王軍には入りません」


教室中が大爆笑した。


---


父さんに報告


その日の夜。


俺は父さんに話した。


「今日ね、先生を魔王軍にした」


父さんは箸を止めた。


「……魔王軍?」


「うん」


「先生は?」


「断った」


父さんは大笑いした。


「はははは!」


母さんも笑った。


「先生、大変だったでしょうね」


俺は不満そうに言った。


「俺は魔王なのに」


父さんが真顔になる。


「そうだ」


「じゃあ、魔王軍って必要?」


「必要だ」


母さんがすぐに口を挟む。


「必要ありません」


「でも父さん」


「何だ?」


「魔王は一人でも世界征服できる?」


父さんは考えた。


「……無理だな」


「なんで?」


「お前、まだ一人で靴を履けないだろ」


俺は黙った。


母さんが笑う。


「今日も左右逆だったわよ」


「……」


俺は靴を見た。


「魔王、弱い」


父さんが俺の頭を撫でた。


「でもな」


「うん?」


「強くなるのは、これからだ」


---


初めての敗北


翌日。


俺は保育園で宣言した。


「俺、強い魔王になる!」


みんなが集まる。


「どうするの?」


「まず……」


俺は拳を握った。


「パンチ!」


「誰を?」


「勇者!」


「勇者、誰?」


俺は周りを見た。


みんなが一歩下がった。


そして。


一番小さな男の子が前に出てきた。


「僕、勇者」


「よし!」


俺は拳を構えた。


男の子も構えた。


「いくぞ!」


俺が走る。


しかし。


足がもつれた。


「うわっ!」


ドテッ!


俺は転んだ。


勇者役の男の子が俺を見る。


「魔王、倒れた」


「……」


「勝った!」


「……」


俺は地面に寝転んだまま言った。


「俺、弱い」


みんなが笑った。


俺も笑った。


その日。


俺は保育園で一番弱い魔王だった。


でも。


保育園で何度も言われた、


「弱い魔王」


という言葉が。


いつの日か。


俺自身を奮い立たせる言葉になることを。


その頃の俺はまだ。


砂場で城を作りながら、


「先生、魔王軍に入って!」


と叫んでいる。


ただの幼児だった。

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