ガードの上からでも効くのか?
健太がボクシングを辞めてから。
俺は一人で練習を続けていた。
目標は変わらない。
世界チャンピオン。
もちろん。
生活のためにアルバイトも続けている。
朝は仕事。
夜はボクシング。
休日も。
だいたいボクシング。
俺の人生から。
ボクシングを取ったら。
「……何が残るんだろう?」
たまにそんなことを考える。
しかし。
サンドバッグの前に立つと。
そんなことはどうでもよくなった。
「いくぞ」
バンッ!
サンドバッグが揺れる。
もう一発。
バンッ!
さらに。
バンッ!
「……」
俺は拳を見る。
最近。
またパンチ力が上がっていた。
以前の「イージーモード」への変更で。
一度は力が調整された。
しかし。
そこから少しずつ。
俺の身体能力は上がっていった。
腕力。
脚力。
体幹。
瞬発力。
どれも。
普通の人間より。
一回り。
いや。
場合によっては。
二回り近く強い。
それでも。
俺は以前ほど怖くなかった。
力の調整ができるようになったからだ。
「……」
俺はグローブを見る。
「でも」
問題が一つ。
「顔は絶対に強く打てない」
俺は。
相手の顔を見るのが苦手だった。
前回。
軽くワンツーを当てただけで。
相手がダウンした。
あれ以来。
俺はますます顔を狙えなくなった。
「やっぱりボディーだな」
俺は呟いた。
――ボディー好きだな。
「うるさい」
謎の声だった。
――またボディーか。
「安全なんだよ」
――本当にそう思っているのか?
「思ってる」
――まあいい。
「何だよ」
――次の試合を楽しみにしていろ。
「……」
俺は首を傾げた。
「何か知ってるのか?」
返事はない。
「おい」
――……。
「また消えた」
俺はため息をついた。
「便利だな、お前」
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次の試合
そして。
次の試合の日が来た。
相手は。
今まで戦った選手より。
明らかに強かった。
ランキングも上。
経験も上。
試合映像を見ると。
防御がうまい。
パンチも速い。
そして。
手数が多い。
俺は控室で映像を見ながら。
「……」
唸っていた。
「この人、強いな」
トレーナーが頷く。
「今までとはレベルが違うぞ」
「はい」
「だからこそ、勝てば大きい」
「……」
俺は拳を握る。
「勝ちます」
「いい顔だ」
トレーナーが笑う。
しかし。
俺には一つ。
大きな問題があった。
――顔を殴れない。
「……」
俺は相手の映像をもう一度見る。
「ボディーに隙があるといいんだけどな」
トレーナーが苦笑した。
「お前は本当にボディーが好きだな」
「好きというか」
俺は真顔で答えた。
「顔が怖いんです」
「ボクサーの発言とは思えないな」
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ゴング
リングへ上がる。
相手を見る。
相手も俺を見る。
レフェリーが中央で注意事項を説明する。
俺は。
相手の身体を見る。
ガード。
高い。
そして。
しっかりしている。
「……」
嫌な予感。
ゴング。
カン!
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第1ラウンド
相手は。
すぐに前へ出た。
「シュッ!」
ジャブ。
速い。
俺は避ける。
「シュッ!」
もう一発。
そして。
「バン!」
右。
俺はガード。
「速い……」
前の相手とは違う。
俺もジャブを出す。
「シュッ!」
相手はかわす。
そして。
また打つ。
「シュッ!」
「バン!」
「シュッ!」
手数が多い。
俺は防御する。
しかし。
ポイントは。
相手が取っている。
――このままだと。
俺は思った。
――判定で負ける。
第1ラウンド終了。
カン!
俺はコーナーへ戻った。
トレーナーが言う。
「相手は手数で来ている」
「はい」
「お前ももっと打て」
俺は黙る。
「……」
「どうした?」
「顔には打ちたくないです」
トレーナーが。
「……」
頭を抱えた。
「またか」
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第2ラウンド
ゴング。
カン!
俺は前へ出た。
相手は。
相変わらず手数が多い。
俺はガード。
避ける。
そして。
ボディー。
「バンッ!」
相手の肘に当たる。
ガード。
「くそ……」
もう一発。
「バンッ!」
またガード。
三発目。
「バンッ!」
ガード。
相手は。
ほとんど隙を見せない。
「……」
俺は焦った。
――どうする?
顔は打てない。
ボディーはガードされている。
相手は手数が多い。
このままなら。
またポイントを取られる。
「……」
俺は。
思い切って。
少し強く。
ボディーを打った。
「ドンッ!」
相手のガードが。
「ビクッ!」
少し動いた。
「……?」
俺は気づいた。
もう一発。
「ドンッ!」
相手の身体が。
少し下がる。
しかし。
ガードは崩れない。
「……」
俺は。
さらに。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
またガード。
相手は。
守っている。
でも。
何かがおかしい。
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相手のパンチが減っていく
最初。
相手は。
ものすごい手数だった。
しかし。
気づけば。
「シュッ!」
一発。
俺は避ける。
「……」
次が。
来ない。
俺は目を細めた。
「……?」
相手が。
少し下がった。
俺も前へ。
「バンッ!」
ボディー。
ガード。
「……」
相手が。
また下がる。
俺は。
気づいた。
「……まさか」
俺は。
ボディーをもう一度。
「ドンッ!」
ガード。
相手の顔が歪んだ。
「!」
俺は思った。
――効いてる?
ガードしている。
だから。
当たっていないと思っていた。
でも。
パンチの衝撃そのものは。
腕から。
身体へ。
伝わっている。
「……」
俺は。
初めて理解した。
――ガードしてても。
――ダメージはある。
「……そういうことか」
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魔王、覚醒
俺は。
ボディーだけを狙った。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
ガード。
相手は。
どんどん下がる。
「おい……」
観客も。
ざわつき始める。
相手のコーナーも。
叫んでいる。
「下がれ!」
「距離を取れ!」
しかし。
俺は追う。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
相手が。
さらに下がる。
「……」
俺は。
思った。
――ガードを壊す必要はない。
――ガードの上から。
――少しずつ削ればいい。
俺は。
ひたすらボディーを打った。
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相手の限界
第3ラウンド。
相手は。
明らかに疲れていた。
手数が。
完全に落ちている。
「……」
俺は。
冷静だった。
顔には打たない。
ボディーだけ。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
ガード。
「ドンッ!」
相手の足が。
一歩下がる。
さらに。
「ドンッ!」
相手が。
リングロープまで下がった。
「……!」
俺は追い込んだ。
しかし。
相手は。
まだ立っている。
俺は。
ボディーへ。
「ドンッ!」
その瞬間。
相手の膝が。
ガクッ。
「……!」
俺はパンチを止めた。
相手は。
ゆっくり。
膝をついた。
「……」
レフェリーが近づく。
しかし。
その瞬間。
相手コーナーから。
タオルが。
「ヒュッ!」
リングへ飛んできた。
「……え?」
俺は。
タオルを見る。
「タオル?」
レフェリーが試合を止める。
「試合終了!」
会場が。
「うおおおおお!」
歓声に包まれた。
俺は。
呆然としていた。
「……勝った?」
トレーナーが叫ぶ。
「勝ったぞ!」
「本当に?」
「ああ!」
「俺、顔殴ってないですよね?」
「殴ってない!」
「よかった……」
トレーナーが。
「そこを最初に確認するのかよ!」
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新しい勝ち方
俺は。
相手のところへ行った。
「大丈夫ですか?」
相手は。
まだ膝をついていた。
「……大丈夫」
「本当に?」
「ああ」
相手は苦笑した。
「ただ……」
「はい?」
「お前」
「はい」
「ボディーしか打ってこないな」
「……」
「途中から」
「はい」
「腹が地獄だった」
「すみません」
相手が笑った。
「謝るなよ」
「でも」
「プロだろ?」
「……はい」
「それなら」
相手は立ち上がった。
「それがお前の武器なんだろ」
俺は。
少しだけ。
嬉しくなった。
「ありがとうございます」
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その夜
家に帰る。
シャワーを浴びる。
ベッドに横になる。
「……」
今日の試合を思い出す。
ガードの上からでも。
ダメージは蓄積する。
当たり前のようで。
俺にとっては。
大発見だった。
「……」
そして。
例の声が。
聞こえた。
――やっと分かったようだな。
「!」
「お前か」
――ガードしていても。
「うん」
――ダメージは少しずつ蓄積される。
「なるほどな」
――ロールプレイングゲームの常識だぞ。
俺は。
しばらく考えた。
「……」
そして。
呟いた。
「ローゲーもそうなんだ」
――……。
沈黙。
「?」
――おい。
「何?」
――略すな。
「え?」
――ロールプレイングゲームを「ローゲー」と略すな!
「何で?」
――エロゲーみたいに聞こえるだろ!
「……」
俺は。
布団の中で。
吹き出した。
「ハハハハ!」
――笑うな!
「だって!」
――お前が変な略し方をするからだ!
「ローゲーって言いやすいだろ!」
――言いやすさの問題ではない!
「じゃあ何て言えばいいんだよ!」
――普通にロールプレイングゲームと言え!
「長い!」
――長くない!
「長い!」
――ゲーム好きの人間はそれくらい言える!
「俺、ゲーム詳しくないんだよ!」
――だから勉強しろ!
「ボクシングの練習で忙しいんだよ!」
――ゲームの基礎くらい覚えろ!
「なんで俺、ボクサーなのにゲームの勉強してるんだよ!」
――いずれ必要になる。
「何に?」
――……。
「ほら、また黙った」
――そのうち分かる。
「それ禁止にしようぜ、そのセリフ」
――無理だ。
「何でだよ!」
――私の決め台詞だからだ。
「決め台詞だったのかよ!」
俺は。
また笑った。
そして。
天井を見ながら。
今日の勝利を思い出す。
俺は。
また一つ。
強くなった。
パンチ力も。
また上がっている。
そして。
俺には。
新しい武器ができた。
――ボディー。
俺は。
満足そうに呟いた。
「世界チャンピオンまで」
「あと何試合だ?」
――……。
「おい」
――そのうち分かる。
「またかよ!」
こうして。
魔王の世界チャンピオンへの道は。
また一歩。
前へ進んだ。
ただし。
本人はまだ知らない。
ボクシングの世界で。
「顔面をほとんど狙わないのに、相手を倒していく謎のボクサー」として。
少しずつ。
その名前が知られ始めていることを。




