王都に戻ってきた魔王軍と国王。
ようやく落ち着ける――
誰もが、そう思っていた。
……少なくとも、五分前までは。
王都の大通りでは、民衆が空を見上げていた。
「……」
「……」
「……なんか、多くない?」
一人の民衆が空を指差す。
「また増えてる」
「また?」
「うん。また増えてる」
「何が?」
「空のやつ」
「空のやつって何だよ」
別の民衆も空を見上げる。
「……ああ」
「鳥か?」
「たぶん鳥」
「たぶん?」
「遠すぎて分からない」
「鳥だろ」
「じゃあ鳥でいいか」
「いいのかよ」
王都のあちこちで、人々が空を見上げ始めた。
その数は、どんどん増えていく。
「何だ?」
「鳥が多いぞ」
「昨日もいた?」
「昨日はこんなにいなかった」
「じゃあ今日から鳥が増えたのか?」
「鳥にも何か事情があるのかもしれない」
「どんな事情だよ」
「知らん」
「じゃあ言うなよ」
そんな会話が王都中で繰り広げられていた。
一方――
国王の城。
魔王軍と国王は、城のベランダに出ていた。
全員が空を見上げている。
魔王も目を細める。
「……確かに多いね」
五利武が空を見ながら言う。
「かなり飛んでますね」
殴打も見上げる。
「鳥ですか?」
便意が答える。
「鳥っぽいですね」
鍋も空を見る。
「食べられる鳥ですかね?」
魔王が振り返った。
「鍋さん」
「はい?」
「最初にそこを見るんですか?」
「料理人ですから」
「鳥を見て食材判定するの早すぎません?」
鍋は真剣だった。
「焼いたら美味しいかもしれません」
「まだ敵かどうかも分からないのに!」
母さんが笑う。
「鍋さんらしいわね」
ゴプリンも空を見る。
「……鳥」
「ゴプリンも鳥だと思う?」
「……たぶん」
「たぶんなんだ」
ゴプリンはしばらく空を見た。
「……飛ぶ」
「そこは確実なんだね」
昆布は双眼鏡を取り出した。
いつものように、冷静に空を観察する。
「……」
「どうですか?」
魔王が聞く。
昆布は双眼鏡から目を離さない。
「かなり高いですね」
「何羽くらい?」
「正確には分かりません」
「そんなに?」
「かなりいます」
国王も空を見上げた。
そして静かに言った。
「確かに、今までにないほど、何かがたくさん飛んでいるな」
空高く。
鳥のようなものが飛んでいる。
一羽。
二羽。
十羽。
さらにその向こうにもいる。
王都の上空を大きく旋回している。
国王は続けた。
「今まで、通り過ぎる鳥はたくさんいた」
「はい」
昆布がうなずく。
「だが、ずっと王都の上を旋回している鳥は居なかった」
魔王は空を見る。
「確かに……」
母さんが言う。
「ずっと王都の上にいるのね」
「はい」
昆布は双眼鏡を下ろした。
「普通の鳥なら、餌を探したり、移動したりするはずです」
「なるほど」
国王がうなずく。
「では、なぜ王都の上を飛び続けている?」
昆布は少し考える。
「分かりません」
魔王がすぐに言った。
「昆布さん、今日『分かりません』多くない?」
「情報が足りませんから」
「そういう時は堂々と言うんだね」
「軍師ですから」
「軍師だから『分かりません』を堂々と言うんだ……」
父さんが空を見上げる。
「鳥か……」
メンタルアタックネクタイが突然言った。
「何か食べたのか?」
「俺が?」
「鳥が」
「鳥に聞けないだろ」
「聞いてみろ」
「どうやって?」
「普通にだ」
「鳥に話しかける仕事なんてない」
「飼育員さんは頑張ってるぞ」
父さんは少し考えた。
「……鳥さん、何かありましたか?」
「父さん、普通に聞いた!」
全員が父さんを見る。
鳥は――
「……」
何も答えない。
父さんが言う。
「返事がないな」
魔王が言った。
「鳥だからね」
「そうか」
父さんは納得した。
しかし。
昆布は再び双眼鏡を覗いた。
「……」
そして、ぽつりと言った。
「もしかすると……」
魔王が見る。
「何か分かった?」
「まだ推測ですが」
昆布は空を見上げる。
「オオカミモンスターに餌をあげてしまったのを知っているのかもしれません」
一瞬。
全員が黙った。
「……」
魔王が思い出す。
以前、王都を襲ってきた巨大なオオカミモンスターたち。
しかし彼らは――
「ワン!」
と鳴き。
お腹を空かせていた。
そして魔王軍は、激辛と鍋が作った甘辛肉鍋を大量に与えた。
するとオオカミモンスターたちは満足して帰っていった。
魔王が言う。
「なるほど……」
五利武が言う。
「『王都に行けばご飯がもらえる』という情報が広がったんでしょうか?」
鍋が反応した。
「それなら歓迎します」
「鍋さん?」
「お腹を空かせたモンスターが来たら、料理を出します」
魔王が慌てる。
「いやいや!」
鍋を見る。
「また王都をモンスターだらけにするつもりですか?」
鍋は真剣な顔で答えた。
「料理人としては、注文が多い方が嬉しいです」
「店じゃないんですよ!」
父さんがうなずく。
「確かに仕事は増えるな」
メンタルアタックネクタイが言う。
「副業解禁だ」
「そこは嫌だな」
父さんが即答した。
魔王が笑う。
「父さん、そこは嫌なんだ」
母さんも笑った。
「パパ、仕事の話になると急に現実的ね」
父さんは空を見上げる。
「仕事は定時が大事だからな」
「モンスターにも定時があるの?」
便意が聞いた。
「知らん」
「また『知らん』ですか」
昆布はそんなやり取りを聞きながら、再び空を観察する。
「ただ……」
昆布の表情が変わる。
「餌をもらえるという情報だけなら、ここまで王都の上を旋回する必要はないかもしれません」
魔王が真剣になる。
「じゃあ、何か別の目的がある?」
「その可能性もあります」
国王も空を見上げる。
「まだ攻撃してくるのか、それとも様子を見て帰っていくか……」
昆布が続けた。
「分かりませんね」
国王がうなずく。
「そうだな」
魔王軍全員が、空を見る。
鳥のようなものたちは、何もせずに旋回している。
攻撃してこない。
近づいてもこない。
ただ――
王都の上を飛び続けている。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
五利武がぽつりと言った。
「待っているんでしょうか?」
魔王が聞く。
「何を?」
「ご飯」
鍋が即座に反応する。
「でしたら――」
魔王が止める。
「鍋さん、まだです」
「はい」
鍋は残念そうに引き下がった。
便意が空を見る。
「ファイアーで追い払いますか?」
昆布が即答する。
「まだ攻撃していません」
「じゃあウォーター?」
「もっとダメです」
「竜巻?」
「絶対ダメです」
便意はうなずいた。
「分かりました」
魔王が言う。
「便意さん、今は魔法を使わないのが一番の魔法かもしれないね」
「深いですね」
「たまたまです」
その時。
空を飛んでいた一羽の鳥のようなものが――
スッ。
少しだけ高度を下げた。
全員が見る。
「……!」
昆布が双眼鏡を構える。
鳥のようなものは、王都へ向かってゆっくりと旋回している。
しかし――
攻撃してこない。
魔王が息をのむ。
「来る?」
五利武がゴルフクラブを握る。
殴打も魔法のバットを構える。
父さんの不思議なスーツが少しだけ動く。
メンタルアタックネクタイが言った。
「仕事か?」
父さんが答える。
「まだ分からん」
「では待機だ」
「そうだな」
母さんは巨大なしゃもじを持つ。
鍋はヘル鍋をかぶっている。
便意は瞬間移動の杖を持つ。
ゴプリンはプリンカップを押さえる。
昆布は双眼鏡を覗く。
国王は黙って空を見つめる。
そして魔王は――
ただ静かに空を見上げていた。
鳥のようなものが、ゆっくりと王都の上を旋回する。
一周。
また一周。
まだ攻撃はない。
まだ何も起きない。
だが――
その数は、少しずつ増えていた。
「……」
昆布が小さくつぶやいた。
「やはり、何かを待っているのかもしれません」
魔王が聞く。
「何を?」
昆布は答えなかった。
空には、無数の鳥のような影。
王都の人々も、不安そうに空を見上げている。
そしてその中で、鍋だけが小さくつぶやいた。
「……鳥鍋……」
魔王が振り返る。
「鍋さん」
「はい」
「まだ食べる話じゃないからね」
「分かっています」
「本当に?」
「……たぶん」
魔王は空を見上げた。
王都の上空を旋回する鳥たち。
一体、何のために集まっているのか。
そして――
次に現れるのは、鳥なのか。
モンスターなのか。
それとも――




