王都へ戻る
翌朝。
旅立ちの村の宿屋。
国王と魔王軍は、朝食を早めに済ませていた。
昨日までの長旅。
そして王都で起きているという不穏な動き。
誰もが少し気にはしていた。
しかし――。
朝食は朝食である。
鍋が作った料理を、みんなでしっかり食べた。
殴打は最後の一切れを見つめている。
鍋。
「殴打さん、それ食べます?」
殴打。
「いいのか?」
鍋。
「どうぞ」
殴打。
「ありがとう!」
一瞬で食べる。
魔王。
「早いな」
五利武。
「野球選手ですから」
魔王。
「関係ある?」
殴打。
「あります」
昆布。
「ありません」
殴打。
「……」
便意。
「ないですね」
殴打。
「みんな冷たいな」
父のネクタイ。
「朝食は時間厳守だぞ」
父。
「はい!」
魔王。
「父さん、今日はまだ何も言われてないよ」
父。
「でも大事なことだからな」
ネクタイ。
「遅刻するな」
父。
「はい!」
魔王。
「何に?」
父。
「……宿屋に?」
魔王。
「もういるよ!」
母が笑った。
「パパ、朝から元気ね」
父。
「おう」
ネクタイ。
「本日の業務開始だ」
父。
「はい!」
魔王。
「もう放っておこう」
---
朝食を終えると、国王が立ち上がった。
「では、そろそろ出発しよう」
昆布が頷く。
「はい。王都の件もありますから、早めに戻ったほうがいいでしょう」
魔王。
「そうですね」
国王は宿屋を出た。
外には、旅立ちの村の村人たちが集まっていた。
国王が馬車へ向かう。
村人が声をかける。
「国王様、お気をつけて!」
「また来てください!」
「ありがとうございました!」
国王は笑顔で手を振った。
「ありがとう。また来よう」
魔王軍も村人たちに手を振る。
母。
「また来ますね」
鍋。
「次はもっとたくさん料理を作ります」
魔王。
「鍋、もう次の料理のこと考えてるの?」
鍋。
「料理人ですから」
父のネクタイ。
「次の仕事の予定を確認しろ」
父。
「はい!」
魔王。
「父さんはもういいよ!」
村人たちは笑っている。
ゴプリンも手を振る。
「……また」
おばあちゃんが遠くから手を振っている。
「またご飯食べに来てね、勇者様!」
ゴプリン。
「……うん」
魔王。
「ゴプリン、すっかり村の人気者だね」
ゴプリン。
「……ご飯」
魔王。
「そこなの?」
---
国王が馬車に乗り込む。
兵士が馬車の周囲につく。
そして――。
「出発!」
馬車がゆっくり動き始めた。
魔王軍も歩き出す。
先頭は父。
その後ろに魔王。
続いて殴打、便意、昆布。
その後ろを国王の馬車が進む。
さらに後方には鍋、五利武、母、ゴプリン。
そして周囲を兵士たちが固める。
昆布が周囲を確認する。
「今のところ問題ありません」
魔王。
「順調だね」
父。
「俺が先頭だ」
魔王。
「頼りにしてるよ、父さん」
父。
「任せろ」
ネクタイ。
「前方確認を怠るな」
父。
「はい!」
魔王。
「……父さんが一番ちゃんとしてるのか、ネクタイが一番ちゃんとしてるのか分からなくなってきた」
---
旅立ちの村を出て、少し歩いた。
道の先には、広い空。
森。
草原。
そして――。
上空に何かが飛んでいる。
昆布が双眼鏡を取り出した。
「……」
少し見てから言う。
「魔王様」
「何?」
「前方上空にモンスターです」
魔王。
「また?」
昆布。
「はい」
五利武がすぐに上空を見る。
黄色い。
白い。
そして――。
あの形。
バナナだった。
五利武の顔が変わる。
「……」
魔王。
「五利武さん?」
五利武はゴルフクラブを構えた。
「白い粉が来る前に」
魔王。
「!」
殴打。
「早い!」
便意。
「もう構えてる!」
昆布。
「素晴らしい判断です」
母。
「今回は早いわね」
鍋。
「料理より早い」
ゴプリン。
「……バナナ」
バナナモンスターたちは、まだこちらに気づいていない。
「今日も魔王軍を――」
その瞬間。
五利武。
「行きます!」
ブンッ!
ゴルフクラブが振り抜かれた。
ズバァァァッ!
五利武の身体が一気に前へ飛ぶ。
「うおおおおお!」
魔王。
「飛んだ!」
殴打。
「やっぱり飛ぶな!」
昆布。
「よく飛ぶゴルフクラブですから!」
五利武はゴルフクラブを握ったまま、空へ飛んでいく。
バナナモンスターが気づく。
「え?」
「何だあれ?」
「ゴルファーだ!」
五利武。
「遅い!」
バナナモンスター。
「ちょ――」
ポォォォン!
一匹目が飛ぶ。
「うわあああ!」
さらに――。
ポォォォン!
二匹目も飛ぶ。
「飛んだあああ!」
五利武は空中で身体をひねる。
そしてゴルフクラブを再び振った。
ブンッ!
五利武自身も方向を変える。
そのまま地面へ戻ってくる。
ズサァァァッ!
見事な着地。
五利武はゴルフクラブを肩に担いだ。
「終わりました」
魔王軍全員。
「……」
魔王。
「早い!」
殴打。
「早すぎる!」
便意。
「ファイアーすら言ってないですよ!」
昆布。
「今回は白い粉を撒かせませんでした」
母。
「素晴らしいわ」
鍋。
「料理を投げる暇もなかったですね」
父。
「俺も何もしてないぞ」
ネクタイ。
「仕事が減ったな」
父。
「そうだな」
魔王。
「それを仕事って言うなよ」
---
国王は馬車の中から一部始終を見ていた。
「……」
そして、ゆっくり窓から顔を出した。
「素晴らしい」
五利武が振り返る。
「ありがとうございます、国王陛下」
国王。
「何という速さだ」
五利武。
「もう、ヌルヌルツルツルは嫌ですからね」
国王。
「なるほど」
魔王。
「前回かなり苦労しましたからね」
便意。
「僕なんてウォーターで余計にヌルヌルにしました」
昆布。
「便意さん」
便意。
「はい」
昆布。
「その話はしなくていいです」
便意。
「すみません」
殴打。
「俺もあの地面には二度と寝たくない」
五利武。
「私は寝てないですけど」
殴打。
「みんな寝てただろ」
魔王。
「立てなかっただけだよ」
五利武。
「私は飛びました」
魔王。
「今回はね」
---
国王が笑う。
「それにしても、先ほどのモンスターはいつも現れるのか?」
昆布。
「はい」
魔王。
「白い粉を撒いてくるんです」
国王。
「あの白い粉だな」
母。
「地面がツルツルになった」
国王。
「それは危険だな」
便意。
「僕がウォーターって言ったら、さらにツルツルになりました」
昆布。
「だからその話はしなくていいです」
便意。
「はい」
国王。
「……」
魔王。
「国王陛下、気にしないでください」
国王。
「いや、少し気になる」
魔王。
「僕も気になります」
便意。
「すみません」
---
後ろでは、鍋が五利武を見る。
「五利武さん」
「はい」
「前より強くなってません?」
五利武。
「そうですか?」
昆布。
「明らかに対応が早くなっています」
五利武。
「前回は全員が地面に倒れてから攻撃しましたからね」
魔王。
「そうだった」
五利武。
「今回は倒れる前に飛ばしました」
昆布。
「非常に合理的です」
五利武。
「もう、あの白い粉を見た瞬間に嫌なんですよ」
殴打。
「分かる」
便意。
「僕も嫌です」
父。
「俺も嫌だ」
母。
「私も」
ゴプリン。
「……嫌」
鍋。
「俺もです」
魔王。
「みんな嫌だったんだね」
昆布。
「はい」
魔王。
「じゃあ、今日の五利武さんの判断は正解だね」
五利武。
「ありがとうございます」
---
そのとき。
遠くの空に、何かが見えた。
昆布が双眼鏡を上げる。
「……」
魔王。
「またモンスター?」
昆布。
「いえ」
「何?」
昆布はしばらく黙っていた。
そして、
「今のところは何もありません」
魔王。
「そっか」
昆布。
「ですが、王都の件があります」
魔王。
「うん」
昆布。
「急いで戻ったほうがいいでしょう」
国王も馬車の中から頷く。
「そうだな」
一行は再び歩き始めた。
父が先頭を歩く。
魔王がその後ろ。
殴打、便意、昆布。
その後ろを国王の馬車が進む。
さらに鍋、五利武、母、ゴプリン。
周囲には兵士たち。
今度は、バナナモンスターが白い粉を撒く暇すらなかった。
五利武が満足そうにゴルフクラブを担ぐ。
「……」
殴打。
「どうした?」
五利武。
「いや」
少し間を置いて――。
「今日は気持ちよく振れました」
魔王。
「それはよかった」
五利武。
「朝から良いスイングでした」
昆布。
「任務としても完璧でした」
国王。
「実に頼もしい」
五利武。
「ありがとうございます」
ゴプリン。
「……バナナ」
魔王。
「食べたかった?」
ゴプリン。
「……少し」
魔王。
「もう飛んで行っちゃったよ」
ゴプリン。
「……」
母。
「帰ってきたら何か食べましょうね」
ゴプリン。
「……プリン?」
母。
「プリンもあるかもね」
ゴプリン。
「……!」
魔王。
「機嫌直った」
---
その頃、遠くの空。
五利武に飛ばされた二匹のバナナモンスターは――。
「うわああああ!」
「また飛ばされたあああ!」
「今回は白い粉を撒く暇もなかったぞ!」
「速すぎるだろ、あのゴルファー!」
二匹は青空の彼方へ飛んでいった。
そして地上では――。
魔王軍と国王一行が、何事もなかったかのように歩き続けていた。
しかし。
彼らが向かっているのは王都。
そこでは昨夜、兵士たちが伝えた「不穏な動き」が待っている。
バナナモンスターよりも厄介な何かが、すでに動き始めているのかもしれない。
魔王は前を見た。
「……王都、どうなってるんだろう」
昆布。
「行ってみなければ分かりません」
父。
「なら、行くしかないな」
ネクタイ。
「目的地まで気を抜くな」
父。
「はい!」
魔王。
「……」
五利武。
「父さん、今日も元気ですね」
魔王。
「ネクタイのおかげだよ」
父。
「そうだな」
ネクタイ。
「俺は何でも知っている」
魔王。
「それだけは知らなくていい!」
一行の笑い声が、旅立ちの村から続く道に響いた。
そして――。
王都へ向かう旅は、さらに続いていく。




