旅立ちの村の夜明け
夕食を終えるころには、すっかり夜になっていた。
王都から来た兵士たちは、食堂の隅で見張りの交代の順番を確認している。
国王は大きく伸びをした。
「今日は長い一日だったな」
魔王が頷く。
「そうですね。王都からここまで来ましたし、カエルにも襲われましたし、バナナにも襲われましたし……」
父が手を挙げる。
「俺はカエルの口の中にも入った」
魔王。
「それは父さんだけだよ」
父。
「そうだったな」
ネクタイ。
「今日もよく働いたな」
父。
「はい!」
魔王。
「だからなんでネクタイに返事するの」
国王が笑う。
「面白いネクタイだな」
父。
「はい。最近よくしゃべります」
ネクタイ。
「俺は何でも知っている」
魔王。
「急に怖いこと言うなよ」
---
宿屋では、国王のために寝室が用意されていた。
「国王陛下はこちらのお部屋でお休みください」
兵士が案内する。
国王はベッドを見る。
「これはありがたい」
魔王。
「今日はゆっくり休んでください」
国王。
「皆もな」
昆布が頭を下げる。
「ありがとうございます」
国王が部屋に入る。
そして扉が閉まる。
「では、見張りを頼む」
兵士たちはすぐに配置についた。
二人ずつ交代しながら、国王の寝室の前を見張る。
兵士A。
「第一班、見張りにつきます」
兵士B。
「異常ありません」
しばらくして――。
兵士A。
「……」
兵士B。
「……」
兵士A。
「眠くなってきたな」
兵士B。
「国王陛下を守るんだ。寝るなよ」
兵士A。
「分かってる」
そのとき、部屋の中から声がした。
国王。
「……すまん」
兵士A。
「はい!」
国王。
「枕をもう一つ頼めるか?」
兵士A。
「すぐに!」
兵士A。
「仕事だからな」
その会話を少し離れたところで聞いていた父のネクタイが、
「仕事中だぞ」
と呟いた。
父。
「はい!」
魔王。
「もういいって!」
---
一方、そのころ。
魔王軍は勇者の家へ向かっていた。
目的は一つ。
現実世界の家で休むこと。
魔王が家の中にある段ボールを見る。
普通の段ボール。
外から見れば、ただの古びた段ボールである。
しかし、この箱は魔王軍にとって特別な箱だった。
中に入ると、現実世界の家へつながる。
魔王が箱を開ける。
「じゃあ、みんな入ろう」
殴打が先に入る。
「よし」
五利武。
「失礼します」
昆布。
「順番に入りましょう」
便意。
「今日はもう魔法使わなくていいですよね?」
魔王。
「うん」
便意。
「よかった……」
母。
「ゴプリンちゃんもおいで」
ゴプリン。
「……うん」
ゴプリンが箱へ向かう。
しかし――。
カツン。
鋼鉄のプリンカップが箱の入口に当たった。
ゴプリン。
「……」
もう一度。
カツン。
魔王。
「あ」
昆布。
「入りませんね」
ゴプリン。
「……入れない」
五利武。
「頭のカップが引っかかっていますね」
ゴプリン。
「……」
もう一度、少し角度を変える。
カツン。
ゴプリン。
「……」
母。
「ゴプリンちゃん、無理しなくていいわよ」
ゴプリン。
「……でも……」
魔王。
「箱の入口を壊すのも怖いからね」
ゴプリンは少し考えた。
そして、
「……ベッド」
と言った。
魔王。
「そうだね。勇者の家にはベッドがある」
ゴプリン。
「……寝る」
母。
「じゃあ、今日はここで寝ましょう」
ゴプリン。
「……うん」
---
こうして魔王軍は段ボールに入り、現実世界の家へ戻った。
箱を出ると、そこはいつもの家。
魔王の家である。
魔王は靴を脱いだ。
「やっぱり家は落ち着くな」
殴打。
「そうだな」
五利武。
「静かですね」
昆布。
「今日はかなり疲れましたからね」
便意。
「寝ます」
魔王。
「早いな」
便意。
「もう眠いです」
鍋。
「俺も寝ます」
母。
「みんなおやすみ」
魔王。
「おやすみ」
それぞれが部屋へ向かっていく。
父も自分の部屋へ向かう。
しかし、ネクタイがしゃべる。
「明日の仕事は?」
父。
「王都に戻る!」
「上司に報告した?」
「誰に?」
「俺だ」
父。
「……おやすみ」
ネクタイ。
「残業」
父。
「もう寝る!」
---
そして勇者の家。
ゴプリンは、一人ベッドの上にいた。
鋼鉄のプリンカップを頭に装着したまま、布団に入っている。
ゴプリン。
「……ここ……好き」
ベッドが少し沈む。
「……柔らかい」
そのまま目を閉じる。
「……プリン……」
眠った。
静かな夜だった。
---
翌朝。
勇者の家。
ゴプリンが目を覚ました。
「……朝」
ゆっくり起き上がる。
そして部屋から出る。
階段をゆっくり降りる。
ゴプリンは玄関へ向かった。
カチャ。
ドアを開ける。
ちょうどその瞬間――。
玄関の外に、おばあちゃんがいた。
おばあちゃんはゴプリンを見る。
ゴプリンもおばあちゃんを見る。
二人の目が合った。
おばあちゃん。
「おはよう、勇者様」
ゴプリン。
「……おはよう」
おばあちゃんはいつものように、にこっと笑った。
「ご飯できてるわよ、勇者様」
ゴプリン。
「……」
おばあちゃん。
「……」
ゴプリンの頭には巨大な鋼鉄のプリンカップ。
身体は筋肉質。
黒いブーツ。
鋼鉄のカップの隙間から、静かにこちらを見つめる目。
どう見ても――。
勇者というより、
ラスボスだった。
おばあちゃんの表情が変わる。
「……」
ゴプリン。
「……?」
おばあちゃん。
「ご飯できてるわよ勇者様?」
ゴプリン。
「……うん」
おばあちゃん。
「ずいぶんとラスボス感のある勇者ね!」
ゴプリン。
「……ラスボス?」
おばあちゃん。
「そうよ!」
ゴプリン。
「……勇者」
おばあちゃん。
「うん、勇者なんだけどね」
ゴプリン。
「……」
おばあちゃん。
「見た目がね」
ゴプリンは自分の頭を触った。
カン。
鋼鉄のプリンカップが鳴る。
ゴプリン。
「……プリン」
おばあちゃん。
「そこは勇者らしいわね」
---
そのころ。
現実世界の家。
魔王が目を覚ました。
「朝か……」
服を着替える。
そして仲間たちを起こす。
「みんな、起きて」
殴打。
「……延長」
魔王。
「野球の試合じゃないんだから」
五利武。
「朝は苦手です」
魔王。
「ゴルファーなのに?」
五利武。
「ゴルフは朝が早いです」
魔王。
「矛盾してない?」
昆布。
「起きましょう。今日は王都の件もあります」
便意。
「……起きます」
鍋。
「朝飯……」
魔王。
「宿屋で食べよう」
鍋。
「分かりました」
母。
「ゴプリンちゃんも待ってるかしら」
魔王。
「たぶんね」
父。
「俺も行く」
ネクタイ。
「遅刻するぞ」
父。
「何に?」
ネクタイ。
「人生に」
父。
「急に深いな!」
---
魔王軍は再び段ボールへ向かった。
魔王。
「じゃあ、行こう」
殴打。
「おう」
五利武。
「はい」
昆布。
「忘れ物はありません」
便意。
「ファイアー……」
魔王。
「言わなくていい」
便意。
「言いたかっただけです」
母。
「行きましょう」
父。
「よし」
ネクタイ。
「出勤だ」
父。
「はい!」
魔王。
「だから違うって!」
全員が段ボールへ入っていく。
そして――。
勇者の家。
ドアの前。
ゴプリンとおばあちゃんが話していた。
おばあちゃん。
「それにしても、あなたは本当に大きくなったわね」
ゴプリン。
「……大きい」
おばあちゃん。
「昔の勇者たちとは全然違うわ」
ゴプリン。
「……勇者」
おばあちゃん。
「ええ、勇者」
ゴプリン。
「……プリン」
おばあちゃん。
「そこはプリンなのね」
そのとき。
玄関の奥から――。
ガタッ。
おばあちゃん。
「あら?」
ゴプリン。
「……?」
段ボールが開く音がした。
ガサッ。
魔王軍が次々と出てくる。
魔王。
「おはようございます」
殴打。
「おはようございます!」
五利武。
「おはようございます」
昆布。
「おはようございます」
便意。
「おはようございます」
鍋。
「おはようございます」
母。
「おはようございます」
父。
「おはよう」
ネクタイ。
「朝だぞ」
おばあちゃん。
「……」
魔王軍。
「……」
おばあちゃんが全員を見る。
そして――。
「あら」
魔王。
「おばあちゃん、おはよう」
おばあちゃん。
「おはよう」
そして少し考える。
「……でもね」
魔王。
「はい」
おばあちゃん。
「そんなにご飯作ってないわよ!」
魔王軍全員。
「……」
鍋。
「何人分ですか?」
おばあちゃん。
「普通に家族分よ!」
殴打。
「俺は?」
「知らないわよ!」
五利武。
「私も?」
「知らないわよ!」
便意。
「僕も?」
「知らないわよ!」
父。
「俺は?」
おばあちゃん。
「あなたは昨日も食べてたでしょう!」
父。
「そうだった」
ネクタイ。
「食事管理ができていないぞ」
父。
「はい!」
魔王。
「父さんはネクタイに返事するのやめて!」
ゴプリン。
「……ご飯」
おばあちゃん。
「ゴプリンちゃんの分はあるわよ」
ゴプリン。
「……!」
魔王。
「ゴプリンだけ待遇が違う」
おばあちゃん。
「だってこの子、昨日からここにいるんだもの」
ゴプリン。
「……」
少し嬉しそうだった。
---
魔王が仲間たちを見る。
「じゃあ、宿屋に戻ろう」
昆布。
「そうですね。国王陛下も宿屋で休んでいます」
魔王。
「兵士たちも交代で見張ってるからね」
父。
「王都のことも気になるな」
昆布。
「はい。昨夜の報告もあります」
殴打。
「今日こそ何か分かるかな」
便意。
「王都で何が起きているんでしょうね」
五利武。
「気になりますね」
鍋。
「宿屋に着いたら朝食を作りましょうか?」
魔王。
「鍋、もう働くの?」
鍋。
「料理人ですから」
母。
「偉いわね」
鍋。
「ありがとうございます」
ネクタイ。
「本日の業務は?」
鍋。
「朝食作りです」
ネクタイ。
「昇進」
鍋。
「ありがとうございます」
魔王。
「なんで鍋までネクタイに認められてるの?」
父。
「優秀なネクタイだからな」
魔王。
「父さん、完全に洗脳されてるよ」
---
こうして魔王軍は、おばあちゃんに見送られながら宿屋へ向かうことになった。
ゴプリンは玄関で見送っている。
おばあちゃん。
「気をつけてね、勇者様」
ゴプリン。
「……うん」
おばあちゃん。
「またご飯作っておくからね」
ゴプリン。
「……プリンも?」
おばあちゃん。
「もちろん」
ゴプリン。
「……!」
魔王。
「じゃあ、行ってくるね」
おばあちゃん。
「はいはい。みんな気をつけてね」
魔王軍は歩き出した。
父のネクタイが呟く。
「遅れるなよ」
父。
「はい!」
魔王。
「もういい!」
昆布が前を見ながら言った。
「宿屋に着いたら、まず王都の件を整理しましょう」
魔王。
「そうだね」
一行は宿屋へ向かって歩き出した。
昨夜、王都から届いた不穏な報告。
そして、まだ明らかになっていない異変。
それが、この先の旅に大きく関わってくることを――。
この時の魔王軍は、まだ知らなかった。




