煙突ホールインワン
旅立ちの村の集会場を出た国王と魔王軍は、村長の案内で勇者の家へ向かっていた。
魔王にとっては、久しぶりに訪れる家だった。
ここは、魔王軍がこの世界に初めてやって来た場所でもある。
現実世界の段ボール箱の向こう側。
その先にあった、勇者の家。
そして、あの優しいおばあちゃん。
魔王は家の前に立つと、少し懐かしい気持ちになった。
「……ここだな」
勇気が頷く。
「はい」
ゴプリンも家を見る。
「……ここ」
鍋は家を見ながら、
「料理の匂いは……」
と鼻を動かしている。
「まだ入ってないから分からないよ」
魔王が言った。
「そうか」
鍋は残念そうだった。
魔王は玄関の前に立つ。
そして、
コンコンコン。
ドアをノックした。
しばらくすると、
「はーい」
という元気な声が聞こえてきた。
ガチャ。
扉が開く。
そこにいたのは――。
あのおばあちゃんだった。
「あら!」
おばあちゃんは魔王を見るなり、笑顔になった。
「魔王、久しぶりね」
「おばあちゃん、お久しぶりです」
おばあちゃんは魔王を上から下まで見る。
そして、
「立派な勇者になってきたんじゃない?」
と言った。
魔王は苦笑する。
「いや……僕、勇者というか……」
勇気が横から言う。
「魔王様は魔王です」
「そうなんだよね」
魔王は自分で言って少し複雑な顔になった。
「魔王なのに勇者みたいなことをしてます」
おばあちゃんは笑った。
「まあ、細かいことはいいじゃない」
「細かいのかな……」
魔王が苦笑する。
すると――。
家の奥から、
「モグモグ……」
という音が聞こえた。
「……?」
魔王が家の中を見る。
誰かがいる。
しかも、
何かを食べている。
「お客さんですか?」
魔王が聞く。
おばあちゃんは何でもないように言った。
「そうね」
「そうなんだ」
魔王は奥を見る。
そこには、一人の男性がいた。
バナナを食べている。
「……」
魔王はその人を見た。
黒い服。
見覚えのある体格。
そして――
ものすごく見覚えのある雰囲気。
魔王は一瞬、
「新しい勇者かな?」
と思った。
しかし――。
「……あれ?」
その顔。
その声。
その存在感。
魔王は目を見開いた。
「父さん?」
バナナを食べていた男が振り返る。
「よう」
そして、何事もなかったかのように言った。
「遅かったな」
「父さん!」
父・牙城だった。
魔王が駆け寄る。
「大丈夫だったの!?」
「何が?」
「何がって……」
魔王は父を見る。
「巨大カエルに食べられて、そのまま飛ばされて……」
父はバナナを食べながら答える。
「まあ、いろいろあった」
「いろいろで済むの?」
父は頷く。
「済んだ」
「強いな……」
母が父に駆け寄る。
「パパ!」
父は母を見る。
「おう」
「無事だったのね」
「ああ」
母は安心したように笑った。
「よかった」
その時、おばあちゃんが説明を始めた。
「この人ね」
一同が見る。
「勇者のお父さんが煙突から落ちてきたのよ」
「……」
魔王が固まった。
「煙突?」
父が頷く。
「そうだ」
魔王は聞き返す。
「煙突から?」
「うむ」
「どうして?」
父は少し考えた。
「飛んできたからだ」
「説明になってないよ」
その時だった。
父の首元にあるメンタルアタックネクタイが突然しゃべった。
「サンタさんかよ!」
「……」
一同、沈黙。
魔王がネクタイを見る。
「急にどうしたの?」
ネクタイはまだ興奮している。
「煙突から落ちてくるって、サンタさんかよ!」
父が冷静に言う。
「俺はプレゼントを配りに来たわけじゃない」
ネクタイが即答する。
「じゃあ何しに来たんだよ!」
父はバナナを一口食べる。
「ホールインワンだ」
「ゴルフかよ!」
五利武が反応した。
「ホールインワンですか?」
父は頷く。
「ここの煙突にホールインワンしたぞ」
五利武の目が輝く。
「それはすごい!」
魔王が振り返る。
「五利武さん、そこ感心するところなの?」
五利武は真剣だった。
「煙突にホールインワンは、なかなか難しいと思います」
「そりゃそうだよ!」
魔王が突っ込む。
昆布は冷静に状況を分析していた。
「つまり、父さんはカエルによって飛ばされ、そのまま旅立ちの村まで到達し、煙突に入ったということですね」
父が頷く。
「そういうことだ」
「……」
魔王は空を見上げた。
「なんでそんなに正確に煙突に入れるんだよ……」
父はバナナを食べる。
「狙った」
「狙ったの!?」
父は頷いた。
「たまたまだ」
「どっちなんだよ!」
五利武が感心する。
「ゴルフならラッキーです」
「ゴルフじゃないから!」
すると父が食べていたバナナを見せる。
「そういえば」
「ん?」
「バナナモンスターも煙突から落ちてきたぞ」
魔王の顔が変わった。
「……え?」
父は平然としている。
「俺の後に落ちてきた」
「バナナモンスターが?」
「うむ」
「それで?」
父はバナナを指差す。
「食べてた」
「……」
魔王軍全員がバナナを見る。
殴打が恐る恐る聞く。
「それ……モンスターですよね?」
父は頷く。
「そうだ」
「食べたんですか?」
「食べてる」
便意が驚く。
「モンスターを……?」
父はバナナを見て言った。
「バナナだからな」
「理由が食べ物だから!」
魔王が突っ込む。
鍋が真剣な顔で聞く。
「味は?」
父は少し考える。
「普通のバナナだ」
鍋が頷く。
「なるほど」
「納得するな!」
魔王が叫ぶ。
父は魔王にバナナを差し出した。
「お前も食べるか?」
「いや、いいよ」
「うまいぞ」
「そういう問題じゃない」
父は少し残念そうだった。
「そうか」
すると母が父の隣に立つ。
「パパ、お腹空いてたのね」
「ああ」
「いっぱい食べてね」
「うむ」
魔王は両親を見て苦笑した。
「……まあ、元気そうでよかった」
すると――。
おばあちゃんが突然、国王の存在に気づいた。
「あら?」
国王と目が合う。
「……!」
おばあちゃんの顔が驚きに変わる。
そして深々と頭を下げた。
「国王様!」
「うむ」
「わざわざこちらまで来て頂いてありがとうございます」
国王は微笑んだ。
「こちらこそ。突然の訪問ですまない」
「いえいえ」
おばあちゃんは嬉しそうだった。
国王は家の中を見渡す。
「こちらは問題ないですか?」
おばあちゃんは笑顔で答えた。
「はい」
そして少し考える。
「たまに色んな勇者に食事をあげてただけです」
「なるほど」
「それから……」
おばあちゃんは父を見る。
「全身黒タイツの人と、バナナが煙突から落ちて来ることもありますが、大丈夫です」
国王は一瞬黙った。
「……」
そして魔王を見る。
魔王も黙る。
昆布も黙る。
勇気も黙る。
五利武も黙る。
便意も黙る。
鍋も黙る。
ゴプリンだけが、
「……プリン」
と言った。
国王が尋ねる。
「それは……この村では普通なのか?」
おばあちゃんは笑顔で答える。
「はい」
「普通なのか……」
国王は少し遠い目をした。
魔王が慌てて言う。
「いや、普通ではないと思います」
おばあちゃんは首を傾げる。
「そう?」
「はい」
「でも、最近はよくありますよ」
「それが問題なんですよ!」
魔王が叫ぶ。
おばあちゃんは楽しそうに笑った。
そして、さらに重要なことを付け加えた。
「あと……」
国王が見る。
「はい?」
「こちら、全員分のご飯は作ってません」
国王はすぐに答えた。
「大丈夫です」
そして微笑む。
「その辺で食べますから」
鍋が反応する。
「その辺?」
魔王が振り返る。
「鍋さん」
「何だ?」
「国王陛下の言ってるのは、どこかのお店とかで食べるって意味だからね」
鍋は頷いた。
「分かっている」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんか……」
ゴプリンが家の中を見る。
「……プリン」
おばあちゃんが気づく。
「あら、ゴプリンちゃんも来たのね」
ゴプリンが頷く。
「……うん」
「元気だった?」
「……元気」
「よかったわ」
ゴプリンは少し照れたように、
「……ここ……好き」
と言った。
おばあちゃんは笑った。
「いつでもいらっしゃい」
「……うん」
魔王はその光景を見て、少し安心した。
この村には、まだ温かい場所が残っている。
そして何より――。
父と合流できた。
魔王は父を見る。
「父さん」
「何だ?」
「本当に大丈夫?」
「ああ」
「カエルの中に入ってたんだよ?」
「ああ」
「煙突にも落ちたんだよ?」
「ああ」
「バナナモンスターも落ちてきたんだよ?」
「ああ」
「……」
魔王はため息をつく。
「なんでそんなに平気なの?」
父は胸を張った。
「メンタルガード」
ネクタイが即座に叫ぶ。
「メンタルだけは勇者!」
魔王が笑った。
「そこだけは本当に父さんらしいな」
父はバナナを食べながら頷く。
「そうだろう」
その時――。
昆布が窓の外を見た。
「……」
魔王が気づく。
「どうした?」
昆布は少し黙ってから言った。
「村の外の様子を確認してきます」
「モンスターか?」
「はい」
昆布は真剣だった。
「村長からも、外でモンスターが暴れているという話がありました」
魔王も頷く。
「そうだな」
国王も表情を引き締める。
「村を守るためにも、状況を把握する必要がある」
昆布は頷いた。
「明日以降の訓練計画も考えます」
魔王は周囲を見る。
旅立ちの村。
勇者の家。
国王。
魔王軍。
そして、ようやく合流した父・牙城。
しかし、村の外ではモンスターたちが凶暴化している。
さらに、なぜ最近になってモンスターたちが魔王の座を狙い始めたのかも分かっていない。
魔王は窓の外を見る。
「……まだ終わってないんだな」
昆布が頷く。
「はい」
勇気も頷く。
「これからですね」
父はバナナを食べる。
「うまいぞ」
「父さん、今その話じゃないから」
魔王が笑った。
こうして――。
長い旅の末、
父・牙城と魔王軍は再び合流した。
だが、旅立ちの村を取り巻く状況は、以前とは明らかに変わっている。
村の外には凶暴化したモンスター。
村の空から謎の飛行モンスター。
そして、世界各地で魔王の座を狙う者たち。
魔王軍は、旅立ちの村を守るため、新たな戦いの準備を始めることになる。
……ただし、その前に。
父が煙突から落ちてきたことで壊れていないか、
勇者の家の屋根を確認する必要がありそうだった。




