ヌルヌル地獄を燃やせ!
三体のバナナモンスターを、五利武がゴルフクラブで次々と吹き飛ばしてから、しばらく経った。
「……」
魔王軍一行は、まだ地面に寝転がっていた。
理由は簡単。
地面が、
――ヌルヌルだった。
バナナモンスターが撒き散らした白い粉によって、道路一面が滑りやすくなっている。
魔王は仰向けになったまま空を見上げた。
「……もう、立てないんだけど」
隣では勇気も仰向けになっている。
「僕もです……」
鍋も地面に寝転がったまま、
「腹が減った……」
と呟いた。
母も、
「このままだと、お昼ご飯を食べる前に日が暮れちゃうわね」
と心配している。
「そこ心配するところですか?」
魔王が突っ込む。
少し離れたところでは、ゴプリンが四つん這いになっていた。
「……立てない」
そして頭には鋼鉄のプリンカップ。
「……プリン……守る……」
魔王はゴプリンを見た。
「今はプリンより自分の体を守って」
「……プリン……大事」
「そうだった」
魔王は諦めた。
その時だった。
昆布が地面をじっと見ていた。
「……」
「昆布?」
魔王が声をかける。
昆布は白い粉でヌルヌルになった地面を観察している。
「このヌルヌル……」
「はい」
「燃やしてみましょう」
全員が昆布を見る。
「燃やす?」
魔王が聞き返した。
「はい。このヌルヌルを燃やしてみましょう」
昆布は冷静だった。
まるで、
「今日の夕飯はカレーにしましょう」
くらいの自然さで言っている。
魔王は少し考えた。
「……燃えるの?」
「分かりません」
「分からないんだ」
「でも、試す価値はあります」
昆布は便意を見る。
「便意さんと殴打さん、ファイアーお願いします」
便意は地面に寝たまま、瞬間移動の杖を握った。
「分かりました」
「その杖、瞬間移動の杖だよね?」
魔王が確認する。
「はい」
「ファイアーできるの?」
便意は頷いた。
「たぶん」
「たぶんなんだ……」
便意は杖を構えた。
そして、
「ファイアー!」
ボッ!
すると炎が殴打の魔法のバットに移った。
殴打は寝転がったままバットを見る。
「燃えてますね」
「燃えてるね」
魔王が答える。
殴打は炎のバットを両手で握った。
「では……」
「はい」
昆布が頷く。
「お願いします」
殴打は寝ながらバットを振った。
「えい!」
ブォン!
炎がヌルヌルした地面をなぞる。
すると――
ボッ!
白いヌルヌルが燃え始めた。
「おお!」
勇気が声を上げる。
「燃えました!」
「本当に燃えた!」
魔王も驚く。
だが――
「……焦げ臭いですね」
鍋が鼻をつまんだ。
「確かに」
魔王も顔をしかめる。
「なんか……」
昆布が地面を見る。
「焦げてますね」
白いヌルヌルだった地面が、黒く焦げている。
しかし、昆布はその黒い部分を手で触って確認した。
「……」
「どうですか?」
魔王が聞く。
昆布は立とうとした。
ズルッ。
「おっと」
転びそうになる。
しかし今度は――
止まった。
「……!」
昆布が目を見開く。
「滑りません」
「え?」
魔王も試しに手を地面につける。
「……本当だ」
焦げた部分は、ヌルヌルしていない。
むしろ、ざらざらしている。
昆布が頷いた。
「焦げが滑り止めになっています」
「まさかの展開だな……」
魔王は地面を見る。
「焦げが滑り止めになるとは……」
父がいない。
そのことに魔王は少し寂しさを感じた。
「父さんがいたら、今ごろ何て言ってたかな……」
すると――
頭の中に父の声が浮かんだ。
『メンタルガード』
「いや、何でもメンタルガードで済ませるから」
魔王は一人で突っ込んだ。
その横で殴打が再びバットを構えた。
「まだ燃やしますか?」
昆布は即答した。
「お願いします」
「了解です」
殴打が振る。
「えい!」
ボッ!
また炎が走る。
「えい!」
ボッ!
「もう一回!」
ボッ!
「えい!」
ボオオッ!
どんどんヌルヌルが焼けていく。
「すごい……」
勇気が感心する。
「寝ながらでも、殴打さんは強いですね」
魔王が言う。
「寝ながらでもというか……」
昆布が冷静に分析する。
「もう寝ながら戦うのが通常になっていますね」
「それはそれで問題だと思う」
魔王が答えた。
殴打は気にせず炎のバットを振り続ける。
「えい!」
ボッ!
「えい!」
ボッ!
「えい!」
ボッ!
次第に白いヌルヌルの範囲が狭くなっていった。
道路の中央部分にあったヌルヌルが、
どんどん、
どんどん、
小さくなっていく。
「あと少しです!」
昆布が指示する。
「右側をお願いします!」
「はい!」
殴打が右へバットを振る。
ボオオッ!
「次は左です!」
「はい!」
ボオオッ!
「中央!」
「はい!」
ボオオッ!
「もう少し!」
「はい!」
ボオオッ!
そして――
最後に残ったヌルヌルへ向かって、
殴打が大きくバットを振った。
「えい!」
ゴォォォォォッ!
炎が地面を走る。
白いヌルヌルが、
ジュッ!
と消えた。
「……」
「……」
「……」
全員が地面を見る。
そこには、
黒く焦げた道路が広がっていた。
しかし――
滑らない。
魔王がゆっくり立ち上がった。
「……立てる」
勇気も立つ。
「立てます!」
鍋も立ち上がる。
「おお……!」
ゴプリンも立った。
「……立てる」
そして鋼鉄のプリンカップを確認する。
「……プリン、無事」
「そこ確認するんだ」
魔王が笑う。
母も立ち上がった。
「よかったわね」
昆布は周囲を確認した。
「ヌルヌル地獄から脱出できました」
魔王は後ろを見る。
「……本当に地獄だったな」
そこには、
焦げた地面。
転がった荷物。
寝ながら戦った殴打。
そして――
なぜか大量に残っているバナナモンスターの粉。
魔王はため息をついた。
「バナナって、食べるものだと思ってたんだけどな……」
鍋が言った。
「バナナは食べたい」
「そこは変わらないんだ」
魔王が笑った。
その時、
「……あ!」
勇気が声を上げた。
「馬車!」
一行が振り返る。
国王が乗っている馬車が、まだヌルヌル地帯の中央に残っていた。
車輪が滑って動かない。
国王が馬車の中から顔を出す。
「……動かぬな」
魔王は頭を抱えた。
「そうだった……」
昆布が腕を組む。
「馬車もヌルヌル地獄から出す必要があります」
「どうする?」
魔王が聞く。
昆布は一行を見回した。
「全員で押しましょう」
「それしかないか」
魔王が馬車の後ろに回る。
殴打も、
「押します」
五利武もゴルフクラブを持ったまま馬車の横へ。
「押しましょう」
鍋も、
「押すぞ」
勇気も、
「頑張りましょう!」
母も、
「せーので押しましょう」
ゴプリンも、
「……押す」
便意も杖を持ったまま、
「押します」
そして昆布。
「では、いきます」
魔王軍全員が馬車に手をかけた。
「せーの!」
グググググ……。
馬車は動かない。
「もう一回!」
「せーの!」
グググググ……。
キュッ。
「動いた!」
勇気が叫ぶ。
「もう一回です!」
「せーの!」
グググググッ!
ズズズズ……。
馬車が少しずつ動き始めた。
国王は馬車の中で揺れていた。
「おお……!」
さらに押す。
「せーの!」
ズズズズズッ!
ついに車輪が焦げた地面に乗った。
「出た!」
全員が叫んだ。
馬車はヌルヌル地獄を抜けた。
魔王は息を切らしている。
「……疲れた」
鍋も、
「腹が減った……」
母は、
「パパも今ごろ旅立ちの村にいるのかしら」
魔王は空を見上げた。
「……父さん、大丈夫かな」
昆布が地図を見る。
そして――
静かに言った。
「皆さん」
「ん?」
魔王が振り返る。
昆布は前方を指差した。
「旅立ちの村は、もうすぐです」
一行が前を見る。
遠くに、
小さな村の建物が見え始めていた。
「……本当だ」
勇気が嬉しそうに言う。
「旅立ちの村です!」
魔王の顔も自然と緩んだ。
「やっと帰ってきたな……」
ゴプリンは村を見つめる。
「……村」
そして小さく、
「……好き」
と言った。
鍋も、
「婆さんの料理、楽しみだな」
母は、
「おばあちゃん、喜ぶでしょうね」
便意は、
「僕も休みたいです」
殴打は、
「バットの手入れをしたいですね」
五利武はゴルフクラブを見ながら、
「このクラブ、今日もよく飛びました」
魔王は苦笑する。
「今日、何人飛ばしたんだろう……」
昆布が前を向く。
「考えるのは後です」
「うん」
昆布は言った。
「進みましょう」
一行は再び歩き始めた。
国王を乗せた馬車も、その後ろをゆっくり進む。
王都から始まった長い旅。
狼。
巨大な恐竜。
バナナモンスター。
巨大なカエル。
そして――
父の空の旅。
魔王は歩きながら、ふと思った。
「……旅立ちの村に着いたら、まず父さんを探さないとな」
昆布が頷く。
「そうですね」
母も頷く。
「パパ、どこに飛んでいったのかしらね」
魔王は遠くを見る。
「たぶん……」
五利武が口を挟む。
「私が飛ばしたバナナモンスターも、同じ方向です」
「……」
魔王が止まる。
「待って」
「はい?」
「父さんとバナナモンスター、同じ方向に飛んでるんだよね?」
昆布も止まる。
「……そうですね」
魔王は頭を抱えた。
「旅立ちの村で、父さんとバナナが同時に落ちてくるとかないよね?」
昆布は少し考えた。
「可能性は否定できません」
「否定してよ!」
一行の笑い声が、街道に響いた。
そしてその頃――。
旅立ちの村の空では。
「うわあああああああ!」
一人の全身黒タイツの男が飛んでいた。
「止まらん!」
父だった。
そして、その少し後ろでは――。
「うわあああ!」
「飛びすぎだ!」
「止まれ!」
三体のバナナモンスターも飛んでいた。
父とバナナモンスター。
それぞれ別々に飛んでいる。
しかし――
その飛行ルートは、
なぜか少しずつ、
旅立ちの村へと近づいていた。
果たして彼らは、村に無事着地できるのか。
そして、魔王軍は父を見つけることができるのか。




