父さん、旅立ちの村へ飛ぶ
湿地帯。
濃い霧の中で、魔王軍と国王一行は巨大なカエルモンスターと対峙していた。
ただし――。
現在、一番大変な状況にいるのは魔王でも国王でもない。
父さんだった。
父さんはカエルモンスターの口の中にいる。
しかも――。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!
父さん「うわあああああ!」
カエルモンスターが口の中で父さんを転がしている。
父さん「目が回る!」
ゴロゴロゴロゴロ!
父さん「ちょっと止まれ!」
ゴロゴロゴロゴロ!
父さん「話を聞いてくれ!」
カエルモンスターは聞いていない。
というより、カエルモンスターにとっては父さんが食べ物なのか、おもちゃなのか、それともただの転がしやすい物体なのか、まったく分からない。
魔王「父さん!」
母さん「パパ!」
殴打「大丈夫ですか!」
五利武「すごい勢いで回っています!」
便意「俺、見てるだけでトイレに行きたくなる……」
昆布は冷静にカエルモンスターを観察していた。
昆布「……お父さん、まだ意識はあります」
父さん「ある!」
昆布「声も出ています」
父さん「出てる!」
昆布「では、もう少し様子を――」
父さん「もう少しって何だよ!」
魔王「昆布さん、助けよう!」
昆布「はい」
その瞬間。
父さんの声が変わった。
父さん「……フン!」
ゴロゴロゴロゴロ!
そして――。
父さん「フンッ!」
バッ!
父さんが口の中で大の字になった。
両手両足を大きく広げる。
父さん「これでどうだ!」
カエルモンスター「……?」
カエルモンスターの口が――。
止まった。
父さんが大の字になったことで、口の中いっぱいに父さんの身体が広がったのだ。
カエルモンスターは、
閉じようとする。
パクッ。
父さん「……」
カエルモンスター「……」
閉じない。
もう一度。
パクッ。
閉じない。
カエルモンスター「……?」
魔王「口が閉じない!」
昆布「お父さんが物理的に口を塞いでいます」
父さん「どうだ!」
魔王「父さん、すごい!」
父さん「今だ!」
父さんは口の中から叫んだ。
父さん「俺の事は気にせず、攻撃しろ!」
魔王「えっ!?」
父さん「早く!」
その時。
首元のメンタルアタックネクタイが――。
ビシッ!
メンタルアタックネクタイ「そうだ! どんどん攻撃しろ!」
魔王「ネクタイまで!」
メンタルアタックネクタイ「遠慮するな!」
殴打「分かりました!」
便意が杖を構えた。
便意「……ファイアー」
ボッ!
殴打の魔法のバットが、一瞬で炎に包まれた。
殴打「来た!」
殴打はバットを高く持ち上げる。
殴打「大根切り!」
ブォォォォン!
バットが勢いよく振り下ろされた。
その瞬間。
バットから炎が飛び出した。
ゴオオオオオオオッ!
炎が一直線にカエルモンスターへ向かっていく。
魔王「いけ!」
五利武「当たります!」
そして――。
ゴプリンが前に出た。
ゴプリン「……」
両手を動かす。
印を結ぶ。
ゴプリン「プリン体」
ズン!
カエルモンスターの両膝が――。
ガクッ。
カクッ。
ガクガクガクガク!
魔王「効いた!」
昆布「カエルモンスターの膝が震えています!」
ゴプリン「……プリン体」
魔王「二回言わなくていいよ」
しかし――。
炎の行き先には父さんがいた。
ゴオオオオオオ!
魔王「あっ!」
炎が父さんに直撃した。
ボワッ!
父さん「熱い!」
魔王「父さん!」
父さん「熱いぞ!」
メンタルアタックネクタイ「熱いくらいで怯むな!」
父さん「いや、熱いものは熱い!」
魔王「そこは普通なんだね!」
炎が父さんの身体の周りに広がる。
父さんの不思議なスーツが炎を受ける。
父さん「熱い!」
魔王「大丈夫!?」
父さん「大丈夫だ!」
メンタルアタックネクタイ「大丈夫だ!」
父さん「熱いけどな!」
カエルモンスターは、しばらく膝をガクガクさせていた。
しかし――。
やがて膝の震えが止まった。
そして、
グッ。
口を閉じ始める。
父さん「ん?」
パクン!
父さん「うわっ!」
再び父さんがカエルモンスターの口の中へ。
魔王「父さん!」
父さん「またか!」
カエルモンスターは父さんを口に入れたまま、ゆっくりと立ち上がる。
そして――。
くるっ。
ゆっくりと、
向こうを向いた。
昆布「……」
魔王「……」
昆布「モンスターが逃げるつもりです」
魔王「ええっ!」
母さん「魔王!」
魔王「うん!」
母さん「父さんを助けて!」
魔王「もちろん!」
魔王は一歩踏み込んだ。
ザッ!
そして――。
前ステップ。
タッ!
一気に距離を詰める。
魔王「待て!」
カエルモンスターは気にせず歩こうとする。
魔王は後ろから回り込んだ。
そして――。
魔王「ローキック!」
バシィッ!
カエルモンスターの後ろ脚へローキック。
すると――。
カエルモンスターの口の中から声がした。
父さん「お前……」
魔王「?」
父さん「ロー……好きだな」
魔王「ツッコんでる場合じゃないよ!」
父さん「いや、今気づいたんだよ!」
魔王「今じゃない!」
父さん「毎回ローだろ!」
魔王「父さんを助けるためなんだから仕方ないよ!」
父さん「そうか!」
魔王「納得した!」
その時。
五利武がゴルフクラブを構えた。
五利武「俺も行きます!」
昆布「五利武さん!」
五利武「任せてください!」
五利武がゴルフクラブを振りかぶる。
五利武「いきます!」
ブンッ!
次の瞬間。
五利武の身体が――。
飛んだ。
シュゴオオオオオオ!
魔王「飛んだ!」
昆布「クラブが飛んでいます!」
五利武「俺も飛んでいます!」
ゴルフクラブと五利武が一緒に飛んでいく。
狙うのは――。
カエルモンスターの背後。
いや。
そのさらに後ろ。
五利武「そこだ!」
ボヨン!
五利武「おおっ!」
カエルモンスターのお尻に、五利武が当たった。
魔王「……」
昆布「……」
便意「……」
殴打「……」
母「……」
国王「……」
五利武は地面に着地した。
スタッ。
五利武「まだまだ!」
魔王「まだやるの!?」
五利武はゴルフクラブを握り直した。
そして――。
カエルモンスターのお尻に向かって、
フルスイング。
五利武「うおおおおお!」
ブォォォォォン!
ゴンッ!
ボヨォォォォン!
魔王「お尻にフルスイング!」
昆布「かなり特殊な攻撃方法ですね」
五利武「当てる場所がそこしかありませんでした!」
魔王「それはそうだけど!」
その瞬間――。
カエルモンスターの身体が、
ビクッ!
と跳ねた。
そして――。
カエルモンスター「ゲコッ!」
大きく口を開けた。
魔王「今だ!」
父さん「うわあああああ!」
シュパァァァァァ!
父さんが口から飛び出した。
ものすごい勢いだった。
魔王「父さん!」
しかし――。
止まらない。
父さんは空中を飛んでいく。
シュゴオオオオオオオ!
父さん「うわあああああ!」
母さん「パパーーー!」
殴打「飛んでいきます!」
便意「すごい!」
昆布「方向は――」
昆布が光る靴を持ち上げる。
ピカッ!
遠くまで照らす。
父さんは――。
どんどん遠ざかっていく。
そして、
湿地帯の向こうへ。
さらに向こうへ。
さらにさらに向こうへ。
やがて――。
見えなくなった。
全員「…………」
魔王「……」
五利武「……」
殴打「……」
便意「……」
母「……」
昆布「……」
国王「……」
ゴプリン「……」
魔王「……父さん?」
返事はない。
母さん「パパ……」
魔王「……」
昆布が静かに言った。
昆布「お父さんが、旅立ちの村の方に飛んで行きました」
魔王「えっ?」
昆布「かなり遠くまで飛んでいったので、もう見えません」
五利武「飛距離としては、かなり出ましたね」
魔王「ゴルフじゃないんだから!」
五利武「すみません」
殴打「でも、あの方向なら旅立ちの村の方ですね」
便意「父さん、無事かな……」
母さん「大丈夫よ」
魔王「母さん、分かるの?」
母さん「パパだから」
魔王「理由になってないような……」
母さん「でも、パパは強いから」
メンタルアタックネクタイの声が――。
遠くから、
……聞こえたような気がした。
「俺は……大丈夫だ……」
魔王「今、何か聞こえた?」
昆布「風の音かもしれません」
五利武「僕には聞こえませんでした」
ゴプリン「……お父さん……」
母さん「きっと大丈夫」
その頃――。
カエルモンスターは、魔王軍を一度振り返った。
そして、
「ゲコ……」
と小さく鳴いた。
魔王「……」
カエルモンスターは何かを確認するようにこちらを見て――。
ゆっくりと森の方へ歩き出した。
ズシ……。
ズシ……。
そして霧の中へ消えていった。
魔王「……逃げていったね」
昆布「はい」
殴打「父さんを飛ばして」
五利武「僕のスイングで」
魔王「そこは言わなくていいよ」
五利武「はい」
ゴプリン「……お父さん……飛んだ」
魔王「うん」
ゴプリン「……遠い」
魔王「うん」
ゴプリン「……探す?」
魔王はうなずいた。
魔王「そうだね」
そして魔王軍全員が顔を見合わせる。
魔王「お父さんが、旅立ちの村の方にずっと飛んで行った。探しに行こう」
昆布「そうしましょう」
殴打「行きましょう!」
五利武「父さんを探しましょう!」
便意「俺も行く」
鍋「もちろんです」
勇気「みんなで探しましょう!」
母さん「パパ、待っててね」
ゴプリン「……探す」
国王は馬車から降りた。
国王「わしも探そう」
魔王「国王陛下は安全な場所に――」
国王「いや、ここまで一緒に旅をしてきた仲間じゃ。放っておけん」
魔王「……ありがとうございます」
昆布が地図を広げる。
昆布「問題は、どこまで飛んだかです」
五利武「かなり飛びました」
昆布「そうですね」
魔王「ゴルフクラブで飛ばした本人が言うと説得力があるね」
五利武「はい」
昆布「旅立ちの村まで飛んでいる可能性もあります」
魔王「だったら、まず村へ向かおう」
昆布「はい」
魔王軍と国王一行は、再び旅立ちの村へ向かって歩き始めた。
しかし――。
誰も知らなかった。
父さんが飛んでいった先で、
いったい何が起きているのか。
そして――。
旅立ちの村では、
すでに父さんの到着によって、
とんでもない騒ぎが始まっていることを。
魔王「父さん、無事でいてくれよ……」
その頃。
はるか遠く――。
父さん「うわああああああああ!」
シュゴオオオオオオオオオオ!
まだ飛んでいた。
父さん「俺、いつまで飛ぶんだーーー!」
メンタルアタックネクタイ「飛距離更新中だ!」
父さん「仕事みたいに言うなーーー!」




