父さんが消えた
王都を出発した魔王軍と国王一行は、国王の乗った馬車を中心に、ゆっくりと湿地帯を進んでいた。
前方には父さん。
馬車の横には昆布。
左右と後方には魔王軍と少数精鋭の兵士たち。
霧が濃く、遠くまで見渡すことはできない。
昆布は光る靴を片方脱いで、手に持っていた。
昆布が靴を少し上に向ける。
ピカッ。
兵士が目を細める。
兵士A「まぶしい……」
昆布「すみません。でも、この霧ではこれくらい必要です」
兵士B「靴って、こんな使い方も出来るんですね」
昆布「本来の使い方かどうかは分かりません」
魔王「それ、履かなくていいの?」
昆布「今は照明として使っています」
魔王「便利なのか不便なのか分からない靴だね」
昆布「でも役に立っています」
魔王「それはそうだね」
すると――。
ゴー……。
ゴゴゴゴ……。
前方から、低い音が聞こえてきた。
昆布が立ち止まる。
昆布「止まってください」
全員が止まった。
馬車も止まる。
国王「どうした?」
昆布「何かの鳴き声のようなものが聞こえます」
魔王「動物かな?」
昆布「分かりません」
昆布は光る靴を前方へ向けた。
ピカッ。
霧の向こうに、何かが浮かび上がった。
大きい。
とにかく大きい。
まるで小さな丘だった。
父さん「……丘だな」
魔王「丘にしては、さっきからゴーゴー言ってるけど」
父さん「風じゃないか?」
昆布「風なら、丘は動かないと思います」
父さん「……確かに」
その時。
丘が、
ほんの少し動いた。
ズズ……。
全員「…………」
父さん「……やっぱり動いてるぞ」
昆布は目を細めた。
そして静かに言った。
昆布「分かりました」
魔王「何が?」
昆布「丘はモンスターです」
全員「ええっ!?」
国王「丘がモンスターじゃと!?」
昆布「正確には、丘に見えている物がモンスターです」
魔王「それはもう、ほとんど丘じゃないんだね」
昆布「はい」
昆布は全員を見回した。
昆布「丘はモンスターです。国王陛下を守って下さい」
兵士たちが一斉に武器を構える。
ガチャッ!
殴打「魔法のバット、いつでもいけます」
五利武「ゴルフクラブも準備できています」
魔王「ローキックは効かないかも」
鍋「ヘル鍋、装着してます」
便意「俺も杖があります」
母「私は回復します」
勇気「僕も皆さんを励まします!」
ゴプリン「……プリン」
魔王「ゴプリンは?」
ゴプリン「……国王……守る」
国王「頼もしいのう」
そして――。
丘のようなモンスターが、ゆっくり動いた。
ズズ……。
さらに、
ズズズ……。
巨大な頭が、こちらへ向く。
その正体は――。
大きな目。
大きな口。
湿った皮膚。
そして、異常なほど大きな体。
魔王「……カエル?」
昆布「カエルのようなモンスターですね」
父さん「だから丘だったのか」
魔王「父さん、そこに感心するところ?」
父さん「いや、だって本当に丘に見えたから」
カエルモンスターが、ゆっくりとこちらを見る。
全員が身構える。
兵士たちも槍を構える。
殴打もバットを握る。
五利武もゴルフクラブを構える。
便意も杖を持ち上げる。
魔王も一歩前に出る。
カエルモンスターは――。
じっとこちらを見ている。
誰も動かない。
カエルモンスターも動かない。
魔王「……」
昆布「……」
国王「……」
父さん「……」
ゴプリン「……」
数秒が経過した。
魔王「……何もしないね」
昆布「まだ分かりません」
魔王「そうだね」
その瞬間。
カエルモンスターが――
口を、
大きく、
大きく、
開けた。
ガバァァァァァッ!
全員「うわあああああ!!」
魔王「大きい!」
殴打「口のサイズがおかしい!」
五利武「ゴルフボール何個入るんだ!?」
鍋「鍋ごと入るぞ!」
便意「俺の杖も入る!」
魔王「比べるところそこ!?」
カエルモンスターの口は、信じられないほど大きく開いている。
そして――。
父さんの不思議なスーツが反応した。
シュルルルルッ!
襟が伸びる。
袖が伸びる。
裾も伸びる。
ズズズズ……。
頭まで完全に覆う。
手も足も覆われる。
身体全体が、不思議なスーツに包まれた。
父さん「……またか」
魔王「完全防御モードだね」
父さん「ありがたいけど……」
父さんはカエルモンスターを見た。
父さん「これ、何が起きるんだ?」
魔王「分からない」
父さん「だよな」
カエルモンスターは大きく口を開けたまま――。
突然、
口を閉じた。
パクン。
全員「えっ!?」
魔王「閉じた!?」
殴打「攻撃しなかったぞ?」
五利武「何だったんだ?」
便意「ファイアーは……まだいいか」
昆布「待ってください」
昆布が観察する。
カエルモンスターは口を閉じたまま、じっとしている。
そして――。
少しだけ首を下げた。
母「……?」
鍋「寝るのか?」
父さん「まさか」
魔王「いや、まだ分からないよ」
カエルモンスターが、
もう一度、
口を開けた。
ガバァァァァァッ。
全員「また!?」
そして――。
口を閉じる。
パクン。
全員「…………」
魔王「何なんだ?」
父さん「威嚇じゃないのか?」
昆布「いや……」
昆布が少し考える。
そして、
昆布「……あくびかもしれません」
全員「え?」
カエルモンスターが、
また口を大きく開けた。
ガバァァァァァッ!
そして、
ゆっくり閉じる。
パクン。
魔王「……あくびか?」
父さん「……あくびだな」
殴打「……あくびだ」
五利武「完全にあくびだ」
鍋「眠かったんだな」
便意「びっくりした……」
国王「わしもじゃ」
魔王「国王陛下まで?」
国王「巨大な口を見たら驚くじゃろう」
ゴプリン「……あくび」
魔王「ゴプリンまで納得した」
全員が少しだけ警戒を解いた。
昆布も構えていた光る靴を下ろす。
昆布「どうやら攻撃ではなかったようです」
魔王「よかった」
父さん「じゃあ、行けるのか?」
魔王「たぶん」
カエルモンスターは目を閉じた。
そして、
その場に座り込む。
ズズン……。
地面が揺れる。
魔王「やっぱり大きいな」
父さん「丘みたいだ」
魔王「それ、もういいよ」
全員が苦笑した。
その時だった。
カエルモンスターの口元が、
ピクッ。
と動いた。
昆布「……?」
魔王「どうした?」
昆布「何か……」
カエルモンスターが、
突然――
口を開けた。
ガバァァァァァッ!
魔王「また、あくび――」
次の瞬間。
シュルルルルルルルッ!
巨大な舌が、
口の中から一気に伸びた。
全員「えええええええっ!?」
魔王「舌!?」
殴打「やっぱり攻撃だった!」
五利武「速い!」
魔王「今それ言う!?」
舌が、
一直線に伸びてくる。
シュパァァァァッ!
狙われたのは――。
父さん。
父さん「え?」
ベチャッ!
父さん「うわっ!」
一瞬だった。
父さんの身体が舌に巻き付かれた。
そして――。
シュルルルルルッ!
父さん「うわあああああ!」
魔王「父さん!」
父さんの身体が、
一瞬でカエルモンスターの口の中へ消えていった。
パクン。
静かになった。
全員「…………」
魔王「…………」
殴打「…………」
五利武「…………」
鍋「…………」
便意「…………」
母「…………」
国王「…………」
昆布「…………」
ゴプリン「…………」
魔王「……父さん?」
返事がない。
魔王「父さん!」
カエルモンスターの口の中。
そこでは――。
父さんが転がされていた。
ゴロゴロゴロゴロ。
父さん「うわっ!」
ゴロゴロゴロゴロ。
父さん「ちょっと待て!」
ゴロゴロゴロゴロ。
父さん「目が回る!」
魔王「父さん!」
父さん「魔王!」
魔王「大丈夫!?」
父さん「大丈夫……だと思う!」
ゴロゴロゴロゴロ。
父さん「いや、やっぱり大丈夫じゃない!」
ゴロゴロゴロゴロ。
父さん「目が回る!」
外では魔王軍全員が固まっていた。
昆布が冷静に状況を分析する。
昆布「……飲み込まれてはいません」
魔王「本当?」
昆布「はい。口の中で転がされています」
魔王「それはそれで大変だよ!」
殴打「助けないと!」
五利武「どうする!?」
便意「ファイアー?」
魔王「口の中でファイアーは危ない!」
便意「ですよね」
鍋「水は?」
魔王「もっと危ない!」
母「じゃあ回復魔法?」
魔王「まず怪我をしているか分からないよ!」
ゴプリン「……プリン体?」
魔王「今回はそれじゃない!」
国王は馬車の中から、口を開けたままカエルモンスターを見上げていた。
国王「……あの者は大丈夫なのか?」
昆布「たぶん……」
父さん「たぶんじゃない!」
カエルモンスターの口の中から声が響く。
父さん「目が回るーーー!」
魔王「父さん!」
そしてカエルモンスターは――。
何事もなかったかのように、
また目を細めた。
まるで、
「もう一回寝ようかな」
と言っているようだった。
魔王「……このモンスター、何を考えているんだ?」
昆布「分かりません」
魔王「父さんを食べるつもりなのかな?」
昆布「まだ判断できません」
父さん「判断してくれーーー!」
魔王軍全員がカエルモンスターを見つめる。
カエルモンスターも、
魔王軍を見つめる。
そして口の中では――。
父さんが、
ゴロゴロゴロゴロ。
父さん「目が回るーーー!」
湿地帯に、父さんの悲鳴だけが響いた。
この後、魔王軍はどうやって父さんを助けるのか。
そして、このカエルモンスターは本当に敵なのか――。




