国王を護衛して湿地帯へ
ついに――。
魔王軍の国王護衛任務が始まった。
目的地は、はじまりの村。
王都からは少し距離がある。
国王は立派な馬車に乗っていた。
馬車の周囲には、国王直属の少数精鋭の兵士たち。
そして、そのさらに外側を魔王軍が囲んでいる。
魔王は作業服姿。
殴打は野球のユニフォーム。
五利武はゴルフウェア。
鍋はコック。
便意はスーツ。
昆布は光る靴。
勇気は指向性メガホン。
母は子供用巨人のしゃもじ。
ゴプリンは鋼鉄のプリンカップ。
父は不思議なスーツ。
どう見ても――。
国王護衛部隊というより、職業体験団体だった。
魔王が馬車を見ながら言う。
「本当に国王様を護衛するんだね」
昆布。
「はい」
「今回は王都防衛戦とは違います。重要なのは、国王様を安全に目的地まで送り届けることです」
魔王。
「できれば戦闘なしで行きたいね」
昆布。
「その通りです」
父が先頭を見る。
「じゃあ俺が前に行く」
魔王。
「お願い」
こうして隊列が決まった。
先頭――父。
馬車の横――昆布。
馬車の後方――魔王軍の仲間と兵士。
さらに左右にも兵士を配置する。
全方位から馬車を守る形だ。
昆布は周囲を確認する。
「前方、問題ありません」
右側を見る。
「右側も問題なし」
左側を見る。
「左側も問題なし」
後方を見る。
「後方も問題ありません」
魔王。
「完璧だね」
昆布。
「護衛任務ですから」
父が前を歩きながら言う。
「俺が先頭なら安心だな」
魔王。
「うん」
父。
「何か来たら止める」
魔王。
「無理はしないでね」
父。
「大丈夫だ」
父は胸を張った。
その瞬間。
不思議なスーツのポケットから紙が出てきた。
父が見る。
『本日の業務:国王様を安全に目的地までお送りする』
父。
「ちゃんと仕事になってるな」
魔王。
「このスーツ、本当に仕事好きだね」
昆布。
「便利屋との相性は良さそうです」
父。
「そうだな」
---
王都出発
王都の門が開く。
兵士が声を上げる。
「門を開けろ!」
ギギギギ……。
大きな門が開いていく。
国王を乗せた馬車がゆっくり進む。
魔王軍も続く。
王都の人々が手を振っている。
「国王様、いってらっしゃい!」
「お気をつけて!」
「魔王軍も頑張れ!」
魔王は手を振り返した。
「いってきます!」
ゴプリンも手を振る。
「……いってくる」
その頭には鋼鉄のプリンカップ。
街の人が小さく呟く。
「……あの人、本当にプリンカップをかぶってるぞ」
別の人。
「王都を守ったらしい」
「なるほど」
「プリンで?」
「さあ……」
---
王都を出ると、道は緩やかな登り坂になった。
魔王軍と兵士たちは、馬車の速度に合わせて歩く。
昆布が言う。
「皆さん、急がないでください」
「緩やかな登り坂ですが、長く続くと体力を消耗します」
魔王。
「そうだね。国王様を守るなら、最初から飛ばさない方がいい」
殴打。
「了解です」
五利武。
「ゆっくり行きましょう」
鍋。
「昼食はいつですか?」
魔王。
「鍋さんは体力より食事の心配だね」
鍋。
「重要です」
便意。
「俺もお腹空いてきました」
魔王。
「便意さんまで?」
昆布。
「まだ出発してそれほど経っていません」
便意。
「そうでした」
父は先頭を歩いている。
少しすると、父の歩く速度が遅くなった。
魔王が声をかける。
「父さん、大丈夫?」
「大丈夫だ」
少しして。
「父さん?」
「大丈夫だ」
さらに少しして。
「本当に?」
父。
「大丈夫だ」
母が笑う。
「パパ、無理しないでね」
父。
「大丈夫だ」
ネクタイが突然しゃべった。
「無理するなよ」
父。
「お前まで言うのか」
ネクタイ。
「仕事は長期戦だ」
父。
「……確かに」
魔王。
「ネクタイの方がまともなこと言ってる」
---
やがて長い登り坂が終わった。
兵士の一人が振り返る。
「坂を越えました」
魔王。
「よかった」
昆布も周囲を確認する。
「ここからしばらく平坦な道です」
国王が馬車の中から声をかけた。
「みな、疲れておらぬか?」
魔王。
「大丈夫です」
殴打。
「まだ大丈夫です」
五利武。
「問題ありません」
鍋。
「お腹は空きました」
魔王。
「それは聞いてないよ」
国王が笑う。
「ははは。鍋殿は正直じゃな」
鍋。
「ありがとうございます」
魔王。
「褒められてるのかな……」
---
しばらく歩いた。
森を抜ける。
すると――。
景色が変わった。
地面が湿っている。
草も多い。
ところどころに水たまりがある。
昆布が足元を見る。
「湿地帯ですね」
魔王。
「ここを通るの?」
昆布。
「はい。現在のルートでは、この湿地帯を抜ける必要があります」
兵士が周囲を見る。
「霧も出てきました」
その言葉通りだった。
白い霧が少しずつ広がっている。
遠くが見えにくくなってきた。
魔王。
「視界が悪いね」
昆布。
「はい」
「隊列を崩さないようにしてください」
「特に左右と後方を確認してください」
兵士たちが頷く。
「了解!」
昆布は光る靴を見る。
そして靴を手に持った。
スイッチを入れる。
ピカッ。
「これなら足元は照らせます」
魔王。
「便利だね」
昆布。
「このために買ったようなものです」
便意。
「俺も杖を光らせられないかな」
魔王。
「瞬間移動の杖だよね?」
便意。
「はい」
魔王。
「説明書に光る機能は?」
便意。
「ありません」
魔王。
「じゃあ無理だね」
便意。
「そうですか」
---
湿地帯をゆっくり進む。
ペチャ。
ペチャ。
靴が湿った地面を踏む。
馬車もゆっくり進む。
国王は馬車の中から外を見る。
「ずいぶん霧が深くなってきたのう」
魔王。
「そうですね」
昆布。
「視界が悪いので、ここでは速度を落としましょう」
魔王。
「了解」
一行はさらにゆっくり進んだ。
その時だった。
「……ゴー……」
魔王が止まる。
「ん?」
昆布。
「どうしました?」
「今、何か聞こえなかった?」
一同が耳を澄ます。
「……ゴー……」
「ゴー……」
低い音。
地面の奥から響いてくるような音だった。
便意。
「風の音じゃないですか?」
昆布。
「風とは少し違います」
殴打。
「何かいますか?」
昆布は周囲を見る。
霧でよく見えない。
「分かりません」
「全員、いったん止まってください」
魔王軍と兵士が止まった。
馬車も止まる。
馬も不安そうに足を動かす。
ヒヒーン。
父が前を見つめる。
「……何かいるぞ」
昆布。
「どこですか?」
父が指を向ける。
「前方」
霧の向こう。
何かがある。
小さな丘のようなもの。
魔王が目を細める。
「丘?」
昆布。
「……地形図には、ここに丘はありません」
魔王。
「じゃあ、何?」
その時――。
「ゴォォォォ……」
先ほどより大きな音。
地面が、
ズズ……
と揺れた。
兵士たちがざわつく。
「地震か?」
「いや……」
「何だ?」
父がじっと前を見る。
そして――。
「……丘が動いてるぞ」
全員。
「え?」
魔王。
「丘が?」
昆布。
「……」
昆布は光る靴を持ったまま、霧の向こうを見つめる。
丘が――。
ゆっくり動いた。
ズ……。
ズズ……。
ズズズズ……。
その瞬間。
丘のように見えていたものの一部が、
ゆっくり持ち上がった。
魔王。
「……あれ、丘じゃない」
便意。
「じゃあ何ですか?」
魔王。
「分からない」
昆布が冷静に言う。
「全員、武器を構えてください」
殴打が魔法のバットを構える。
五利武がゴルフクラブを握る。
冷寒さんも構える。
便意が杖を持つ。
母がしゃもじを構える。
鍋がヘル鍋をかぶる。
ゴプリンも頭の鋼鉄のプリンカップを確認する。
父は先頭で立った。
国王の馬車を背後にして。
「来るぞ」
霧の向こうから――。
「ゴォォォォォォォ……」
巨大な音が響いた。
魔王は息をのむ。
「……何なんだ、あれ?」
霧の中で、巨大な影がさらに動く。
そして――。
その影の上に、
二つの巨大な何かが開いた。
昆布が目を凝らす。
「……あれは……」
魔王軍全員が身構える。
国王も馬車の中から身を乗り出した。
「いったい、何がいるのじゃ……?」
霧の向こうから、
巨大な声が響いた。
「ゴォォォォォォ……」
王都を出発して初めての護衛任務。
その一行の前に現れた、
動く丘の正体とは――。




