顔面ノーガードの男
あれから。
俺と健太は、さらに練習を続けた。
目的は一つ。
次の試合に勝つこと。
前回。
俺はプロ二戦目で初勝利。
健太も判定勝ち。
二人とも。
ようやくプロとしての一歩を踏み出した。
しかし。
そこで満足するわけにはいかなかった。
俺は毎日ジムへ通った。
ロードワーク。
縄跳び。
ミット打ち。
サンドバッグ。
スパーリング。
筋力トレーニング。
そして。
健太も負けていなかった。
「魔王」
「何?」
「次は俺のほうが強くなる」
「急にどうした?」
「前回、俺は判定だった」
「うん」
「お前はKOだった」
「うん」
「悔しい」
「そうか」
「だから次は俺がKOする」
俺は笑った。
「頑張れ」
「笑うな!」
「いや、応援してる」
「その顔がムカつく!」
「どんな顔だよ!」
健太は本気だった。
俺も本気だった。
二人は毎日。
拳を振り続けた。
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魔王のパンチ
ただし。
俺のパンチ力は。
以前より少し落ちていた。
「バン!」
サンドバッグが揺れる。
「バン!」
また揺れる。
十分すぎる威力だった。
トレーナーは言った。
「魔王」
「はい」
「今のお前は、プロとしてかなり優秀だぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
「でも、前よりパンチが軽くなった気がします」
「それでも十分強い」
「そうですか」
「むしろ今は、力をコントロールできている」
俺は頷いた。
謎の声が言った。
――イージーモード。
あれ以来。
俺の身体には。
妙な変化があった。
パンチ力は少し落ちた。
しかし。
身体の感覚は。
以前より良かった。
自分で力を調整できる。
「これなら普通にボクシングができる」
俺はそう思っていた。
ただ。
一つだけ問題がある。
俺は。
人の顔を殴るのが。
どうしても苦手だった。
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試合の日
そして。
次の試合の日が来た。
控室。
俺はグローブをつけてもらっていた。
健太が隣にいる。
「……」
「……」
二人とも無言。
健太が言った。
「魔王」
「何?」
「緊張してる?」
「してる」
「俺も」
「前より?」
「前より」
俺は深呼吸した。
「……」
そして。
小声で言った。
「今回、ちょっと嫌な予感がする」
「何で?」
「相手の顔を殴ることになるかもしれない」
健太が呆れた。
「お前、そこ?」
「そこ」
「試合前に考えることじゃないだろ」
「でも重要だろ」
「お前、ボクサーだぞ」
「知ってる」
「パンチを当てるんだぞ」
「知ってる」
「顔にも」
「……」
「ボディーにも」
「……」
「どこでも」
「できればボディー」
「お前、本当にボディー好きだな!」
そのとき。
スタッフが入ってきた。
「魔王選手、準備お願いします」
「はい」
俺は立ち上がった。
そして。
「……顔は大丈夫かな」
健太が叫んだ。
「まだ言ってるのか!」
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リング
俺はリングへ上がった。
観客の声。
照明。
歓声。
そして。
向かい側に。
今回の対戦相手がいた。
俺は相手を見る。
相手も俺を見る。
レフェリーが中央に呼ぶ。
「クリーンファイト」
そして。
ゴング。
カン!
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第1ラウンド
俺は構えた。
相手も構える。
だが。
すぐに。
俺は違和感に気づいた。
「……?」
相手のガード。
変だ。
いや。
正確には。
ボディーだけを完全に守っている。
両腕が身体の前。
腹。
脇腹。
みぞおち。
徹底的に守っている。
しかし。
顔は。
「……」
ほぼ。
ノーガード。
俺は目を疑った。
「……え?」
相手の顔が。
丸見えだった。
俺は思った。
――いや。
――そこ、空いてるけど。
俺は軽くジャブを出す。
「シュッ」
相手は身体を固める。
ボディーを守る。
俺はパンチを止めた。
「……」
相手は。
顔面を守ろうとしない。
俺は理解した。
――俺を研究してきたんだ。
前回。
俺はボディーブローで勝った。
だから。
今回は。
ボディーだけを徹底的に守る。
顔は捨てる。
俺は困った。
「……」
相手からすると。
俺がボディーを狙うことは分かっている。
だから。
ボディーには隙がない。
そして。
俺は。
顔を殴りたくない。
つまり。
俺の得意な攻撃が。
完全に封じられた。
「……」
相手がニヤッとした。
俺は思った。
――嫌な作戦だな。
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魔王、困る
俺はいつものように。
防御優先。
相手の攻撃をかわす。
そして。
ボディーを狙う。
「バン!」
しかし。
ガードされた。
「バン!」
また。
「バン!」
また。
全部。
止められる。
相手は。
完全にボディーを守っている。
そして。
俺が攻撃しないと。
相手は前に出てくる。
「シュッ!」
「シュッ!」
「バン!」
手数が多い。
俺は避ける。
しかし。
相手のパンチが。
少しずつ当たる。
ポイントを稼がれている。
ラウンド終了。
カン!
俺は戻る。
トレーナーが言った。
「相手は完全にお前のボディーを警戒している」
「はい」
「顔面が空いている」
「……はい」
「狙えるぞ」
俺は黙った。
「……」
トレーナーが察した。
「……顔、殴りたくないのか?」
「はい」
「お前は本当にボクサーか?」
「自分でも時々分かりません」
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第2ラウンド
ゴング。
カン!
俺は再び前へ。
相手は。
同じ構え。
ボディーガード。
顔面ノーガード。
俺はジャブ。
相手は身体を固める。
ボディー。
ガード。
右。
ガード。
左。
ガード。
「……」
全部。
読まれている。
そして。
相手の手数。
「シュッ!」
「バン!」
「シュッ!」
俺はかわす。
でも。
相手は打ち続ける。
観客からすると。
俺が押されているように見える。
実際。
ポイントでは負けている。
――このままじゃ。
俺は思った。
――判定で負ける。
そして。
ふと。
相手の顔を見る。
「……」
完全に。
無防備。
俺は考えた。
「……」
殴りたくない。
でも。
勝ちたい。
なら。
「軽く当てるだけなら……」
俺は構え直した。
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魔王の作戦
俺は。
本当に。
軽く。
顔へ。
パンチを当てることにした。
一発。
ポイントを取る。
それだけ。
倒すつもりはない。
強く打つつもりもない。
ただ。
触れるくらい。
ワンツー。
俺は距離を測った。
相手が前へ出る。
ボディーを守っている。
顔面。
完全に空いている。
――今。
俺は踏み込んだ。
「シュッ!」
ジャブ。
そして。
「シュッ!」
右。
ほんの軽い。
タッチするようなパンチ。
だった。
しかし。
その瞬間。
「……え?」
俺の拳が。
相手の顔に触れた。
相手の首が。
一瞬。
後ろへ。
びよん。
と伸びた。
「……?」
俺も。
観客も。
レフェリーも。
一瞬。
何が起きたのか分からなかった。
そして。
相手の身体が。
「……」
ぐらっ。
そのまま。
倒れた。
ドン!
「ええええええ!?」
俺は叫んだ。
「ちょっと!」
レフェリーが駆け寄る。
「ワン!」
俺は呆然。
「ツー!」
「いやいやいや!」
「スリー!」
「軽く打っただけですよ!?」
レフェリーは数える。
「フォー!」
観客は騒然。
「ファイブ!」
俺は頭を抱える。
「嘘だろ……」
「シックス!」
相手は動かない。
「セブン!」
俺は青ざめる。
「エイト!」
「ナイン!」
そして。
「テン!」
試合終了。
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魔王、勝利
レフェリーが俺の腕を上げた。
「勝者――魔王!」
会場が爆発する。
「うおおおおお!」
俺は。
全然喜べなかった。
「……」
相手を見る。
リングの上で。
相手は横になっている。
俺は思った。
――俺。
――何をした?
俺は。
軽く。
本当に軽く。
ワンツーを当てただけだ。
それなのに。
相手は倒れた。
俺はすぐにレフェリーへ聞いた。
「大丈夫ですか?」
「医療スタッフが確認しています」
「本当に?」
「落ち着いてください」
「でも!」
「大丈夫です」
医療スタッフが相手を確認する。
しばらくして。
相手が。
「……う」
動いた。
「!」
俺は息を吐いた。
「よかった……」
意識が戻った。
俺は心から安心した。
「……」
すると。
相手が俺を見る。
俺は頭を下げた。
「すみません」
相手は。
まだ少しぼんやりしながら。
「……お前」
「はい」
「軽く打ったのか?」
「……はい」
相手は。
信じられない顔をした。
「……怖えよ」
「すみません!」
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控室
俺が戻ると。
健太が待っていた。
「魔王!」
「……」
「勝ったな!」
「うん」
「またKO?」
「うん」
「今度は顔面?」
「うん……」
健太が笑う。
「やったじゃん!」
俺は首を横に振る。
「怖かった」
「お前が?」
「相手が倒れたとき」
「まあな」
「俺、本当に軽く打ったんだぞ」
「分かってる」
「どうして倒れたんだ?」
健太が肩をすくめる。
「お前のパンチが強いからだろ」
「でもイージーモードだぞ」
「イージーモードでも強いんだよ!」
「……」
俺は拳を見る。
謎の声。
イージーモード。
そして。
この力。
「……」
一体。
俺はどこまで強くなるんだ?
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健太の試合
そして。
健太の試合が始まった。
俺は客席から見ていた。
健太は強くなっていた。
前回より。
明らかに。
動きがいい。
ジャブ。
ストレート。
フットワーク。
ディフェンス。
練習の成果が出ている。
「頑張れ、健太!」
俺は叫んだ。
健太も戦う。
第1ラウンド。
互角。
第2ラウンド。
健太が少し押される。
第3ラウンド。
健太が追い上げる。
最終ラウンド。
両者とも。
最後の力を振り絞った。
カン!
試合終了。
健太は肩で息をしている。
「……」
俺も緊張する。
判定。
審判がカードを確認する。
「判定!」
一人目。
健太。
二人目。
相手。
三人目。
相手。
「勝者――」
相手の腕が上がった。
「……」
健太は。
しばらく動かなかった。
判定負け。
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試合後
控室。
健太が入ってくる。
「……負けた」
俺は言った。
「惜しかった」
「でも負けは負けだ」
「うん」
「悔しいな」
「……」
俺は何も言えなかった。
健太が椅子に座る。
「魔王」
「ん?」
「次は勝つ」
俺は笑った。
「俺も」
「二人とも勝とう」
「ああ」
健太が拳を差し出した。
俺も拳を合わせる。
コツン。
その瞬間。
俺の頭の中に。
あの声が響いた。
――見事だったぞ。
俺は顔を上げた。
「……」
健太が聞く。
「どうした?」
「いや」
俺は首を振った。
「何でもない」
しかし。
心の中では。
一つの疑問が大きくなっていた。
――なぜ。
――俺はこんなに強くなっている?
そして。
――あの声は。
――一体何者なんだ?
俺はまだ知らなかった。
この力が。
ボクシングだけのために与えられたものではないことを。
そして。
俺の人生が。
少しずつ。
「普通のプロボクサー」という道から。
外れ始めていることを。




