イージーモードの恐怖
翌朝。
俺はいつも通り。
ボクシングジムへ向かった。
昨日。
謎の声から言われた。
「ストーリーモードからイージーモードに変更してやろう」
意味は分からない。
というか。
ゲームをほとんど知らない俺には。
もっと分からない。
「……イージーモードって何なんだ?」
歩きながら考える。
「練習が楽になるのかな?」
それなら嬉しい。
昨日の練習。
きつかった。
ロードワーク。
筋トレ。
ミット。
サンドバッグ。
スパーリング。
全部きつい。
「もし練習が楽になるなら最高だな」
そんなことを考えながら。
ジムに到着した。
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いつも通りのサンドバッグ
「おはようございます!」
「おはよう、魔王」
トレーナーが手を上げる。
健太もいた。
「おはよう」
「おはよう」
健太が俺を見る。
「今日は何する?」
「いつも通りだろ」
「じゃあサンドバッグから?」
「うん」
俺はグローブをつけた。
サンドバッグの前に立つ。
「よし」
構える。
そして。
「バンッ!」
サンドバッグが揺れた。
「……」
俺は首を傾げる。
もう一発。
「バンッ!」
揺れる。
しかし。
昨日までより。
少しだけ。
小さい。
「……あれ?」
健太が言った。
「どうした?」
「いや」
俺はサンドバッグを見る。
「ちょっと弱くなった?」
「何が?」
「パンチ」
健太が笑う。
「気のせいだろ」
「そうかな」
もう一発。
「バンッ!」
サンドバッグが揺れる。
普通に大きく揺れている。
俺は腕を見る。
「……」
確かに。
昨日までより少しだけ威力が落ちている。
でも。
普通の選手と比べたら。
まだ十分すぎるくらい強い。
トレーナーも言った。
「魔王」
「はい」
「今日もかなり強いぞ」
「そうですか?」
「ああ」
俺はサンドバッグを見る。
「でも昨日より少し弱い気がします」
トレーナーは笑った。
「昨日が異常だったんだよ」
「……」
「昨日のお前のパンチは、ちょっと怖かった」
「やっぱり?」
「うん」
健太が横から口を挟む。
「昨日の魔王、サンドバッグを殺そうとしてたからな」
「サンドバッグは生きてないだろ」
「いや、昨日は悲鳴が聞こえた」
「聞こえないよ!」
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イージーモード?
俺は思った。
「……」
もしかして。
昨日の声。
「イージーモードに変更する」
あれ。
本当に何か変わったのか?
俺はもう一度。
パンチを打つ。
「バンッ!」
サンドバッグが揺れる。
十分強い。
「……」
俺は小声で呟いた。
「イージーモードって、これ?」
返事はない。
「……」
俺はもう一発。
「バンッ!」
やっぱり。
少し弱い。
でも。
「まあ、これくらいがちょうどいいか」
俺は笑った。
「これなら相手の顔も飛ばなそうだし」
健太が振り返る。
「お前、まだそれ気にしてるのか?」
「大事だからな」
「ボクシングだぞ?」
「分かってる」
「パンチを当てる競技だぞ?」
「分かってる」
「なのに顔が飛ぶ心配する?」
「する」
「お前だけだよ!」
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スパーリング
その日の午後。
トレーナーが言った。
「魔王、今日は軽くスパーリングするぞ」
「はい」
相手は。
同じジムの先輩。
経験も豊富だ。
リングへ上がる。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
ゴング。
カン!
相手が前へ出る。
ジャブ。
俺は避ける。
右。
ガード。
俺もジャブ。
「シュッ!」
相手が下がる。
「……」
俺は思った。
やっぱり。
動きやすい。
パンチも。
昨日より少し軽い。
でも。
その分。
身体をコントロールしやすい。
相手を倒そうとしなくても。
十分戦える。
「なるほど……」
これが。
イージーモードなのか?
相手のパンチをかわす。
一歩。
二歩。
そして。
ボディー。
「バンッ」
相手が下がる。
「……」
先輩が苦笑した。
「魔王」
「はい」
「軽くって言ったよな?」
「はい」
「今のボディー」
「はい」
「軽くない」
「……」
俺は申し訳なさそうにした。
「すみません」
「いや、いいけど」
先輩が腹をさする。
「お前の『軽く』は信用しないことにする」
「そんな……」
「だって痛いんだよ!」
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健太の勘違い
スパーリングが終わる。
健太が近づいてきた。
「魔王」
「何?」
「パンチ力、落ちた?」
「少し」
「やっぱり?」
「うん」
健太が嬉しそうな顔をした。
「よかった」
「何が?」
「俺にも勝てる可能性が出てきた」
「……」
俺は健太を見る。
「お前」
「何?」
「今まで俺のパンチ力だけで勝てないと思ってたの?」
「うん」
「技術は?」
「……」
「スピードは?」
「……」
「経験は?」
「……」
「おい」
健太が笑う。
「全部、俺より上だと思ってた」
「急に褒めるなよ」
「だからパンチ力まで弱くなったら」
健太は拳を握った。
「俺にもチャンスがある!」
俺は笑った。
「じゃあスパーリングする?」
「……」
健太の顔が固まった。
「今日はやめとく」
「何で?」
「明日、用事あるから」
「何の?」
「生きる用事」
「大げさだな!」
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その夜
家に帰る。
夕食を食べる。
風呂に入る。
そして。
ベッドに入った。
「……」
俺は今日のことを考える。
パンチ力。
確かに。
少し落ちた。
でも。
不思議なことに。
以前より身体が軽い。
動きやすい。
力を調整しやすい。
そして。
何より。
「このくらいがちょうどいいな」
俺は呟いた。
すると。
――そうだ。
「!」
俺は目を開けた。
「……お前か」
――どうだ?
「どうって?」
――イージーモードは。
俺は少し笑った。
「悪くない」
――そうか。
「パンチ力は少し落ちたけど」
――当然だ。
「でも」
俺は天井を見る。
「これくらいなら、普通にボクシングできる」
――それが目的だ。
「……」
俺は少し驚いた。
「じゃあ、本当に俺のパンチを調整したの?」
――そうだ。
「すごいな」
――当然だ。
「でも」
俺は少し考える。
「どうやって?」
――秘密だ。
「またそれかよ!」
俺は布団をかぶった。
「まあいいや」
――魔王。
「何?」
――これからも強くなれ。
「うん」
――ただし。
「何?」
――もう顔が飛んでいく心配はしなくていい。
「……」
俺は笑った。
「そこまで分かってたのかよ!」
――お前は分かりやすい。
「失礼だな!」
――おやすみ。
「おやすみ」
静かになった。
俺は目を閉じた。
今日のパンチは。
昨日より少し弱かった。
でも。
それでよかった。
俺は。
普通の人間として。
普通のプロボクサーとして。
強くなりたかった。
――ただ。
俺はまだ知らなかった。
この「イージーモード」が。
俺の人生にとって。
本当に意味するものを。
そして。
謎の声が設定した「難易度」が。
これから何度も。
俺の人生を変えていくことを。




