父さんの壁と魔王軍の反撃
王都の正門。
先ほどまで閉じられていた跳ね橋が、ゆっくりと下ろされている。
ギギギギギ……。
ゴォォォン!
橋が地面に着いた。
その瞬間だった。
「ガォォォォォー!」
「グルルルル……!」
王都を取り囲んでいたラプトルモンスターたちが、一斉に正門へ向かって走り出した。
ドドドドドドドド!
「来るぞ!」
正規軍の兵士たちが槍を構える。
魔王軍も正門前に集まった。
魔王。
父さん。
殴打。
便意。
脚麒麟。
冷寒さん。
そして正規軍。
昆布は少し離れた場所から全体を見ている。
「ラプトルが正門に集中しています」
魔王が頷く。
「うん」
昆布が跳ね橋を見る。
「ですが、ここは狭いです」
跳ね橋は大勢のラプトルが横一列になって攻めてこられるほど広くない。
そのため、先頭のラプトル数体だけが前に出てくる。
「ガォー!」
一体が走る。
そして――。
ガブッ!
父さんへ噛みつこうと飛びかかる。
父さんが前へ出た。
「来い」
ガブッ!
ラプトルの牙が父さんのスーツに食い込む。
「痛い」
父さんが言った。
魔王が叫ぶ。
「父さん!」
しかし父さんは倒れない。
ラプトルは頭を振る。
「グルルルル!」
父さんは踏ん張る。
「……動かないぞ」
魔王が言う。
「父さん、頑張って!」
「うん」
さらに別のラプトルが飛びかかる。
「ガォォー!」
ガブッ!
今度は父さんの反対側へ噛みつく。
「痛い」
「二匹!」
父さんが両側から噛まれる。
その後ろから正規軍の兵士たちが槍を構える。
「父さんを援護しろ!」
「おお!」
兵士たちが槍を突き出す。
ラプトルが後退する。
「ガォー!」
しかし、すぐに別のラプトルが前へ出てくる。
「グルルル……!」
ガブッ!
父さんに噛みつく。
「痛い」
魔王が苦笑する。
「父さん、今日ずっとそれ言ってるね」
「痛いものは痛い」
「確かに」
父さんは不思議なスーツに覆われたまま、じっと立っている。
頭部も完全にスーツに覆われている。
腕も脚もスーツに覆われている。
ラプトルが噛みついても、スーツは破れない。
だが――。
「痛い」
「そこは防げてないんだ!」
魔王がツッコむ。
その後ろ。
便意が杖を掲げた。
「ファイアー!」
シーン……。
何も起こらない。
便意が杖を見る。
「……」
もう一度。
「ファイアー!」
すると――。
ボォォォォォッ!
殴打の魔法のバットが炎に包まれた。
「よし!」
殴打がバットを構える。
「いくぞ!」
ブンッ!
ゴォォォォォォ!
巨大な火の壁が跳ね橋の上を走っていく。
「ガォォォー!」
ラプトルたちが一斉に後退する。
魔王が言う。
「効いてる!」
殴打が振り返る。
「どうだ!」
しかし父さんが叫ぶ。
「熱い!」
「父さん!」
殴打がバットを止める。
「すまん!」
父さんはラプトルに噛まれたまま答える。
「熱い」
「痛いのか熱いのか、どっちなんだ父さん!」
「両方だ」
「そうだよね!」
ラプトルが火の壁を避けて下がる。
しかし、炎が消えると――。
「グルルル……」
また前へ出てくる。
「ガォー!」
ガブッ!
父さんに噛みつく。
「痛い」
魔王が構える。
「今度は僕が行く!」
魔王が一歩前へ出る。
タッ。
ラプトルが飛びかかる。
「ガォォー!」
魔王は横へステップ。
スッ。
そして――。
ステップローキック!
バシッ!
ラプトルの脚を蹴る。
「ガォッ!」
ラプトルがよろめく。
魔王はすぐに距離を取る。
「よし!」
そこへ脚麒麟。
「私も行きます!」
長い脚を大きく振り上げる。
「回し蹴り!」
ブォン!
バシィィッ!
「ガォォー!」
ラプトルが後退する。
さらに冷寒さん。
「続きます!」
シュッ!
パンチ!
ドン!
もう一発!
ドン!
そしてキック!
バシッ!
「コンビネーション!」
パンチ!
キック!
パンチ!
キック!
ラプトルが跳ね橋の中央まで下がる。
「グルルルル……!」
魔王が言う。
「下がった!」
昆布が頷く。
「はい」
しかし昆布は冷静だった。
「ただし、終わっていません」
その通りだった。
ラプトルたちは数秒後――。
再び前へ走り始めた。
「ガォォォォー!」
ドドドドド!
「また来た!」
父さんが前に出る。
「任せろ」
ガブッ!
「痛い」
「父さん!」
また噛まれる。
正規軍の兵士たちが槍で援護する。
「行け!」
「押し返せ!」
しかし、ラプトルは槍をかわして父さんへ飛びかかる。
「グルルル!」
ガブッ!
「痛い」
父さんが耐える。
便意が杖を掲げる。
「ファイアー!」
ボォォォォッ!
殴打のバットが炎に包まれる。
「もう一度!」
ブンッ!
ゴォォォォォ!
炎の壁が飛ぶ。
ラプトルが後退する。
「ガォォー!」
魔王が前へ出る。
「今!」
ステップ。
ローキック!
バシッ!
脚麒麟。
「回し蹴り!」
バシッ!
冷寒さん。
「コンビネーション!」
ドン!
バシッ!
ラプトルが下がる。
そして――。
また前へ。
「ガォォォォー!」
魔王が驚く。
「また来た!」
昆布が言う。
「これが一進一退ですね」
「本当に一進一退だ!」
前進。
攻撃。
後退。
また前進。
攻撃。
また後退。
まるでラプトルと魔王軍の間で、巨大な波が行ったり来たりしているようだった。
その頃――。
王都の城壁。
母さんが子供用巨人のしゃもじを持っていた。
「まだ投げていいのかしら?」
昆布が指向性メガホンで答える。
「お願いします!」
「分かったわ」
母さんがしゃもじを構える。
「えいっ!」
ブンッ!
パラパラパラパラ!
激熱のお米が城壁の外へ飛んでいく。
「ガォー!」
ラプトルの背中に、
ペタッ。
「ガォッ!」
別のラプトルにも、
ペタッ。
「グルルル……!」
さらに、
ペタッ。
母さんが尋ねる。
「当たっているのかしら?」
昆布が双眼鏡を覗く。
「当たっています!」
「本当?」
「はい!」
一体のラプトルが振り返る。
「ガォ……」
そして森へ逃げる。
昆布が言う。
「今、一体逃げました!」
母さんが嬉しそうにする。
「まあ!」
またしゃもじを振る。
「それ!」
パラパラパラ!
「ガォー!」
逃げる。
「えい!」
パラパラパラ!
「グルル……」
逃げる。
「まかせて!」
母さんはどんどんお米を投げる。
城壁の外では、ラプトルの数が少しずつ減っていった。
「ガォー!」
逃げる。
そのラプトルを見た別のラプトルも、
「グルル……」
と森へ戻る。
さらに、その後ろにいたラプトルも、
「ガォー!」
逃げる。
昆布が気づく。
「逃げ始めた個体につられて、他の個体も撤退しています」
母さんが笑う。
「じゃあ、もっと投げるわね」
「お願いします!」
ブンッ!
パラパラパラパラ!
正門では――。
「ガォォォォー!」
ラプトルが再び突っ込んでくる。
父さんが構える。
「来い」
ガブッ!
「痛い」
魔王が叫ぶ。
「便意さん!」
便意が杖を掲げる。
「ファイアー!」
ボォォォォッ!
殴打のバットが炎をまとった。
殴打がスイング。
ブンッ!
ゴォォォォォ!
火の壁がラプトルへ向かう。
「ガォォー!」
ラプトルが下がる。
魔王が前へ。
「ステップ!」
タッ。
「ローキック!」
バシッ!
脚麒麟。
「回し蹴り!」
ブォン!
バシッ!
冷寒さん。
「コンビネーション!」
パンチ!
パンチ!
キック!
キック!
ラプトルが後退する。
「グルルル……!」
そして――。
また前へ。
「ガォォォー!」
父さんが受け止める。
ガブッ!
「痛い」
「父さん!」
「大丈夫だ」
「痛いって言ってるけど!」
「大丈夫だ」
「どっちなの!?」
「気持ちは大丈夫だ」
「体は?」
「痛い」
「やっぱり!」
兵士たちが笑いそうになる。
しかし――。
「ガォー!」
ラプトルがまた来る。
兵士たちは槍を構え直す。
「気を抜くな!」
「はい!」
再び戦闘。
そして数分後。
ラプトルの数が明らかに減ってきた。
城壁の外でも母さんのお米が飛び続けている。
「えい!」
パラパラパラ!
「ガォー!」
逃げる。
「それ!」
パラパラパラ!
「グルル……!」
逃げる。
正門でも――。
ファイアー!
ボォォォォッ!
「ステップローキック!」
バシッ!
「回し蹴り!」
バシッ!
「コンビネーション!」
ドン!
バシッ!
ラプトルが逃げる。
また一体。
「ガォー!」
逃げる。
それを見た別の一体も、
「グルルル……!」
逃げる。
そしてまた一体。
「ガォー!」
逃げる。
昆布が指向性メガホンを握る。
「皆さん!」
兵士たちが振り返る。
「あと少しです!」
勇気も別の場所からメガホンを使う。
「皆さん、頑張ってください!」
「おおおおお!」
兵士たちの士気が上がる。
最後の数体が正門前に残った。
「グルルル……」
「ガォー!」
魔王が構える。
父さんが前に立つ。
殴打がバットを構える。
便意が杖を掲げる。
脚麒麟が長い脚を構える。
冷寒さんが拳を握る。
そして――。
「ファイアー!」
ボォォォォッ!
殴打がスイング。
ゴォォォォォ!
炎の壁が飛ぶ。
「ガォォー!」
ラプトルが後退する。
魔王が追う。
ステップ。
ローキック。
バシッ!
脚麒麟。
回し蹴り。
バシッ!
冷寒さん。
コンビネーションパンチキック。
ドン!
バシッ!
ラプトルは大きく後退する。
そして森を見る。
仲間たちはもうほとんどいない。
「……」
ラプトルが一体、ゆっくりと後ろを向いた。
「ガォー……」
走り出す。
「逃げた!」
兵士が叫ぶ。
残ったラプトルも、
「グルル……」
森へ向かって走っていく。
「ガォォー!」
そして――。
誰もいなくなった。
正門前は静かになった。
魔王が肩で息をする。
「……終わった」
殴打がバットを地面につく。
「疲れた……」
便意も杖を下ろす。
「疲れた……」
脚麒麟が座り込む。
「疲れました……」
冷寒さんも座る。
「寒い……」
「そこは疲れたじゃないの?」
魔王が笑う。
五利武も王都内部から戻ってきた。
「内部のラプトルも、いなくなりました」
昆布が頷く。
「魔球さんも?」
ベランダを見る。
魔球さんがまだボールを持っている。
「……もう投げなくていいですか?」
昆布が答える。
「はい。ありがとうございました」
魔球さんはボールを置く。
「疲れました」
「お疲れ様でした」
魔王は父さんを見る。
父さんはまだ立っている。
「父さん、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「痛くない?」
「痛い」
「やっぱり」
母さんがやってくる。
「パパ、回復してあげる」
「ありがとう」
母さんが回復魔法を使う。
ふわっ……。
父さんの痛みが少しずつ引いていく。
その周囲では、負傷した兵士たちにも回復魔法がかけられていた。
王都の魔術師たちが負傷者を順番に治療していく。
「次の方どうぞ」
「はい」
「痛いところはありますか?」
「肩です」
「では回復しますね」
淡い光が広がる。
魔王軍もその場で休んでいる。
正規軍も座り込んでいる。
そして昆布が言った。
「では……」
全員が顔を上げる。
「いったん、跳ね橋を閉めましょう」
「そうだね」
兵士たちが動く。
ガコン。
ギギギギギ……。
跳ね橋がゆっくりと上がる。
ゴォォォン。
王都の正門が閉じられた。
魔王は静かになった外を見る。
「……本当に疲れた」
昆布も頷く。
「皆さん、よく頑張りました」
母さんが笑う。
「お米も頑張ったわ」
魔王が言う。
「うん……」
殴打が言う。
「炎のバットも頑張った」
便意が杖を見る。
「ファイアーは俺の杖から出なかったけどな」
魔王が笑う。
「でも、バットから出たじゃない」
「それが不思議なんだよ」
父さんが言った。
「俺は噛まれた」
魔王が振り返る。
「うん」
「熱かった」
「うん」
「そして痛かった」
「うん」
父さんは少し考える。
「今日は大変だったな」
母さんが微笑む。
「パパ、お疲れ様」
父さんも笑う。
王都には、ようやく静かな時間が戻ってきた。
しかし――。
昆布だけは、森の方向を見ていた。
「……」
魔王が気づく。
「昆布?」
「はい」
「どうしたの?」
昆布は答えた。
「ラプトルは、逃げただけです」
「うん」
「そして……」
森の奥を見る。
「まだ王都を狙っているモンスターがいる可能性があります」
魔王は森を見る。
静かだ。
何も見えない。
だが――。
森の奥で、
ザッ。
小さな音がした。
昆布の表情が変わる。




