ユタラプトル軍、料理が出てこない!
王都を囲んでいたオオカミモンスターたちは、満腹になると森へ帰っていった。
王都の兵士たちは、城壁の上でぐったりしていた。
「終わった……」
「今度こそ終わった……」
「肉鍋を投げただけなのに、ものすごく疲れた……」
鍋もヘル鍋を頭から外して、肩を落としていた。
「もう腕が上がりません……」
激辛も両手を下ろしたまま、
「私も魔力を使い切りました……」
と言った。
魔王は森を見ながら、
「でも、オオカミモンスターたちは帰ってくれたね」
昆布も光る靴を手に持ちながらうなずいた。
「はい。戦闘にならずに済みました」
勇気が笑顔で言った。
「皆さん、本当によく頑張りました」
父も城壁にもたれた。
「いやあ、疲れたな」
母が父を見る。
「パパ、大丈夫?」
「大丈夫だ」
父は胸を張る。
「メンタルガード」
「精神力は元気なのね」
母が笑った。
魔王も笑う。
「父さん、そこだけは本当に強いね」
そのときだった。
森の奥から――
ガサッ。
「……?」
昆布が振り返った。
「まだ何かいます」
兵士たちが一斉に立ち上がる。
「まさかオオカミが戻ってきたのか!?」
「全員、警戒!」
昆布は光る靴を森へ向ける。
すると――
ズン。
ズン。
ズン。
巨大な影が木々の間から現れた。
「……大きい」
魔王がつぶやく。
姿を現したのは、ユタラプトルのような巨大なモンスターだった。
大きい。
そして――
速そうだった。
昆布が目を細める。
「ユタラプトルのようなモンスターが出て来ました」
兵士が聞く。
「一匹ですか?」
昆布は森の奥を見る。
「……いいえ」
ズズズズズ……
さらに一匹。
その後ろからまた一匹。
さらにまた一匹。
「大群です」
「大群!?」
森の中からぞろぞろとラプトルモンスターが出てくる。
十匹。
五十匹。
百匹。
それ以上。
「多すぎる!」
「王都の周囲を回っています!」
「北側にも!」
「南側にも!」
「東にも!」
「西にも!」
あっという間に王都はラプトルモンスターに囲まれた。
兵士たちは武器を構えた。
魔王も身構える。
しかし――
ラプトルモンスターたちは攻撃してこない。
一匹が王都を見上げる。
「……」
そして、
「ワン!」
ドサッ。
座った。
尻尾を振る。
ブンブンブンブン!
口を開ける。
舌を出す。
ハッ、ハッ、ハッ。
ポタ。
よだれが落ちる。
「…………」
魔王が固まった。
昆布も固まる。
兵士も固まる。
そして別のラプトルも、
「ワン!」
ドサッ。
また別のラプトルも、
「ワン!」
ドサッ。
「ワン!」
「ワン!」
「ワン!」
巨大なラプトルモンスターたちが、次々と座った。
全員が尻尾を振っている。
全員が舌を出している。
全員がよだれを垂らしている。
魔王が言った。
「……また?」
昆布が静かに答えた。
「またです」
父がラプトルを見ながら言った。
「さっきのオオカミを見てたんだな」
昆布がうなずく。
「その可能性が高いです」
母が言った。
「オオカミさんたちが食べているところを見ていたのね」
ラプトルが、
「ワン!」
尻尾を振る。
魔王が頭を抱えた。
「完全に食事を期待してる……」
昆布が細い指向性メガホンを持った。
「激辛さん」
「はい……」
「鍋さん」
「はい……」
昆布は二人を見る。
「まだ動けますか?」
激辛は首を横に振った。
そして、
両手をバッテンにする。
「もう魔力ゼロ」
鍋も、
両手をバッテンにした。
「もう腕が上がらない」
「…………」
昆布が黙った。
魔王も黙った。
ラプトルたちは待っている。
「ワン」
「ワン」
「ワン」
昆布が聞いた。
「激辛さん、本当に魔力は?」
「ゼロです」
「少しも?」
「ゼロです」
「甘辛肉鍋は?」
「出せません」
「肉だけでも?」
「無理です」
「野菜は?」
「無理です」
「水は?」
「それは便意さんが――」
昆布が便意を見る。
便意は一歩下がった。
「……僕に振らないでください」
魔王が言う。
「便意さん、ウォーターは?」
そのとき――
兵士が走ってきた。
「昆布殿!」
「どうしました?」
「王都の食糧ですが……」
兵士は息を切らしている。
「かなり減りました」
昆布の顔が固まった。
「……どのくらいですか?」
「先ほどのオオカミモンスターたちへの食事で、肉も野菜もかなり使いました」
「はい」
「そして、王都の住民の食事もあります」
「はい」
「兵士たちの食事も必要です」
「はい」
兵士は申し訳なさそうに言った。
「……もう、大量のモンスターに配れるほど残っていません」
昆布が、
「まずい」
と言った。
魔王も、
「……まずいね」
とつぶやいた。
昆布はラプトルたちを見る。
最初は、
「ワン!」
だった。
尻尾も、
ブンブンブンブン。
しかし――
しばらく経っても料理が来ない。
ラプトルが一匹、首をかしげる。
「……?」
もう一匹。
「……?」
巨大ラプトルが王都を見る。
「ワン?」
昆布はメガホンを持った。
「皆さん、少々お待ちください」
「ワン!」
「食事は――」
昆布が言葉を止めた。
言えない。
「……」
魔王が小声で聞く。
「どうするの?」
昆布は小声で答えた。
「料理がありません」
「うん」
「作ることもできません」
「うん」
「投げることもできません」
「うん」
「つまり……」
昆布がラプトルを見る。
「……何もありません」
「ワン?」
一匹のラプトルが首をかしげた。
別のラプトルも、
「ワン?」
そして三匹目。
「ワン?」
しかし、その声は先ほどとは違っていた。
少し不満そうだった。
さらに時間が経つ。
ラプトルたちは座ったまま待っている。
「ワン……」
「……」
「ワン……」
「……」
「ワン」
「……」
尻尾を振る速度が落ちていく。
ブン……
ブン……
ブン……
そして――
止まった。
魔王が言った。
「……昆布さん」
「はい」
「尻尾が止まったよ」
「はい」
一匹のラプトルが立ち上がった。
ズン。
兵士たちが一斉に構える。
「立った!」
「攻撃か!?」
そのラプトルは、王都を見上げる。
そして――
「グルル……」
「…………」
今度は別のラプトルも立ち上がる。
「グルルル……」
さらに一匹。
「グルルルル……」
王都の周囲で、巨大なラプトルたちが次々と立ち上がった。
さっきまで出ていた舌が引っ込む。
尻尾も止まる。
そして口元から――
「グルルルルル……」
低い唸り声。
兵士が震える。
「怒っている……」
昆布がうなずく。
「はい」
「どうしますか!?」
昆布はラプトル軍を見渡した。
数え切れないほどいる。
しかも大きい。
しかも速い。
そして今――
全員、
空腹。
「…………」
魔王が言った。
「昆布さん」
「はい」
「これ、かなりまずいよね」
「はい」
即答だった。
魔王が苦笑する。
「また即答……」
ラプトルの一匹が、
「グルル……」
と唸った。
その瞬間、
ドン!
前脚で地面を叩いた。
土が跳ねる。
兵士たちが後ずさる。
「ひっ!」
「危険だ!」
「攻撃してくるぞ!」
昆布はすぐに指示を出した。
「皆さん、まだ攻撃しないでください!」
兵士たちが驚く。
「しかし!」
「ラプトルたちはまだ攻撃していません!」
昆布は冷静に観察する。
「怒っていますが、目的はおそらく食事です」
魔王が言った。
「じゃあ、どうする?」
昆布は答えられなかった。
「……」
「……」
「……」
昆布は頭を抱えた。
「料理がない」
鍋が言った。
「作れない」
激辛が言った。
「魔力がない」
兵士が言った。
「食糧もない」
便意が言った。
「僕のウォーターは役に立たない」
父が言った。
「俺のメンタルガードは腹を満たせない」
魔王が言った。
「父さん、それはそうだね」
母も言った。
「私も今から食べ物は出せないわ」
「母さんの魔法、そもそも食べ物を出す魔法じゃないからね」
ゴプリンがラプトルを見る。
「……お腹……すいた?」
ラプトルが、
「グルル……」
ゴプリンがうなずく。
「……そう」
そして自分の鋼鉄のプリンカップを触る。
「……プリン……ない」
魔王が言った。
「今はプリンもないね」
ゴプリンは、
「……残念」
と小さく言った。
そのとき。
ラプトル軍の一番大きな個体が、一歩前へ出た。
ズシン。
さらに一歩。
ズシン。
兵士たちが緊張する。
巨大ラプトルが城壁を見上げた。
そして大きく口を開け――
「ワォォォォォン!」
ではなく、
「ワン!」
だった。
しかし――
今度の「ワン!」は可愛い声ではなかった。
王都全体に響き渡る、
「飯はまだか!」
と言っているような迫力だった。
兵士たちが震える。
「……これはまずい」
昆布が指向性メガホンを握りしめる。
しかし、何を言えばいいのか分からない。
「……」
ラプトル軍が一斉に王都を見る。
「グルルルル……」
昆布は冷静に言った。
「……皆さん」
魔王が聞く。
「何?」
昆布はラプトル軍を見ながら答えた。
「ここからが、本当の籠城戦です」
「え?」
「ただし――」
昆布は少し間を置いた。
「敵が欲しがっているのは、王都ではありません」
魔王が聞く。
「じゃあ何?」
昆布はラプトル軍を見る。
「……食べ物です」
その瞬間、
ラプトル軍が一斉に、
「グルルルルルル……!」
と唸った。
王都の城壁が、
ビリビリ……
と震えた。




