残された魔王軍
筆記試験が終わった。
受験者たちは、全員ぐったりしていた。
実技試験では体を使った。
筆記試験では頭を使った。
そして何より――。
魔王軍の一部は、途中で眠気と戦っていた。
父は机に突っ伏しそうになり、鍋は何度も目をこすり、殴打は鉛筆を握ったまま遠くを見つめ、勇気は何度も自分の頬を軽く叩いていた。
しかし、なんとか最後まで答案を書き終えた。
試験官が前に立つ。
受験者たちが顔を上げる。
「それでは――」
会場が静かになる。
「勇者募集試験を終了します」
受験者たちから、ほっとした声が漏れた。
「終わった……」
「やっと終わった」
「疲れた……」
「結果は明日の正午になります」
受験者たちがざわつく。
「明日の正午か」
「それまで待つのか」
「まあ、仕方ないな」
そして試験官は、魔王軍の方を見た。
「また、魔王軍の方々は残ってください」
「…………」
魔王軍が固まった。
魔王がゆっくりと周囲を見る。
「……僕たち?」
試験官が頷く。
「はい。魔王軍の皆さんです」
魔王軍全員が顔を見合わせる。
父が小声で言った。
「俺達なんか悪い事したかな」
魔王も小声で答える。
「分からない」
鍋が不安そうに言った。
「まさか……逮捕されるわけじゃないですよね?」
殴打が辺りを見回す。
「牢屋行き?」
勇気が青ざめる。
「名前が魔王軍だからな……」
母が少し困った顔をする。
「怒られるのかな」
便意が瞬間移動の杖を握る。
「今のうちに逃げる?」
昆布が周囲を見る。
「でも、ほとんどの人が帰っちゃいましたよ」
五利武が出口を見る。
「残っているの、僕たちだけだ」
ゴプリンが鋼鉄のプリンカップを押さえる。
「……怖い」
魔王が小声で言った。
「ゴプリン、プリンは大丈夫だから」
「……うん」
会場には、先ほどまで大勢いた受験者たちがほとんどいなくなっていた。
ぞろぞろと帰っていったのだ。
残っているのは――。
魔王軍だけ。
そして試験官たち。
魔王が出口を見る。
「本当に僕たちだけだ」
父が言う。
「これは怪しいな」
「父さん、何か心当たりある?」
「ない」
「じゃあ何で怪しいと思うの?」
「会社でも会議室に呼ばれると、だいたい何かある」
「会社と勇者試験を一緒にしないで」
そのとき――。
ガチャン。
会場の扉が閉まった。
「!」
魔王軍全員が振り向いた。
父が立ち上がる。
「閉まったぞ」
殴打も立ち上がる。
「やっぱり何かある」
五利武がゴルフクラブを持つ。
鍋もヘル鍋を頭に被る。
勇気が構える。
便意は瞬間移動の杖を構える。
昆布が周囲を確認する。
母はしゃもじを持った。
ゴプリンも両手を上げる。
「……プリン」
魔王も魔じいちゃんの膝サポーターを確認した。
「みんな、落ち着いて」
しかし――。
魔王自身も完全に警戒していた。
「何か起きたら、まず話し合おう」
昆布が頷く。
「その方針で行きましょう」
父が言う。
「俺はメンタルガードで耐える」
「父さん、それだけじゃ駄目だよ」
「分かっている」
父は一歩前に出た。
「必要なら逃げる」
魔王が驚く。
「父さんが逃げるって言った!」
「俺だって逃げることはある」
「成長したね」
「何の成長だ」
そのとき――。
試験官たちが動いた。
一人。
二人。
三人。
ぞろぞろと魔王軍の方へ近づいてくる。
「来るぞ」
殴打が構える。
「構えて!」
勇気も構える。
五利武はゴルフクラブを握る。
鍋はヘル鍋を両手で押さえる。
便意は杖を構える。
母はしゃもじを持つ。
ゴプリンは頭を守る。
昆布だけは冷静に試験官たちの動きを観察していた。
「まだ攻撃する様子はありません」
魔王が頷く。
「よし。まず話を聞こう」
試験官の一人が、魔王軍の前で立ち止まった。
魔王軍全員が身構える。
試験官が口を開いた。
「魔王軍の皆さん」
「…………」
魔王が息を呑む。
父が小声で言う。
「来るぞ」
鍋が、
「何を言われるんでしょう」
と呟く。
試験官は――。
「素晴らしい能力とチームの団結力でした」
「…………え?」
魔王軍全員が固まった。
「…………」
しばらく誰も喋らない。
魔王が恐る恐る聞く。
「……怒られるんじゃないんですか?」
「いいえ?」
「逮捕は?」
「しません」
「牢屋は?」
「ありません」
「説教は?」
「ありません」
魔王軍が一斉に構えを解いた。
「よかった……」
父が大きく息を吐いた。
鍋はヘル鍋を脱ごうとする。
「鍋さん、それ頭に被ったままだよ」
「安心して忘れていました」
殴打もバットを下ろす。
五利武もゴルフクラブを肩に担ぐ。
便意は杖を下ろした。
ゴプリンは、
「……怖くなかった」
と言った。
「いや、かなり怖がってたよ」
魔王が笑う。
試験官は続けた。
「なかなかこの人数で、これほどまとまりのあるチームはありません」
昆布が少し驚いた。
「私たちが……ですか?」
「はい」
「本当ですか?」
「本当です」
魔王がメンバーを見る。
父。
母。
勇気。
便意。
ゴプリン。
鍋。
殴打。
五利武。
昆布。
確かに人数は多い。
それぞれ職業も能力も違う。
性格もかなり違う。
しかし――。
これまで、何度も一緒に旅をしてきた。
魔物と戦った。
困っている人を助けた。
水を取り戻した。
村を守った。
王都まで商人を護衛した。
そして今回の勇者募集試験でも、一人ずつ試合を戦い抜いた。
魔王が少し嬉しそうに笑った。
「そう言われると……嬉しいですね」
昆布も頷く。
「確かに、みんなで役割を分担してきましたから」
勇気が笑う。
「それぞれ得意なことがありますからね」
殴打が胸を張る。
「俺は物理攻撃」
五利武。
「俺は素早い物理攻撃」
昆布。
「私は軍師・情報処理」
便意。
「僕は魔法」
鍋。
「私は料理」
母。
「私は回復」
父。
「俺はメンタル」
ゴプリン。
「……プリン」
魔王が頷く。
「最後だけ役割が違う気がするけど」
ゴプリンは真剣な顔だった。
「……大事」
「うん。大事だね」
試験官も笑った。
「そういうところです」
「どういうところですか?」
「全員が自分の役割を理解している。そして、お互いの弱点を補っている」
昆布が静かに頷く。
「なるほど」
試験官はさらに続けた。
「今回の試験で、皆さんの能力は非常に興味深いものでした」
魔王軍は少し照れくさそうにする。
魔王は頭をかいた。
「ありがとうございます」
すると試験官が言った。
「そこで――」
魔王軍が再び緊張する。
「……そこで?」
試験官は笑顔で言った。
「ぜひ、一度国王様に謁見しませんか?」
「…………」
沈黙。
魔王軍全員が顔を見合わせる。
魔王が最初に口を開いた。
「……国王?」
「はい」
父が魔王に近づく。
「国王って、あの国王か?」
「たぶん、あの国王だと思う」
「王様だよな?」
「王様だね」
鍋が言う。
「王様って、偉い人ですよね」
「かなり偉い人だと思います」
便意が聞く。
「怒られませんか?」
「怒られるためではありません」
「牢屋も?」
「ありません」
便意は安心した。
「よかった」
五利武が言う。
「王様ってゴルフするのかな」
「しないと思うよ」
殴打が言う。
「野球は?」
「たぶんしない」
鍋。
「料理は?」
「……分からない」
母。
「お茶会かしら」
魔王。
「たぶん違うと思う」
ゴプリンは小さく、
「……プリン?」
と聞いた。
試験官が少し考える。
「国王様がプリンを食べるかどうかは……分かりません」
ゴプリンは、
「……そう」
と答えた。
しかし、少しだけ期待しているようだった。
昆布が魔王を見る。
「魔王様、どうしますか?」
「うーん……」
魔王は考えた。
国王。
この国で最も偉い人物。
そんな人物から直接、謁見を求められている。
普通なら緊張する。
しかし――。
魔王はふと思った。
「僕たち、王都に来たのも商人さんの護衛が目的だったんですよね」
「そうですね」
「それが勇者募集試験を受けることになって」
「そうですね」
「さらに国王様に会うことになる」
昆布が頷く。
「予定とはかなり違いますね」
「かなりどころじゃないよ」
魔王は苦笑した。
「でも……」
魔王軍を見る。
みんなが魔王を見ている。
魔王は笑った。
「せっかくだから、会ってみようか」
勇気が頷く。
「はい!」
母も笑う。
「楽しみね」
父は、
「王様に会うのか……」
と少し緊張する。
魔王が聞く。
「父さん、緊張してる?」
「してない」
「顔が硬いよ」
「メンタルガードしてる」
「それ、緊張してるってことじゃない?」
父は黙った。
鍋はヘル鍋を被ったまま、
「王様に料理を作る機会があるかもしれません」
殴打は、
「王様の前でもバットは持っていていいのかな」
五利武は、
「ゴルフクラブは?」
便意は、
「瞬間移動の杖は?」
昆布は、
「謁見の作法を調べた方がいいですね」
ゴプリンは、
「……プリン」
魔王は全員を見回した。
「ちょっと待って」
「はい?」
「国王様に会うだけなのに、なんで全員それぞれ武器の心配してるの?」
誰も答えなかった。
試験官は笑っている。
「では、準備ができましたらご案内します」
魔王軍は顔を見合わせた。
そして――。
国王への謁見という、これまでとはまったく違う出来事へ向かうことになった。
魔王はまだ知らない。
この謁見が、魔王軍の今後を大きく変えることになるとは。
そして――。
国王が魔王軍を呼んだ本当の理由も。
まだ、誰も知らなかった。




