呪文
脚麒麟が――。
脚を大きく振り上げた。
「……」
長い。
とにかく長い。
普通の人間なら、そこまで脚を上げたら転びそうなほど高く上がっている。
しかし、脚麒麟は平然としていた。
「これで終わりだ!」
魔王軍が息をのむ。
「ゴプリン!」
勇気が叫ぶ。
脚麒麟の脚が――。
一気に振り下ろされた。
「シュオオオオオッ!」
強烈なキック。
ゴプリンの鋼鉄のプリンカップへ一直線。
「……!」
ところが――。
ゴプリンは動いた。
今までとは違う。
左へも行かない。
右へも行かない。
前にも出ない。
ゴプリンは――。
一気に後ろへ下がった。
「!」
脚麒麟の目が見開かれる。
「なに!?」
長い脚が伸び切る。
しかし――。
「スカッ!」
空振り。
ゴプリンには届かなかった。
脚麒麟の脚が空を切る。
「……」
ゴプリンは立っている。
鋼鉄のプリンカップも無事。
魔王軍が一斉に声を上げた。
「おおおお!」
「ゴプリン!」
「避けた!」
魔王が驚く。
「すごい!」
昆布が静かに頷く。
「学習しましたね」
「学習?」
殴打が聞く。
「はい」
昆布は試合を分析する。
「これまでゴプリンさんは、相手のキックを腕で受けていました」
「うん」
「しかし、強いキックを何度も受けたことで、正面から受け続けるのは危険だと判断したのでしょう」
勇気が感心する。
「なるほど」
昆布は続ける。
「そして、脚麒麟さんが大きく振り上げた瞬間に――」
「距離を取った」
魔王が言った。
「そうです」
昆布が頷く。
「ゴプリンさんは、戦いながら学習しています」
父さんが感心した。
「すごいな」
母さんも笑顔になる。
「ゴプリン、賢いわね」
ゴプリンは何も言わない。
ただ――。
「……」
脚麒麟を見る。
脚麒麟は、空振りした脚を戻そうとしていた。
「くっ……!」
「……」
ゴプリンは一歩近づいた。
そして――。
突然。
両手を前に出した。
「……」
「ん?」
魔王が首をかしげる。
ゴプリンは――。
指を動かし始めた。
「……」
「……」
魔王軍が固まる。
「何してるんだ?」
殴打が聞く。
「……」
ゴプリンは指を組み合わせていく。
「……」
昆布の目が少し大きくなった。
「まさか……」
「昆布さん?」
「印を結んでいます」
「え?」
勇気が驚く。
「印?」
母さんも見る。
「ゴプリンが?」
魔王が目を丸くする。
「まさか――」
ゴプリンが印を結んだ。
会場が静かになる。
「……」
「……」
そして――。
魔王軍全員が同時に叫んだ。
「ゴプリンが呪文!?」
ゴプリンは目を閉じた。
「……」
脚麒麟が警戒する。
「何をする気だ?」
ゴプリンは静かに両手を合わせた。
そして――。
「プリン体」
「……」
会場が静まり返った。
「……」
魔王も止まった。
「……え?」
昆布も止まった。
「……」
殴打が首をかしげる。
「今、プリンって言った?」
五利武が言う。
「プリン体じゃないか?」
「プリン体?」
父さんが聞く。
「プリンに何か関係あるのか?」
「たぶん関係ある」
魔王が答えた。
「ゴプリンだから」
その瞬間。
「うっ!」
脚麒麟が膝を押さえた。
「……?」
ゴプリンは黙っている。
脚麒麟の顔が苦痛に歪む。
「ううっ……!」
「どうした!?」
主審が見る。
脚麒麟は両膝を押さえる。
「膝が……」
「膝?」
「痛い!」
脚麒麟が叫んだ。
「両方とも!」
そして――。
「ガクッ」
脚麒麟が両膝を床についた。
「ドン!」
「……」
会場が静かになる。
魔王軍も静かになる。
昆布が脚麒麟の膝を見る。
「……」
「昆布さん?」
魔王が聞く。
「どうなったの?」
昆布は冷静に答えた。
「痛風ですね」
「痛風!?」
魔王が叫んだ。
母さんも驚く。
「呪文で痛風になったの?」
勇気が目を丸くする。
「そんな魔法あるんですか!?」
殴打がゴプリンを見る。
「ゴプリン……」
ゴプリンは静かに立っている。
「……」
脚麒麟は膝を押さえながら言った。
「膝が痛い……」
主審が状況を確認する。
脚麒麟は立てない。
ゴプリンは攻撃していない。
しかし、戦闘継続は難しい。
主審が手を上げる。
「試合終了!」
会場に声が響いた。
「……」
一瞬の静寂。
そして――。
「やったああああ!」
魔王軍が歓声を上げた。
「ゴプリン!」
「すごい!」
「勝った!」
勇気が喜ぶ。
「ゴプリン、すごいです!」
母さんも拍手する。
「すごいわ、ゴプリン!」
殴打も笑顔になる。
「強かったぞ!」
五利武も頷く。
「見事だった」
父さんが言う。
「俺のメンタルアタックネクタイでも、あんな呪文は無理だ」
ネクタイが喋る。
「俺は何でも知っている」
父さんが見る。
「プリン体について知ってる?」
「……」
ネクタイが沈黙する。
「知らないのか」
「俺は何でも知っている」
「さっき答えなかったぞ」
「……」
魔王が笑った。
「ゴプリン、呪文使えたんだね!」
ゴプリンは小さく頷く。
「……うん」
「いつから?」
「……前から」
「前から!?」
魔王が驚く。
「じゃあ、早く教えてくれよ!」
ゴプリンは少し考えた。
「……」
「どうして黙ってたの?」
「……」
ゴプリンは申し訳なさそうに言った。
「プリン体の呪文だけ」
「うん」
「……でも、弱い呪文」
魔王軍が全員、ゴプリンを見る。
「……」
魔王が言った。
「いや」
「……」
「強かったよ」
勇気も頷く。
「ものすごく強かったです」
昆布が冷静に分析する。
「相手の膝に直接影響を与え、両膝をつかせるほどの効果です」
「十分強力ですね」
ゴプリンが首をかしげる。
「……強い?」
「強い」
魔王が即答した。
「かなり強いよ」
母さんも言う。
「ゴプリン、もっと自信持っていいわよ」
「……うん」
ゴプリンは少し嬉しそうにした。
その横で、殴打が考え込んでいた。
「でも、プリン体って何なんだ?」
魔王が答える。
「……健康診断でよく聞くやつ」
「なるほど」
五利武が言う。
「じゃあ、プリンを食べると強くなるのか?」
「いや、たぶん逆だよ」
魔王が答える。
ゴプリンが少し慌てる。
「……プリンは大丈夫」
「何が?」
「……プリンは大事」
魔王が笑う。
「そうだね」
昆布が真面目な顔でまとめる。
「つまりゴプリンさんの能力は――」
全員が昆布を見る。
「プリンを愛する気持ちから生まれた、プリン体の呪文」
「まとめ方がおかしい!」
魔王が突っ込んだ。
母さんが笑う。
「でもゴプリンらしいわね」
「……プリン」
ゴプリンが頷いた。
そして――。
試験会場の審判団が集まっていた。
「今回も面白い能力でしたね」
「ゴルフクラブが飛んだと思ったら、今度はプリン体ですか」
「料理を投げる人もいましたね」
「ダウンさせる人もいました」
「魔法を相手の杖に移す人もいました」
「床を光らせる靴の人もいました」
審判団が顔を見合わせる。
「……」
「この勇者募集試験――」
一人が呟いた。
「かなり個性的ですね」
「ええ」
別の審判が頷く。
「しかも全員、名前は魔王軍」
「そこが一番気になりますね」
そのころ。
魔王軍はゴプリンを囲んでいた。
「ゴプリン、強かったよ」
魔王がもう一度言う。
「……ありがとう」
ゴプリンが答えた。
そして――。
鋼鉄のプリンカップを、ちょっとだけ誇らしそうに撫でた。
「……プリンも守った」
「うん」
魔王が笑う。
「ちゃんと守ったね」
こうして――。
勇者募集試験で、魔王軍の試合はすべて終了した。
殴打。
魔王。
母さん。
父さん。
勇気。
便意。
昆布。
五利武。
鍋。
そしてゴプリン。
全員が、それぞれ妙な能力を見せた。
しかし――。
魔王軍はまだ知らなかった。
この試験によって、王都の人々から――。
「魔王軍って、何者なんだ?」
という新たな疑問が生まれ始めていることを。
そして魔王自身も――。
「そもそも俺たち、勇者になるつもりなかったんだけどな……」
と、改めて思っていた。
「……」
ゴプリンが隣で呟く。
「……プリン」
「ゴプリン、もうプリンのことしか考えてないでしょ」
「……うん」
「認めるんだ」
魔王は笑った。




