鍋 対 激辛
「次の試合は、鍋選手と激辛選手、前へ出てきてください」
主審の声が会場に響いた。
魔王軍が一斉に掲示板を見る。
「激辛?」
魔王が言った。
「辛過ぎて食べられなそうだな」
殴打が腕を組む。
「名前からして、食べ物っぽいな」
五利武がゴルフクラブを見ながら言う。
「激辛……」
昆布が冷静に考える。
「おそらく料理関係の能力でしょう」
鍋は立ち上がった。
「新しい鍋を試してみます」
「鍋さん」
魔王が声をかける。
「無理しなくていいですよ」
勇気も頷く。
「そうですよ。鍋さんは料理担当なんですから」
父さんも続ける。
「怪我したら料理ができなくなるぞ」
魔王軍全員が鍋を見る。
「というより……」
魔王が苦笑いした。
「そもそも俺たち、勇者募集試験に勝手に押し込まれただけだからね」
「そうでしたね」
昆布が頷く。
「最初から参加する義務はありませんでした」
「みんな棄権しても良かったんだよね」
勇気が言う。
「そうなんです」
魔王が頷く。
「でも、ここまで来ちゃった」
鍋はヘル鍋を軽く触った。
「無理そうなら、棄権します」
「それでいいと思います」
魔王が笑った。
鍋は試合会場へ向かった。
反対側からも選手が出てくる。
「……」
魔王軍が見る。
「……」
激辛選手は――。
シェフだった。
白い帽子。
白い服。
白いズボン。
そして手には――。
調理用スプーン。
「普通のシェフっぽいな」
魔王が言った。
母さんが頷く。
「料理人ね」
殴打が首をかしげる。
「でも名前は激辛だぞ」
昆布が分析する。
「おそらく辛い料理を作るのでしょう」
「やっぱり」
魔王が言った。
「激辛タンタン麺とかかな」
激辛選手がこちらを見る。
「……」
何も言わない。
ただ、静かに鍋を持っている。
「怖いな」
父さんが言った。
「料理人なのに戦闘前の雰囲気だ」
母さんが微笑む。
「料理人も戦場では真剣だからね」
「それは厨房の話だよね?」
魔王が聞いた。
鍋は試合場中央に立った。
そして――。
大きめの鍋を頭に被った。
「カポッ」
ヘル鍋である。
「……」
激辛選手が鍋を見る。
「……」
鍋も激辛選手を見る。
主審が確認する。
「両者、準備はよろしいですか?」
「はい」
鍋が答える。
「はい」
激辛も答える。
主審が手を上げた。
「それでは――」
会場が静かになる。
「試合開始!」
その瞬間。
激辛選手が鍋を床に置いた。
「……?」
鍋が見る。
激辛選手は自分の鍋に手をかざした。
「……」
そして――。
「激辛タンタン麺」
静かに唱えた。
「ボコッ……」
鍋の中から湯気が上がる。
「……」
魔王が目を細める。
「料理が始まった?」
次の瞬間。
「グツグツグツ……!」
鍋の中から激辛タンタン麺が大量に湧き出した。
「うわっ!」
勇気が叫ぶ。
「溢れてる!」
激辛タンタン麺が鍋いっぱいになった。
いや。
いっぱいどころではない。
どんどん増えている。
「料理の量、おかしくない?」
魔王が言った。
激辛選手は調理用スプーンを持った。
「……」
そして。
激辛タンタン麺をすくった。
「え?」
魔王が嫌な予感をする。
激辛選手が――。
投げた。
「ビュン!」
「料理を投げた!」
殴打が叫ぶ。
激辛タンタン麺が鍋に向かって飛んでくる。
「鍋さん!」
勇気が叫ぶ。
鍋は反射的に前かがみになった。
「ガード!」
「ベチャッ!」
激辛タンタン麺がヘル鍋に当たった。
「ジュウウウ……」
湯気が上がる。
鍋はそのまま耐える。
「……」
激辛選手は次の一杯をすくう。
「え?」
また投げる。
「ビュン!」
「ベチャッ!」
さらに投げる。
「ビュン!」
「ベチャッ!」
「ビュン!」
「ベチャッ!」
「……」
魔王軍が唖然とする。
「料理が全部、攻撃になってる……」
魔王が呟いた。
鍋は前かがみになり、ヘル鍋で防ぎ続けている。
「ジュウ……」
「ジュウ……」
「ジュウ……」
ヘル鍋に激辛タンタン麺が次々と当たる。
「鍋さん、頑張って!」
勇気が応援する。
「でも、ずっと防いでるだけですね」
昆布が言った。
「そうですね」
魔王も頷く。
「反撃できない」
激辛選手はどんどんすくう。
「まだまだ!」
ビュン!
ベチャッ!
ビュン!
ベチャッ!
ビュン!
ベチャッ!
鍋は必死に防ぐ。
しかし――。
「ベチャッ!」
一発がヘル鍋を外れた。
「!」
背中に当たる。
「熱い!」
鍋が叫んだ。
「鍋さん!」
母さんが心配する。
さらに。
「ビュン!」
「ベチャッ!」
今度は壁際へ飛んだ。
「熱い!」
「辛い!」
壁際の勇者候補が叫ぶ。
「熱い!」
「辛い!」
「目に入った!」
「誰か水を!」
会場が騒がしくなる。
魔王が叫ぶ。
「試験会場なのに、完全に厨房の事故現場になってる!」
昆布は周囲を確認する。
「広範囲攻撃ですね」
殴打が言う。
「しかも料理だ」
「料理だけど攻撃です」
昆布が訂正する。
「激辛タンタン麺です」
「食べられる?」
五利武が聞く。
「今は無理でしょう」
母さんが言った。
「床に落ちてるし」
ゴプリンがじっと麺を見る。
「……激辛プリンやだ」
魔王が笑った。
激辛選手はさらに投げる。
「ビュン!」
「ベチャッ!」
鍋は前かがみのまま耐える。
「……」
ヘル鍋は熱々のタンタン麺まみれになっていた。
鍋の顔は見えない。
頭の上には大量の麺。
もはや鍋なのか料理なのか分からない。
「鍋さん……」
魔王が心配する。
「大丈夫かな」
勇気が言う。
「でも、ヘル鍋がかなり頑丈ですね」
昆布が頷く。
「防具としては成功しています」
「料理人を守るための鍋だからね」
魔王が言う。
すると激辛選手が突然、手を止めた。
「……」
自分の鍋を見る。
まだ大量の激辛タンタン麺が入っている。
そして再びすくおうとする。
「……」
しかし――。
主審が手を上げた。
「試合終了!」
「え?」
激辛選手が止まった。
鍋も顔を上げる。
「試合終了です!」
主審が改めて言った。
会場の審判団が集まって話し始める。
「激辛選手は広範囲攻撃ですね」
「はい」
「これはちょっと危険ですね」
「壁際の選手にも飛んでいます」
「しかも熱いです」
「辛いです」
「食べ物なのに危険です」
「非常に危険です」
魔王軍が聞いている。
「……」
魔王が言った。
「審判団が料理評論家みたいになってる」
殴打が頷く。
「熱くて辛いらしい」
「そこは料理として普通だよ」
母さんが笑った。
そのころ激辛選手は、自分の鍋に手をかざしていた。
「……」
そして静かに言う。
「売り切れ」
すると――。
「シュウウウ……」
鍋の中の激辛タンタン麺が消えていく。
「え?」
魔王が見る。
あっという間に鍋が空になった。
「売り切れた!」
殴打が叫ぶ。
「料理が全部なくなった!」
五利武が真剣な顔で言う。
「人気店だったのかもしれない」
「そういう意味じゃないと思う」
魔王が突っ込んだ。
鍋もゆっくり立ち上がった。
「……」
頭のヘル鍋を外す。
「カポッ」
ヘル鍋には大量の激辛タンタン麺が付いていた。
「……」
鍋はヘル鍋を見る。
「……」
魔王軍も見る。
「すごいですね」
勇気が言った。
「完全に料理が乗ってます」
鍋がヘル鍋を軽く振る。
「ボトッ」
麺が落ちた。
「……」
鍋は何事もなかったかのように歩いて戻ってきた。
「鍋さん!」
魔王が駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
鍋が答える。
「大丈夫です」
「背中、熱くなかったですか?」
「少し熱かったです」
魔王軍全員が心配そうにする。
「こっちにも激辛タンタン麺が飛んできましたよ」
殴打が言う。
「熱かった」
五利武も言う。
「辛かった」
昆布も頷く。
「試験会場全体に影響する能力でした」
父さんは自分の服を見る。
「俺にも少しかかった」
そしてネクタイを見る。
メンタルアタックネクタイが喋った。
「熱い!」
「お前も感じるのか!」
父さんが驚く。
「辛い!」
「ネクタイなのに?」
「ブラック企業より辛い!」
「比較するな!」
魔王が笑う。
母さんが鍋の背中を見る。
「鍋さん、火傷したところ、回復してあげる」
「お願いします」
母さんは手をかざす。
「でも安心してね」
母さんが笑顔で言った。
「炊き立ての米粒は出さないから」
「……」
魔王が母さんを見る。
「母さん」
「なに?」
「炊き立ての米粒出たら――」
魔王は鍋を見る。
「余計火傷するよ」
「そう?」
「そうだよ!」
母さんが少し考える。
「じゃあ、冷ました米粒にする?」
「そういう問題じゃないよ!」
鍋が思わず笑う。
「ははは……」
魔王も笑う。
母さんの手から、小さな光が出る。
「治れー」
鍋の背中の痛みが少しずつ引いていく。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
鍋はヘル鍋を見る。
「……」
ヘル鍋には、まだ少し赤いスープが付いている。
「これ、洗わないと」
鍋が言った。
魔王が頷く。
「うん」
昆布が言った。
「かなり頑丈な防具でしたね」
「料理にも使えます」
鍋が答える。
「なるほど」
昆布が頷く。
「戦闘中に料理もできますね」
魔王が考える。
「でも、戦闘中に料理する余裕ある?」
「ありませんね」
鍋は即答した。
「ですよね」
魔王が笑った。
すると主審が再び声を上げた。
「次の試合の選手は、準備してください!」
魔王軍が掲示板を見る。
「次は――」
昆布が確認する。
「ゴプリンさんですね」
「……」
ゴプリンが立ち上がる。
鋼鉄のプリンカップを頭に被ったまま。
「……行く」
魔王が心配そうに見る。
「ゴプリン、無理しなくていいからね」
「……うん」
「危なくなったら棄権していいよ」
「……分かった」
ゴプリンは歩き出す。
「……」
そして途中で止まった。
「どうした?」
魔王が聞く。
ゴプリンが会場の床を見る。
そこには――。
さっき激辛タンタン麺が落ちていた跡があった。
ゴプリンはしばらく見つめる。
「……」
「ゴプリン?」
「……辛い」
「食べてないよね?」
「……見ただけ」
「見ただけで分かるの!?」
ゴプリンは小さく頷いた。
「……プリンじゃない」
「そこなんだ……」
ゴプリンは鋼鉄のプリンカップを直す。
「……行く」
魔王軍全員が見送る。
そして次の試合へ向かうゴプリンの背中を見ながら――。
魔王は思った。
「……この試験、勇者を募集してるんだよね?」
昆布が答える。
「はい」
「料理を投げる人、ゴルフクラブが飛ぶ人、警棒が異常に長い人……」
魔王は会場を見渡す。
「本当に勇者を募集してるのかな」
父さんが言った。
「俺たちが普通じゃないだけじゃないか?」
「父さん、それは否定できない」
魔王軍は次の試合を見つめた。
残る最後の一人。
ゴプリン。
その鋼鉄のプリンカップが――。
次の試合で、どんな力を見せるのか。
まだ誰にも分からなかった。




