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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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追い込まれる五利武

五利武は、壁際まで追い込まれていた。


 目の前には刑事。


 そして刑事の手には――。


 長い警棒。


「……長いな」


 五利武は改めて思った。


 普通の警棒ではない。


 ゴルフクラブよりも長い。


 その長い警棒を、刑事は巧みに振り回している。


 五利武はゴルフクラブを構えた。


「どうする?」


 魔王が壁際から見守る。


 昆布もじっと試合を見ていた。


「五利武さん、かなり押されていますね」


「リーチの差が大きいね」


 勇気が心配そうに言う。


「避けるしかないでしょうか?」


 昆布は頷いた。


「現状では、それが最も安全です」


 そのとき。


 五利武が床を見た。


「……」


 床。


 ゴルフクラブ。


 そして刑事。


 五利武の頭に、一つの考えが浮かんだ。


「床をゴルフクラブで打ったら……」


 五利武は考える。


「床の破片が飛んでいくかもしれないな」


 少し考える。


「やってみるか」


 魔王が遠くから叫ぶ。


「五利武! 何を考えてるの!?」


 もちろん、聞こえていない。


 刑事が動いた。


「いきます!」


 ブンッ!


 長い警棒が迫る。


 五利武は後ろへ下がる。


 一歩。


 さらに一歩。


 もう一歩。


「下がってる!」


 勇気が叫ぶ。


「五利武さん、また壁に!」


 殴打が心配する。


 しかし――。


 五利武はさらに下がった。


 下がって。


 下がって。


 下がって――。


 突然。


「……!」


 横へ飛んだ。


 警棒が空を切る。


「ブンッ!」


「今だ!」


 五利武に隙ができた。


 五利武は床を見る。


「よし」


 ゴルフクラブを振り下ろした。


「ガッ!」


 会場に乾いた音が響いた。


 しかし――。


「……」


 何も起きなかった。


 床の破片。


 飛ばない。


 土煙。


 出ない。


 魔法のような何か。


 もちろん出ない。


 ただ――。


 ゴルフクラブが床に当たって止まった。


「……」


 五利武は床を見る。


 床も五利武を見るように、何も起こさない。


 魔王軍が静まり返った。


「……」


 魔王が言った。


「普通に床を叩いただけだね」


 殴打が頷く。


「うん」


 母さんも頷く。


「ガッ、って言っただけね」


 父さんが言った。


「床は強いな」


 昆布は冷静に分析する。


「床材の強度が予想以上だったのでしょう」


「そういう問題なの?」


 魔王が聞く。


「……」


 五利武は再び刑事を見る。


 刑事が警棒を構えていた。


「まだですよ!」


 ブンッ!


 五利武は慌てて避ける。


「危ない!」


 勇気が叫ぶ。


 五利武は再び距離を取った。


 そして小さく呟く。


「もう少し浅く床に当てなければ……」


「まだやる気だ!」


 魔王が叫んだ。


 五利武は再び構える。


 刑事が追ってくる。


「せいっ!」


 ブンッ!


 五利武は下がる。


「下がった!」


 ブンッ!


 また下がる。


「また下がった!」


 ブンッ!


 さらに下がる。


「また下がった!」


 魔王が叫ぶ。


「五利武さん、ずっと下がってます!」


 しかし――。


 五利武は突然、横へ避けた。


「!」


 刑事の警棒が空を切る。


「今!」


 五利武がスイングした。


「シュッ!」


 しかし――。


「……」


 空振りだった。


「スカッ!」


「……」


 全員が止まった。


 五利武も止まった。


 刑事も止まった。


 魔王が小声で言った。


「今のは?」


 殴打が答える。


「空振り」


「だよね」


 五利武はゴルフクラブを見た。


「……」


 刑事が、その隙を見逃さなかった。


「今です!」


 警棒を振り上げる。


「危ない!」


 勇気が叫んだ。


 五利武は反応する。


 しかし――。


 さっきの空振り。


 その勢いがまだ残っていた。


 ゴルフクラブが大きく回転する。


「ブンッ!」


「え?」


 ゴルフクラブが飛んだ。


「えええ!?」


 魔王が叫んだ。


 しかし。


 もっと驚くことが起きた。


「うわっ!」


 五利武本人も――。


 ゴルフクラブを握ったまま。


 刑事の方向へ飛んでいった。


「五利武さんまで飛んだ!」


 母さんが叫ぶ。


「ゴルフクラブと一緒に!」


 勇気が目を丸くする。


 昆布は一瞬だけ目を見開いた。


「これは……」


 刑事も驚いた。


「えっ?」


 長い警棒を構える。


 しかし五利武は空中。


 ゴルフクラブも空中。


 どう考えても普通ではない。


「来る!」


 刑事が警棒を横に構える。


 五利武が飛んでくる。


「うおおおおお!」


 五利武は――。


 警棒の先端ではなく。


 手元の方へ向かった。


「そこ!」


 ガンッ!


 五利武の体が、警棒の手元側にぶつかった。


 刑事はよろめく。


「ぐっ!」


 警棒の先端側なら強烈なダメージになったかもしれない。


 しかし手元側だったため、衝撃は比較的小さい。


「危なかった……!」


 刑事が体勢を戻そうとする。


 だが――。


 まだ終わっていない。


 五利武がゴルフクラブと一緒に飛んでいる。


「え?」


 刑事が顔を上げる。


 そして――。


「ガンッ!」


 ゴルフクラブが刑事の顎に命中した。


「うっ!」


 刑事の体が大きく揺れる。


「……」


 そのまま。


「ドサッ!」


 床に倒れた。


 会場が静かになった。


 五利武も止まらない。


「うわああああ!」


 そのままゴルフクラブと一緒に床を滑っていく。


「ズサアァァァァ!」


 五利武が滑る。


 ゴルフクラブも滑る。


 二人とも――いや、一人と一本が――。


 かなり長い距離を滑った。


「ズズズズズ……」


 そして。


「ピタッ」


 止まった。


 五利武は床に座った状態になっていた。


「……」


 ゴルフクラブを握っている。


「……」


 刑事は倒れている。


 観客も固まっている。


 魔王軍も固まっている。


 そして主審が――。


「……」


 試合を見る。


 刑事が立ち上がろうとする。


「う……」


 手を床につく。


「よいしょ……」


 立とうとする。


 しかし。


「……」


 足元がおぼつかない。


 フラフラ。


 フラフラ。


 刑事が壁に手をついた。


 主審が判断する。


「試合終了!」


 会場に声が響いた。


 観客から拍手が起こる。


「おおおおお!」


 五利武はゆっくり立ち上がった。


 そして――。


 自分のゴルフクラブを見る。


「……」


 ゴルフクラブを見る。


 もう一度見る。


 五利武は、ゴルフクラブに向かって深々とお辞儀した。


「ありがとうございました」


「ゴルフクラブに!?」


 魔王が叫んだ。


「相手じゃなくて!?」


 五利武はゴルフクラブを見つめる。


「今日、お前はよく飛んだ」


「ゴルフクラブを褒めてる!」


 母さんが笑った。


「良かったわね、クラブ」


 ゴプリンも頷いた。


「……飛んだ」


「そこだけ覚えたの?」


 魔王がツッコむ。


 刑事もフラフラしながら歩く。


「う……」


 そして壁際へ戻っていく。


 一歩。


「ふら……」


 二歩。


「ふら……」


 昆布が言った。


「刑事さん、まだ少し足元が不安定ですね」


 魔王が心配する。


「大丈夫かな」


 刑事は壁に手をつきながら、なんとか壁際まで戻った。


 そして五利武を見る。


「……強かったです」


 五利武も頭を下げる。


「ありがとうございました」


 刑事も軽く頭を下げた。


 試合は終わった。


 五利武が魔王軍のところへ戻ってくる。


「五利武さん!」


 勇気が駆け寄る。


「飛びましたね!」


「うん」


 五利武は普通に答えた。


「すごかったです!」


 殴打も言う。


「剣術もすごかったぞ」


 五利武は首をかしげた。


「剣術?」


「さっきからゴルフクラブで警棒を受けてただろ」


「そうだな」


「かなり上手かった」


「いつもスイングしているから、ゴルフクラブを操るのは得意だ」


 五利武はゴルフクラブを見る。


「でも……」


「でも?」


「飛んでいくゴルフクラブは初めてだ」


「そりゃそうだよ!」


 魔王が即座に突っ込んだ。


「普通、ゴルフクラブは飛ばさないよ!」


 昆布がゴルフクラブを見つめる。


 そして――。


「……」


 タグを思い出す。


「『よく飛ぶゴルフクラブ』」


 五利武も見る。


「そう書いてあったな」


 昆布が腕を組む。


「なるほど」


「何が?」


 魔王が聞く。


 昆布は真剣な顔で言った。


「『よく飛ぶゴルフクラブ』という名前でしたが――」


 一同が昆布を見る。


「ボールがよく飛ぶのではなく」


 昆布がゴルフクラブを指差す。


「ゴルフクラブそのものが、よく飛ぶという意味だったんですね」


「そこ!?」


 魔王が叫んだ。


「普通、ゴルフクラブじゃなくてボールが飛ぶと思うじゃん!」


 殴打も言う。


「確かに」


 勇気も頷く。


「よく飛ぶゴルフクラブって聞いたら、普通は『このクラブで打つとボールがよく飛ぶ』って思いますよね」


 母さんが首をかしげる。


「でも、ゴルフクラブ自体が飛んだわよ」


「そうなんだよ……」


 魔王が頭を抱える。


 父さんが真面目に考えた。


「じゃあ、ボールを打ったらどうなるんだ?」


「……」


 全員が止まった。


 昆布も止まった。


 五利武も止まった。


 魔王がゆっくり五利武を見る。


「……やってみる?」


 五利武は少し考えた。


「ボールがない」


「そうだった」


 五利武はゴルフクラブを見る。


「ボールがあれば、本来の能力が分かるかもしれない」


 昆布が頷く。


「可能性はありますね」


 殴打が言った。


「じゃあ次はボールを用意すればいい」


「試験会場にゴルフボールなんてあるかな?」


 魔王が周囲を見る。


 すると――。


 会場の隅に、何かが転がっていた。


「……」


 五利武が見る。


「……」


 魔王も見る。


「……」


 昆布も見る。


 それは――。


 白い、小さなボールだった。


「ゴルフボール?」


 勇気が言った。


 五利武の目が輝いた。


「……」


 五利武はゴルフクラブを握った。


 そしてボールを見る。


 魔王軍全員が五利武を見る。


 五利武が小さく呟く。


「……打ってみたい」


 昆布が真顔になる。


「この会場でですか?」


「うん」


「危険かもしれません」


「そうだな」


 五利武は頷く。


「でも――」


 ゴルフクラブを見る。


「このクラブの本当の力を知りたい」


 魔王がため息をつく。


「……次の試合までに、何か分かるといいね」


 そのとき。


 主審の声が響いた。


「次の試合の準備をしてください!」


 魔王軍が一斉に振り返る。


「次は誰だ?」


 殴打が言う。


 昆布が掲示板を見る。


「……」


 そして――。


「まだ試合をしていないのは、鍋さんとゴプリンさんですね」


「ついに来たか」


 魔王が言う。


 鍋がヘル鍋を直す。


 ゴプリンも鋼鉄のプリンカップを確認する。


「……プリン」


 ゴプリンが呟いた。


「ゴプリン、試合だよ」


「……うん」


 ゴプリンは頷いた。


 そして五利武は、もう一度ゴルフクラブを見た。


「……よく飛ぶ、か」


 ゴルフクラブは――。


 何も答えなかった。


 しかし、その意味だけは――。


 今日、全員が理解した。


 ボールではなく、クラブが飛ぶ。


 まさかそんな能力だったとは。


 勇者募集試験会場は、また一つ奇妙な能力を目撃することになった。

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