五利武 対 刑事
「次の試合、五利武選手と刑事選手、前へ出てきてください」
会場に主審の声が響いた。
魔王軍が一斉に顔を上げる。
「刑事?」
魔王が首をかしげた。
「警察官?」
殴打も不思議そうに言う。
「刑事って、あの刑事ですか?」
勇気が聞いた。
昆布は腕を組んだ。
「名前だけでは判断できませんね。勇者候補には変わった名前の方も多いですから」
父さんが真面目な顔で言った。
「刑事という名前の一般人かもしれないぞ」
「いや、父さん」
魔王が振り返る。
「刑事という名前の一般人って、かなり珍しいと思うよ」
「そうか?」
「そうだよ」
そのとき、五利武が立ち上がった。
「とりあえず、行ってくる」
「五利武さん、頑張ってください」
勇気が声をかける。
「無理しないでくださいね」
昆布も続けた。
「相手をよく観察してください。特に武器がある場合は、最初に距離を確認しましょう」
「分かった」
五利武は軽く頷き、試合会場へ向かった。
そして――。
反対側から選手が入ってきた。
「……」
「……」
魔王軍全員が黙った。
出てきた男は――。
警察官の制服を着ていた。
帽子。
制服。
ベルト。
そして腰には警棒。
「やっぱり警察官だ」
魔王が言った。
「本物ですね」
勇気も頷く。
母さんが微笑みながら言った。
「警察官から勇者になりたい人、多いかもね」
「そうなの?」
魔王が母さんを見る。
「だって、人を守る仕事でしょう?」
「まあ……そうだけど」
父さんが腕を組んだ。
「勇者も警察官も大変そうだな」
母さんが父さんを見る。
「パパは?」
「俺は会社員だ」
「勇者になりたい?」
「いや」
父さんは即答した。
「明日の仕事があるから」
「現実的ですね」
昆布が呟いた。
その横で、メンタルアタックネクタイが突然しゃべった。
「明日の仕事は?」
父さんが答える。
「ある」
「上司に報告した?」
「まだ」
「報告しろ!」
「はい」
「今すぐ!」
「はい!」
「……」
魔王が頭を抱えた。
「試合前に父さんの精神が攻撃されてるよ」
父さんは胸を張った。
「メンタルガード」
「そこだけは強いんだよな……」
会場中央では、五利武と刑事が向かい合っていた。
五利武は、いつものゴルフクラブを持っている。
刑事は警棒を持っている。
主審が二人を見る。
「両者、準備はいいですか?」
「はい」
五利武が答える。
「はい」
刑事も答えた。
主審が手を上げる。
「それでは――」
会場が静まり返る。
「試合開始!」
その瞬間。
刑事が警棒を抜いた。
「シャッ!」
そして――。
警棒が伸びた。
「え?」
五利武が目を見開く。
警棒は普通の警棒より明らかに長かった。
長い。
とにかく長い。
ゴルフクラブより長い。
しかも刑事が構えると、完全に槍のようなリーチになっている。
「長っ!」
魔王が思わず叫んだ。
「警棒って、あんなに長かったっけ?」
殴打が首を振る。
「俺も知らない」
昆布はすぐに分析を始めた。
「あの警棒は長いですね」
昆布が真剣な顔で言う。
「五利武さんはリーチの差で不利です」
勇気が叫んだ。
「五利武さん、避けていきましょう!」
五利武は小さく頷いた。
「分かった」
刑事が一歩踏み込む。
「行きますよ!」
ブンッ!
長い警棒が横薙ぎに振られた。
「!」
五利武は後ろへ下がる。
ブンッ!
また振られる。
五利武はさらに下がる。
「速い!」
母さんが言った。
「長いですねえ」
ゴプリンも見ている。
「……長い」
「ゴプリン、そこ?」
魔王が突っ込む。
刑事がさらに踏み込んだ。
「せいっ!」
ブンッ!
五利武はゴルフクラブを横に構えた。
「カン!」
警棒とゴルフクラブがぶつかった。
「カン!」
「カン!」
「カン!」
「カン!」
何度も金属音が響く。
五利武は後退しながら、ゴルフクラブで警棒を受け流していく。
「カン!」
「カン!」
「カン!」
昆布が目を細めた。
「五利武さんは、剣術もなかなかいけますね」
魔王が驚く。
「五利武って剣術できたの?」
「私も知りません」
昆布が答える。
「ゴルフのスイングが長物の扱いに近いのでしょう」
「ゴルフって剣術にも応用できるんだ……」
殴打が言う。
「じゃあ俺のバットも剣になるのか?」
「殴打さんは物理攻撃専門なので、剣術をする必要はないと思います」
「そうか」
殴打は素直に納得した。
刑事がさらに攻める。
「まだまだ!」
ブンッ!
五利武が避ける。
ブンッ!
また避ける。
ブンッ!
五利武はゴルフクラブで受ける。
「カン!」
しかし――。
五利武の足が少し下がった。
「押されてますね」
昆布が言った。
「警棒の長さだけじゃない。刑事さんは、武器の扱いにも慣れています」
勇気が心配そうに言う。
「五利武さん、大丈夫でしょうか」
「今のところは大丈夫」
魔王が答える。
「でも、攻撃する隙がないね」
五利武は刑事から距離を取った。
警棒の先端を見つめる。
そして、自分のゴルフクラブを見る。
五利武が小さく呟いた。
「……ボールが無ければ、ただのゴルフクラブだな」
「そこ!?」
魔王が叫んだ。
「今、それを考えるの!?」
五利武は真剣だった。
「ゴルフクラブなのに、ボールがない」
「試合だからね!」
「グリーンもない」
「そりゃないよ!」
「芝もない」
「室内だからね!」
「ゴルフ場でもない」
「勇者募集試験会場だからね!」
五利武が少し寂しそうにゴルフクラブを見る。
「……ゴルフがしたい」
「今じゃない!」
魔王軍から笑いが起きる。
しかし、その間にも刑事は距離を詰めていた。
「隙あり!」
ブンッ!
「危ない!」
勇気が叫ぶ。
五利武はギリギリで避けた。
警棒が空を切る。
「ヒュン!」
五利武の髪が少し揺れた。
「近い!」
魔王が言う。
五利武はさらに後退する。
刑事は追う。
一歩。
二歩。
三歩。
五利武が下がる。
刑事が進む。
また下がる。
また進む。
会場の端へ近づいていく。
昆布がすぐに気づいた。
「まずいですね」
「何が?」
魔王が聞く。
「五利武さんが壁際に追い込まれています」
「本当だ」
父さんが言う。
「壁際では避ける場所が少なくなるぞ」
昆布が頷く。
「そうです」
そして冷静に続ける。
「ただし――」
全員が昆布を見る。
「刑事さんも、五利武さんを追うために前へ出ています」
「それが何か?」
魔王が聞く。
昆布は五利武のゴルフクラブを見る。
「前に出れば、距離の差は縮まります」
「……なるほど」
魔王が頷いた。
「五利武さんは、そこを狙っているのかもしれない」
昆布が答える。
「まだ分かりません」
「え?」
「五利武さんが何を考えているのかは――」
昆布が双眼鏡を取り出した。
「本人に聞かないと分かりません」
「試合中に聞けないよ!」
そのとき。
五利武が壁際で止まった。
「……」
刑事も止まる。
「どうしました?」
刑事が警棒を構える。
五利武はゴルフクラブを握り直した。
「……」
そして――。
少しだけ腰を落とした。
魔王が気づく。
「構えが変わった」
昆布も見る。
「……なるほど」
「何か分かった?」
「もしかすると――」
刑事が警棒を振り上げた。
「いきます!」
ブンッ!
五利武が動いた。
「!」
会場に大きな声が響く。
「五利武さん!」
魔王軍全員が身を乗り出した。
次の瞬間――。
五利武のゴルフクラブが、大きく振り上がった。
「ゴルフクラブは――」
五利武が叫ぶ。
「ボールがなくても振れる!」
「当たり前だ!」
魔王が突っ込んだ。
ゴルフクラブと長い警棒が再び激突する。
「カァァン!」
今までで一番大きな音が会場に響いた。
そして二人の武器が――。
同時に弾かれた。
「おおっ!」
観客から声が上がる。
五利武と刑事が、ほぼ同時に一歩下がる。
昆布が静かに言った。
「ここからが勝負ですね」
魔王も頷く。
「うん」
五利武はゴルフクラブを握り直した。
刑事も長い警棒を構え直す。
二人の距離が、再び開く。
五利武の目が――少しだけ変わった。
「……ゴルフクラブでも」
五利武が呟く。
「やれることはある」
魔王軍が見守る。
そして刑事が――。
再び前へ踏み出した。
「まだ終わってませんよ」
長い警棒が、ゆっくりと振り上げられる。
「さあ、どうする?」
昆布が呟いた。
五利武は、ゴルフクラブを構えた。
その姿は――。
ゴルファーというより、完全に剣士だった。
ただし。
手にしているのは剣ではない。
ゴルフクラブだった。
そして何より――。
ボールは、まだ一個もない。
試合は、まだ終わっていなかった。




