瞬間移動の杖は本当に使えるのか
「次の試合は――」
主審が対戦表を確認した。
魔王軍は壁際で待機していた。
父さんは相変わらず、服がボロボロだった。
勇気は先ほどのダウンとの試合で力を削られたものの、母さんの回復魔法によってすっかり元気を取り戻している。
殴打は魔法のバットを眺めている。
五利武はゴルフクラブを握っている。
鍋はヘル鍋を頭にかぶっている。
昆布は光る靴の具合を確認している。
ゴプリンは鋼鉄のプリンカップをかぶっている。
そして便意は――。
黒と銀の杖を握っていた。
先端には青い宝石がついている。
王都の武器店で購入した、
瞬間移動の杖。
まだ一度も使っていない。
便意は杖を眺めていた。
「これ、本当に瞬間移動できるんでしょうか……」
魔王が答える。
「店員さんは、行き先を正確に想像できれば使えるって言ってたよ」
「正確に……」
便意が遠くを見る。
「王都の外……」
昆布が言う。
「便意さん。試合中に突然いなくならないでくださいね」
「分かってますよ」
魔王が頷いた。
「そろそろ試合だよ」
そのときだった。
主審が大声で叫んだ。
「次の試合!」
全員が顔を上げる。
「便意選手と、魔導師選手!」
便意の顔が固まった。
「……魔導師?」
魔王軍がざわつく。
便意は自分の杖を見る。
そして対戦相手が出てくる方向を見る。
「魔導師……」
勇気が声をかける。
「どうしました?」
便意が小声で言った。
「相手が魔導師?」
「はい」
「絶対負ける」
「早い!」
勇気が慌てて言った。
「大丈夫です!」
「でも魔導師ですよ?」
「便意さんにも魔法があります」
「僕の魔法、アイスとかウォーターですよ?」
「十分すごいです」
「ウォーターは最近ちょっと強くなりましたけど……」
「チャンスはあります!」
勇気が力強く言う。
便意は少しだけ自信を取り戻した。
「……そうですかね」
「はい!」
便意は杖を握り直した。
「やってみます」
そして試合場へ向かった。
---
反対側からも、対戦相手が現れた。
「……」
会場が静かになる。
現れたのは――。
老人だった。
長い白髪。
白い装束。
長いひげ。
そして手には、見るからに強そうな杖。
先端には複雑な装飾が施されている。
歩く速度はゆっくり。
しかし、周囲に漂う魔力が明らかに違う。
「強そう……」
魔王が呟く。
昆布が頷いた。
「見るからに魔術師ですね」
母さんも言った。
「本物の魔導師さんみたい」
鍋。
「杖が大きいですね」
殴打。
「俺のバットより強そうだ」
五利武。
「ゴルフクラブより魔法向きですね」
ゴプリン。
「……つよそう」
便意はさらに緊張した。
「……やっぱり負ける」
勇気が言う。
「便意さん!」
「はい!」
「頑張って!」
「はい!」
魔導師が便意を見る。
「ほう……」
便意を見る。
杖を見る。
そして少し笑った。
「若い魔術師か」
便意。
「はい……」
魔導師。
「面白い」
主審が二人の間に入った。
「両者、クリーンファイトでお願いします」
便意と魔導師が頷く。
そして――。
「試合開始!」
---
カン!
試合が始まった。
しかし、二人とも動かない。
便意は杖を構える。
魔導師も杖を構える。
互いに様子を見る。
会場が静かになる。
魔王が小声で言った。
「動かないね」
昆布。
「魔法戦では先に攻撃したほうが不利になる場合があります」
魔王。
「そうなの?」
昆布。
「相手の能力が分からないうちは、様子を見るのが基本です」
便意はその言葉を聞いていた。
「様子を見る……」
魔導師も便意を見ている。
便意は考えた。
「僕には……」
手元の杖を見る。
「瞬間移動の杖がある」
王都の武器店で買った。
店員の言葉を思い出す。
――行き先を正確にイメージしてください。
便意は小さく呟いた。
「瞬間移動……」
そして杖を床についた。
コツン。
何も起こらない。
「……」
もう一度。
コツン。
何も起こらない。
便意が首を傾げた。
「……?」
もう一度。
コツン。
やっぱり何も起こらない。
魔王軍が見守る。
魔王が言った。
「便意さん?」
「はい」
「何してるの?」
便意。
「瞬間移動を試しています」
魔王。
「……できてないね」
「はい」
便意は杖を見つめる。
「本当に瞬間移動できるのか?」
魔導師が眉を上げた。
「ほう……」
便意。
「……」
魔導師。
「まだ杖に慣れていないようだな」
便意。
「……はい」
魔導師が杖をゆっくり上げる。
「では――」
空気が変わった。
魔力が集まる。
魔王軍が身構える。
魔導師。
「ファイアーボール」
ボッ!
巨大な火球が出現した。
「うわっ!」
便意が驚く。
火球が勢いよく飛んでくる。
「ファイアーボール!」
魔王軍も驚いた。
「来た!」
「便意さん!」
便意は反射的に杖を前に出した。
そして叫んだ。
「アイス、ビッグで!」
ドン!
便意の目の前に――。
巨大なバニラアイスが出現した。
「またアイス!」
魔王が叫ぶ。
巨大な丸いバニラアイスが壁のように立ちはだかる。
そこへ――。
ドゴォン!
ファイアーボールが直撃。
「ジュゥゥゥ……」
白い煙が上がる。
火球が消えた。
会場が静かになる。
巨大なアイスの表面が少し溶けている。
便意が驚いた。
「消えた……」
魔導師も少し驚く。
「ほう」
そして言った。
「火には強いようだな」
魔王が嬉しそうに言った。
「便意さん!」
便意が振り返る。
「はい!」
「アイス、強いじゃん!」
「……僕も今びっくりしました」
昆布が分析する。
「防御として使えますね」
母さん。
「美味しそう」
魔王。
「そこ?」
母さん。
「だってバニラアイスだもの」
ゴプリンが巨大アイスを見つめる。
「……プリンじゃない」
魔王。
「そこも?」
しかし魔導師は冷静だった。
「なるほど」
杖を構える。
「では、こちらも試してみよう」
便意。
「え?」
魔導師が杖を床に向けた。
「アイス」
シュゥゥゥ……。
床が白く凍っていく。
「え?」
氷が一直線に便意へ向かって走ってくる。
「うわっ!」
便意が避けようとする。
しかし遅かった。
バキッ!
足元が凍った。
「えっ?」
便意の両足が氷によって床に固定された。
「動けない!」
魔王軍が驚く。
「氷で固定した!」
昆布がすぐに分析する。
「なるほど。便意さんの機動力を奪う作戦です」
便意が足元を見る。
「これはまずい……」
魔導師は杖を構えたまま静かに言う。
「魔法戦では、相手を自由に動かさせないことも重要だ」
便意。
「勉強になります!」
魔王。
「いや、今は感心してる場合じゃないよ!」
便意は慌てて杖を持ち直した。
「これを……」
杖で氷を叩く。
コン!
「……」
もう一度。
コン!
「……」
さらに強く。
コン!
ガン!
「痛い!」
魔王。
「杖のほうが痛いんじゃない?」
便意。
「そうかもしれません!」
鍋が言った。
「ヘル鍋なら割れるでしょうか」
魔王。
「それ鍋でしょ!」
父さんが言った。
「蹴ればいいんじゃないか?」
魔王。
「父さん、それは危ないよ」
父さん。
「そうか」
便意は必死に氷を叩く。
ガン!
ガン!
ガン!
しかし――。
氷はびくともしない。
「なんでこんなに硬いんだ!」
魔導師が少し笑う。
「簡単には壊れんよ」
便意。
「困った……」
勇気が壁際から叫ぶ。
「便意さん!」
「はい!」
「落ち着いて!」
便意は深呼吸する。
「……落ち着く」
そして自分の杖を見る。
瞬間移動の杖。
さっきは何も起きなかった。
でも――。
便意はふと思った。
「もしかしたら……」
魔王が聞く。
「どうしたの?」
便意は杖を握りしめた。
「まだ、この杖をちゃんと使えていないだけかもしれない」
昆布が頷く。
「可能性はあります」
便意は目を閉じた。
そして――。
自分が移動する場所を想像する。
「瞬間移動……」
コツン。
何も起きない。
「……」
もう一度。
「瞬間移動!」
コツン。
何も起きない。
魔王が言った。
「……」
勇気。
「……」
昆布。
「……」
便意は目を開けた。
「やっぱりダメかもしれない」
魔王。
「まだ試合は終わってないよ!」
便意はもう一度、杖を握った。
足は氷に固定されている。
目の前には強そうな魔導師。
逃げることもできない。
しかし――。
便意はまだ諦めていなかった。
「……もう一回やります」
魔王軍が見守る。
そして便意は杖を構えた。
「瞬間移動……!」
その瞬間――。
杖の先端の青い宝石が、
ほんの一瞬だけ――
ピカッ。
と光った。
便意。
「……え?」
魔王。
「今、光ったよね?」
昆布が目を細める。
「はい」
勇気が叫ぶ。
「便意さん!」
便意は杖を見る。
「もしかして……」
しかし、その直後。
青い光は消えた。
魔導師が杖を構える。
「まだ終わってはいないぞ」
便意。
「……!」
魔王軍も息をのんだ。
氷に固定された便意。
初めて反応した瞬間移動の杖。
そして、目の前に立つ強力な魔導師。
この試合の行方は――。
まだ分からない。




