魔女VSホウキ
勇者募集試験会場。
魔王軍は壁際に並び、次の試合を待っていた。
第一試合。
魔王VS冷寒。
第二試合。
殴打VS魔球。
どちらも普通の勇者試験とは思えない戦いだった。
冷寒は全身鎧と毛皮を着込んでいたのに、
「寒い……」
と言い続けた。
殴打と魔球の試合は、途中から完全に野球になり、最後には魔法のバットから炎まで出た。
そして今。
主審が名簿を見ながら叫んだ。
「次の試合!」
魔王軍が振り返る。
「魔女選手対――」
母さんが顔を上げた。
「私ね」
「ホウキ選手!」
母さんが嬉しそうに言った。
「私の出番ね」
そして――
「あっ」
何かを思い出したように言った。
「お米かき混ぜてくるわ」
魔王が慌てて止める。
「母さん!」
「なあに?」
「試合だよ!」
「あら、そうだったわね」
母さんは笑顔で試合場へ向かった。
魔王軍全員が心配そうに見送る。
父さんが言った。
「大丈夫かな」
昆布も少し不安そうだった。
「母さんは戦闘経験がほとんどありませんからね」
勇気が言う。
「でも、回復魔法があります」
便意が言う。
「しゃもじもあります」
鍋がヘル鍋を押さえながら頷いた。
「かなり大きめのしゃもじです」
ゴプリンが言う。
「……しゃもじ」
魔王は母さんを見る。
母さんは――
ワンピース。
エプロン。
そして手には、
子供用巨人のしゃもじ。
さらに、そのしゃもじをクルクル回しながら歩いている。
「母さん、料理してるみたいだな……」
昆布が言った。
「試合場へ向かう姿としては珍しいですね」
母さんは、
クルクル。
クルクル。
としゃもじを回しながら中央へ向かった。
「母さん、しゃもじを振り回さないでね」
魔王が言う。
「分かってるわよ」
「本当に?」
「大丈夫」
そう言って、さらにクルクル回す。
「……」
魔王は少し不安になった。
その時。
反対側の入り口から――
カツン。
カツン。
と足音が聞こえてきた。
一人の女性が歩いてくる。
手には――
ほうき。
そして服装は、
とんがり帽子。
魔法使いのマント。
長いローブ。
完全に魔法使いだった。
魔王が呟く。
「……ちゃんと魔法使いだ」
昆布が頷く。
「ほうきを持っていますね」
母さんがホウキ選手を見る。
「あら、ほうきね」
魔王が言う。
「母さん、前に欲しがってたよね」
「そうそう」
母さんが嬉しそうに言う。
「飛べるほうき」
魔王は苦笑する。
「だからって、試合相手のほうきを欲しがらないでよ」
ホウキ選手は母さんを見た。
「あなたが魔女選手ね」
母さんが頷く。
「そうよ」
「そのしゃもじ……武器?」
母さんはしゃもじを見る。
「そうみたい」
「……料理道具に見えるけど」
「私もそう思うわ」
二人が向かい合う。
主審が中央に立った。
「両者、よろしいですか?」
二人が頷く。
主審は続けた。
「今回は魔法を使用して構いません。ただし――」
少し真剣な顔になる。
「魔力は加減しながら戦ってください」
「はい」
「はい」
「クリーンファイトでお願いします」
二人は再び頷いた。
魔王軍が見守る。
魔王は母さんに声をかける。
「母さん、無理しないでね!」
母さんが振り返る。
「大丈夫よ!」
そして、
「お米が待ってるから、早く終わらせるわね」
「そこが目的なの!?」
主審が手を上げる。
「試合――」
会場が静かになる。
「開始!」
ホウキ選手はすぐに動いた。
サッ。
ほうきを床につける。
そして――
サッサッ。
床のゴミを集め始めた。
魔王が言った。
「……掃除してる」
昆布が頷く。
「まずは環境整備でしょうか」
母さんも見ている。
「綺麗好きなのね」
ホウキ選手はさらにゴミを集める。
サッ。
サッ。
そして――
「それっ!」
ブンッ!
集めたゴミを一気に母さんへ飛ばした。
「え?」
ゴォッ!
大量のホコリが母さんへ向かって飛んでいく。
「母さん!」
母さんは反射的に肘で顔を覆った。
「ゴホッ!」
ホコリが全身にかかる。
髪。
服。
エプロン。
「……」
母さんの髪にホコリが付いた。
エプロンにも付いている。
さらに母さんの後ろ。
壁際の勇者候補たちまで――
「ゴホッ!」
「ゲホッ!」
「くしゃん!」
「誰か窓を!」
魔王が驚く。
「会場全体に飛んだぞ!」
昆布が分析する。
「掃除したゴミを攻撃に転用していますね」
便意が言う。
「汚いですね」
鍋が困った顔をする。
「料理の前にこれは困りますね」
ゴプリンも、
「……ホコリ」
と呟いた。
母さんはゆっくり顔を上げた。
「……」
ホウキ選手はほうきを構えている。
母さんは自分の服を見る。
そして髪を触る。
ホコリが落ちる。
母さんの顔が――
少しずつ変わっていく。
「……」
魔王が気づいた。
「母さん?」
母さんは静かに言った。
「ゴミを……」
一歩前へ。
「かけたわね!」
「怒った!」
魔王軍が一斉に反応した。
父さんが言う。
「これはまずいぞ」
昆布も頷く。
「母さんは普段温厚ですが、家事関係には厳しいです」
魔王が言った。
「特に掃除と料理を邪魔されると……」
母さんが手を目の前にかざした。
「まず――」
小さな光が手から出る。
「目を治すわね」
フワッ。
母さんの目の周りの疲れや刺激が消える。
「よし」
ホウキ選手がまた床を見る。
「……」
そしてまたゴミを集め始めた。
サッ。
サッ。
母さんがそれを見ている。
「また掃除してるわね」
魔王が叫ぶ。
「母さん、気をつけて!」
ホウキ選手がほうきを振り上げた。
「行くわよ!」
ブンッ!
またゴミが集められる。
そして――
ドサッ!
大量のゴミが母さんの前に集まる。
「今度はもっと飛ばすわ!」
ホウキ選手がほうきを振る。
母さんは――
しゃもじを握った。
「……」
そして走り出した。
「え?」
母さんがしゃもじを持ったまま、ホウキ選手へ向かっていく。
「お母さん、突っ込んでいった!」
魔王が驚く。
母さんは走る。
タッ!
タッ!
タッ!
「しゃもじ!」
ホウキ選手が驚く。
そして――
ホウキ選手はほうきを横に置いた。
「よいしょ!」
ほうきをまたぐ。
すると――
フワッ。
体が浮いた。
「飛んだ!」
魔王軍が叫ぶ。
ホウキ選手は空中へ上がっていく。
「飛べるほうき……」
母さんが立ち止まった。
「……いいなぁ」
魔王が叫ぶ。
「母さん、試合中!」
母さんは上空のホウキ選手を見る。
「ねえ!」
ホウキ選手が振り返る。
「何?」
母さんが聞く。
「飛べるほうきはどこに売ってるの?」
会場が静かになった。
魔王が頭を抱える。
「聞くなよ!」
ホウキ選手が答える。
「売ってないわよ」
「どうして?」
「家宝だから」
母さんが残念そうな顔をする。
「家宝……」
「そう」
「じゃあ、売る予定は?」
「ないわね」
「そう……」
母さんは少し寂しそうにしゃもじを見る。
「大きめのしゃもじも便利だけど……」
魔王が言う。
「しゃもじも十分便利だよ!」
母さんが空を見る。
ホウキ選手は再び地上へ降りる。
そして離れた場所へ移動した。
「さあ、もう一度!」
ホウキで床を掃く。
サッ。
サッ。
またゴミを集めている。
母さんはしゃもじを見る。
「……」
魔王が言う。
「母さん?」
母さんはしゃもじを横に持った。
「これ……」
クルッ。
「大きめのしゃもじだから」
クルッ。
「扇いだら……」
もう一度、
クルッ。
「跳ね返せるかしら?」
魔王が首を傾げる。
「しゃもじで?」
「大きいから」
「確かに大きいけど……」
昆布が考える。
「風を起こせる可能性はあります」
便意が言った。
「魔法の道具ですからね」
母さんが頷く。
「じゃあ、やってみるわ」
ホウキ選手がゴミを集め終えた。
「いくわよ!」
ブンッ!
大量のゴミが母さんへ飛んでくる。
「母さん!」
母さんはしゃもじを構えた。
そして――
「えいっ!」
ブォン!
大きめのしゃもじを思い切り扇いだ。
その瞬間。
しゃもじの先から――
ポンッ!
何かが飛び出した。
「……?」
魔王が目を細める。
「何だ?」
ポン。
ポンポン。
ポポポポポン!
大量の白い物体が飛び出した。
「米粒?」
魔王が叫ぶ。
しかし普通の米粒ではない。
大きい。
とにかく大きい。
一粒が――
手のひらほどある。
「巨大な米粒!」
会場がざわめく。
母さんのしゃもじから、巨大な米粒が次々と飛んでいく。
ポン!
ポン!
ポンポン!
しかもその米粒は――
飛んできたゴミを次々にくっつけていった。
ホコリ。
紙くず。
小さなゴミ。
全部が巨大な米粒にくっつく。
そして――
ホウキ選手へ向かって飛んでいく。
「えっ!?」
ポン!
ポン!
ポポポポポン!
ホウキ選手のマントに付着。
帽子に付着。
腕に付着。
そして――
ほうきにも付着。
「何これ!」
ホウキ選手が慌てる。
「取れない!」
大きな米粒がベタッとくっついている。
しかもゴミまで付いている。
「熱い!」
ホウキ選手が叫ぶ。
「熱い熱い!」
魔王が目を丸くする。
「米粒が熱いのか!?」
鍋が真剣に分析する。
「炊きたてなのでしょうか」
「炊きたてなの!?」
便意が驚く。
母さんはしゃもじを持ったまま言った。
「ご飯だから、温かいのよ」
「そういう問題なの!?」
ホウキ選手は必死に米粒を剥がしている。
「熱い!」
ポロッ。
一粒取れる。
しかし――
また一粒。
ポン!
「熱い!」
さらに一粒。
ポン!
「熱い熱い!」
会場から笑い声が起きる。
「何だこの試合!」
「米が飛んでるぞ!」
「勇者試験だよな!?」
昆布は冷静に記録する。
「しゃもじから巨大な米粒を発射」
五利武が言った。
「しかもゴミを付着させてます」
殴打が言う。
「なるほど……」
父さんが感心する。
「しゃもじでご飯を盛るだけじゃなかったんだな」
ネクタイ。
「ピッチャービビってる!」
父さんが振り返る。
「今回はピッチャーじゃないぞ」
ネクタイ。
「……」
「黙った」
魔王が笑う。
その頃、ホウキ選手は限界だった。
「熱い!」
ポン!
「もう無理!」
ポン!
「取れない!」
最後に大きな米粒がマントにくっつく。
ホウキ選手は両手を上げた。
「もうやめます!」
母さんがしゃもじを止める。
「え?」
ホウキ選手が叫んだ。
「降参です!」
会場が静かになる。
主審が二人を見る。
そして――
「試合終了!」
母さんはしゃもじを下ろした。
「終わったわ」
ホウキ選手はマントについた巨大な米粒を見つめる。
「……」
そして小さく言った。
「そのしゃもじ……欲しい」
母さんが笑う。
「駄目よ」
「どうして?」
「家事に使うから」
「……そう」
ホウキ選手は残念そうに俯いた。
魔王が母さんのところへ駆け寄る。
「母さん!」
「魔王、お疲れ様」
「いや、母さんだよ!」
「あら、そうだったわね」
魔王はしゃもじを見る。
「このしゃもじ……すごいな」
昆布も近づいてくる。
「新装備の能力が完全に判明しましたね」
「巨大な米粒を飛ばす能力……」
便意が言う。
「しかも熱い」
鍋が頷く。
「料理としては非常に優秀です」
「料理じゃなくて武器だよ」
母さんがしゃもじを見ながら言った。
「でも、これでお米も炊けるかしら?」
魔王が固まる。
「……」
鍋が真剣に考える。
「巨大な米粒を作れるなら、可能性はあります」
母さんの目が輝いた。
「じゃあ帰ったら試してみましょう」
魔王が頭を抱える。
「勇者試験の後に、しゃもじの料理実験が始まるのか……」
その一方で――
審判団は今回も黙々とメモを取っていた。
「魔女選手」
「はい」
「回復魔法を使用」
「はい」
「そして、特殊武器による遠距離攻撃」
「はい」
別の審判が書類を見る。
「巨大な米粒を大量に生成」
さらに別の審判。
「付着性あり」
「加熱状態」
「ゴミを巻き込む性質あり」
審判たちは真剣だった。
しかし一人が少しだけ首を傾げた。
「……勇者試験ですよね?」
隣の審判が答える。
「勇者試験だ」
「ですよね」
「間違いなく勇者試験だ」
「……米粒ですよ?」
「そうだな」
「巨大な」
「そうだな」
「熱い」
「そうだな」
二人とも黙った。
そして、またメモを取る。
魔王軍が壁際へ戻る。
母さんはしゃもじを大事そうに持っている。
「これ、気に入ったわ」
魔王が言った。
「最初はただの大きめのしゃもじだと思ってたけどな」
母さんが嬉しそうに笑う。
「飛べるほうきも欲しかったけど」
魔王は苦笑した。
「そっちは家宝だったね」
「残念だわ」
その時――
主審が中央へ戻ってきた。
「それでは――」
魔王軍全員が振り返る。
次の試合。
誰が呼ばれるのか。
勇者試験は、まだ始まったばかり。
魔王は仲間たちを見る。
冷寒。
魔球。
ホウキ。
どの選手も一癖も二癖もある。
そして自分たちも――
かなり変な武器を持っている。
「次は誰だろうな」
魔王が呟く。
昆布は名簿を見つめる。
「まだ、戦っていないメンバーもいますね」
五利武。
昆布。
父さん。
鍋。
便意。
そして――
勇気。
主審が名簿をめくった。
「次の試合は――」
会場が静まる。
「……」
魔王軍全員が息を止めた。
主審が名前を読み上げようとする。
「次の選手は――」
果たして、次に試合場へ出るのは誰なのか。
そして、その対戦相手は――。




