魔王VS冷寒
「第一試合――」
試験官が手元の紙を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
魔王軍全員が息を止める。
「出場者は――」
会場が静まり返った。
「魔王! 対! 冷寒!」
「……!」
魔王軍全員が一斉に魔王を見る。
「いきなり魔王様!」
勇気が驚く。
「俺か」
魔王本人も驚いていた。
父――牙城が魔王の肩を叩く。
「いきなりだな」
「うん」
「頑張れ」
「父さん、他人事みたいに言わないでよ」
母さんも心配そうに魔王を見る。
「大丈夫?」
「うん。たぶん」
「痛かったら無理しないでね」
「分かってる」
昆布は冷静に試験官を見る。
「第一試合ですか……」
便意が小声で言った。
「魔王様、いきなりなんですね」
「そうみたい」
殴打が言う。
「相手は誰だ?」
五利武も周囲を見る。
「冷寒……」
鍋が呟く。
「寒そうな名前ですね」
ゴプリンが、
「……寒い?」
と首を傾げた。
魔王軍がざわざわしている一方で、会場の受験者たちも騒ぎ始めていた。
「魔王だって」
「え?」
「第一試合、魔王って名前の奴だぞ」
「本物の魔王?」
「いや、勇者募集試験に魔王がいるわけないだろ」
「でも名前が魔王なんだろ?」
「紛らわしい名前だな」
「どんな字を書くんだろうな」
「魔法の魔に王様の王じゃないのか?」
「本当に?」
「本人に聞いてみようぜ」
魔王は周囲の視線を感じていた。
「……」
「魔王様」
昆布が声をかける。
「何?」
「かなり注目されています」
「うん」
「名前のせいですね」
「うん」
魔王はため息をつく。
「だから俺は、ただの名前なんだって……」
「魔王!」
遠くから誰かが呼ぶ。
魔王が振り向く。
「はい」
「……本当に魔王だ!」
「いや、名前です!」
「名前だった!」
「だから最初からそう言ってるよ!」
周囲から笑い声が起こる。
魔王は少し恥ずかしそうに頭をかいた。
すると係員がやってきた。
「第一試合の方はこちらへお願いします」
魔王が振り返る。
「相手は冷寒さんですよね?」
「はい」
「冷寒って……どんな人ですか?」
係員が対戦表を見る。
「えーと……」
少し考える。
「冷寒さんは冷寒さんです」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「詳しくは会場で」
「分かりました」
魔王軍も一緒についていく。
しかし、少し歩いたところで昆布が疑問を口にした。
「魔王様」
「うん」
「相手は冷寒と聞きましたが……」
「うん」
「氷の魔法使いでしょうか?」
「そう思うよね」
「はい」
便意も頷く。
「冷寒って名前ですからね」
殴打が言った。
「でも俺たちは格闘技みたいな試験だと思っていたぞ」
五利武も言う。
「格闘家と魔法使いじゃ、全然違いますよね」
父さんも頷く。
「魔法を使われたらどうするんだ?」
魔王が困った顔をする。
「それは……」
昆布が答えた。
「相手の能力を見てから考えるしかありません」
「そうだね」
「まず避ける」
「うん」
「それから隙を見る」
「うん」
「危険なら逃げる」
「試験中に逃げていいのかな?」
「村人を守るためなら許されるかもしれません」
「そうなの?」
「分かりません」
「昆布も分からないのか」
「試験内容が私たちの想定を超えています」
そんな会話をしているうちに、魔王たちは大きな扉の前に到着した。
係員が扉を開ける。
ガラッ。
「こちらです」
魔王が中を見る。
「……」
そこは、とても広かった。
まるで体育館のような空間。
高い天井。
広い床。
周囲には壁。
床には試合用の白い線が引かれている。
魔王が思わず呟いた。
「体育館みたいに広い部屋ですね」
勇気も周囲を見る。
「本当に広いですね」
五利武がゴルフクラブを見ながら、
「ゴルフもできそうだな」
「五利武さん」
昆布が言う。
「ここは試験会場です」
「分かってる」
「ゴルフ場ではありません」
「分かってるって」
鍋が床を見た。
「料理するには少し広すぎますね」
「鍋さんも料理から離れて」
魔王が苦笑する。
すると、試験官が前へ出た。
「それでは、試合の説明をします!」
魔王と冷寒の二人が中央へ。
その他の受験者たちは周囲へ移動する。
試験官が言った。
「呼ばれていない選手は、壁際に立ってください!」
受験者たちが壁際へ移動する。
魔王はその光景を見ていた。
「……」
試験官はさらに説明を続ける。
「壁際に立っている選手を――」
一瞬、間を置く。
「村人だと思って戦ってください!」
「……?」
魔王の顔が固まった。
「村人?」
昆布も眉をひそめる。
「村人……ですか?」
試験官は頷く。
「はい!」
「なぜ?」
魔王が聞く。
試験官は当然のように答えた。
「勇者は魔王と戦うだけではありません!」
「……」
「町や村を守る必要があります!」
「……」
「そこで、実際の村で戦っていることを想定していただきます!」
魔王は周囲を見た。
壁際に立つ受験者たち。
誰もが緊張した顔をしている。
「つまり……」
魔王がゆっくり言った。
「あの人たちを村人だと思って戦う?」
「その通りです!」
魔王軍全員が顔を見合わせる。
父さんが言う。
「村人に攻撃するのか?」
「いやいや!」
試験官が慌てて手を振る。
「攻撃してはいけません!」
魔王がホッとする。
「ですよね」
試験官は続ける。
「村人を攻撃しないように――」
「はい」
「加減しながら戦ってくださいね!」
「……」
魔王軍全員が沈黙した。
魔王がゆっくり昆布を見る。
昆布も魔王を見る。
「……どういう試験なんだ?」
「私にも分かりません」
昆布が答えた。
「村人を守るために戦う想定なら、相手だけを狙う必要がありますね」
「そうだね」
「しかし壁際にいる受験者を村人だと思えということは、攻撃範囲を考えなければいけません」
「うん」
「広範囲攻撃は危険です」
便意が自分の杖を見る。
「……」
昆布が便意を見る。
「便意さん」
「はい」
「魔法は慎重に」
「分かりました」
便意は真剣に頷いた。
「ウォーターはやめておきます」
「そうしてください」
魔王は便意に言った。
「この前みたいな水圧ビームが出たら大変だからね」
「はい」
便意は杖を握りしめる。
「アイスも危ないかもしれません」
「うん」
「トリプルはやめます」
「それは絶対やめて」
母さんが言った。
「魔王、村人に当たったら大変ね」
「そうだね」
「じゃあ、できるだけ近くで戦った方がいいの?」
昆布が頷く。
「その方が安全でしょう」
殴打が魔法のバットを見る。
「バットも振り回したら危ないな」
五利武もゴルフクラブを見る。
「俺もクラブを横に振ったら村人に当たるかもしれない」
鍋はヘル鍋を触る。
「私は頭突きでしょうか?」
「鍋さん」
魔王が言った。
「それも危ないよ」
「では、何をすれば……」
「まだ試合前だから」
ゴプリンが壁際を見る。
そこには大勢の受験者。
「……村人?」
魔王が頷く。
「そうらしい」
ゴプリンは少し考えた。
「……村人……プリン……?」
「村人はプリンじゃないよ」
「……そう」
ゴプリンは納得した。
その時だった。
試験官が声を上げた。
「それでは、試合開始までしばらくお待ちください!」
「はい」
魔王は中央に立った。
対戦相手の姿はまだ見えない。
向こう側の扉が閉じている。
「……」
魔王は静かに息を吐いた。
ボクシング時代の試合前の感覚が少しだけ戻ってくる。
しかし、昔とは違う。
相手を倒すための試合ではない。
勇者試験。
そして、村人を守る想定。
「……」
魔王は両手を顔の前に上げた。
ボクサーの構え。
少し身体を揺らす。
昆布が壁際から声をかける。
「魔王様!」
「何?」
「まずは相手の動きを見てください!」
「分かってる」
「無理に攻撃しなくて大丈夫です!」
「うん」
「避けて、隙があれば軽く攻撃!」
「うん」
「そして危険なら逃げる!」
「試験官に怒られないかな?」
「そこは……」
昆布が少し考えた。
「怒られないように逃げてください」
「難しいな」
その時。
向こう側から――
ゆっくりと音がした。
魔王の視線が相手へ向く。
会場が静まり返る。
壁際の受験者たちも、固唾を飲んで見守っている。
魔王は構えた。
一歩。
足を引く。
膝の「魔じいちゃんの膝サポーター」が少し締まる。
「……」
いつもの試合とは違う。
相手の正体も分からない。
能力も分からない。
そして――
何より。
自分は魔王なのに、勇者試験を受けている。
魔王は小さく呟いた。
「……本当に何でこうなったんだろう」
すると昆布が答えた。
「名前が魔王だからでしょうか」
「それはもう聞き飽きたよ」
扉が――
ゆっくり開いていく。
その向こうから、対戦相手――
冷寒が姿を現した。
魔王は冷寒を見た。
そして――
「……」
魔王は目を丸くした。
「え?」
冷寒の姿を見た瞬間。
魔王軍も全員が驚いた。
果たして冷寒とは――
氷の魔法使いなのか。
それとも、まったく予想していなかった人物なのか。
魔王VS冷寒。
勇者募集試験、第一試合。
いよいよ始まる――。




