魔王軍、全員ボクサーになる
王都公認勇者募集試験会場。
そこには、想像以上の人とモンスターが集まっていた。
剣を腰に差した者。
大きな斧を背負った者。
杖を持った魔法使い。
弓を持った者。
鎧を着込んだ戦士。
そして――
人間だけではない。
角の生えたモンスター。
翼のあるモンスター。
小柄なゴブリン。
大きな獣のようなモンスター。
勇者になりたい者たちと、勇者を目指すモンスターたちで、会場はひしめき合っていた。
魔王軍はその様子を見ていた。
「……多いな」
魔王が呟く。
「かなりの人数ですね」
昆布も周囲を見回す。
「勇者になりたい人って、こんなにいるんだ」
勇気が驚く。
「勇者は人気の職業なんでしょうね」
鍋が言った。
「料理人はどれくらいいるんでしょう?」
「鍋さん」
魔王が振り返る。
「ここは勇者試験だから、料理人を探さなくていいよ」
「そうでした」
鍋はヘル鍋を被ったまま頷いた。
その時。
壇上に試験官が立った。
会場が静かになる。
「それでは、第一試験を開始します!」
受験者たちが一斉に前を見る。
魔王軍も何となく前を向く。
「勇者はまず――」
試験官が力強く言った。
「魔王を倒すだけの力が必要です!」
魔王が眉をひそめた。
「……」
父さんが魔王を見る。
「魔王」
「何?」
「今、魔王を倒すって言ってたぞ」
「聞こえてるよ」
「どうする?」
「どうするって言われても……」
魔王は困った顔をした。
「俺、ここにいるんだけど」
昆布が小声で言った。
「魔王様」
「うん」
「この試験では、魔王という存在を倒す力が評価されるようですね」
「でも、俺は受験者なんだよ」
「そうですね」
「自分を倒せる人を探す試験って、変じゃない?」
「異世界ですから」
「またそれで終わらせるの?」
しかし試験官は話を続ける。
「ここから、スパーリングをしてもらいます!」
「スパーリング?」
殴打が反応した。
「野球じゃないな」
五利武も頷く。
「ゴルフでもないですね」
便意が瞬間移動の杖を握る。
「魔法の試験じゃないんですか?」
試験官は続けた。
「対戦形式で、自分の強さをアピールしてください!」
会場がざわつく。
「ただし!」
試験官が人差し指を立てる。
「相手に致命傷を与えてはいけません!」
魔王軍が一斉に安心する。
「おお……」
母さんがほっとした顔をする。
試験官は続ける。
「ある程度、自分の強さをアピールできる程度に戦ってください!」
「なるほど」
昆布が頷いた。
「本格的な殺し合いではないようですね」
さらに試験官。
「そして、勇者には優しさも必要です!」
会場の受験者たちが真剣に聞いている。
「しっかりと加減してください!」
母さんが微笑む。
「良かったわね」
魔王軍を見る。
「手加減しながらだから、痛くなさそう」
「いや、母さん」
魔王が言った。
「スパーリングだから、多少は痛いと思うよ」
「そうなの?」
「攻撃を受けたら痛いよ」
母さんは少し考えた。
「じゃあ、ちょっとだけ痛いのね」
「たぶん」
「それなら大丈夫ね」
「何でそんなに前向きなんだよ」
試験官が説明を続ける。
「対戦相手は、大体似た能力がありそうな勇者候補同士で戦ってもらいます!」
昆布がすぐに反応した。
「似た能力同士……」
魔王を見る。
「つまり、こちらも相手に合わせて戦い方を考えないといけませんね」
「そうだね」
魔王軍全員が顔を見合わせる。
殴打が魔法のバットを見る。
五利武がゴルフクラブを見る。
便意が瞬間移動の杖を見る。
鍋がヘル鍋を触る。
母さんがしゃもじを見る。
父さんがネクタイを見る。
ゴプリンが鋼鉄のプリンカップを触る。
昆布が光る靴を見る。
そして魔王は、膝のサポーターを見る。
「……」
魔王が言った。
「急に対戦になってしまったな」
「そうですね」
昆布が答える。
「まだ新しい武器の能力も分からないのに」
「そこなんだよ」
魔王は魔法のバットを見る。
「殴打さんのバットも、どんな魔法が出るか分からない」
「俺も知らない」
殴打が言う。
五利武もクラブを見る。
「俺のクラブも、よく飛ぶだけなのか、他にも何かあるのか分からない」
「便意さんは?」
魔王が聞く。
便意は瞬間移動の杖を持ち上げた。
「これ、ちゃんと使えるんでしょうか」
「試してないもんね」
「はい」
便意は少し不安そうだ。
「一応、説明では目的地を正確にイメージする必要があると言われましたけど」
「試験中に知らない場所へ飛んだら怖いな」
「そうですね」
昆布が頷く。
「まだ未知の能力が多すぎます」
母さんが自分のしゃもじを見る。
「私はこれで何ができるのかしら」
「料理じゃない?」
魔王が答える。
「でも勇者試験だから、料理じゃ困るよ」
鍋が自分のヘル鍋を見る。
「私は防具ですね」
「頭を守るのが一番分かりやすいね」
父さんはネクタイを見た。
「俺のメンタルアタックネクタイも未知だ」
「父さんは普通に防御してればいいと思うよ」
「アタックと書いてあるぞ」
「それは分かってるけど」
ゴプリンは鋼鉄のプリンカップを触った。
「……プリン……守る」
「それは大事だね」
魔王が頷く。
昆布が考え込む。
「新しい装備の能力が分からない状態で、いきなり実戦形式」
「うん」
「これはかなり危険です」
魔王も頷いた。
「じゃあ、まず――」
昆布が魔王を見る。
「魔王様」
「何?」
「ボクシングの避け方、ステップを教えてください」
「ボクシング?」
「はい」
昆布は真剣だった。
「まずは、相手の攻撃を受けないことが重要です」
魔王は少し考えた。
そして実際に構えてみる。
「ボクシングは、上半身を左右前後に揺らして、狙いが常に動くようにします」
魔王がゆっくりと身体を動かす。
「こうやって」
左右。
前後。
「さらに、横に回りながら相手の攻撃が当たらないようにします」
魔王が足を動かす。
シュッ。
「そして両手を顔の前で構えて、顔に強い一撃をもらわないようにします」
魔王が両手を顔の前に上げる。
完全にボクサーの構えだった。
「なるほど」
昆布も真似する。
両手を顔の前へ。
腰を少し落とす。
左右に身体を揺らす。
「こうですか?」
「うん」
「なるほど」
昆布は真剣だ。
すると勇気も構えた。
「こうでしょうか?」
「そうそう」
殴打も構える。
「こう?」
五利武も。
「こうか?」
父さんも。
「こうだな」
母さんも。
「こうかしら?」
鍋もヘル鍋を被ったまま。
「こうでしょうか?」
便意も杖を片手に持ちながら。
「こうですか?」
ゴプリンも。
「……」
ゴプリンは両手を上げた。
鋼鉄のプリンカップが頭についている。
「……」
全員がボクサーのような構えになった。
会場の受験者たちがこちらを見る。
「……」
「……」
「……あの人たち何なんだ?」
「全員同じ構えしてるぞ」
「勇者試験だよな?」
「ボクシング大会じゃないよな?」
魔王は周囲の視線に気づいた。
「……」
「どうしたんですか、魔王様?」
昆布が聞く。
「いや」
魔王は小声で言った。
「ちょっと目立ってる」
「でも理にかなった構えですよ」
「そうだけど」
ゴプリンが構えたまま、
「……プリン」
「ゴプリン」
「その構えでプリンを守る必要ある?」
「……ある」
「そっか」
魔王はそれ以上何も言わなかった。
昆布は全員を見回した。
「皆さん、疲れない程度に練習しましょう」
「はい」
全員が返事をする。
「ずっと構えていると疲れますから、相手が来たら動けるようにしておきましょう」
昆布はさらに続ける。
「基本は、相手の動きを見ることです」
「うん」
「避ける」
「うん」
「そして――」
昆布が拳を軽く前に出す。
「相手の隙をついて攻撃するしかありません」
魔王が頷いた。
「そうだね」
「無理に攻撃する必要はありません」
「うん」
「相手が攻撃してきたら避ける」
「うん」
「避けた後、隙があれば攻撃」
「うん」
「なければ、また距離を取る」
「いいね」
魔王が満足そうに頷く。
「それなら、なるべく怪我をしないで済みそうだ」
父さんも頷く。
「俺もその作戦でいこう」
母さんも言った。
「痛くないようにね」
鍋も頷く。
「料理ができなくなったら困りますからね」
殴打も言う。
「俺はバットを使うけど、相手を傷つけすぎないようにする」
五利武も、
「俺もクラブを強く振りすぎないようにする」
便意も、
「僕も魔法を出すなら加減します」
魔王が便意を見る。
「そもそも、瞬間移動の杖で攻撃できるのかな?」
「分かりません」
「だよね」
便意は杖を見る。
「もしかしたら、移動するだけかもしれません」
「それなら安全だね」
「でも試験会場から消えたら困ります」
「それは困る」
昆布が再び周囲を見る。
「相手の組み合わせは、まだ発表されていません」
「誰が最初かな」
勇気が言った。
「順番も分かりませんね」
魔王は会場を見る。
数え切れないほどの受験者。
その中から、自分たちの対戦相手が選ばれる。
「……」
魔王は少し緊張してきた。
「俺たち、本当に戦うのかな」
昆布が答える。
「試験なので、おそらく」
「できれば戦いたくないんだけどな」
「魔王様らしいですね」
その時。
会場の奥から係員がやってきた。
手には大量の紙。
「対戦カードが決まりました!」
会場が一気にざわつく。
「第一試合!」
魔王軍全員が振り返る。
「第一試合に出場する方はこちらへ!」
「……!」
魔王軍全員が顔を見合わせる。
昆布が言った。
「さて……」
父さんが聞く。
「誰だ?」
母さんも言う。
「誰が最初なのかしら?」
殴打がバットを握る。
五利武がクラブを構える。
便意が杖を握る。
鍋がヘル鍋を押さえる。
ゴプリンが鋼鉄のプリンカップを両手で守る。
勇気が深呼吸する。
魔王は膝を軽く曲げた。
そして係員が――
最初の名前を読み上げようとした。
「第一試合――」
魔王軍全員が息を飲む。
「出場者は……」
会場が静まり返る。
果たして――
最初に試合へ出るのは、誰なのか。




