勇者募集試験
王都。
武器屋を出た魔王軍一行は、商人との護衛任務を終え、これからどうするかを話しながら王都の大通りを歩いていた。
魔王は、新しく手に入れた「魔じいちゃんの膝サポーター」を確認するように、何度か膝を曲げ伸ばししている。
「……これ、結構いいな」
「魔王様、膝は大丈夫ですか?」
勇気が心配そうに聞いた。
「うん。なんか足が軽い気がする」
「さすが魔じいちゃんですね」
「いや、そこは褒めるところなのか?」
魔王が苦笑する。
その横では、昆布が新しく手に入れた光る靴を履いて歩いている。
一歩。
ピカッ。
もう一歩。
ピカッ。
「……」
ピカッ。
「……」
ピカッ。
「昆布、歩くたびに光ってるよ」
「情報収集用として使えるかもしれません」
「昼間だと目立つだけじゃない?」
「……確かに」
昆布は少し考えた。
「夜に使います」
「夜でも目立つと思うけど」
「それも情報です」
「何の情報だよ」
その後ろでは、父――牙城が赤いネクタイを締めて歩いていた。
メンタルアタックネクタイ。
本人は非常に気に入っている。
「父さん、そのネクタイどう?」
「いい感じだ」
「何か能力は出た?」
「まだだな」
「そっか」
「だが、アタックと書いてあるからな」
父さんは自信満々だった。
「いざという時には精神的に攻撃する」
「どうやって?」
「分からん」
「分からないんだ……」
母――魔女は、子供用巨人のしゃもじを大事そうに持っている。
鍋はヘル鍋を頭に被っている。
殴打は魔法のバット。
五利武はよく飛ぶゴルフクラブ。
便意は瞬間移動の杖。
ゴプリンは鋼鉄のプリンカップ。
勇気だけは、まだ新しい装備を持っていない。
その姿は、どう見ても――
普通の観光客ではなかった。
魔王軍は王都を歩くだけで、かなり目立っていた。
そんな時だった。
「……あれ?」
魔王が足を止めた。
大通りの一角に、大きな看板が立っている。
そこには、
『勇者募集試験』
と書かれていた。
魔王は看板を見上げた。
「勇者募集試験だって」
「勇者募集試験……」
昆布も看板を見る。
その周囲にも、同じ文字が書かれていた。
建物の壁。
掲示板。
柱。
店の前。
さらに少し先にも、
『勇者募集試験 受付はこちら』
と書かれている。
昆布は腕を組んだ。
「公認勇者でしょうか」
「公認?」
「王都が正式に認める勇者という意味かもしれません」
「なるほど」
魔王は少し興味を持った。
すると父さんが看板を見ながら言った。
「魔王は募集してないのか?」
「え?」
魔王が父さんを見る。
「魔王は俺で決定らしいから」
「ああ、そうだったな」
父さんは納得した。
そして、真顔で言った。
「顔パスで合格か」
「名前パスだけど」
「……そうだった」
父さんが頷く。
昆布が小さく笑った。
「魔王様の場合、名前が魔王だから選ばれたんでしたね」
「うん」
「名前がそのまま職業になりましたね」
「俺も最初はそう思ってなかったよ」
魔王は看板を見上げた。
「でも、勇者ってどうやってなるんだろう」
「試験を受けるんじゃないですか?」
昆布が答える。
「そう書いてありますからね」
「どんな試験かな」
「戦闘能力、魔力、知識、人格などでしょうか」
「人格……」
魔王は少し考えた。
「俺、勇者になれるかな」
「魔王様が勇者になったら、魔王と勇者が同一人物になりますね」
昆布が冷静に言った。
「ややこしいな」
「異世界ですから」
「その一言で片付けるなよ」
そんな話をしながら歩いていると、勇者募集試験の受付らしき場所が見えてきた。
テントのような受付所。
その前には大勢の人が並んでいる。
剣を持った若者。
杖を持った女性。
弓を背負った男性。
鎧を着た戦士。
見るからに冒険者という人たちが、順番を待っていた。
魔王軍は少し離れた場所から眺める。
「かなり人がいますね」
昆布が言った。
「人気なんだな」
魔王も感心する。
「公認勇者になれるなら、人気があるのも分かります」
「でも俺たちは受けないよ」
「はい」
「護衛も終わったし、そろそろ宿に戻ろうか」
魔王がそう言って歩き出した。
その時。
受付係がこちらを見た。
そして――
目を見開いた。
「……!」
係員の視線が、魔王軍の武器に向けられる。
魔法のバット。
よく飛ぶゴルフクラブ。
瞬間移動の杖。
ヘル鍋。
子供用巨人のしゃもじ。
鋼鉄のプリンカップ。
そして魔じいちゃんの膝サポーター。
係員は興奮したように立ち上がった。
「おおっ!」
魔王が振り返る。
「?」
係員がこちらへ走ってくる。
「勇者候補の皆さん!」
「……?」
魔王軍全員が顔を見合わせた。
係員は満面の笑みだった。
「皆さん、良い武器をお持ちですね!」
「いや、勇者になる気はないです」
魔王がすぐに答えた。
係員は笑顔のまま頷いた。
「なるほど!」
「?」
「勇者になる気まんまんなんですね!」
「いや、そういう意味じゃ――」
「試験会場はこちらです!」
「ちょっと待ってください」
魔王が止めようとする。
しかし係員は、魔王軍を見てさらに確信したようだった。
「皆さん、装備もばっちりです!」
「いや、違うんです」
「特にその杖!」
係員が便意を見る。
「瞬間移動の杖ですね!」
「そうですけど……」
「魔法使い!」
次に殴打を見る。
「魔法のバット!」
「はい」
「戦士!」
五利武を見る。
「よく飛ぶゴルフクラブ!」
「はい」
「遠距離攻撃担当!」
「いや、ゴルフです」
「素晴らしい!」
「聞いてない……」
昆布が小声で魔王に言った。
「魔王様」
「何?」
「これは誤解されていますね」
「うん」
「かなり大きな誤解です」
「うん」
「訂正しましょう」
「そうだね」
魔王は係員に向き直った。
「あの、僕たちは――」
係員がペンを取り出した。
「それでは、お名前をお願いします!」
「……」
魔王が黙った。
話を聞いていない。
係員は申込用紙を広げている。
「まず、あなたから」
魔王を指差す。
「お名前は?」
「魔王です」
係員のペンが止まった。
「……魔王?」
「はい」
係員の顔が輝いた。
「魔王!」
「はい」
「すごい名前ですね!」
「よく言われます」
「勇者試験に魔王という名前で参加!」
「いや、参加するとは言って――」
係員はもう書いていた。
魔王
「はい、次の方!」
「ちょっと!」
魔王が止める。
だが、係員はすでに父さんを見ていた。
「お父さんのお名前は?」
「牙城です」
「牙城!」
サラサラ。
「はい!」
次に母。
「お母さんは?」
「魔女です」
「魔女!」
サラサラ。
「勇者試験に魔女!」
「いや、だから――」
さらに勇気。
「勇気です」
「勇気!」
係員の目がさらに輝く。
「勇者に必要なものですね!」
「……そうですね」
勇気は苦笑した。
「次!」
便意。
「便意です」
係員が止まる。
「……便意?」
「はい」
「……勇者試験に?」
「いや、僕も受けるつもりは――」
「魔法使いですね!」
「そうですけど」
「名前がすごい!」
「名前で判断しないでください!」
そしてゴプリン。
「お名前は?」
「……ゴプリン」
「ゴプリン!」
係員が書く。
「モンスターの方も勇者志望!」
「……?」
ゴプリンは首を傾げた。
「……プリン」
「はい、プリン好きなんですね!」
「……うん」
「素晴らしい!」
ゴプリンは何の話か分かっていない。
鍋。
「鍋です」
「鍋!」
殴打。
「殴打です」
「殴打!」
五利武。
「五利武です」
「五利武!」
あっという間だった。
全員の名前が書かれた。
魔王。
牙城。
魔女。
勇気。
便意。
ゴプリン。
鍋。
殴打。
五利武。
係員は満足そうに申込用紙を確認する。
「はい! 皆さん登録完了です!」
魔王軍全員が固まった。
「……登録?」
魔王が聞く。
「はい!」
「勇者試験の?」
「もちろんです!」
「いや、だから受けないですって」
「大丈夫です!」
「何が?」
「会場で詳しく説明します!」
「いや、そうじゃなくて――」
その時だった。
別の係員がやってきた。
「受付終了した方はこちらへ!」
「はい!」
係員が魔王軍の背中を押し始める。
「え?」
魔王が一歩前へ。
「ちょっと待って」
さらに押される。
「いやいや」
昆布も押される。
「これはまずいですね」
「そうだね」
父さんも押される。
「俺たちは受けるつもりないぞ」
「大丈夫です!」
「何が大丈夫なんだ?」
母さんも押される。
「私、家事があるんだけど」
「勇者試験が終わってからでもできますよ!」
「そうなの?」
「母さん、そこで納得しないで」
便意は杖を持ったまま押される。
「僕は魔法の練習中なんですけど……」
「実技試験があります!」
「やっぱりあるんだ……」
鍋はヘル鍋を被ったまま押される。
「私は料理をしたいのですが」
「勇者になってから料理をすればいいです!」
「そういう問題ではないですよ」
殴打は魔法のバットを持っている。
「俺は野球選手なんだけど」
「勇者になってもバットは使えます!」
「そういう問題じゃない!」
五利武も言った。
「俺はゴルフなんですけど」
「勇者になってもゴルフはできます!」
「だからそうじゃない!」
ゴプリンは――
「……プリン」
係員が頷く。
「試験の後に食べましょう!」
「……!」
ゴプリンが少しだけ嬉しそうな顔をした。
「ゴプリン!」
魔王が叫ぶ。
「そこだけ反応しないで!」
しかし、もう遅かった。
魔王軍は全員、勇者試験会場へと押されていく。
「ちょっと!」
「待って!」
「俺たちは勇者じゃない!」
「俺は魔王だぞ!」
魔王が叫ぶ。
すると係員が笑顔で答えた。
「はい! 魔王さんも頑張ってください!」
「そこを聞いてほしいんだよ!」
そして――
大きな扉が開いた。
その向こうには巨大な試験会場。
何百人もの受験者が並んでいる。
正面には巨大な看板。
『第百二十三回 王都公認勇者募集試験』
魔王軍が中に入った瞬間。
係員が背後から扉を閉めた。
バタン!
魔王は扉を見る。
「……」
昆布も扉を見る。
「……」
父さんも見る。
「……」
母さんも見る。
「……」
便意も見る。
「……」
ゴプリンはプリンを探している。
鍋はヘル鍋を直している。
殴打はバットを握り直す。
五利武はゴルフクラブを確認する。
勇気は周囲を見る。
そして魔王が小さな声で言った。
「……入れられちゃったね」
昆布が頷く。
「完全に」
父さんが腕を組む。
「試験を受けるしかないのか?」
「いや、父さん」
魔王は首を横に振る。
「俺たちは勇者になる気ないから」
「じゃあどうする?」
「まず、係員に説明しよう」
昆布が言った。
「そうですね」
ところが――。
壇上に一人の人物が現れた。
「受験者の皆さん!」
会場中が静かになる。
「これより、勇者募集試験を開始します!」
「……!」
魔王軍全員が顔を見合わせた。
そして係員が大声で言った。
「まず第一試験!」
魔王は思った。
――嫌な予感しかしない。
その横で昆布が冷静に呟いた。
「魔王様」
「何?」
「逃げ道を探しておきましょう」
「うん」
「ただし……」
昆布は会場を見回した。
「出口が、見当たりません」
「……」
魔王は天井を見上げた。
「俺たち、勇者試験に来たんじゃないんだけどな……」
するとゴプリンが小さく言った。
「……プリン……?」
「ゴプリン」
魔王が振り返る。
「今はプリンじゃない」
ゴプリンは少し考えた。
「……勇者プリン?」
「それは新しい職業みたいだからやめて」
こうして魔王軍は――
本人たちの意思とは無関係に、
王都公認勇者募集試験へ参加することになってしまった。
そして壇上から、試験官の声が響く。
「第一試験は――!」
魔王軍全員が身構える。
「――勇者としての適性を測ります!」
魔王はため息をついた。
「俺、魔王なんだけど……」




