母さん、しゃもじを選ぶ
王都の武器屋。
父さんが「メンタルアタックネクタイ」を手に入れたことで、魔王軍の装備はまた一つ増えた。
赤いネクタイを締めた父さんは、いつもより少しだけ誇らしげだった。
「これで俺も攻撃ができるな」
魔王は父さんを見る。
「まだ本当に攻撃できるかは分からないけどね」
「アタックって書いてあるから大丈夫だ」
「その理屈、結構好きだよ」
昆布が白板に書き込んでいる。
『父さん――メンタルアタックネクタイ』
父さんは満足そうにうなずいた。
その横で、母さんが店内を見回していた。
剣。
鎧。
盾。
弓。
魔法道具。
魔法のバット。
よく飛ぶゴルフクラブ。
そして、なぜか光る靴。
母さんは一つ一つを眺めながら、首をかしげていた。
「うーん……」
魔王が気づく。
「母さん、どうしたの?」
母さんは棚を見ながら答えた。
「何か家事に使えるものないかしら」
魔王が固まった。
「……家事?」
「ええ」
「ここ、武器屋だよ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
母さんは店内を見回した。
「でも、包丁とかあるじゃない」
「まあ……武器だからね」
「お鍋とかもあるわね」
「鍋は……料理道具に見えるけど」
母さんは楽しそうだった。
「便利そうね」
魔王は少し考えた。
そして母さんに言った。
「母さん」
「なあに?」
「家事よりも戦闘に使えそうな物探して」
「戦闘?」
「うん」
「どうして?」
「魔王軍だから」
母さんは少し考えた。
「ああ」
そして納得した。
「そう?」
「そう」
「じゃあ、戦闘に使える物を探すわね」
魔王は安心した。
ところが――
母さんは再び棚を見始めた。
「でも……」
「ん?」
「普段使っている物が安心だわ」
魔王は嫌な予感がした。
「……普段使っている物?」
「そう」
母さんは店の奥へ歩いていく。
魔王も後をついていった。
「母さん、ここにある物、だいたい普段使ってない物だと思うよ」
「そうかしら?」
「剣とか普段使わないでしょ?」
「使わないわね」
「盾も」
「使わないわ」
「魔法の弓も」
「使わないわね」
「じゃあ、何を探してるの?」
母さんは真剣な顔で答えた。
「できるだけ小さめの物」
「……小さめ?」
「ええ」
魔王は眉をひそめた。
「戦闘用なのに?」
「大きいと邪魔じゃない?」
「まあ……」
「持ち歩きやすい方がいいでしょう?」
「確かに」
母さんは棚の下の方を見ていく。
小さな魔法道具。
小さな杖。
小さなナイフ。
小さな盾。
そして――
料理道具らしきもの。
母さんの目が止まった。
「……あ」
魔王も止まった。
「どうしたの?」
母さんは小さな木製の道具を手に取った。
しゃもじだった。
ただし、普通のしゃもじより少し大きい。
母さんは両手で持って眺める。
「これ、名前が可愛い」
魔王は思った。
――しゃもじの名前が可愛いって何だろう。
母さんが嬉しそうに振り返る。
「魔王、これが可愛い」
「どれ?」
母さんが商品タグを見せる。
そこには――
『子供用巨人のしゃもじ』
と書かれていた。
魔王は黙った。
「…………」
母さんも黙った。
魔王がもう一度読む。
「子供用……巨人の……しゃもじ?」
母さんがうなずく。
「そう」
「どういうこと?」
「可愛い名前でしょう?」
「いや、名前以前に矛盾してない?」
母さんがしゃもじを見る。
「どこが?」
「子供用なのに巨人なんだよ」
「でも、しゃもじよ?」
「そこは問題じゃないよ」
魔王は商品を手に取った。
確かに普通のしゃもじより少し大きい。
だが、巨人が使うほど巨大ではない。
むしろ、人間が使うにはちょっと大きいくらい。
魔王は首をかしげた。
「ちょっと大きめのしゃもじだね」
母さんが嬉しそうに言う。
「でしょう?」
「うん」
「どうせなら、少し大きめの方が使いやすいかも」
「しゃもじとして?」
「ええ」
魔王はしゃもじを見る。
そして母さんを見る。
またしゃもじを見る。
――ここは武器屋だったはずだ。
魔王は店内を見回した。
殴打は魔法のバット。
五利武はゴルフクラブ。
父さんは赤いネクタイ。
昆布は光る靴。
ゴプリンは鋼鉄のプリンカップ。
そして母さんは――
「しゃもじ……」
母さんは嬉しそうに笑った。
「うん」
魔王は苦笑した。
「母さんらしいから、それで良いか」
「いいの?」
「うん」
母さんはしゃもじを胸の前で大事そうに持った。
「ありがとう」
その時だった。
母さんが店の別の棚に目を向けた。
「あら?」
魔王が振り返る。
「まだ何かあるの?」
母さんは一本の細長い物を見つけた。
それは――
ほうきだった。
母さんは目を輝かせた。
「私、魔女だから、ほうきが良いな」
魔王が少し驚いた。
「母さん、ほうき?」
「ええ」
母さんはほうきを手に取った。
そして商品札を確認する。
「これ……」
魔王も見る。
札には大きく、
『飛べないほうき』
と書いてあった。
母さんが首をかしげる。
「この飛べないほうきは?」
魔王は即答した。
「飛べないほうきは、ただの箒だよ」
母さんが固まった。
「……」
父さんも振り返った。
「確かに」
昆布も商品札を見る。
「飛べないのであれば、通常の箒と機能的な差が分かりませんね」
母さんはほうきをもう一度見る。
「でも、魔女ならほうきでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
母さんは少し考える。
「飛べなくても、ほうきはほうきよね」
「うん」
「掃除に使えるわ」
「それは確実だね」
「家に置いておけば便利そう」
魔王は笑った。
「母さん、結局家事用品を探してるじゃん」
「そうかしら?」
「そうだよ」
母さんはほうきを棚に戻した。
「じゃあ、今回はしゃもじにするわ」
魔王は安心した。
「うん」
母さんはしゃもじを持ち直した。
「ほうきは家にあるものでもいいし」
「そうだね」
「飛べるほうきがあったら欲しかったけど」
「異世界だから、そのうち出てくるかもね」
「本当?」
「分からないけど」
母さんは少し期待した顔でうなずいた。
「じゃあ、次に来た時に探しましょう」
魔王は思った。
――また武器屋に来る理由が一つ増えた。
そこへ昆布がやって来た。
「母さん、何を選んだんですか?」
母さんがしゃもじを見せる。
「これよ」
昆布は商品名を見る。
「……子供用巨人のしゃもじ」
「そう」
昆布は少し考えた。
「これは……」
魔王が聞く。
「どう?」
「情報が多すぎますね」
「だよね」
昆布はしゃもじを観察する。
「子供用なのか巨人用なのか、まずそこから確認したいです」
母さんが言った。
「でも、可愛いわよ」
「確かに見た目は普通のしゃもじですね」
「でしょう?」
「ただ、名前がすごいですね」
「そうなのよ」
父さんもやってきた。
「何だ、それ?」
「しゃもじよ」
母さんが答える。
「しゃもじ?」
父さんが見る。
「メンタルって書いてないな」
魔王が笑った。
「父さん、何でもメンタル基準になってるよ」
「俺は今、メンタルアタックネクタイを装備してるからな」
「うん」
父さんはしゃもじを見た。
「それで攻撃できるのか?」
母さんが答える。
「ご飯なら混ぜられるわよ」
父さんが真剣に考える。
「……それも攻撃と言えば攻撃だな」
「どういう意味?」
魔王が笑う。
「父さん、何でも戦闘にしないで」
そこへ殴打も来た。
魔法のバットを持っている。
「母さん、それは?」
「しゃもじよ」
「バットに似てますね」
魔王が即座に言った。
「似てないよ」
殴打はしゃもじを見ている。
「少し大きめなら、スイングもできそうですけどね」
母さんがしゃもじを振ってみる。
「こう?」
ブン。
意外と綺麗な音がした。
殴打が目を輝かせる。
「母さん、結構いいスイングです」
「本当?」
「はい」
魔王が頭を抱える。
「母さんまで打撃担当にならないで」
五利武もやって来た。
「何を打つんですか?」
「ご飯を混ぜるのよ」
「なるほど」
「納得するなよ」
魔王が突っ込む。
鍋も来た。
「しゃもじですか?」
母さんがうなずく。
「ええ。少し大きめなの」
鍋はしゃもじを見て、料理人らしい顔になった。
「これは……」
「どう?」
「ご飯を混ぜやすそうです」
母さんが笑った。
「やっぱりそうよね」
鍋は真剣にうなずく。
「かなり使いやすいと思います」
魔王が言った。
「ここ武器屋だよね?」
鍋は店内を見回した。
「そうですね」
「なのに、なんで料理道具の相談会みたいになってるの?」
鍋は少し考えた。
「異世界だからでしょうか」
「便利な言葉だな……」
すると店員がやってきた。
「お客様、その商品に決められましたか?」
母さんが笑顔で答える。
「はい。これにします」
店員はしゃもじを見る。
「子供用巨人のしゃもじですね」
魔王が聞いた。
「これ、本当に子供用なんですか?」
「はい」
「巨人なんですか?」
「はい」
「どっちなんですか?」
店員は平然としている。
「子供用です」
「じゃあ巨人は?」
「巨人が作ったしゃもじです」
「そういうことか!」
魔王はようやく納得した。
母さんがしゃもじを見つめる。
「よかったわね」
「母さんが嬉しそうなら、それでいいよ」
「これでご飯をよそえるわ」
「うん」
「混ぜご飯も作れるわ」
「うん」
「もし敵が来たら――」
母さんがしゃもじを構えた。
魔王が少し驚く。
「……来たら?」
母さんはにっこり笑った。
「ご飯をよそうわ」
魔王は安心した。
「よかった。戦う気はないんだね」
母さんはしゃもじを持ったまま言った。
「でも、必要なら振るわよ」
「そっちもあるのね」
父さんが赤いネクタイを締め直した。
「母さんも攻撃装備だな」
「しゃもじだけどね」
昆布が白板に書き込む。
『母さん――子供用巨人のしゃもじ』
魔王が見た。
「……なんだ、この魔王軍」
昆布が答える。
「かなり個性的な装備になってきましたね」
ゴプリンが母さんのしゃもじを見る。
鋼鉄のプリンカップの格子の向こうから目だけが見える。
「……しゃもじ」
母さんがしゃもじを見せる。
「そうよ。可愛いでしょう?」
ゴプリンは少し考えた。
「……プリン?」
「プリンはよそえないわね」
「……そう」
ゴプリンは少し残念そうだった。
母さんは笑った。
「でも、プリンを食べるスプーンなら作ってあげるわ」
「……!」
ゴプリンの目が輝いた。
魔王がすぐに言った。
「母さん、それは後でね」
「そうね」
ゴプリンはしゃもじを見つめながら、
「……スプーン」
とつぶやいた。
魔王は思った。
――また装備が増えそうだ。
こうして母さんは、
『子供用巨人のしゃもじ』
を購入した。
戦闘能力があるのか。
料理能力だけなのか。
それとも、異世界の武器らしい何か隠された力があるのか。
それはまだ分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
母さんは、とても満足そうだった。
「これ、家に帰ったら使えるわね」
魔王は笑った。
「うん。たぶん一番実用的な装備かもしれない」
昆布が言った。
「戦闘以外の場面では、魔王軍随一の実用品ですね」
父さんがうなずく。
「俺のネクタイは仕事にも使えるぞ」
「父さんは普通に会社員みたいになってるね」
「メンタルアタック会社員だ」
「新しい職業みたいになってるよ」
母さんがしゃもじを持って笑う。
「じゃあ、私は巨人しゃもじ母さんね」
魔王が吹き出した。
「何その名前!」
武器屋の店内に、魔王軍の笑い声が響いた。
しかし――
まだ装備を選んでいない仲間がいる。
魔王。
勇気。
鍋。
そして――
まだ誰も見ていない、店の奥の巨大な棚。
そこには、
「いったい何に使うんだ?」
と誰もが首をかしげる、奇妙な装備が並んでいた。
魔王がその棚を見る。
「……次は誰の番かな?」
その瞬間。
棚の奥から、
「魔王様、これ……」
という声が聞こえた。
魔王軍全員が振り返った。
「また何か見つけたのか?」




