魔王、顔を狙えない
プロデビュー戦から数か月。
俺と健太は。
再びリングに上がろうとしていた。
二人とも。
プロ二戦目。
前回は。
俺も負けた。
健太も負けた。
しかも。
二人そろって。
「こてんぱん」。
あれから毎日。
俺たちは練習した。
そして。
今日は。
その成果を試す日だった。
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試合前
控室。
健太は椅子に座っていた。
「……」
黙っている。
俺も黙っている。
二人とも緊張していた。
健太が突然。
「魔王」
「何?」
「手、震えてない?」
俺は自分の手を見る。
「……ちょっと」
「俺も」
「緊張するな」
「前回負けたからな」
「今回は勝とう」
「うん」
しばらく沈黙。
健太が言った。
「魔王」
「何?」
「お前、何か心配してない?」
俺は黙った。
「……」
「何?」
俺は小声で答えた。
「パンチ」
「パンチ?」
「うん」
「何が?」
俺は周囲を確認した。
そして。
「俺のパンチが……」
健太が耳を近づける。
「相手の顔に入ったら」
「うん」
「顔が飛んでいったりしないよな?」
「……」
健太が固まった。
「……は?」
「いや、最近めちゃくちゃ威力上がってるだろ」
「うん」
「サンドバッグもすごい揺れるし」
「うん」
「だから」
俺は真剣な顔をした。
「人間の顔に入れたら、どうなるのかなって」
健太が頭を抱えた。
「お前、試合前に心配することそこかよ!」
「重要だろ!」
「重要だけど!」
「もし相手の顔が」
俺は両手を広げる。
「こう……」
健太が俺の手を下げる。
「想像するな!」
「でも」
「大丈夫だよ!」
「本当に?」
「ボクシングのグローブつけてるだろ!」
「それでも心配なんだよ」
健太はため息をついた。
「じゃあ顔を殴るな」
「そうする」
「そんな簡単な話か?」
俺は真面目に頷いた。
「俺、できるだけ防御に回る」
「うん」
「相手の攻撃を受け流す」
「うん」
「そして」
俺は拳を下へ向ける。
「ボディーを狙う」
健太が苦笑する。
「お前、本当に魔王なのか?」
「名前はな」
「そこだけかよ!」
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リングへ
名前を呼ばれた。
「続いて――魔王選手!」
観客席から。
「魔王!」
「魔王!」
声が飛ぶ。
俺はリングへ向かう。
「……」
前回とは違う。
怖い。
でも。
少しだけ。
落ち着いている。
リングへ上がる。
対戦相手を見る。
相手も俺を見ている。
レフェリーが二人を中央へ呼ぶ。
「クリーンファイト」
俺たちはグローブを合わせる。
「お願いします」
相手が頷く。
俺は思った。
――今日は。
――絶対に無理して顔を狙わない。
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第1ラウンド
カン!
ゴング。
二人とも動かない。
ジャブも出さない。
ただ。
相手を見る。
俺も見る。
相手も見る。
観客がざわつく。
「……」
「……」
十秒。
二十秒。
三十秒。
健太が客席から見ていたら。
たぶん言っている。
「お前ら、試合中に見つめ合うな!」
でも。
俺たちは本気だった。
相手は俺のパンチ力を警戒している。
俺も相手のパンチを警戒している。
一分。
相手がジャブを出す。
俺は避ける。
シュッ。
俺は下がる。
またジャブ。
避ける。
そして。
距離を取る。
「……」
相手が不思議そうな顔をする。
――こいつ。
――全然打ってこない。
その通りだった。
俺は。
ほとんどパンチを出さなかった。
理由は。
「顔が飛んでいったら怖い」
だった。
もちろん。
それを相手は知らない。
相手からすると。
「魔王は何かを狙っている」
ように見えた。
相手は慎重になった。
そして。
ラウンド終了。
カン!
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第2ラウンド
コーナーで。
トレーナーが言った。
「いいぞ」
「はい」
「相手が警戒している」
俺は頷いた。
「でも」
トレーナーが続ける。
「ずっと守っているだけでは勝てない」
「分かっています」
「チャンスが来たら打て」
「はい」
俺は考える。
――顔は怖い。
――だったら。
――身体。
次のラウンド。
ゴング。
カン!
相手が前へ出てきた。
ジャブ。
俺は避ける。
ストレート。
ガード。
左。
ステップ。
相手は焦ったようにパンチを増やしてくる。
「シュッ!」
「バン!」
「シュッ!」
俺はかわす。
またかわす。
また下がる。
相手の呼吸が荒くなる。
そして。
相手が大きな右を振った。
俺は避けた。
「!」
その瞬間。
見えた。
相手の身体。
ガラ空きだった。
――今だ。
俺は一歩踏み込んだ。
そして。
「……!」
身体全体を使う。
足。
腰。
肩。
腕。
拳。
全部を一つにつなげる。
狙うのは。
顔ではない。
腹。
「――バンッ!」
鈍い音が響いた。
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魔王のボディーブロー
相手の身体が止まった。
「……!」
目を見開く。
俺も驚いた。
――入った。
相手が一歩下がる。
さらに一歩。
三歩。
距離を取る。
「……」
俺は追わなかった。
相手は腹を押さえた。
そして。
ゆっくり。
ゆっくり。
膝が落ちた。
「……!」
レフェリーが近づく。
「ワン!」
相手は立とうとする。
「ツー!」
両手をリングにつく。
「スリー!」
観客が静かになる。
「フォー!」
相手が片膝を上げる。
「ファイブ!」
立ち上がろうとする。
「シックス!」
しかし。
足に力が入らない。
「セブン!」
相手はロープを掴んだ。
「エイト!」
身体が揺れる。
「ナイン!」
相手は立てなかった。
「テン!」
レフェリーが腕を上げた。
試合終了。
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魔王、勝利
一瞬。
会場が静かになった。
そして。
「うおおおおお!」
歓声が爆発した。
俺は立っていた。
「……」
何が起きたのか。
少し分からなかった。
レフェリーが俺の腕を上げる。
「勝者――魔王!」
観客が叫ぶ。
「魔王!」
「魔王!」
「魔王!」
俺は思った。
――勝った。
プロ二戦目。
俺は。
初勝利を手にした。
そして。
ふと相手を見る。
相手は椅子に座っている。
俺は心配になった。
「……大丈夫かな」
トレーナーが言う。
「心配するな。しっかり休めば大丈夫だ」
「はい」
俺は胸を撫で下ろした。
そして。
「顔を狙わなくてよかった……」
トレーナーが聞く。
「何?」
「いや」
俺は小声で言った。
「顔が飛んでいったらどうしようと思って」
トレーナーは黙った。
「……」
「何ですか?」
「お前……」
「はい」
「試合前からそんなこと考えてたのか?」
「はい」
トレーナーは頭を抱えた。
「普通は自分が殴られる心配をするんだよ」
「そっちも怖いです」
「じゃあ何でボクシングやってるんだ!」
「強くなりたいからです!」
「理由はまともなんだよな……」
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健太の試合
そして。
次は健太。
健太もリングへ上がった。
「健太!」
俺は声を出す。
健太が振り返る。
「魔王!」
「頑張れ!」
「お前みたいに一発で終わらせる!」
「いや、俺は狙ってないから!」
「何でだよ!」
ゴング。
カン!
健太は前へ出た。
今までより。
明らかに動きが良い。
ジャブ。
右。
左。
相手も反撃。
一進一退。
第1ラウンド。
互角。
第2ラウンド。
健太が少し押される。
第3ラウンド。
健太が盛り返す。
最後まで。
二人とも激しく戦った。
そして。
最終ラウンド終了。
判定へ。
会場が静まる。
審判がカードを確認する。
一人目。
「……」
二人目。
「……」
三人目。
そして。
「判定!」
観客が息を呑む。
「勝者――!」
健太が拳を握る。
「……」
「健太!」
健太の腕が上がった。
「健太選手!」
俺は叫んだ。
「勝った!」
健太は驚いた顔をした。
そして。
笑った。
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二人の初勝利
試合後。
控室。
健太が入ってきた。
「魔王!」
「おめでとう!」
「お前もな!」
二人は拳を合わせた。
コツン。
「初勝利」
「初勝利」
健太が笑う。
「俺、判定だったけど」
「勝ちは勝ち」
「お前はKO」
「まあな」
「しかもボディー一発」
「たまたまだよ」
「嘘つけ」
健太が俺を見る。
「お前、本当に強くなったな」
俺は少し黙った。
そして。
「……うん」
自分でも。
分かっていた。
以前とは違う。
身体の使い方。
反応。
パンチの威力。
何もかも。
日に日に変わっている。
そして。
あの声。
あの謎の声。
――強くなりたいか。
俺は拳を見る。
「……」
この力は。
一体どこから来ているのだろう。
そのとき。
頭の中で。
あの声が響いた。
――見事だったぞ、魔王。
俺は固まった。
「……」
健太が聞く。
「どうした?」
「いや」
俺は周囲を見る。
誰もいない。
「……何でもない」
そして。
小さく笑った。
「次も勝とう」
健太が頷く。
「もちろん」
二人のプロボクサーとしての物語は。
ここから。
少しずつ。
大きく動き始めていた。




