魔王のパンチが、なんかおかしい
プロデビュー戦。
俺と健太は。
見事に負けた。
いや。
「見事に」という言葉は違う。
正確には。
こてんぱんに負けた。
朝練に健太と一緒に行った。
健太と二人で歩きながら、俺は言った。
「……毎日練習だな」
健太が頷く。
「うん」
「休む?」
「一日くらいなら」
「ダメだ」
「なんで?」
「俺たちは負けたんだぞ」
「だから休みたい」
「お前、メンタル弱すぎだろ」
「身体も痛いんだよ!」
「俺も痛い」
「じゃあ休もう」
「嫌だ」
「なんで俺だけ誘って断られるんだよ!」
そんな会話をしながら。
俺たちは本当にジムへ向かった。
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毎日の練習
朝。
ロードワーク。
昼。
学校や仕事。
夕方。
ジム。
夜。
また練習。
毎日。
毎日。
毎日。
俺たちはジムに通った。
トレーナーも驚いていた。
「お前ら、よく続くな」
健太が息を切らしながら答える。
「負けたまま終われません」
俺も頷く。
「次は勝ちます」
トレーナーが笑った。
「その意気だ」
健太が俺を見る。
「魔王」
「何?」
「俺たち、今度は勝てるかな」
「勝つんだよ」
「……」
「最初から負けるつもりで練習する奴なんかいないだろ」
健太は笑った。
「そうだな」
そして。
俺たちは練習を始めた。
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サンドバッグ
俺はサンドバッグの前に立った。
大きな黒いサンドバッグ。
何度も打ってきた。
「ジャブ」
シュッ!
「ストレート」
バンッ!
「ワンツー」
バン!
バン!
いつも通り。
最初はそう思っていた。
ところが。
「……あれ?」
俺はサンドバッグを見た。
いつもより。
少し大きく揺れている。
「魔王?」
健太が隣から見ていた。
「何?」
「今のパンチ」
「うん?」
「いつもより揺れてない?」
「そう?」
俺はもう一度打つ。
「バンッ!」
サンドバッグが大きく揺れる。
「……」
健太が口を開ける。
「おお」
俺も少し驚いた。
「……確かに」
トレーナーがやってくる。
「どうした?」
健太が言う。
「魔王のパンチ、なんか強くなってません?」
トレーナーはサンドバッグを見る。
「もう一回打ってみろ」
俺は構える。
「はい」
深く息を吸う。
足。
腰。
肩。
腕。
身体全体を連動させる。
プロ初戦で感じた。
「自分には何かが足りない」という感覚。
その答えを探して。
毎日練習してきた。
俺は。
全身を使って。
打った。
「――バンッ!」
サンドバッグが大きく揺れた。
「……」
トレーナーが黙る。
健太も黙る。
俺も黙る。
サンドバッグが。
前後に大きく振れている。
そして。
戻ってきた。
俺はもう一度。
「バンッ!」
さらに揺れる。
「……」
健太が言った。
「魔王」
「何?」
「お前、何食った?」
「朝飯」
「何?」
「ご飯」
「普通だな!」
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一週間後
それは。
一日だけではなかった。
次の日も。
その次の日も。
俺のパンチは強くなっていた。
「バンッ!」
サンドバッグが揺れる。
「バンッ!」
さらに揺れる。
「バンッ!」
ロープまで届きそうになる。
トレーナーが腕を組む。
「……」
俺は聞いた。
「どうですか?」
「強くなってる」
「やっぱり?」
「ああ」
「筋トレの効果ですか?」
「それもある」
「それも?」
トレーナーが俺を見る。
「身体の使い方がかなり良くなっている」
「なるほど」
「足から力を伝えて、腰を回して、肩を入れて、最後に拳へ力を集める」
俺は頷いた。
「はい」
「それだけじゃない」
「え?」
トレーナーはサンドバッグを見る。
「それ以上に強くなってる」
俺は黙った。
「……」
俺自身も。
そう感じていた。
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二週間後
さらに二週間。
俺は毎日サンドバッグを打った。
バンッ!
バンッ!
バンッ!
そのたび。
サンドバッグが大きく揺れる。
健太は横で見ていた。
「……」
「何?」
「いや」
「何だよ」
「お前、本当に人間?」
「失礼だな!」
「だって前より明らかにおかしい」
「筋トレしたからだろ」
「俺も筋トレしてる」
「じゃあもっとやれ」
「そういう問題か?」
健太がサンドバッグを見た。
「俺が殴っても」
健太が打つ。
「バン」
サンドバッグが少し揺れる。
そして俺が打つ。
「バンッ!」
サンドバッグが大きく揺れる。
健太。
「……」
俺。
「……」
健太。
「魔王」
「何?」
「俺、帰っていい?」
「なんで?」
「才能の差を見せつけられるのがつらい」
「練習しろ!」
「鬼!」
「魔王だ!」
「自分で言うな!」
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謎の声
その夜。
俺は一人でジムの自主練習をしていた。
サンドバッグを打つ。
「バンッ!」
揺れる。
もう一発。
「バンッ!」
さらに揺れる。
俺は拳を止めた。
「……」
今日も。
明らかに強くなっている。
俺は手を見た。
「何でだ?」
筋力がついた。
身体の使い方も上達した。
それは分かる。
でも。
それだけでは説明できない。
プロ初戦で完敗したとき。
俺には。
こんな力はなかった。
俺は拳を握る。
すると。
――魔王。
「……!」
俺は振り返った。
誰もいない。
ジムには俺しかいない。
「またか」
――強くなったな。
俺は周囲を見回した。
「お前の仕業?」
――何のことだ。
「俺のパンチ」
――お前自身の力だ。
「本当に?」
――そうだ。
俺は黙った。
「……」
――もっと強くなる。
「どうして?」
――お前が望んだからだ。
俺は少し考えた。
「俺が?」
――そうだ。
「俺が強くなりたいって言ったから?」
――そうだ。
「……」
俺はサンドバッグを見る。
「じゃあ」
俺は拳を握った。
「もっと強くなれる?」
――望むなら。
俺は笑った。
「じゃあ」
構える。
「もっと強くなる」
そして。
拳を振るった。
「バンッ!!」
サンドバッグが。
今まで以上に大きく揺れた。
俺は目を見開いた。
「……」
しばらく。
何も言えなかった。
そして。
「……いや」
俺は苦笑した。
「さすがにやり過ぎじゃない?」
「やり過ぎた」
謎の声は答えた。
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翌日
翌朝。
健太がジムに入ってきた。
「おはよう、魔王」
「おはよう」
健太がサンドバッグを見る。
「今日もやる?」
「もちろん」
俺は構える。
「見てろ」
「何?」
「昨日より強くなってるかもしれない」
「また?」
「うん」
「もうやめてくれ」
「何で?」
「俺の自信が毎日削られる」
「じゃあ俺と競争しろ」
「……」
健太がグローブをつける。
「負けない」
「その意気だ」
二人並んで。
サンドバッグを打つ。
バン!
バン!
バン!
ジムに音が響く。
健太も少しずつ強くなっていた。
俺も。
さらに。
さらに。
強くなっていた。
次の試合まで。
あと少し。
俺たちは。
再びリングに上がるため。
今日も拳を振り続けた。
ただ。
俺だけは。
一つの疑問を抱えていた。
――なぜ。
俺のパンチは。
日に日に。
こんなにも強くなっているのか。
そして。
あの声は。
一体。
俺に何をしようとしているのか。
答えは。
まだ。
分からなかった。




