アイストリプル
岩が近づいてくる。
巨大な岩。
しかも、ものすごい勢いで。
荷車は坂道を下り続けていた。
ガタガタガタガタガタガタ――!
「うわああああああ!」
魔王は荷車の端を必死につかんでいた。
父さんとゴプリンは、荷車の前で背中を使って止めようとしている。
ズザザザザザ――!
二人の足元の土が削れていく。
「止まらない!」
五利武が叫ぶ。
「もう岩が目の前です!」
殴打も叫ぶ。
「ゴプリンさん、もっと頑張れますか!?」
ゴプリンは必死に踏ん張る。
「……頑張る」
父さんの膝は、
ガクガクガクガク。
「痛い痛い痛い!」
母さんが叫ぶ。
「パパ、もう少しよ!」
「もう少しって、何が!?」
「分からないけど!」
「分からないのか!」
そのとき――
昆布が前方を見た。
巨大な岩まで、あとわずか。
「魔王様!」
「はい!」
「もう岩に激突しそうです!」
「分かってます!」
「便意さん!」
「はい!」
「とにかく魔法!」
「とにかく!?」
「何でもいいです!」
便意は目を閉じた。
「何でも……」
必死に考える。
「何でも……」
荷車が岩に近づく。
「ガタガタガタガタ!」
「便意さん、早く!」
勇気が叫ぶ。
「便意さんなら出来ます!」
「……」
便意は突然、何かを思いついたような顔をした。
「ん~~~~」
全員が便意を見る。
「……」
「……」
「……」
便意が手を前へ向ける。
「ビッグアイス!」
「……」
「……」
「……」
魔王が目を丸くする。
「またアイス?」
昆布も驚く。
「便意さん、アイスが好きなんですか?」
「違います!」
便意が叫ぶ。
「魔法です!」
殴打が便意を見る。
「でも……」
五利武も見る。
父さんも見る。
「しかし――」
魔王が言った。
「凍ったら余計滑るんじゃない?」
「……」
全員が便意を見る。
確かにそうだ。
今まで滑る地面に苦労してきた。
そのうえ巨大な氷の坂になったら、どうなるのか。
便意も少し不安そうな顔をした。
「……そうですね」
昆布が叫ぶ。
「便意さん!」
「はい!」
「もう一つ!」
「え?」
「もっと柔らかいものを!」
「アイスは柔らかいですよ?」
「いや、そういう意味ではなく!」
しかし――
荷車は止まらない。
巨大な岩まで、もう目の前だ。
「時間がありません!」
昆布が叫ぶ。
「便意さん!」
「はい!」
「何でもいいです!」
便意は再び魔力を込めた。
「……」
そして言った。
「トリプルで」
「何が!?」
魔王が叫んだ。
その瞬間――
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
巨大な丸いアイスが三つ、岩の前に並んだ。
「……」
魔王軍全員が固まった。
巨大なアイス。
巨大なアイス。
巨大なアイス。
まるで巨大なアイスクリーム店のディスプレイのようだった。
魔王が言う。
「何で三つにしたの?」
便意は真顔で答えた。
「トリプルで」
「注文みたいに言うな!」
しかし――
「もう間に合わない!」
昆布が叫んだ。
「全員、衝撃に備えてください!」
「うわあああああ!」
荷車が巨大なアイスへ突っ込む。
ドォォォォォン!
一つ目のアイスに突入。
「グニュ!」
二つ目。
「グニュグニュ!」
三つ目。
「グニュグニュグニュグニュ!」
荷車も、
魔王軍も、
アイスの中へ、
めり込んだ。
「うわあああああ!」
「冷たいいいい!」
「寒いいいい!」
「プリンがああああ!」
ゴプリンは必死に編笠を押さえている。
アイスの中に埋まりながらも、
「……プリン……無事」
と言った。
魔王はアイスの中で動けなくなっていた。
「……」
顔の周りが全部バニラアイス。
「……」
魔王は一度、黙った。
そして、
「何で俺たち、アイスに埋まってるんだ……」
誰も答えられなかった。
父さんもアイスに埋まっている。
「……」
母さんが呼ぶ。
「パパ?」
「……」
「大丈夫?」
「……」
「パパ?」
「……冷たい」
「生きてるわね」
「生きてる」
父さんはアイスをかき分け始めた。
「うおおおお!」
グニュグニュグニュ!
ズボッ!
「出た!」
父さんがアイスの山から顔を出した。
続いて、
殴打。
「ぷはっ!」
五利武。
「冷たい!」
鍋。
「寒いです!」
勇気。
「うう……」
母さん。
「パパ、大丈夫?」
「大丈夫だ」
昆布。
「……」
昆布はしばらくアイスの中に埋まっていた。
「昆布さん?」
魔王が呼ぶ。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
グニュグニュグニュ。
ようやく昆布も這い出してきた。
「寒いですね……」
魔王もアイスをかき分ける。
「グニュグニュグニュ……」
ズボッ!
「出た!」
全員が巨大なアイスの山から出てきた。
服も髪もアイスだらけ。
荷車も巨大なアイスの中に半分埋まっている。
そして――
すぐ後ろには、巨大な岩があった。
あとほんの少しで激突していた。
魔王は岩を見上げる。
「……危なかった」
父さんも岩を見る。
「あと少しだったな」
ゴプリンも岩を見る。
「……危ない」
母さんが言った。
「本当に助かったわね」
魔王は便意を見る。
「便意さん」
「はい」
「アイスのおかげで助かった」
便意は少し照れた。
「よかったです」
昆布も巨大なアイスを見渡した。
そして、少し笑って言った。
「便意さん」
「はい?」
「アイスの注文が得意ですね」
「魔法ですよ!」
「でも、かなり注文っぽいです」
魔王も頷く。
「ビッグアイス」
五利武が続ける。
「トリプルで」
殴打も続ける。
「次は何でしょうね」
鍋が考える。
「ダブルでしょうか?」
魔王が言った。
「いや、もう魔法じゃなくて完全に注文だよ」
便意は少し考えてから言った。
「バニラアイスはみんな好きですよね」
「確かに」
勇気が頷く。
「嫌いな人は少なそうです」
母さんも言う。
「私も好きよ」
父さんも、
「俺も好きだ」
ゴプリンは――
「……プリンも好き」
「アイスとプリンは違いますよ」
魔王が言う。
「……近い」
「近くないと思うけどなあ」
そんな会話をしていると――
昆布が突然、坂の下を見た。
「……皆さん」
「どうしました?」
魔王が聞く。
昆布は何も言わず、坂の下を指差した。
魔王軍全員がそちらを見る。
「……」
「……」
「……」
そこには――
巨大な都市が広がっていた。
坂道のずっと下。
遠くまで続く大きな城壁。
その内側には数え切れないほどの建物。
大きな通り。
人々が行き交う姿。
商店らしき建物。
さらに奥には――
空へ向かって伸びる巨大な建物が見える。
「……大きい」
魔王が呟いた。
商人も荷車から降り、都市を見つめる。
「見えました……!」
「王都ですか?」
魔王が聞く。
商人は嬉しそうに頷いた。
「はい!」
魔王軍全員の顔に、少しだけ安心した表情が浮かんだ。
長い旅だった。
蚊。
蜂。
ゴプリン。
地下水脈。
巨大なカエル。
空飛ぶバナナ。
そして――
ビッグアイス。
「やっと王都ですね」
勇気が言う。
昆布も頷いた。
「ええ」
しかし、昆布は少し考え込んでいた。
「……ただ」
「ただ?」
魔王が聞く。
「この都市、かなり大きいですよね」
「そうですね」
「商人さん」
「はい」
「武器と防具を買うお店は、どこにありますか?」
「……」
商人が黙った。
「……分かりません」
「え?」
魔王が固まった。
「王都に行けば、すぐ買えると思っていたんですが……」
昆布が額を押さえる。
「大都市あるあるですね」
「何ですか、それ?」
魔王が聞く。
「店が多すぎて、目的の店が見つからないという現象です」
殴打が言う。
「では、まず武器屋を探しましょう」
五利武が言う。
「防具屋もですね」
鍋が言う。
母さんが笑う。
「せっかくだから、美味しいものも探しましょう」
父さんが頷く。
「ビールもあるかな」
「父さん、王都に着いた瞬間それですか?」
魔王が呆れる。
ゴプリンは巨大なアイスを見ていた。
「……」
「どうしたの?」
母さんが聞く。
「……これ……食べる?」
ゴプリンが巨大なバニラアイスを指差した。
「食べる気なの!?」
魔王が叫ぶ。
ゴプリンは真剣な顔で答えた。
「……プリンに……似てる」
「いや、似てないって!」
魔王軍の笑い声が、坂道に響いた。
その先には――
王都が待っている。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
この大都市で、魔王軍を待ち受けているのが――
新たな依頼なのか。
新たなモンスターなのか。
それとも――
まったく別の騒動なのか。
魔王軍の王都への旅は、まだ始まったばかりだった。




