止まらない荷車
荷車は止まらなかった。
ガタガタガタガタガタガタ――!
坂道を猛烈な勢いで下っていく。
車輪は高速で回転し、荷台も激しく揺れている。
魔王軍は全員、荷車から振り落とされないように必死につかまっていた。
「うわあああああ!」
「速い!」
「誰か止めてください!」
魔王も荷車の前方を見ながら叫んだ。
「昆布さん!」
「はい!」
「どうするんですか!?」
昆布は前方を確認した。
坂道の先には、森が続いている。
そのさらに先には、ところどころ大きな岩が見えている。
昆布はしばらく黙っていた。
母さんが不安そうに聞く。
「この後、どうなるの?」
昆布は冷静に答えた。
「最悪、壁か岩に激突してみんな吹っ飛びます」
「……」
全員が黙った。
ガタガタガタガタ!
「それは嫌だ!」
魔王が即答した。
鍋も叫ぶ。
「私も嫌です!」
五利武が荷車につかまりながら言う。
「ゴルフクラブは持っていますけど、荷車を止める道具ではありません!」
殴打も続ける。
「私のバットもです!」
「分かっています!」
昆布が叫ぶ。
すると――
「俺のメンタルガードでクッション代わりになってやる」
父さんが言った。
「え?」
魔王が振り返る。
父さんは真剣な顔をしていた。
「壁や岩にぶつかるなら、俺が前にいればいい」
「いやいやいや!」
魔王が慌てる。
「父さん、それはクッションというより人間ブレーキですよ!」
「似たようなものだろ」
「全然違います!」
母さんが父さんを見て、にっこり笑った。
「さすが、パパ。愛してる」
「おう」
父さんは嬉しそうに頷いた。
しかし、母さんはすぐに付け加えた。
「でも、無理はしないでね」
「大丈夫だ」
父さんは胸を張る。
「俺にはメンタルガードがある」
魔王は思った。
――父さんのメンタルガードって、いったいどこまで万能なんだ。
精神的な攻撃には強い。
怒られても平気。
多少の不安にも耐える。
しかし今からやろうとしているのは――
猛烈な勢いで走る荷車を、背中で止めることだった。
「……父さん」
「何だ?」
「メンタルガードって、物理的な衝撃にも効くんですか?」
「知らん」
「知らんのかい!」
魔王が叫んだ。
そのときだった。
「……ゴプリンさん」
昆布がゴプリンを見る。
ゴプリンは荷車の上で、必死に編笠を押さえていた。
プリンを守るために作った大切な編笠だ。
荷車が揺れるたびに、
プリンが、
ぷるん。
と揺れる。
ゴプリンはすぐに編笠を押さえる。
「……プリン……大事」
昆布は言った。
「ゴプリンさんの怪力で止められますか?」
ゴプリンは前方を見る。
荷車を見る。
そして、巨大カエルが止まっている方向を見る。
しばらく考えた。
「……やってみる」
「お願いします!」
ゴプリンは立ち上がった。
「ゴプリンさん!」
勇気が叫ぶ。
「気をつけてください!」
ゴプリンは頷いた。
そして――
ジャンプした。
「……!」
荷車の前方へ飛び出す。
空中で片手を頭の編笠に添える。
もう片方の手で体勢を整える。
「プリンを守りながら跳んだ……」
魔王が呟いた。
「さすがゴプリンさんです」
昆布も感心する。
ゴプリンは荷車の前方へ着地した。
ドンッ!
そして荷車に背を向ける。
背中を荷車に当てた。
「……止める」
ゴプリンの足が地面を踏みしめる。
ズザッ!
土が少し削れる。
ゴプリンはさらに力を込めた。
「……!」
両足に力を入れる。
ズズズズズ――!
足元の土が前へ押し出されていく。
さらに――
「ズサアァァァ!」
ゴプリンの足が地面を削った。
しかし荷車は止まらない。
「ゴプリンさん!」
昆布が叫ぶ。
「もう少しです!」
「……うん!」
ゴプリンはさらに踏ん張る。
背中で荷車を押し返す。
荷車の速度が――
ほんの少し落ちた。
「おお!」
魔王が声を上げた。
「少し遅くなった!」
「本当です!」
勇気も喜ぶ。
しかし――
ガタガタガタガタ!
荷車はまだ走っている。
ゴプリンの足元では土がどんどん削れている。
「……まだ……止まらない」
ゴプリンが言った。
すると――
「俺も手伝う」
父さんが言った。
「父さん!?」
魔王が振り返る。
「メンタルガード!」
父さんは叫んだ。
そして荷車からジャンプした。
「父さんまで!」
父さんはゴプリンの隣に着地する。
ドンッ!
そしてゴプリンと同じように、荷車に背を向けた。
背中を荷車に当てる。
「よし……」
父さんが踏ん張る。
「止めるぞ!」
「……うん」
ゴプリンも頷く。
二人の背中に、荷車の勢いがぶつかる。
「うおおおおおお!」
父さんが力を込める。
ゴプリンも、
「……!」
力を込める。
ズザザザザザ!
二人の足が地面を削る。
土が前へ飛んでいく。
しかし――
荷車はまだ進む。
「もっとだ!」
父さんが叫ぶ。
「メンタルガード!」
ゴプリンも踏ん張る。
「……プリンガード」
「ゴプリンさん、プリンガードはずっとやってますよね?」
昆布が叫ぶ。
「……大事」
「そうですね!」
昆布も納得した。
しかし父さんの膝が――
「……ん?」
ガクッ。
父さんの右膝が震えた。
プルプル。
「……」
魔王が見た。
「父さん?」
「大丈夫だ」
ガクガク。
「……」
さらに左膝。
プルプルプル。
「父さん、膝が震えてますよ」
「気のせいだ」
ガクガクガクガク。
「ものすごく震えてますけど」
「気のせいだ!」
そして――
「痛い痛い痛い!」
「やっぱり痛いんじゃないですか!」
魔王が叫んだ。
父さんは背中で荷車を押さえながら、顔をしかめている。
「痛い痛い痛い!」
母さんが荷車の上から叫んだ。
「パパ!」
「大丈夫だ!」
「後で回復するわ!」
「そうか!」
「だから今は頑張って!」
「分かった!」
「いや、分かったじゃないですよ!」
魔王が突っ込む。
母さんは荷車の上から父さんを応援する。
「パパ、頑張って!」
「おう!」
「ゴプリンちゃんも頑張って!」
「……頑張る」
二人がさらに踏ん張る。
「うおおおおお!」
「……!」
ズザザザザザ――!
土が大量に削れる。
荷車の速度が――
また少し落ちた。
「止まってきました!」
勇気が叫んだ。
「本当ですか?」
魔王が前を見る。
確かに、さっきより遅い。
だが、まだ止まらない。
坂道は続いている。
「このままなら……」
昆布が言った。
「止められるかもしれません!」
「よし!」
魔王が喜ぶ。
しかし、その直後――
ゴゴゴゴゴ……
前方から妙な音が聞こえてきた。
「……?」
昆布が顔を上げる。
「何の音ですか?」
五利武が聞く。
「分かりません」
殴打が前を見る。
鍋も前を見る。
魔王も前を見る。
「……何かある」
父さんが言った。
「何が?」
魔王が聞く。
父さんは荷車を背中で押さえながら、前方を見た。
「坂の先に――」
全員が息をのむ。
遠くに見えてきたのは――
巨大な岩だった。
「……」
「……」
「……」
昆布の顔が固まった。
「昆布さん?」
魔王が聞く。
「どうしました?」
昆布は冷静に答えた。
「最悪の場合の話を、先ほどしましたよね」
「はい」
「壁か岩に激突して、みんな吹っ飛ぶという話です」
「はい」
昆布は巨大な岩を指差した。
「……あれです」
「うわああああああ!」
魔王軍全員が叫んだ。
ゴプリンは背中で荷車を押しながら、
「……プリン……守る」
父さんは膝をガクガク震わせながら、
「痛い痛い痛い!」
それでも踏ん張る。
母さんは叫ぶ。
「パパー! ゴプリンちゃーん!」
勇気も声を張る。
「頑張ってください!」
便意は荷車につかまりながら、
「僕も何か魔法を……」
昆布が叫んだ。
「便意さん! 今度は水以外でお願いします!」
「はい!」
魔王は前を見る。
岩がどんどん近づいてくる。
ゴプリンと父さんが必死に荷車を止めようとしている。
ズザザザザザ!
しかし――
まだ完全には止まらない。
「もっと力を!」
昆布が叫ぶ。
ゴプリンが踏ん張る。
「……!」
父さんも踏ん張る。
「メンタルガードォォォ!」
荷車は岩へ向かって進む。
あと少し。
あと少しで――
激突する。
果たして、ゴプリンと父さんは荷車を完全に止めることができるのか。
そして、便意は新しい魔法を使えるのか。
魔王軍の運命は――。




