「おかあしゃま、おいていかないで」
「おかあしゃまを、いじめないで!」
養母の前に立つミレア。
その姿を見た二人の男女は、息を飲んだ。
目の前の女性は、
目を潤ませ、両手で自分の口元を覆っている。
「……ミレア、ミレアなの?」
名前を呼ぶ声は、酷く震えていた。
隣の男性は、
横を向いたまま片手で顔を覆っていて、表情が分からない。
そんな姿を見て、
ミレアの胸は、ずきりと痛んだ。
……どうしよう。
ミレアがおこったから、ないちゃった。
「ミレア」
困っていると、
背後から養母に名前を呼ばれた。
──ミレア。
初めて、名前で呼んでくれた。
それだけで、
彼女の心は、ほわっと温かい何かに包まれた。
「おかあしゃ……ま」
振り返ると、
穏やかな笑みを浮かべた養母。
……なに、あれ。
ミレアは
養母の頭の上に浮かんでいるものに、目が釘付けになった。
ガラスのように透き通っていながら、
薄く青い色がついた、縦長の小さな板。
何が起きたのか分からない。
でも、それを見てもミレアの中に恐怖心はなかった。
「……も、じ?」
青い板をよく見ると、
沢山の文字が書かれている。
【選択?】
対象:ノエリア
好感度:0
〈望み〉
ノエリアの人生から
ミレアが消えること
〈報酬〉
好感度が10上がります
文字のいちばん下には、
色のない南京錠の絵が浮かんでいた。
「きえる?」
もじが、よめる。
おしえてもらってないのに。
ミレアの頭の中は、
激しい渦を巻いていた。
今日は三歳の誕生日で、
初めて可愛いお洋服に着替えた。
なのに、知らない人がいて、
養母の頭上には青い板が浮かんでいる。
そして、
そこに書かれていた言葉。
『ノエリアの人生から
ミレアが消えること』
……おかあしゃま。
きえるって、なぁに。
ミレアの胸が、ぎゅっとなった。
しん、とする室内。
養母は笑みを作り、口を開いた。
「さっ、せっかくの親子水入らず──」
その瞬間。
泣いていた女性の表情が、一気に険しくなった。
「ノエリア!」
空気が震えるほどの大声。
歯を食いしばり、養母を睨みつけている。
……おこってる、こわい。
視線こそ養母に向いていたが、
正面にいたミレアが、体を震わせるのには十分だった。
「やめないか。
ミレアが怯えているだろう」
さっきまで顔を覆っていた男性の、
優しい声が室内に響いた。
張り詰めていた空気が緩み、
ミレアの身体から、力が抜けていく。
……あれ?
おかあしゃまとおなじ、あおいのがある。
二人の頭上にも、
養母と同じ青い板が浮かんでいる。
何が書いてあるか気になり、
じっと目を凝らす。
【選択?】
対象:ルシア
好感度:90
〈望み〉
ミレアと一緒に
暮らしたい
〈報酬〉
ロックが解除されます
養母と違って、
南京錠には金と青が混ざった色が、
ほとんど塗られていた。
……わたしと、いっしょ?
ふと、隣にいた男性のも気になり、
ミレアは青い板に目を向ける。
【選択?】
対象: アルヴァン
好感度:90
〈望み〉
ミレアを抱きしめたい
〈報酬〉
ロックが解除されます
女性と同じく、
南京錠には金と青が混ざった色が、
ほとんど塗られていた。
……わたしを、だきしめたい?
改めて、
向かいにいる二人の顔を見た。
ミレアに向ける眼差しは、
悲しげでありながらも、どこか温かい目をしている。
ミレアはどうしたらいいか分からず、
立ち尽くしていると、背後から養母の声が聞こえた。
「ミレア、今日からオーレリアン公爵家で暮らすことになったのよ。
だから、お二人の元に行きなさい」
養母の穏やかな声。
ミレアの血の気が、さっと引いていく。
何故か身体は動かない。
「おかあ、しゃまは……?」
声を震わせながら、絞り出した一言。
がちゃ。
扉が開く音に、
ミレアは後ろを振り返る。
養母が、
扉を開け、立ち去ろうとしていた。
「おかあしゃ──!」
呼び止めようとした時、
養母の頭上にある板が、変化していることに気づいた。
【選択?】
対象:ノエリア
好感度:10
【条件達成:ノエリアの人生から
ミレアが消えること】
【好感度が10上がりました】
ミレアの頭の中は、真っ白になった。
目の前に突きつけられたのは、
彼女がいなくなることへの喜び。
おかあしゃま、どうして……。
ミレアが、いいこじゃないから?
胸の奥が、
ぎゅうっと痛くなる。
──痛かった手。
冷たい池の水。
小さな指先からあふれた、
金色の光。
『ふん。お前でも少しは役に立つことがあるのね』
あの時。
おかあしゃまは、わらってくれた。
やくに、たったら。
いいこにしていたら。
おかあしゃまは、
ミレアをみてくれる。
「おかあしゃま、おかあしゃま!」
扉の向こうへ消えようとする背中へ、
ミレアは震える手を伸ばした。
「ミレア、もっといいこになるから!
がんばるから……だから──」
ばたん。
一度も振り返ることなく、
養母は扉を閉め、姿を消した。
ミレアの目から、
大粒の涙がこぼれ落ちる。
「おかあ……しゃま」
だが、涙を堪えるように、
ぐっと唇を噛みしめ、扉へと走り出した。
「きゃっ!」
ミレアは勢いよく床に躓き、
大きな音を立て、全身を打ち付けた。
「ミレア!」
女性が慌ててミレアに駆け寄り、
ミレアの身体を抱き上げる。
「大丈夫?」
優しく抱きしめられながら、
心配そうに顔をのぞき込む女性。
「おかあしゃま、おいていかないでー!
いいこになるから、ミレアいいこになるから!」
ミレアに、
彼女の言葉は届かなかった。
「……っ、ごめんね。
ごめんねミレア」
女性も目を潤ませ、
ぎゅっとミレアを抱きしめる。
その後ろから、
男性が二人を包むように寄り添う。
「もう二度と、ミレアを傷つけさせない。
必ず守ってみせるからな」




