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「おかあしゃまを、いじめないで!」

ご覧いただきありがとうございます。


本作は、ポートフォリオ用に制作した全3話の作品です。

第3話までの公開となり、以降の更新予定はありません。


少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

雨の夜。


若い公爵夫妻は、

眠る赤子を抱いて屋敷の前に立っていた。


母は、胸に娘を抱きしめている。


父はずぶ濡れになりながらも、

妻と娘を守るように傘を差していた。


父の胸元の留め具には、

銀の翼が金の星を抱く紋章が刻まれ、

雨に濡れて鈍く光っていた。


「ミレア、ごめんね……」


母は娘の小さな手に頬を寄せ、

声を殺して泣いた。


「三年だけ。三年経ったら、必ず迎えに来るから」


父は震える声でそう告げると、

娘の頬へ手を伸ばした。


けれど、触れる寸前で止めた。


いつまでも、

ここに立ってはいられない。


母は最後に娘を抱きしめ、

待っていた女の腕へ、娘を託した。


そして三年後。


成長した赤子──ミレアは、

愛らしい三歳の幼女になっていた。


しかし、その家で

彼女を可愛がる者はいない。


食事は少なく、

眠る場所は冷たい屋根裏。


それでもミレアは、

「いいこにしたら、

おかあしゃまは、わらってくれる」

と信じていた。


いつも養母は、

ミレアの顔を見ると、眉をひそめた。


機嫌が悪い日は、

手の甲で頬を打たれることもあった。


だが、

そんな日常に変化が起こる。


ある晩、痛む手を冷やそうと、

ミレアは庭の池にそっと触れた。


すると、金色の光とともに傷が消え、

荒れていた肌も綺麗になっていたのだ。


それを見た養母は、初めて笑った。


「ふん。お前でも少しは役に立つことがあるのね」


それからミレアは、

月に一度、養母に呼び出されていた。


そんな生活を送りながらも、

今日はミレアの三歳の誕生日。


養母に呼び出されたミレアは、

期待に胸を膨らませ、廊下を走っていた。


息が上がっても、

自然と顔は、にやけてしまう。


廊下の角を、

勢いよく曲がろうとした時。


「きゃっ」


何かにぶつかり、

ミレアは床に転んでしまった。


「痛えな。なに勝手にうろついてんだ!」


聞き覚えのある声。


見上げると、

身なりのよい男が立っていた。


「おと……しゃま」


口をついて出た言葉。

だが、養父の顔色は一瞬で変わった。


「いつも、お父さまって呼ぶなと言ってるだろう!」


怒声と共に、

足音を立てて近づいてきた。


「あ……う……っ」


ミレアは、

目に涙をため、動けずにいた。


「ちょっとあなた、何をしているの!?」


突然の大声に、

ミレアと養父の肩は、びくっと跳ね上がる。


二人が顔を向けた先に、

険しい表情の養母が、廊下の先からこちらに向かってきた。


「今日がなんの日か、忘れたのかしら!」


「そんなに怒ることないだろ。

……何かあったのか?」


養父は困った顔で、一歩後ずさる。


「今日はこいつの、三歳の誕生日よ」


その言葉に、

ミレアは目を輝かせた。


……おかあしゃま。

おぼえてて、くれたんだ。


「だからなんだよ」


声に苛立ちを滲ませる養父。


「三歳になったら、

あいつらが迎えにくるの忘れたわけ?」


それを聞いた養父は、

思い出したように声を漏らし、頭を掻きはじめた。


「もう、そんな時期か」


「傷でも作ってごらん。

金が入らないどころか、違約金を払う羽目になるんだからね」


養母は腕を組み、鼻で笑う。


ミレアは温度が抜け落ちた表情で、

二人の話を聞いていた。


……なにを、いってるの?


難しい言葉で、

意味は分からない。


なのに、

胸の奥がひやりとした。


養母は、

そんなミレアを見て舌打ちすると、腕を乱暴に掴んだ。


「いたっ!」


「ほら、迎えが来る前に、

着替えないといけないから早くしなさい」


痛がる様子など気にも留めず、

引きずるように、どこかへ引っ張っていく。


たどり着いたのは、一つの部屋だった。

扉が開くなり、ミレアは中へ押し込まれる。


どさっ。


痛みをこらえて顔を上げると、

そこには一人のメイドが立っていた。


「じゃあ、あとは頼んだわよ」


養母はドレスの裾を翻し、

そのまま立ち去ろうとした。


「おかあしゃま、いかないで!」


ミレアは手を伸ばし、悲痛な声で泣き叫ぶ。


背を向けた養母は、

足を止めずに、視線だけを向けた。


「うるさいわね。

きれいな服を着せてあげるんだから、泣くんじゃないよ」


ばたん。


目の前で扉が閉まり、

胸の奥にあった小さな期待が、音もなくしぼんでいった。


黙ってミレアを見ていたメイドは、

小馬鹿にしたように、鼻を鳴らしてから吐き捨てた。


「今日はいじめないから、大人しくしな」


怯えるミレアを乱暴に風呂へ入れ、

雑な手つきで、綺麗なドレスに着替えさせていく。


「ほら、できたよ」


髪を結ってもらうこともなく、

ミレアは廊下へ追い出された。


がちゃん。


何が起きたのか分からず、

廊下でぼーっとしていたが、自分が着せられた服を改めて見直す。


初めて着せてもらった、

ピンク色のひらひらしたお洋服。


……おかあしゃま、よろこんでくれるかな。


ミレアは、

自然と養母を探して歩き出していた。


しばらく歩いていると、


『ルシア姉さん。久しぶりね。

元気にしていたかしら?』


廊下の先から養母の声が聞こえた。


「おかあしゃま!」


着慣れない服に、

転びそうになりながら駆け出していた。


『えぇ。

ノエリアは変わりないようね』


その声は、

どこか養母に似ていたが、

とても冷たく、怒りが滲んでいる。


ミレアは不穏な空気を感じとり、

部屋の扉を少しだけ開け、こっそりと中を覗き込んだ。


隙間から見えたのは、

養母と、向かいに座っている見知らぬ女性。


女性の胸元には、

銀の翼が金の星を抱く紋章のブローチがあった。


その隣には、

女性と同年代に見える男性が座っていた。

男の胸元にも、同じ紋章の留め具が見えた。


「三年間預かってくれてありがとう。

約束通り、お金も用意した。

だから早く連れてきてくれ」


男性は鋭い目で養母を見据え、

養母は困惑した表情で口ごもっている。


……おかあしゃまが、いじめられてる!


ミレアは部屋に飛び込むと、

養母を庇うように、男女の前に立ち塞がった。


「おかあしゃまを、いじめないで!」

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