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第28話 「選択」

これは、力を持たない男の話です。

魔法が使えるわけでも、剣が強いわけでも、

貴族の血を引くわけでもない。

ただ——口を開くと、相手が気づかないうちに

不利な方向へ誘われていく。

そういう男が、全てを奪われるところから始まります。

怒鳴らない。

泣かない。

ただ、静かに、相手が自滅する場所へ誘う。

魔法なし・武力なし・策略だけの成り上がりです。

よろしければ、お付き合いください。

 三日、動かなかった。

 正確には、東区の中だけ動いた。

 ガッシュに顔を出した。

 バーノの工房の前を通った。

 ドルグのところへも一度寄った。

 ただ、地下のことは誰にも言わなかった。


 四日目の朝、レイスが部屋に来た。

 扉を叩いて、開けないうちに言った。

「飯、行くぞ」

 それだけだった。

 レシルは上着を羽織って出た。


 食堂でオッテが黒パンとスープを出した。

 二人で食べた。

 レイスが先に食べ終えて、杯に水を注いだ。

「まだ考えているのか」

「ええ」

「三日も」

「三日でも足りないかもしれません」

 レイスが水を飲んだ。

「俺に話してみろ」


 レシルは少し考えた。

 話すことで何か変わるとは思わなかった。

 ただ、三日間一人で考えて、答えが出なかった。

「地下に入れば、消される可能性があります。入らなければ、証拠が取れない」

「消される、というのはどういう意味だ」

「前の院長が地下を知って、外に話した。翌月いなくなりました」

 レイスが黙った。

「グロウはそういう男です」

「知っている」


 レイスが杯を置いた。

「お前は怖いのか」

「怖いです」

「それでも取りに行くつもりか」

 レシルは答えなかった。

 レイスが続けた。

「怖くて、答えも出なくて、三日止まっている。それは取りに行く気がある、ということだろう」


 レシルはスープを飲んだ。

 冷めていた。

「取りに行くとして、どうやって入りますか」

「それを今から考えればいい」

「簡単に言いますね」

「簡単じゃない。ただ、順番が逆だ。行くかどうかを決めてから、方法を考える」


 レシルは少し止まった。

 順番が逆。

 三日間、方法がないから行けないと思っていた。

 レイスの言い方だと、行くと決めてから方法を探す。

 どちらが正しいかはわからなかった。

 ただ、三日間動けなかったのは確かだった。

「……行きます」

 小さな声だった。

 レイスが頷いた。

 それだけだった。


 昼前、ドルグのところへ行った。

「地下に入ります」

 ドルグが動かなかった。

「方法はまだないです。ただ、決めました」

「マリアを使うのか」

「使いません。マリアを巻き込めない」

「では誰が入る」

「それを相談しに来ました」


 ドルグが果実の袋を膝に置いた。

「一つある」

「聞かせてください」

「グロウが視察に来る日、院の人間は全員グロウの対応に回る。地下への人の動きが、一番薄くなる」

「次の視察はいつですか」

「十二日後だ」

 レシルは頷いた。

「もう一つ問題があります」

「地下への入り方か」

「ええ。裏の勝手口からでは、院の中を通らなければいけない」

 ドルグが少し考えた。

「セリムに聞いてみろ。地下に連れていかれた人間だ。構造を覚えているかもしれない」


 路地を出た。

 十二日ある。

 方法を探す時間としては、短くも長くもなかった。

 レシルは歩きながら、頭の中で動かし始めた。

 三日間止まっていたものが、ようやく回り始めた。


 夕方、宿に戻った。

 レイスが外の階段に座って、空を見ていた。

 レシルが来ると、顔だけ向けた。

「決まったか」

「十二日後です」

 レイスが立ち上がった。

「俺は何をすればいい」

「まだわかりません。ただ——」

 レシルは少し止まった。

「当日、近くにいてもらえますか」

 レイスが頷いた。

 それだけだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

主人公のレシルは感情を表に出しません。

怒りも、悲しみも、全部内側に押し込めて、

燃料にして動きます。

書いていて一番気をつけているのは、

「説明しないこと」です。

賢いキャラクターを「賢い」と書くのではなく、

その行動と判断で見せたい。

次の話では、また少しだけ、

レシルの景色が変わります。

続きを読んでいただけたら嬉しいです。

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