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第27話 「地下」

これは、力を持たない男の話です。

魔法が使えるわけでも、剣が強いわけでも、

貴族の血を引くわけでもない。

ただ——口を開くと、相手が気づかないうちに

不利な方向へ誘われていく。

そういう男が、全てを奪われるところから始まります。

怒鳴らない。

泣かない。

ただ、静かに、相手が自滅する場所へ誘う。

魔法なし・武力なし・策略だけの成り上がりです。

よろしければ、お付き合いください。


 孤児院の地下に、書類がある。

 翌朝、目が覚めてすぐにそのことを考えていた。

 取りに行く方法が、まだない。

 ただ、あそこに全部ある可能性が高い。

 バルクが持ち出した一枚。

 トゥールが作った書類の記録。

 グロウが何年もかけて積み上げた、人間の格付け。

 全部が、地下にある。


 朝飯のとき、レイスがいた。

 黙って食べていた。

 レシルも黙って食べた。

 しばらくして、レイスが言った。

「昨日のドルグとの話、どうだった」

「地下の書類の話をしました」

「取りに行くのか」

「方法がまだないです」

 レイスが黙った。

 それから言った。

「俺が行ってもいいが」

「駄目です」

 即答した。

「なぜ」

「グロウの元用心棒が設計した場所に、腕だけで入っても出てこられない」

 レイスは少し考えてから、頷いた。


 ドルグのところへ向かった。

 路地に入ると、ドルグは木箱にいた。

 昨夜より、少し老けて見えた。

 気のせいかもしれなかった。

 ただ、レシルには珍しくそう見えた。

「昨夜のことです」

「ああ」

「ドルグさんが知らなかった、というのは——」

 レシルは少し止まった。

「あの場所に、ドルグさんでも入れない理由があるということですか」

 ドルグが果実の袋を持ったまま、答えなかった。

 しばらく間があった。

「孤児院には、俺の人間を入れられない」

「なぜですか」

「三十年前の話だ。この街に来たばかりの頃、院の子供を一人、使ったことがある。商売の使い走りに。その子供が怪我をした」


 レシルは何も言わなかった。

「院長に知れて、出入りを断られた。今の院長ではない。その前の前の院長だ。ただ、そういうことは引き継がれる」

「だから孤児院の情報が薄かった」

「そういうことだ」

 ドルグが果実を一粒口に入れた。

「お前に言わなかったのは、言い訳にならないな」

「いいえ」

 レシルは言った。

「理由がわかれば、別の入り方を考えられます」


 ドルグが少し目を細めた。

「別の入り方とは」

「マリアです。院の職員の」

「あの女を使うのか」

「使うのではなく——話を聞きに行く機会を、もう一度作りたい。先日、言いかけてやめたことがありました」

「何を言いかけた」

「わかりません。ただ、まだ話せることがある顔をしていました」


 路地を出て、北区に向かった。

 孤児院の裏手に回った。

 勝手口に人影はなかった。

 しばらく待った。

 十分ほどして、マリアが出てきた。

 書類ではなく、空の木箱を持っていた。

 何かを運び出した後らしかった。

 レシルに気づいて、足が止まった。

 警戒の色があった。

 前より強かった。


「また来たんですか」

「少しだけ」

「私、あまり話せることは」

「先日、言いかけてやめたことがあったと思います」

 マリアが木箱を両手で持ち直した。

「……」

「言わなくていいです。ただ、もし話せるなら聞きたい」


 マリアが勝手口の方を一度見た。

 誰もいないことを確認した。

「地下のことですか」

 レシルは答えなかった。

 マリアが続けた。

「前の院長が変わった理由、知っていますか」

「知りません」

「書類を持ち出したから、ではないんです」

 マリアが木箱を地面に置いた。

「書類の中身を、外に話したから」


 レシルは動かなかった。

「前の院長は、地下に何があるかを知っていた。それを、街の古い商人に話した。その商人が今どこにいるか、私は知らない。ただ、院長は翌月にいなくなりました」

「いなくなった」

「病気だと聞きました。でも、前日まで元気でした」


 沈黙があった。

 マリアが木箱を拾い上げた。

「私が言えるのはそこまでです」

「十分です」

 レシルは頷いた。

「ありがとうございます」

 マリアが勝手口に入っていった。

 扉が閉まった。


 その場を離れながら、レシルは考えた。

 地下の書類を知っていた人間が、消えた。

 グロウは孤児院の地下を、完全に封じている。

 知った人間を消す。

 入れない人間を使う。

 そうやって三十年、守ってきた。

 取りに行く方法が、ないのではない。

 取りに行けば、消される。

 それが正確だった。


 宿に戻った。

 レイスが部屋の前の廊下に座っていた。

 壁に背を預けて、目を閉じていた。

 寝ているのかと思ったら、目が開いた。

「どうだった」

「地下を知っていた人間が消えています」

 レイスが立ち上がった。

「つまり」

「取りに行けば、同じことになる可能性が高い」

 レイスが少し黙った。

「それでも取りに行くのか」

 レシルは答えなかった。

 廊下を歩いて、自分の部屋に入った。

読んでいただき、ありがとうございます。

主人公のレシルは感情を表に出しません。

怒りも、悲しみも、全部内側に押し込めて、

燃料にして動きます。

書いていて一番気をつけているのは、

「説明しないこと」です。

賢いキャラクターを「賢い」と書くのではなく、

その行動と判断で見せたい。

次の話では、また少しだけ、

レシルの景色が変わります。

続きを読んでいただけたら嬉しいです。

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