三章⑨
「ハァ、ハァ……! あ、あれから、学園中を探し回ったのに、見つからないなんて……!」
流石は、エンカウント率最高難易度。好感度アップよりも出会うことの方が難しいという、幻の攻略対象ルカエラだ。
(天才魔法士ルカエラは、この学園唯一の特待生。貴族の義務として在籍しているけど授業は免除されてるから、放課後の図書館とか、裏庭の東家とか、特定の場所でごく稀にしか出会えないーーええい、こうなったら奥の手だ!)
本当は、彼と仲良くならないと教えてもらえないのだが、ルカエラルートを攻略済みの私は、高確率で彼と会えるあの部屋ーー『ルカエラの秘密の研究室』の場所を知っている。
彼が学内に姿を見せないのは、自身の研究のためにここに引きこもっているからだ。無断で押しかけるのは気が引けるが、仕方がない。意を決して、私は東校舎の尖塔に向かい、長い螺旋階段を一気に駆け上がった。
「よおし、着いたっ!! 『東校舎の尖塔の天辺の、二体並んだ月の女神の彫像の間』! 確か、ここに研究室の入り口があるはず……!」
ルカエラは人見知りで浮世離れしたキャラクターだが、誰よりも聡明で思慮深い。非礼を詫び、強引な訪問の理由を誠意を持って伝えれば、きっと耳を傾けてくれるはずだ。
たとえそれが、傲慢で派手で偉そうだからと嫌厭しているプリマヴェラであったとしても……たぶん!
「ごめんなさい、ルカエラ! 貴方に会うには、こうするしかないの! お、お邪魔します……っ!!」
向かい合うように二体並んだ月の女神の彫像の間に、えいやと足を踏み入れるーーが、その瞬間、シュルッ! と翠緑に光るなにかが全身に巻きつき、凄い力で引き戻された。
(これは、魔力の蔓!? この魔法は、まさか……!)
『ーーアンタが月の乙女? まあ、誰だろうと、このオレが守ってやるから安心しな』
攻略キャラ選択時のCVと専用BGM、大輪の薔薇を背に強者オーラ全開の笑みを浮かべた真紅の長髪の青年騎士ーーシリウス・ローゼンベルクの美麗スチルが脳内で完全再生される中、私は魔力の蔓に簀巻きにされ、ドサリと尖塔の石の床に転がった。
驚きに見開く視界の中、怒りを湛えた翠緑の瞳が見下ろしてくる。
「ハッ! 随分と珍しい場所にいんじゃん、プリマヴェラ?」
「シ、シリウス! どうしてここに……!?」
「モーヴが、アンタの様子が気になるっつーから跡をつけてたんだよ。したら、まさかこの場所に辿り着くとはな。シーカリウス家の情報網には恐れ入んぜ。ーーで? ルカになんの用だ」
ギリッ! と、シリウスは右腕一本で魔力の蔓を操り、私の身体をきつく締め上げる。以前のような荊棘ではないので痛みは少ないが、容赦のない拘束に息が詰まった。流石は、王宮騎士団長の息子だ。鍛え抜かれた逞しい体躯と洗練された拘束魔法には隙一つなく、魔法が使えない私では手も足も出ない。
(ま、まずい……っ! シリウスは、ルカエラの唯一無二の親友であり、幼馴染! 弟属性でなにかと手のかかるルカエラを、兄貴肌のシリウスはずっと面倒を見てきた! その結果、超絶過保護なヤンキー系オカンキャラにーーよりにもよって、彼に見つかるなんてっ!)
「い、痛い痛いっ!! か、勝手に入ろうとして、ごめんなさいっ! 必要な魔法書が図書室になくて、ルカエラなら持ってるんじゃないかって」
「魔法書? なんのために」
「え、えっと……! わ、私には魔力がないから、錬金術でなにかいいものを作れば、なんとかできるんじゃないかなーーと思って!」
まさか、黒の森の魔物を倒すためのチート級アイテムを作るためですとは言えない。疑われるかと思ったが、意外にもシリウスは「ああ」と頷いた。
「そういや、生き返ってから魔法が使えなくなったんだったな。今日の実技でも、魔力球が無反応だったのを見た。ーーつまり、ルカの魔法書を借りて、強力な魔力回復薬を作りたいって話か」
「そ、そうなの! このままだと学園を退学になって、お父様に処分されてしまうかもしれなくてーー」
よかった。上手く誤魔化せたとホッとする私に、だが、シリウスはハッと冷たい声で笑い捨てた。
「知ったことかよ。アンタがどうなろうが、ルカには関係ねぇ。今のアイツは、魔物との戦いの影響で体調が悪ぃんだ。余計なことに巻き込むな」
「魔物との戦い……それって、闇の魔力の影響のせいでってこと? でも、月の乙女のルーナがいるなら、光の魔力で浄化できるんじゃないの?」
少なくとも、ゲームではそうだった。魔物との戦いで、攻略キャラクター達が闇の魔力による攻撃を受けると、負の感情が増幅されて心が蝕まれ、体調を崩したり、酷い場合は意識を失ってしまうのだ。だからこそ、月の乙女がともに戦い、光の魔力による浄化を行っていた。
(よく見たら、シリウスも顔色が良くない気がする。彼だけじゃない。確か、王子も出会ったときから体調が悪そうだった。あれは、魔物との戦いの影響だったんだ。でも、この世界のルーナは、光の聖獣を呼び出せるほど力が強いはずなのに……)
「うるせぇな。ルーナも精一杯やってっけど、それでも回復が間に合わねぇんだよ。ーーとにかく、ルカエラの魔法書は諦めな。二度とこの場所に近づくんじゃねぇ……!」
「ま、待って、シリウス! お願いだから話をーーわあっ!?」
問答無用と魔力の蔓で簀巻きにしたままの私を肩に担ぎ上げ、シリウスはあろうことか、尖塔の窓からポーイと無慈悲に投げ捨てた。
「キャアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッッ!?」
十階建てのビルはあろうかという高さから真っ逆さまに落とされた私は、そのまま地面に激突してぺっちゃんこにーーとはならず、身体に巻きつけられた魔力の蔓のおかげで地面すれすれで落下が止まり、何事もなくストンと降り立った……わけだが。
「いくらなんでも女の子に対して、この扱いは酷すぎない!? 仮にも学園騎士団長のくせに! 騎士の名が卒塔婆の影で泣いてるぞーーーっ!?」
夕暮れに佇む尖塔めがけて声を限りに叫ぶものの、返答はない。まあ、ガラは悪いが女性には優しいはずのシリウスにこんな真似をされるほど、悪いことをしてしまったのだろう。
「はあ……やっぱり、研究室に強行突破はやりすぎだったか。仕方ない。もう暗くなってきたし、今日のところは諦めよう」
しかし、サルファードとルーナのお茶会のことを思うと、このまま自室に戻る気にはなれない。もし、今週末まで錬金釜の掃除を終わらせていなければ、どんな酷いペナルティを追加されるかわからない。
今頃、二人で森へデートに行く約束を交わしているかもしれない。せめて、いざというときに動けるようにしておかなければ。
トボトボと重い足取りで錬金準備室に戻った私は、ふと、その隣の実験室に明かりが灯っていることに気がついた。
(ま、まさか……っ!? お茶会を終えたサルファードが、戻って来てるんじゃ!? ペナルティを放棄してルカエラを探してたことがバレたら、ますます怒らせちゃう……っ!!)
それどころか、最悪の場合、山羊を使ったお仕置きもあり得る。
「ヤヤヤ、山羊だけは、山羊だけは絶対に嫌あーーっ!? 違うんです、義兄様っ! ちょっと用事があって離れていただけで、ペナルティを放棄したわけではーー、……あれ?」
ガタガタと震えながら実験室の扉を開くが、しかし。そこにはサルファードどころか、誰の姿も見当たらなかった。
「おかしいな……絶対にサルファードだと思ったのに。誰かが明かりをつけっぱなしにしたのかな?」
魔力灯と呼ばれる天井の明かりは、壁のボタン一つでつけ消しができる。首を傾げつつ明かりを消しに行った私は、ズラリと並んだ実験机の一つに、藍色の大きな布が引っかかっているのを見つけ、足を止めた。
「なに、この布。随分と大きいな。まるで魔法士の導衣みたーー」
何気なく。その布を掴んで引っ張ると同時に、布の下からゴロリと青い髪をした少年の首が転がり出た。
「ヒイッ!?」
あまりの衝撃に凍りついた私だが、よく見ると、首はきちんと胴体に繋がっており、布だと思ったのは紛うことなき魔法士の導衣ーー銀の星の刺繍が美しい藍色の導衣だった。
互いの尾を咥えた蛇の輪が記された、薄絹の覆面。
華奢な手足を溶けた蝋のようにダラリと垂らし、実験机に引っかかっているその人物が誰かを悟った私は、声の限りに絶叫した。
「ル、ルカエラーーーーッ!?!?」
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