三章⑧
「待ってください、義兄様……!」
授業が終わるなり、さっさと実技演習場を去ろうとするサルファードを慌てて追いかける。
なんて変わりようだ。偽装溺愛していたときは、問答無用のお姫様抱っこで彼の執務室に強制連行。授業で使用した物の後片付けに、テストの採点、次の授業の準備に資料集めにと、陽が沈むまで下僕としてこき使っていたのに。
(こ、これは、相当怒ってる……! ちょっとでも悪口を呟こうものなら扉の向こうにいても聞き止めるほどの地獄耳のくせに、立ち止まってすらくれないなんて……っ!)
仕方がないので強引に回り込むと、サルファードはようやく足を止め、にっこりと微笑んだ。
「おや、なにか用かな? 今日は仕事が山積みでね。早く執務室に戻りたいのだが」
「む、無理にお引き止めしてしまって、すみません! あ、あの、私……ずっと義兄に、あ、謝りたいことがあって」
何故だろう。彼が笑顔を深めるほどに、身体の震えが止まらない。にこにこと私を見下ろすサルファードは、無表情なとき以上になにを考えているかわからない。内心で、煮えたぎるような怒りを湛えていたとしてもーー
(こ、怖がっちゃダメだ……ッ!! そもそも、仕事中のサルファードを見て怖がってしまったせいで、ここまで怒らせたんだから。きちんと謝る、謝る……っ!!)
何度も唾を飲み込んでは口ごもる私に、サルファードは不思議そうに蒼眼を丸め、くりっと首を傾げた。
「謝りたいこと? お前はなにも悪いことはしていないだろう。確かに、今日の授業でも魔力を増幅させることはできなかったが、それは事故の後遺症だ。気にすることではないよ」
「あ、そ、そのことじゃなくて、この前のーー」
「サルファード先生ーーっ!!」
ーードンッ!
(痛あっ!? ーーえっ!? 今、誰かに突き飛ばされた……!?)
驚いて振り向いた視界に飛び込んできたのは、弾けるような笑顔を浮かべた亜麻色の髪の少女ーールーナだった。
元気いっぱいの様子から、おそらく走ってきた拍子に腕が当たってしまったのだろう。生前のプリマヴェラならこの愚民と激怒しただろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
放課後、サルファードにルーナが声をかけてくるというこのシチュエーションは、本当にまずい……!!
「おや、ルーナ。どうしたんだい、そんなに慌てて」
「モーヴ様から、先日のお許しをいただけたとお伺いしたんですっ! でも、どうしてもきちんとお詫びがしたくて……生徒会室のサロンに、先生のためにお茶の席をご用意したんです。ぜひ、来ていただけませんか?」
「おや、それは嬉しいね。今日は特に予定もないことだし、お招きにあずかろうかな」
にこにこと、これまで答えるサルファードに、嬉しさいっぱいに飛び上がるルーナ。一方の私は、話の内容に震え上がった。
(今日は仕事が山積みだって言ってたくせに……!? ど、どうしよう、今、二人きりにさせたら、闇堕ちイベントのフラグが立つ……! なな、なんとかしないと!)
「あ、あのっ!! そのお茶会、私もご一緒させていただいてもいいですか……っ!?」
「えっ? プリム様もですか?」
「はい! ルーナ様は、私のことを魔物だと疑っておられました。その疑いをきちんと晴らすために、これからは仲良くしたいんです。生前の私がしたことも償いたいですし、図々しい願いかもしれませんが、お、お友達になれたらいいなってーー」
「嬉しいですっ!!」
「ーーーーっ!?」
ーー可愛い。
ギュッ! と両手で私の手を握りしめ、大きな琥珀色の瞳を煌めかせるルーナは、アイドル顔負けの完璧な可愛らしさだ。うるうると上目使いで私を見つめ、咲き誇る花のような笑顔で彼女は言う。
「プリム様とお友達になれるなんて、夢みたいですっ!!
ーーでも、ごめんなさい……。実はルーナ、月の乙女の力のことで、サルファード先生に大切な相談があるんです。魔物の討伐に参加していないプリム様には、関係のない話ですよね。だから、残念ですけど、今回は諦めてくださいませんか?」
「大切な相談……!? い、いえ、そういうわけには! そこをなんとかーーわっ!?」
「ルーナ。すまないが、少し義妹と話をさせてもらってもいいかな?」
強い力で腕を捕み、サルファードはルーナの返答を待たずに演習場を離れ、校舎の廊下を突き進んでいく。
その身から滲み出す怒りがはっきりとわかる。一体どこに連れていかれるのかと震え上がる私を、彼はとある部屋の中に押し込んだ。
ーードン、と背中が薬品棚のようなものに押し付けられる。
(ここは…… 魔法錬金術の実験準備室?)
薬草や薬の匂いにまじって、焦げ臭い匂いが鼻をつく。魔法錬金術の授業に使う素材や薬品などを保管している場所なのだが、この前の授業で作った魔法回復薬の難易度が高すぎたために、焦げついた錬金釜の掃除が追いつかず、山積みになっているのだ。
どうしてこんな場所に、と恐る恐る見上げたサルファードの顔は、眩しいほどの笑顔だった。
「ねぇ、プリマヴェラ。俺に謝りたいことがあると言っていたね? 俺も、お前に大切な話があるんだ」
「な……なんですか?」
にこにこと満面の笑みを讃えながら、サルファードは私の頭の上に拳を付き、ゆっくりと覆い被さってくる。カーテンの閉まった薄暗い部屋の中で、彼の蒼い瞳が、暗い闇の色に染まっていく。
「ーーお前との契約は終了した。これ以上、俺とルーナの邪魔をするなら即刻排除する。これは命令ではなく、警告だ。意味はわかるね……?」
耳朶に囁かれる声は、ゾッとするほど穏やかだ。そこから滲み出すとんでもない殺気に、ゾクリと全身が総毛立つ。震えながら頷くと、サルファードはいっそう麗しく微笑んだ。
「よろしい。それじゃあ、お前にはさっき俺の邪魔をしようとしたペナルティを与えないとね。ーーここにある錬金釜を、週末までに全て綺麗に洗い上げておきなさい」
「え……っ!? 全部って、これを全部をですか!?」
「そうだよ。もし出来なければ、それに対するペナルティを追加で与えよう。ーーじゃあ、頑張ってね」
バタンと扉が閉まる冷たい音を聞きながら、部屋の奥に聳える錬金釜の山を見上げて茫然とした。
ーーわかってはいた。
これまでサルファードが側にいてくれたのは、私が彼と契約を結んだからだ。
俺が守るから安心しろと言ってくれた言葉も。偽装溺愛に死ぬほど恥ずかしがる私を見て、心なしか楽しそうにしていたのも。ケーキを食べに連れて行ってくれたときに感じた、いつもの彼とはほんの少し違うような表情や、もしかしたら偽りではないのかもしれないと感じた、優しい態度もーー全て、暗殺者としての契約に基づく仕事だった。
そこに、彼自身の感情は少しもなかったのだ。
ほんの、僅かすらもーー
「…………はは。わかってたけど、傷つくな。これでも、ちょっとは仲良くなれたのかもって思ってたんだけど……」
ズキズキと痛む心に、しかし、無理矢理気づかないふりをする。元々、サルファードとプリマヴェラの義兄妹仲は最悪なのだ。実は嫌われていたと思い知ったところで今更だし、今はルーナがデートの約束を取り付けないよう、なんとか手を打たないといけない。
「でも、邪魔をすれば即刻排除だって警告されたばかりだしな。それに、この焦げついた錬金釜の量……私の足止めが目的なのが明確すぎるっ!」
それに、たとえ今日、デートの誘いを邪魔できたとしても、別の日に再びルーナが誘いに来たら意味がない。
「ああもうっ! どうすればいいのよーーっ!! サルファードのバカ! 大地雷ーーーーッッ!!」
ーーと、焦げついた錬金釜の中に大声で叫んだとき。
ふと、今までとはまったく違う考えが頭に浮かんだ。
「そ、そうだ、錬金術……! 今の私には魔力がないけど、錬金術ならボス戦に必要な強力なアイテムが作れるはず……! ルーナとのデートが止められないなら、黒の森の魔物をどうにかすればいいんじゃないの……??」
目の前に立ち込めていた闇が、一気に晴れていく気がした。
このゲームには、ボス戦必勝アイテムと呼ばれる、いわゆるチート級アイテムがいくつか存在する。それは全て、ある攻略キャラクターが持つ魔法書を手に入れることにより、錬金術で作成可能になる。
どのアイテムも、作成には錬金術の高い能力値が必要になる上、レアな素材が必要になるがーー
「プリマヴェラの能力値なら大丈夫! それに、準備室にある材料をかき集めれば、きっとなんとかなる! 残るは魔法書ーー『ルカエラの秘密の魔法書』だけだ!!」
なら、やることは決まった。ルカエラを探し出して、魔法書を見せてもらえるように頼み込むのだ。
闇落ちエンドを回避するには、もうそれしかない。
(大丈夫……! 思いついたら即行動なんて、前の世界の私には絶対に出来なかったことが、今の私にはできるんだから! 絶対に、なんとかしてみせる……!)
全力で腕を振り、息を弾ませて。私は、ルカエラと出会える場所を思い出しながら、夕暮れの廊下を一直線に走り抜けていった。
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