三章④
「着いたよ。この店だ」
「あーーっ!? こ、このお店は……!?」
その日の放課後。サルファードにエスコートされて馬車を降りた私は、目の前に聳える店舗に歓声を上げた。
金の丸屋根を持つ、御伽話のお城のような建物ーー王都一の大人気スィーツ店『ハーベストムーン』。ゲームでは定番のデートスポットであり、攻略対象に誘われてここに来ると、各キャラクターをイメージしたスィーツ、通称『推しケーキ』を食べることができるのだ!
(すごい!! 学園に続いて、憧れのハーベストムーンにまで連れてきてもらえるなんて! どうしよう、大地雷のはずのサルファードの株が急上昇していく……っ!!)
「どうしたの? 涙目で震えて。もしかして、この店は気に入らなかった?」
「と、とんでもない! ここのケーキ、すごく食べたかったので嬉しいなあって……!」
「そう、よかった。生徒達に人気があるみたいで、よく話題に上るんだよ。普段は混み合うらしいけど、今日は貸切にしたから、ゆっくり過ごすといい」
「貸切り!? わざわざ貸切ったんですか!? どうして……!?」
「どうしてって、生徒達がいたら騒がしいだろう? さ、いつまでも店の外にいないで、中に入ろう」
大人気スィーツ店を貸切にするなんて、流石は公爵家の嫡男だ。その息をするようなスパダリっぷりに恐れ入りながら、ドキドキと店の扉を潜っていく。
貸切にされた店内には、夜天色の絨毯が一面に敷かれ、満月を模った丸テーブルが美しく並べられていた。天井から下がる星型のランプが可愛らしい。見上げていたら、濃紺の燕尾服を着た店員さん達が上品な笑顔で出迎えてくれた。
昼下がりの中庭を一望できるテラス席にて。金のワゴンいっぱいに並べられた煌びやかなスィーツに、わあっと歓声を上げる。
(すごい! どのスィーツもゲームで見たままだ! 華やかなデコレーションに希少な金の苺が乗った、王子イメージの『ロイヤルストロベリーショートケーキ』! 薄くスライスしたリンゴのコンポートで薔薇の花を象った、シリウスイメージの『ナイトアップルローズタルト』! あーーっ!? こ、この星空みたいな青いゼリーと、ミントクリームに銀のアラザンを散らした神秘的なパフェは、天才魔法士ルカエライメージの『マジカルパフェ』だ! ルカエラにも早く会いたいなあ〜〜!)
「う〜ん! ここはロイヤルストロベリーショートケーキ一択……!! でも、他のケーキも捨てがたい……!」
「そんなに悩まなくても、好きなだけ頼めばいいよ。俺が誘ったんだから、御馳創してあげる。たくさん食べて元気になってね」
「えっ!?」
ケーキを凝視して唸っていたら、クスリと笑われる気配がした。ハッと見上げたサルファードは表情こそ乏しいものの、その眼差しはどこか柔らかい。これまでの彼なら、「遅い。さっさと決めなよ。食べた分は身体で払ってもらうからね」と冷たく言い捨てそうなものなのに。
(もしかして……これも、約束したから? 本当に、私が怖がらないように、優しくしてくれてるの……?)
『もう俺のことを怖がらないでね』ーー以前、私にそう訴えてきたサルファードは、無表情ながらも真剣な目をしていた。彼は、闇の魔力を持って生まれた禁忌の存在であるために、他人に恐れられることをなにより嫌っているーーしかし、ルーナならともかく、私はプリマヴェラだ。ゲームではどれだけ嫌厭されても気にも止めていなかったくせに、どうしてここまで気にかけるのだろう?
(理由はわからないけど……でも、授業の手伝いを失敗した上、怪我をして迷惑をかけたのに、護衛の仕事を増やしてまでここに連れてきてくれた。それは、疲れている私を労うため……ってことでいいんだよね?)
すました美貌を伺い見ても、私には彼が考えていることなんてわからない。
わからない、けれどーー
「……あ、あの、義兄様。私、このケーキにしてもいいですか?」
「『フォレノワール』? このケーキは見た目は生クリームたっぷりだけど、中は苦味の強いチョコレートケーキだよ」
「はい。でも、今日はどうしてもこのケーキが食べたいんです……!」
蒼い双眸を不思議そうに丸くするサルファードに、にっこりと微笑みかける。
『天使と悪魔のフォレノワール』。真っ白な生クリームで包まれたショートケーキに、艶やかなダークチェリーを飾りつけたこの一品は、言うまでもなくサルファードをイメージしたケーキだ。王子のケーキも勿論食べてみたかったけれど、今日、私をここに誘い出してくれたのは王子ではなくサルファードだ。
彼の考えはわからないことばかりだけど、私をこの店に連れてきてくれたのは確かだから。
ーーだから、このケーキでなければいけない気がした。
「うわあっ! 生クリームがたっぷり! 大きなダークチェリーが乗ってて美味しそう!」
注文してすぐに運ばれてきたケーキに、ワクワクとフォークを伸ばしかけた私は、しかし、サルファードの前に紅茶しか置かれなかったことに首を傾げた。
「あれ? 義兄様の分のケーキは……?」
「俺はいらない。ケーキは嫌いだからね」
「ええっ!? き、嫌いっっ!? 嫌いって、ケ、ケーキが嫌いなんですかっ!?」
信じられない言葉にガタンと身を乗り出す。あの三度の飯よりケーキが好きだとファンブックにデカデカと記載されているサルファードが、ケーキが嫌いだなんてあり得ない。ラスボスなのにギャップが尊いとファン一同が狂喜乱舞し、それをネタにしたキャラグッズが市場に溢れ、オンリーイベントまで開催されたのに。
(そ、それに、『黒の森』の闇堕ちイベントでは、ルーナがサルファードの誕生日が近いからって手作りのケーキを持って行って、『あーん♡』し合うシーンだってあるのに……! そんな彼がケーキ嫌いだなんて、この世界のサルファードはどうなってるの!?)
驚きのあまり詰め寄る私に、サルファードは蒼眼を僅かに張り詰めた。
「……そうだけど。そこまで驚くようなことかい? 甘いものが苦手な男性は、珍しくないだろう」
「そ、それはそうですけど……わざわざ街までケーキを食べに誘ってくださったので、てっきりお好きなんだと思ってました」
「そう。別に、お前とゆっくり話せる場所なら、どこでもよかったんだけどね。ーーはい。あーん」
「へ……?」
はたと気づけば、手に持っていたはずのフォークがない。いつの間にと目を丸くする私に、サルファードはケーキの先にたっぷりとすくい取ったフォレノワールを突き出してくる。
「なにポーッとしてるの? このケーキが食べたかったんだろう? はい、あーん」
「た、食べたかったですけどっ!? ここでは偽装溺愛なんて必要ないですよね!? なんでわざわざーー」
「あーん」
「ーーーーッ!?」
スゥッと細まった蒼い目が、『命令だ』と言っている。
観念して「あ、あーん……」と口を開けると、意外にも焦らすことなく食べさせてくれた。本当に、見た目は真っ白で中身が真っ黒なところがいかにもサルファードらしいケーキだ。もぐもぐと噛み締めるたびに、蕩けそうなほどに甘い生クリームが苦味の強いビターチョコレートケーキに絡んで、トロトロと溶け合っていく。
「ーーんっ! お、美味しいです! 甘くて、ほろ苦くて……あっ、このダークチェリー、お酒に漬けてあるのかな? なんだか大人っぽい味ですね」
「フォレノワールにはキルシュ漬けのダークチェリーが使われるのが一般的だからね。それにしても意外だな。お前は、もっと甘ったるくて豪華なケーキを選ぶと思っていたよ」
「そ、そりゃあ、王道の苺のショートケーキも食べたいですけど、二つも食べられませんから」
「この食べっぷりならいけるんじゃないの? はい、あーん」
「まだ続けるんですか!?」
ーーその後。だんだんと日暮の色に染まっていく庭の景色を眺めながら、サルファードに勧められるままに甘いケーキを楽しんだ。合間に温かな紅茶を挟みながら、時折、学園でのことや、授業のことなど、他愛のないことを尋ねられる。会話が盛り上がることはないけれど、普段、学園で下僕としてこき使われているときのような息苦しさはなかった。
意地悪なことも、毒舌も、皮肉めいたことも言われない。
ただ、私の話に耳を傾け、静かに相槌を返してくれる。
まるで、私がこうして過ごしている時間を、丸ごと包んで守ってくれているようなーー今日のサルファードからは、そんな大きな安心感を感じた。
「そうだ」と、紅茶のカップを持ち上げながら、ふと思い出したように彼が言う。
「実は今日、モーヴハルトに外出届を提出しに行ったとき、そろそろルーナを許してやって欲しいと頼まれたんだ。俺がこうして学園に勤めているのは、月の乙女の動向を監視し、手懐けるためでもある。そのため了承はしたが、またなにをきっかけに疑いを持たれるかわからない。俺も彼女とのトラブルは避けたいからね。ルーナとの接触は控えるようにしなさい」
「えっ!?」
その言葉にギクリとする。まずい。それはダメだ。闇堕ちイベントのフラグをへし折るためにルーナと話をしないといけないのに、接触を禁じられたらなにも出来なくなってしまう。
オロオロしていたら、俄かに冷たさを帯びた蒼眼が私を刺した。
「プリマヴェラ。命令されたら、三秒以内になんと言うのだったかな?」
「は、はい、義兄様……で、でも、義兄様っ!! あの、私、出来ればルーナと仲良くしたいと思っていて、彼女さえよければ友達になりたいんですけど……ダ、ダメですか?」
「友達? お前が、ルーナと?」
「はい! そうすれば、私が魔物だという疑いも解けると思うんです。前みたいに嫌がらせをして、嫌われ者になるのも嫌ですし、早いうちに関係を改善したいなと……!」
「意外だね。ふむ……確かに、お前とルーナが友人関係になれば、彼女と仲を深めやすくもなるか」
人差し指を唇に当て、サルファードは真剣な表情で思案し始める。ケーキ嫌い発言には驚いたが、やっぱり、この世界のサルファードも、ルーナとの仲を深めたいと思っているらしい。
それは、任務のためなのか。
それともーー
(あれ……?)
突然、ギュウッと見えない手で心臓を鷲掴みにされるような感覚に息が詰まった。前の世界で経験した発作とは全く違う。とても苦しくて、何故か胸が痛む。
なんだろう、これは。
混乱しながらも両手で胸を抑え、バクバクと高まっていく動悸を沈めていたら、それまで伏せられていたサルファードの銀糸の睫毛がパサリと開いた。
「ーーやっぱり、ダメ。お前が余計なことをする必要はない」
「そんな! で、でも、義兄様……!」
「プリマヴェラ。俺の言葉には絶対服従だと契約したはずだよ」
それまでの穏やかな態度を一蹴するような冷たい口調に、ビクリと飛び上がる。真っ青になる私に、サルファードは小さく嘆息すると、無言で手を伸ばしてきた。
震える私を悼むように、そっと。本当にそっと、頬に触れてくる。
「……別に、意地悪で言っているわけじゃない。向こうはまだお前に敵意を持っているかもしれないし、彼女の影響力は絶大だ。また、あんな目に遭うのは嫌だろう? ーーまあ、俺はお前に泣きながら縋りつかれるのも悪くないと思っているけどね」
「悪趣味な暴露をしないでください……! わかりました。それじゃあ、彼女が敵意を持っていないとわかったら、許可してください。このままずっと、わだかまりが残ったままなのは嫌なんです」
「ふぅん……正直、お前に友達なんて必要ないと思うんだけど。まあ、いいだろう。そのときは善処してあげるよ」
「本当ですか……!? あ、ありがとうございますっ!!」
「どういたしまして」と無表情に言いながら、サルファードはツイ、と私の唇の端についていたらしい生クリームをすくい取り、ごく自然な動作で自らの口へと運んだ。
ーーパクッ!
「ーーーーっっ!?」
「……甘い。やっぱり、ケーキなんて好きになれないな」
口直しとばかりに、紅茶を飲み干すサルファード。対する私は、たった今されたことのあまりの恥ずかしさに硬直していた。
ーーダメだ。これまでの偽装溺愛生活で、様々な激甘シチュエーションに耐えてきた私だが、『ほっぺの生クリームをすくってパクッ!』はレベルが高すぎる。
ろくな反応もできず、ただただ赤面して硬直してしまった私の顔を、サルファードは「どうしたの?」と揶揄う様子もなく覗き込んでくる。
だが、ふいに、ピタリとその動きを止めた。
「……しまった。俺としたことが、今日は所用があるのを忘れていた。この近くの店に、注文の品を受け取りに行く予定でね。すぐに戻るから、少し待っていてくれないかな?」
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