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三章⑤




「注文の……? はい。構いませんけど、それなら私も一緒に行った方がいいんじゃないですか?」


「いや。お前はゆっくりとケーキを楽しめばいい。怖がらせたくはないと思って黙っていたけれど、ここは学園の外だから規制もないし、暗部の部下達に見張らせているんだ。もしものときは、彼等が対処する」


 言いながら、サルファードは席を立つと、長身を屈めて、私の耳に囁いた。


「……それに、できることなら、お前をびっくりさせたいんだよ」


「びっくり……? ーーあっ!」


(まさか、サプライズで贈り物をしたいって意味!? そ、そうとも知らずに、私ったら野暮なことを……!)


「そ、そういうことなら、ここでお待ちしてます! お、お気をつけて行ってらっしゃいませっ!」


「うん、ありがとう」


 いつになく穏やかな声音で言い、サルファードは爪の先まで美しい指で、私の髪を絡め取った。その銀紫の一房に、そっと唇が押し当てられる。


「…………っ!?」


「じゃあね、プリマヴェラ。すぐに戻るから、いい子で待っていなさい」


 カチン、と真っ赤になって固まる私をテーブルに残し、サルファードは白い導衣を翻して去っていった。


(な……なに、今のっ!? 今って偽装溺愛中じゃないよね!? 放課後にケーキをご馳走してくれた上、サプライズにプレゼントまで考えてくれて、か、髪にキスって……! なな、なんでこんなに優しいの……!?)


 サルファードが私を怖がらせないよう配慮してくれていることはわかる。だが、生徒達の目もない中で、プライベートの彼がここまで優しく接してくれるとは思ってもいなかった。


 しかも、これまでは無表情すぎて似ても似つかないと思っていたが、サルファードはモーヴハルト王子の実兄だ。今の彼の柔らかな表情を見ていると、デートイベント時の王子のスチルが重なって見え、正直言ってドキドキしてしまう!


(嘘だーーっ! 大地雷のサルファードときめくなんて! 違うんです、王子! 今まで酷いことしかされて来なかったから余計にーーハッ!? もしかして、これがサルファード沼と恐れられるギャップ萌え……!?)


「と、とにかく、言われた通りに落ち着いて待とう! せっかく御馳創してくれたケーキを残したりしたら、勿体ないし……!」


 恥ずかしいような、甘ったるいような。そんな気持ちを落ち着けたくて、お皿に残ったフォレノワールを一心不乱に口に詰め込んでいく。表面の甘い生クリームを食べ切ってしまうと、かなりビターなチョコレートケーキだけが残ってしまった。


 舌のつけ根がギュッと痺れるような強い苦味に、それまでフワフワと浮ついていた頭が冷静になっていく。


(……あれ? や、やっぱり、よく考えたらおかしくない? サルファードと結んだ契約は、私と彼との間で結んだ個人的なものだった。なのに、彼が自分の仕事を暗部の部下達にーー他人任せにするなんて)


 ガタンッ! と飛び上がるように席を立った。


 おかしい。


 どう考えても、それはおかしい!


 あの暗殺者としてのプライドの塊のようなサルファードに限って、仕事の丸投げなんてあり得ない。どうしてすぐに気がつかなかったのだろう。思えば、この店に誘われたときから様子がおかしかった。


 気づかなかったのは、きっと、気づきたくなかったからだ。今まで冷たかったサルファードが、偽装目的ではなく、本当に私に優しく接してくれるようになったーーそんな幻想を、心のどこかで信じていたいと思ってしまったから。


(私の馬鹿……! そんなわけないじゃない。今までだって、サルファードの行動には、冷酷なくらい合理的な理由があった。こんな方法で私を騙して、なにをするつもりかはわからないけど、絶対によくないことのような気がする……!!)


 考えれば考えるほど、悪い予感が止まらなくなる。とにかく、一刻も早く後を追って確かめなければ。


 しかし、私がテラス席を離れようとした瞬間、それまで静かに待機していた燕尾服の店員達に行手を塞がれた。にこにこと、仮面のような笑顔を浮かべて尋ねてくる。


「プリマヴェラ様。いかがなさいましたか? ご用が御座いましたら、私共になんなりとお申し付けくださいませ」


「ーーーーっ!?」


(い、今のこの人達の動き、足音どころか衣擦れの音一つしなかった……!? まさか、この人達が暗部のーーわ、わざわざお店を貸切にしたのも、このため!?)


 本当に、なにもかもがサルファードの手のひらの上なのだ。まるで、立ち込めていた霧が晴れた瞬間、自分が断崖絶壁に立っていることに気づいたときのような恐怖に、全身から血の気が引いた。


(どどどうしよう! どうしよう!! いくら私がプリマヴェラだからって、国家最強の暗殺部隊相手に逃げ切れるわけーーあっ!? そ、そうだ!!)

 

「あ、ああああのっ! お、お恥ずかしい話で恐縮なのですが、お紅茶を飲み過ぎてしまったみたいで、おおお花を摘みに行きたいなって……!」


「左様でございますか。配慮が足らず申し訳ございませんでした。ーーでは、こちらへ」


 切羽詰まった私の様子が、逆に真実味を増したのかもしれない。燕尾服の店員達は私の言葉を疑うことなく深々と一礼し、スマートにレストルームへと案内してくれた。


 大輪の薔薇の生花が飾られた、高級ホテルの一室かと思うほど豪華なレストルーム。私はそれらを突っ切って、一目散に便座へーーではなく、便座を乗り換え、静かに開け放った窓からヒラリと外へ飛び降りた。


(うまくいった……! 前の世界で浴びるほど摂取した数多の創作物が教えてくれたんだ! 乙女が敵の目を欺いて逃げるときは、トイレの窓から逃げるべしと!!)


 時刻は既に夕暮れに近い。徐々に赤みを帯びていく空気の中、店内の暗部達に見つからないよう、こっそりと店の裏から小道へと駆け抜けていく。後を追ってくる気配はない。彼等もまさか公爵令嬢たるプリマヴェラがトイレの窓から逃亡を試みるとは思ってもいないだろう。


 サルファードの姿を探して、店の近辺を手当たり次第に走りながら、五体満足なプリマヴェラの身体に感謝した。幼少の頃から厳しい王妃教育で鍛え上げた身体は、しなやかで俊敏で、いくら走っても息が切れることなく、思うままに動いてくれる。


(でも、喜んでばかりもいられない……! 今の私には身を守ってくれる相手がいない。私を再暗殺してくる暗殺者に狙われる前に、サルファードを見つけなくちゃ! どこに行ったんだろう。この辺りの風景は、ゲームの背景でも見たことがあるけどーーあっ!?)


 二股に分かれた丁字路に出たとき、左の路地から白い毛並みの兎に似た生き物が飛び出してきた。額には小さな角がある。


(あれは……ルーナが連れていた、光の聖獣ルミエール? どうしてこんなところに。まさか、サルファードはルーナに会いに来たんじゃ……!?)


 ドキリと心臓が飛び跳ねる。しかし、逢引きをするにしてもこんな人通りもろくにいない路地の奥なんておかしな話だ。首を捻っているうちに、ルミエールは再び左の路地の奥へと走って行ってしまい、あわてて後を追いかけた。


 ーーやがて、路地の突き当たりにサルファードの背中を見つけた私は、同時に、彼を取り巻くあまりにも凄惨な光景に、悲鳴を上げて凍りついた。


「ヒ……ッ!?」




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