三章③
「ーーあれは……っ!?」
放課後。学園の生徒会室にて、生徒会長としての執務に追われていたモーヴハルトは、ルーナの上げた小さな声に書類をめくる手を止めた。
ついさっきまでルミエールをブラッシングしていたはずのルーナが、窓の外を見て凍りついている。彼女の驚きように、モーヴハルトの補佐役を勤めるシリウスも椅子から立ち上がり、険しい顔で外を覗き込んだ。
「どうした、ルーナ。変なもんでも見たか?」
「シリウス……! サルファード先生とプリム様が、学園の外に行くみたいなの!」
「あの二人が……?」
「ああ。それでしたら、先生から外出申請書の提出があったので、許可を出しましたよ。二人で街にケーキを食べに行くそうです」
「ケーキだあ? なんでまた」
ペラリ、とモーヴハルトが差し出した外出申請書を受け取り、シリウスは髪と同じ真紅の柳眉を怪訝に顰める。彼の口調は臣下らしからぬ砕けたものだが、モーヴハルトが咎とがめることはない。彼は王太子補佐官である前に幼馴染地味であり、心を許せる数少ない親友だからだ。
「ケーキは先生の好物なのですよ。それに、プリマヴェラ嬢のストレスが溜まっているようなので、息抜きにとのことです。今日も、魔法錬金術の授業で怪我をしていましたし、彼女にも休息が必要だと判断しました」
「ふぅん? アンタがあの公爵令嬢に甘いだなンて、珍しいね。ーーいや、甘いのはむしろ、『先生』に対してか?」
「別に普通ですよ。余計な詮索はやめてください。それより、来月に開催される月光祭についてですがーー」
「ダメッ!! そんなの、絶対にダメッッ!!」
「ーーーーッ!?」
突然だった。窓の外を食い入るように見つめていたルーナが、普段の可愛らしい彼女からは想像もつかないほどヒステリックな声を上げたのだ。
モーヴハルトとシリウスは、思わず会話を忘れて飛び上がった。
「ル、ルーナ……? 何故、ダメなのですか? あの二人の関係が良好になるのは……まあ、最近は少し度を過ぎているとは思いますが、悪いことではないでしょう?」
「ダメなものはダメなんです!! お願いします、モーヴ様! あの二人の後を追わせてください!! 先生にもしものことがあったら、私……っ!」
ルーナが血相を変えて、モーヴハルトの手をギュッと握りしめる。光の魔力は強い愛情により増幅する。ルーナの感情の昂りからか、その手のひらから眩い光が溢れ出した。モーヴハルトの心が、温かな安らぎで満ちていくーーしかし、別の者の手がそれを遮った。
「ーーーーっ!? シリウス、邪魔しないで!」
「落ち着きな、ルーナ。月の乙女であるアンタの言葉を疑うわけじゃねぇ。だが、プリマヴェラは魔物じゃない。確かに、生き返ったショックで記憶が混乱してて、性格は以前のアイツとは似ても似つかねぇが、王宮専属の魔法医師達がそう診断を下し、王がそれをお認めになったなら、それが真実なンだよ。ーーなあ、モーヴ?」
「…………っ! え、ええ。シリウスの言う通りです。ルーナ、貴女はまだプリマヴェラ嬢を疑っているのですか? 私の話には納得いただけたようなので、そろそろ許していただけるよう、先生に進言したばかりなのですが」
「そ……っ、そうなんですか!? ーー違いますよっ! ルーナが心配してるのは、プリム様がサルファード先生に、たくさんケーキを食べさせないかってことなんですっ! スマートでカッコいい先生が、大好きなケーキを食べ過ぎてまんまるになってしまったら大変じゃないですか! プリム様は強引な方ですから、ルーナが行って見張らなきゃってーー」
「は……?」
「ケーキを食べ過ぎて、まんまるに……?」
「ーープッ、アハハハハハッ!!」
モーヴハルトとシリウスの弾けるような笑い声が、厳格な雰囲気の生徒会室に朗らかに響き渡った。真剣な顔をして何事かと思えば、そんな可愛らしいことを考えていたとは実にルーナらしいと、二人は笑い合う。
「いくらなんでも、あの先生に限ってそれはねぇよ。ルーナ」
「ふふっ! しかし、欲を言えばそうした一面もあって欲しーーゴホンッ! ……さて、たくさん笑ったところで、僕達もお茶にしませんか。ケーキの話をしていたら、食べたくなってしまいました。せっかくです。王宮からパティシエを呼び寄せて、ルーナのために特製のスリーティアーズ・スィーツを作らせましょう」
「や、やったあ……! ーーあっ、そうだ! この前、ルカエラに美味しいお茶の葉をいただいたんです。お部屋に取りに行って来ますから、ちょっと待っててくださいねっ!」
薔薇色の頬を、恥ずかしさからか真っ赤に染め上げたルーナは、いつもよりも一段と可愛らしい。彼女は窓辺で猫のように毛繕いをしていたルミエールを抱き上げると、大急ぎで生徒会室を飛び出していった。
ーーバタンッ!
「…………チッ! 人の気も知らないで……ッ!!」
寮の自室に飛び込むなり、ギリッ、と桜色の爪を噛み締める。壁の姿見に映るルーナは、生徒会室にいたときの愛らしさが信じられないほど凶悪な顔つきをしていた。
声のトーンはドスが効いて低く、胸に溜めている怒りが今にも爆発しそうだ。そんなルーナの腕から、ルミエールはひょいと飛び降りた。
『ーーーーっアハハハハッ!! まあまあ、上手く誤魔化せてよかったじゃないか、ルーナ!』
「うるさいっ!! この役立たずっ! なんで今日に限って操れないのよ!! アンタの力が弱いせいじゃないの!?」
『違うよ。言っただろう? あまり続けると心に耐性がついてしまうとね。あの王子は強大な魔力を持つ王家の直系だ。君の魔力が害あるものと認識されると、打ち消されてしまうのサ。だから、他の『人形』のように、完全に傀儡にはできない』
「テンプレモブ王子のくせに生意気よッ!! ルーナが好きなら大人しく犬になればいいのに!! ーーもう、どうすればいいのよ! 死んだはずのプリマヴェラが生き返ったせいで、ルーナのためのシナリオが滅茶苦茶じゃない! このままあのバグ女にイベントの発生を邪魔されたら、サルファード様が闇堕ちしなくなっちゃう……っ!!」
それだけは、絶対に許すわけにはいかない。
この世界に召喚されて、モーヴハルト王子と出会ったとき。前の世界でプレイしていた『ルミナス・テイルズ』の世界にいるのだと気がついた。しかし、最推しであるサルファードとのベストエンドを目指してシナリオを進めようとすると、何故か、ゲームでは起こらないはずのことが起き、シナリオの進行を邪魔されてしまうのだ。
だが、困り果てたルーナの前に、ルミエールが現れた。ルーナの力になりたいと言ってくれたルミエールの力のおかげで、それらを乗り越え、サルファードルートの終盤まで辿り着くことができたのだ。
ーーそれなのに。
『多少の妨害は仕方がないよ。まさか、月の女神も、救世主として召喚した君が、世界の破滅を願うだなんて思ってもみなかったのサ。彼女は君を召喚したことで力を失っている。だけど、最後の力を振り絞って、世界を救う奇跡を起こそうとしているんだ。プリマヴェラが生き返ったのも、その悪あがきの一つに過ぎないよ。恐れることはない』
「恐れてなんかいないわ! でも、シナリオ通りに進めないと、望むエンディングには辿り着けない! だから、あのバグ女も、確実に死ぬように『人形』を差し向けて、馬車が渓谷に落下するように魔法で攻撃させたのに……!! ーーそれなのに……っ!! なんで生き返ってんのよ、あのゴキブリ女があーーーーッ!!」
『まあ、落ち着いて。せっかく二人が学園を出てくれたことだし、ボクにいい考えがあるんだ』
「いい考え……?」
クスクス、とルミエールはルビー色の目を細め、テーブルの上に飛び乗った。
『今のプリマヴェラは、死ぬ前のことを忘れてしまっているんだろう? だったら、教えてあげようよ。君の愛するサルファードが、どんなに素敵な人なのかを……ね?』
「……それって」
ーー突如、ルーナは天を仰いで笑い出した。
小さな子どもを思い切りくすぐったときのような、それはそれは楽しそうな、楽しそうな笑い声だった。
「素敵!! それってすっごく最高だわ!! ーー楽しみにしてなさいよ、バグ女! 私のサルファード様の本当の姿を見せてあげる……!!」
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