三章②
(そんなこんなで始まった、サルファードとの偽装溺愛生活……! 座学はお姫様抱っこ、実技授業は手取り足取り。この魔法錬金術に至っては、完全に新婚さんのお料理風景……っ! 必要性はわかるけど、もう嫌だっ!! こんなこっ恥ずかしい生活、耐えられないぃーーっ!!)
ザクッ! ズダダダダダダッ!
才色兼備なプリマヴェラの見事な調理技術をフル活用し、全部で五本もある薬草の葉を落としては、球根部分を微塵切りにしていく。ツンと涙が滲むのは、タマネギに似た薬草のせいではない。
サルファードと仲睦まじく授業をするたびに、死んだ魚のようになっていく王子の視線と、うるうると泣きそうになるルーナの視線が辛過ぎるのだ!
ーーだが、その反面。サルファードを慕う生徒達の一部は、この偽装溺愛生活を始めたことで『シーカリウス義兄妹を見守る会』なる同好会を結成したらしく、彼等がルーナの親衛隊を牽制してくれるおかげで、全クラスメイトから阻害されることはなくなった。
サルファードは、初めからこれを見越していたらしい。彼は、学園の人気教師である自分の影響力を利用することで、私への風当たりを弱めるつもりだったのだ。
(これがラスボスヴィランの策略……! なにもかも計画通りで恐ろしい。契約上だけど、彼が味方で本当によかった……!)
でも、安心してばかりはいられない。私が登校した初日、サルファードの逆鱗に触れてしまったルーナが、いつ彼に声をかけてくるからわからないからだ。
あの騒動の後、彼女は話を聞いた国王陛下からも厳しくお叱りを受けてしまったらしく、しばらくの間、私や義兄様との接触を禁じられてしまったのだ。
そのせいで、私も彼女に協力を求めることができなくなっていたのだが、同時に、『月の乙女としての力に自信をなくしたルーナがサルファードに相談に行き、気晴らしに白の森へ休日デートに誘われる』という、闇堕ちイベントの発生フラグを防ぐことができていた。
でも、それもずっとというわけではない。あれから二週間。そろそろほとぼりが冷める頃だ。王子からお許しを得たルーナがサルファードに声をかけようものなら、すぐにでもフラグが立ってしまう危険がある。
それだけは、絶対に阻止しないと!
(ルーナの接近禁止命令が解けたら、彼女がサルファードに話しかける前に声をかけて、二人きりで話をしなくちゃ! 大丈夫。第一印象は最悪だったけど、一気に距離を縮める秘策がある!)
それは、悪役令嬢プリマヴェラである私の中身が、現代日本の女子高生だと打ち明けることだ。
そうすれば、私が魔物だと思い込んでいる誤解も解け、事情を話すと同時に協力を求めることができる。
疑われることは絶対にない。
なぜなら、ルーナも同じだからだ。
ーーそう。月の女神により遣わされた月の乙女の正体は、異世界召喚された日本の女子高生なのである!!
(ゲームの設定通りなら、彼女はここが乙女ゲームの世界だとは知らない。だから、サルファードルートに進んじゃったんだ! ルーナに全てを打ち明けて、闇堕ちイベントのフラグをへし折ってもらおう! そうすれば、攻略失敗で誰も死なないノーマル卒業エンドが迎えられる……!!)
だが、ルーナと二人きりで話をするためには、サルファードの目を盗んで彼の元を離れ、ルーナの親衛隊を掻い潜り、彼女に接触しなければならない。
「うーん……でも、そんなのどうすればいんだろう」
ザクッ! ズダダダダダダッ! ザバッ!
ザクッ! ズダダダダダダッ! ザバッ!
ザクッ! ズダダダダダダッ! スパッ!
(スパッ……?)
悩みながら薬草を刻み、錬金釜に加える作業を繰り返していたら、不意に手応えが変わった。手元を見ると、薬草を押さえていた手の人差し指の先が真っ赤になっている。
「ひゃああっ!? ち、血が……!」
「おや、手を切ってしまったのかい?」
尋ねるなり、サルファードは怪我をした私の手を取り、その形の良い唇を迷わず傷口に寄せた。
ペロリ、と。
赤い舌が、膨らむ血玉を舐め取っていく。
「ーーーーッ!? あ、ああああの、ににに義兄しゃまっ!?」
「消毒。よかった。少し皮を切っただけだね」
「キャアアアアアアアアーーーーッ!! と、尊いですわあーーーーッッ!!」と、教室中に響き渡る大歓声。
血濡れた唇に、麗しい微笑みを浮かべるサルファードーーそんな、予測もしていなかった神スチルを至近距離から眼球に叩き込まれ、私の思考回路はあっけなく停止した。
(び、びびびびっっくりした……っ!! まさか、あのサルファードが指先にキーーい、いや、傷口を舐めるなんて! ただの応急処置なのに、心臓が止まるかと思った! 偽装溺愛なのに、そこまでする……っ!?)
指先に触れた舌の熱さに、顔どころか身体中から火が吹き出してしまいそうだ。こんな恥ずかしいことを、どうしてこうも涼しい顔でできるのか。信じられない思いで見つめていたら、突如、黒い煙と鼻をつくような異臭が錬金釜から立ち上った。
「あーーーーっ!?」
「おやおや、真っ黒コゲだ。どうやら葉が混ざってしまったようだね。この調合はもうダメだ。ご覧、こんなに大きな魔法廃棄物ができてしまった」
ほら、とサルファードは錬金釜の中から、悪臭を放つ黒色の球体ーーゲームで調合を間違えるとできる『魔法廃棄物』をお玉ですくい出し、困ったように苦笑する。
終わった……。この笑顔は業務用だ。きっと、内心ではこの役立たずの下僕めと激怒しているに決まっている。
ーーお仕置きだ。
これはもう百パーセント間違いなくお仕置きされる。以前にされた一時間にも渡る地獄のようなくすぐりと、次は山羊を使うぞと脅された言葉が脳裏に蘇り、ジワリと涙が込み上げた。
(ヤ、ヤヤヤ山羊は嫌……!! 山羊だけは嫌あーーーーッ!!)
「も、ももも申し訳ありませんっ!! いい今すぐ片付けますっ!!」
「いや。魔法廃棄物の処理は手間がかかる。後で僕が行っておくよ。それよりも、怪我の手当をしなければね?」
「え……? ひゃあっ!?」
言うが早いか、サルファードはヒョイッと私の身体を抱き上げて、実験室に隣接している彼の教員執務室へと運び込んだ。壁には書架。中央に応接用の椅子とソファ。窓に面した奥に、立派な執務机が置かれている以外は、特に目立つ調度品のない殺風景な部屋である。
魔法で修繕したのか、彼が壁ドンしたときの罅は見当たらない。証拠は全て抹消出来る。魔法で防音も可能だろうし、たとえここでどんなにエゲツない行為を行ったとしても、扉の向こうにいる生徒達に助けを求めることはきっとできないーー
涙を浮かべて震える私を、サルファードはゆっくりとソファに座らせた。
「ーーさてと」
「山羊はやめてください山羊はやめてください後生ですから山羊を使うのだけは絶対にやめてくださいお願いしますッッ!! 怪我して失敗しておいてアレですけど、二度とこのような失態のないよう気をつけますからーーーーッッ!!」
「山羊? ……ああ、そんなことはしないから安心しなよ。ほら、手を出しなさい。まだ血が止まりきってない」
(……あ、あれ?)
絶対に、お仕置きをされると思ったのに。私が泣いて謝っても、彼の気が済むまで痛ぶられるに決まっているーーそう、思い込んでいたのに。
サルファードの手は、袖口の暗器ではなく救急用具が入った箱から消毒液とガーゼと包帯を取り出して、手際よく手当を行ってくれた。
キュッと、白い包帯を蝶々結びに。
「これでよし。魔法を使えば傷も治せるけど、俺の魔力はなにかと物騒だからね。小さな傷だし、自然治癒で充分だろう」
「あ、ありがとうございます。あの……お、お仕置き、しないんですか……?」
「して欲しいのかい?」
「欲しくないですぅッッ!!」
「ーーだったら、余計なことは言うな。それに、登校初日にこの部屋に連れてきたとき、脅さないと約束しただろう? だから、もう俺のことは怖がらないでね」
「えっ!? あれって、約束だったんですか?」
「俺はそのつもりだったけど。俺を見て怯えるお前を見ていると、無性にムカついてどうにかしてやりたくなるんだ。契約者に危害を加えるわけにはいかないから、そうなる前に対処しないと」
「も、もう絶対に怖がりません……っ! ていうか、今のもしっかり脅してますからね!?」
「そう? じゃあ、俺も『二度とこのような失態のないよう気をつけます』」
「…………っ!?」
……気のせいだろうか。なんだか、今日の彼は、いつもよりも纏う雰囲気がずっと柔らかい。
基本的に、私達は二人でいるときはあまり会話をしない。話しかけても毒舌が返ってきたり、意地悪なことを言われるばかりだった。
だから、こんな風に優しく……そう、優しく振る舞われると、どうしていいかわからない。
(なんだか……今日のサルファードなら、怖くないかも)
手当を終えても、サルファードはソファに座った私をじっと見つめ続けている。居た堪れなくてモジモジしていたら、ふいに、長い指先に目の下をなぞられた。
「隈が濃いね……。なんだかんだ言いながら、お前はいつも卒なく助手を務めてくれる。今日みたいなミスを連発するのは初めてだ。もしかして、疲れでも溜まっているのかい?」
「そう、ですね。言われてみれば、そうかもしれません。毎晩、次の日の授業のサポートのために予習をしたり、忘れている記憶がないか確認したりしてますから。そ、それに、暗殺者に狙われてるって思ったら、どうしても寝付けなくて」
「ふぅん。……まあ、そろそろ頃合いかな」
「えっ?」
「なんでもないよ。ーーなら、今日は授業が終わるまで、ここで休んでいるといい。放課後になったら、街にケーキでも食べに行こう。疲れているときは、甘いものが一番だからね」
「ケーキッ!? 街にって、私、暗殺者に狙われてるのに、学園を出てもいいんですか!?」
「当たり前だろう? いつ誰がどんな形で襲って来ようが、契約者が好きに出歩けるようにするのが護衛の仕事だ。引き篭るつもりなら、契約の必要なんてない」
サラリと答えるサルファードのお言葉はもっともだが、まさか、彼の口から『ケーキを食べに行こう』なんて言葉が飛び出すとは思わなかった。
なにかの罠だろうか?
それともーー
(い、いやいや! 疑ってばかりいるのもよくない。だって、少なくとも今の彼は、怪我した私を心配してくれているわけだし。それに、サルファードには、ラスボスヴィランなのに甘くて可愛いケーキが大好きってギャップ設定があったはずだ。だから、誘われるのは別におかしくないよね?)
ケーキなんて本当に久しぶりだ。病院では滅多に食べられなかったし、この世界で生き返ってからは、スイーツを楽しむどころではなかった。
ルミナス・テイルズには、キャラをイメージした『推しケーキ』が食べられるお店があって、攻略キャラとのデートイベントの定番だった。このゲームのファンとして、是非とも聖地巡礼をしておきたい。
よし。どうせルーナの学園復帰もまだなのだ。少しくらいゲームの世界を楽しんでも、バチは当たるまい!
「やったーー! ケーキだ! ありがとうございます、義兄様っ!」
手放しに喜ぶ私に、サルファードは絶対零度の真顔の眼差しを、ほんの少しだけ細めてくれたように見えた。
***
読んでいただき、ありがとうございます!
更新の励みになりますので、「☆評価」「ブックマーク」「いいね」を是非お願いいたします!
ご感想、コメント、レビューをいただけると更新の励みになりますので、こちらも是非お願いいたします!!
【PR】
『貢がれ姫と冷厳の白狼王 獣人の万能薬になるのは嫌なので全力で逃亡します』 著:惺月いづみ
孤独な王×生け贄の姫が運命を打ち破る――異種族ラブファンタジー!
人知れず森で育てられた王女ニーナは、《贄姫》と呼ばれ獣人の国の白狼王ヴォルガに貢がれる。
万病を癒やし強大な力を与えると伝わる血肉を捧げよ――って冗談じゃない! だが何度逃亡してもヴォルガに捕まってしまう。
そんな時、冷酷と思っていた彼が贄姫を求める理由を知り、心動かされたニーナは自由を条件に協力を申し出るが……?
運命が交わる時、獣人と人間の未来が変わる!! 第20回KADOKAWAビーンズ小説大賞奨励賞受賞作! 好評発売中!!
※本作品はアニメ放送中の『魔導具師ダリアはうつむかない』の九巻以降のイラストレーターである駒田ハチ先生にイラスト・キャラクターデザインを担当していただきました! ニーナがとにかく可愛らしく、ヴォルガは最高のイケメン狼獣人に描いてくださっておりますので、是非ご覧になってください!




