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二章⑥




「うひゃあっ!? び、びっくりした……! いくらなんでも、そこまで驚かなくても……!?」


 生徒一同の叫び声に飛び上がる私に、サルファードはことさら愉快そうにクックッと含み笑う。


「ふぅん……? どうやら、モーヴハルト達は、お前がプリマヴェラだと気づいていなかったようだね。生前のお前は、通告された通りに制服を着て来るような大人しい令嬢ではなかったから」


「で、でも、制服を着て、髪型をハーフアップに変えただけですよ? それで気づかれないってことはないんじゃないですか?」


「そうでもない。公爵令嬢プリマヴェラといえば、廊下の向こうにいてもわかる派手なドレスと珍妙な髪型が特徴だ。その二つの要素で認識されていたとしても不思議はないよ」


「珍妙な髪型だって思ってたんですかっ!?」


 確かに、私も初めてプリマヴェラの立ち絵を見たときにはなんて大きなクロワッサンを背負っているのだと驚いた。

 

 でも、彼女の取り巻きの令嬢達も一回り小さなクロワッサンをつけていたので、きっとあの縦ロールは貴族令嬢の流行りのファッションで、大きければ大きいほど偉いのだろうと勝手に解釈していた。


 それをはっきり珍妙だと、義理でも身内のサルファードに言われてしまうと、流石に傷つく。


「な、何故貴女があ……サルファード先生と会話を……!? い、いえ、そんなことよりも、死んだ人間が生き返ったのですよ!? その事実をすぐに受け入れられないのは当然です……!」


 ルーナを背中に庇いながら、ビシッと人差し指を突きつける王子である。おっと、いけない。今は髪型のことでショックを受けている場合ではかった。


「プリマヴェラッ!! 国中にあれだけの混乱をもたらしておいて、よくも平然と顔を出せたものです! 公爵家から学園復帰の申し出があったときには言葉を失いました。あなたのその傲慢さは、死んでも治らないようですね!?」


「ど、どうか無礼をお許しください! 私が学園に来たのは、大切な用事があったからでーー」


「大切な用事!? さては、またなにかろくでもないことを企んで、ルーナを傷つけようとしているのですね!? そんなことは、この私が許しませんよ!!」


「めめめ滅相もございませんっ!! え、えっと……わ、私が来たのは、その……っ!」


(ダメだ、怖い……ッ!! 王子の真面目で正義感に溢れるあまり、視野が狭くなって他人の意見を聞かなくなっちゃう短所がカンストしてるっ! これはもう、なにを話しても聞いてもらえないかも……!!)


 怒りに燃える炎のような、碧い双眸に竦み上がる。葬儀のときよりもさらに激しい憤りを露わにする王子に、動悸がどんどん激しくなっていく。


 息が苦しくて、上手く話せない。


 怯えるルーナをその背に守りながら、凛々しく宣う推しの姿は輝くばかりなのに、興奮よりも恐怖が優った。


 気がつけば、教室中の生徒達が、彼と同じ目で私を睨んでいる。


 『どこへ行っても、なにをしても、味方になる者は誰もいない』


 プリマヴェラとして生き返った日、サルファードに言われた言葉が蘇る。風当たりが強いどころか、もはや台風だ。生徒達からの視線には、プリマヴェラ(わたし)に対する敵意が荒々しく渦巻いている。


 あの日、自分に殺された方が楽だと言った彼の言葉は、けして大袈裟ではなかった。


(ーーで、でも、だからといって、怖気付いているわけにはいかない……! ここで諦めたら、王子がサルファードに……!!)


「いいですか、プリマヴェラ! この際ですから、ハッキリと言っておきます。貴女との婚約破棄が成立したことで、ルーナは次期王太子妃候補に最も近い存在となったのです。彼女への発言は、次期王妃への発言と心得なさい! 以前のように彼女に無礼を働いた瞬間、不敬罪で今度こそ国外追放にーー」


「モーヴハルト王子ッ!!」


 ピシッと背筋を伸ばし、両手でスカートの裾をフワリと持ち上げる。


 片足を後ろに引き、両膝を床に下ろすとともに、スカートの裾を綺麗に整えながら、ゆっくりと深く頭を下げる。


 ーー昨夜読み込んだ履修内容の一つ、『貴族の礼儀作法・初級編』の教科書を思い出しながら、私は王子の足元に跪き、最上級の謝罪の意を示した。


 誰かに(ひざまづ)いたのなんて初めてだが、身体は自分でも驚くほどすんなりと動いてくれた。きっと、生前のプリマヴェラのおかげだろう。幼い頃から積み重ねてきた王妃教育での鍛錬が、この身体に染み付いているのだ。


「…………は? と、突然、跪いたりして、なんのつもりです……!?」


「モーヴハルト王子! この度は私の不手際により、多大なるご迷惑をおかけしたこと、ここに深謝いたします!」


「し、謝罪……!? 貴女は、国外追放に処されようと自らの罪を認めようともしなかったではないですか! 今さら、そのような殊勝なフリをしても騙されませんよ!」


「フリではありません! 今日、私がこうして学園に赴いたのは、殿下とルーナ様、お二方に直接謝罪を申し上げたかったからです!! 月並みではございますが、本当に申し訳ございませんでした……!!」


「な……っ!?」


「あ、あのプリマヴェラ嬢が、謝罪を……っ!?」


「しかも、正式に跪かれるだなんて……!」


「死んだせいで、おかしくなったのか……!?」


 クラスメイト達の失礼なざわめきを聞きながら、震え出しそうな手をギュッと握り締める。


 ーー大丈夫。


 だって、相手はあのモーヴハルト王子なのだ。


 前の世界の私は、寝ても覚めても夢中になって、彼のことを考えていた。それこそ、ゲームでは描かれていないその心の内まで考察し、より深く彼のことを理解しようと必死になっていたのだから。

 

 だから、わかる。


 絶対にこれが、プリマヴェラが王子やルーナと和解するための最適解だと。


(ただ謝罪するだけじゃダメだ……! 傲慢不遜なプリマヴェラの、これまでの振る舞いが間違っていたとしっかり認めて、ハッキリ伝えないと……!)

 




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